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王位簒奪編 〜デート襲撃、決着〜
206.おっさん、襲撃の全貌を知る
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「順を追って話すよ。
まずはジョンが結婚を前提にっていう話から」
なるべくあったことを忠実に再現するように、ジョンとのデートでの会話から切り出した。
「俺たちは、ジョンが何者かに利用されようとしていると予測した。
ジョン自身もそれに気付いたんだよ。
聖女を利用したいのは王家ではなく、他の誰かで、自分は体よく利用されたって。
ジョンはそいつから俺を守るために結婚しようと言ってきたんだ」
「それって…つまり…偽装ってことですか?」
ディーが数秒考えた後、俺が出した答えと同じ言葉を口にする。
「そうなんだよ。
俺をその誰かから守るためには、そばにいるしかない。
結婚すればずっと近くにいて守れると思ったんだろうな」
しれっと言いながらお茶を口に含んだ。
だが、ほぼ全員が眉間に皺を寄せて俺を見ていた。
「何?」
「本当にそれが求婚の理由?」
ジャニスが聞いた。
「そうだよ。ジョンは別に俺のことを好きでもなんでもない」
なんでみんなそんな目で見るんだと思った。
「本人の口から偽装だと聞いたのか」
オスカーに聞かれ、その時のことを考え思い出そうとする。
「…ジョンは言ってない…?
だけど、それは話の流れで聞けなかっただけで」
どういう話の流れなんだっけ、と必死に記憶を辿る。
確か偽装結婚の話をして、俺が偽装だと見抜くとシアに予測されていた、そういう話になった。
そして、ジョンが白だという前提で、こちらの情報を与えたのだ。その際、1回目のデートでは濁していた俺たち3人の関係も打ち明けている。
その結果、俺が王家に協力し、囮になっているという答えを自ら導き出した。
それらを話した。
思い出せる限り全てで、多分漏れはないはずだ。
ないはずだが、ほんの少しだけ心の隅にモヤッと小さなしこりが出来、そのしこりがなんだっけ?と首を捻るが、大したことではないだろうと、すぐに記憶の彼方に追いやった。
「なるほど。ショーヘイ君が敵を誘き出すための囮であると気付いたんですね」
フィッシャーが確認するように頷きながら呟く。
「だから、結婚を前提にって話はナシだよ。ジョンも、俺がロイやディーに守られているって気付いたんだから」
ナシナシと笑顔で言うが、隣のロイとディーが苦笑いを浮かべているのを見て、なんでまだ疑っているのか、とジョンに直接説明してもらわないと納得出来ないのかと思ってしまった。
「それで、シアに会うことになった理由は?」
アビゲイルが身を乗り出す。
「デート当日の朝にシアから俺に会いたいと連絡が来たんだそうだよ。
シアからそんな急に連絡が来ることは初めてで、ジョンも驚いてた」
「シアから?」
「ああ」
「会いに行っても大丈夫だと思ったのか」
ロイが眉間に皺を寄せる。
「悩んだよ。
シアが敵か味方かは情報が少なかったし。だから、何故俺に会いたいのか聞いてから判断しようと思った」
一度言葉を区切り、全員の顔を見渡す。
「シアが俺に会いたい理由は、ナイゼルの情報を掴んだからだったんだ」
「ナイゼル…?」
アビゲイルが誰だっけ、と首を傾げるが、すぐにキドナの王太子だと思い出して目を丸くする。
「ナイゼル・クルーズか!?」
ロイが大きな声を上げた。
「そう。シアはナイゼルが俺を狙っていて、拉致する計画を知ったんだ。
多分、デートの前日にね」
「じゃぁ、デートを取りやめれば良かったのよ。
襲われるってわかってるのに、なんで呼びつける必要があったわけ?」
ジャニスがもっともなことを言う。
「そうなんだけどね」
ジャニスを見て苦笑しながら答える。
「あぁ…なるほど…そういうことですか」
俺が理由を話す前にフィッシャーが気付いたようで、顎を摩りながらクスリと小さく笑う。
「どういうことよ」
「デートを中止すれば襲撃されることはないが、私達は襲撃者という手掛かりを失うことになりますね」
ディーも悟って苦笑しながらジャニスとアビゲイルに説明する。
「そう。襲ってくる奴らを捕らえるために、シアは俺を呼んだんだ。
ジョンにはナイゼルに関しての重要な情報があるとだけ言ったんだろうね。もし事前にジョンに教えていれば、やっぱりデートはキャンセルになってたと思うし」
「ジョンも知らされてなかったってこと?」
「うん。だからジョンも怒ってた。
かなり危険な行為だけど、シアは襲撃された時の算段はついていたんだよ。
俺には目に見えない護衛がついてるって把握していたし、万が一の時は自分が身代わりにって考えていた」
「それにしたって…」
ロイが続きを言わずにムッとしていた。
それもそうだろう、本当に危険な行為で、実際に俺は心停止を起こすほど魔力を爆発させねばならなかったし、すぐに救出されたとはいえ、オーギュストに一時的にでも攫われてしまっている。
「とにかく、シアは襲撃者を捕らえたかったんだよ」
「それがわからん。
何故シアがそこまでして…」
「俺達とシアの敵が一緒だからさ」
ニコリと微笑み、はっきりと言った。
「同じ…?」
「つまり、シアはジョンを利用しようとした輩を捕らえたい、見つけたい、ということだね?」
フィッシャーが笑みを浮かべながら聞いてくる。
「そうです。
シアはジョンが利用されようとしたこと、それを見抜けなかった自分を許せなかった。だからそいつを捕まえたい。意図しなくても、それはこちらと同じ敵ということになる。
言葉は悪いけど、そのために俺を囮にしたんだ」
苦笑しながら言うと、全員が黙り込んだ。
全員が今の話を飲み込み、頭の中で整理する時間を作る。
途中キースが立ち上がると、新たなお茶を淹れ、全員に配って歩いた。
「シアの理由はわかった。
で、実際にシアに会って、何か情報は得たのか?」
「収穫はあったよ」
俺が説明しようとすると、フィッシャーが懐から手帳を取り出した。
「ジュリエッタでうちの者が回収したんだが、ショーヘイ君のもので間違いないかね?」
フィッシャーから手帳を受け取ると、所々破損した手帳を受け取り、中をペラペラと確認する。
「はい。俺のです。良かった。ありがとうございます」
中には俺が日常生活で疑問に思ったことや、思いついたことが書き込まれている。
字も汚いし、ただのメモ書きで、見られても問題ないことばかりなのだが、シアと会った時に書いた内容だけは問題ありだった。
該当ページを開こうとしたが、血のせいで、ベッタリ貼り付いていて剥がせなかった。
そこで、見える部分だけを確認した後、キースから紙をもらって、大きめにメモ帳に書いたものと同じ内容、そして思いついたことを書き込む。
11月11日
ベネット領北部の街で、バシリオの目撃情報あり。おそらくグロスター。
初回デート護衛不要の連絡。
11月12日
グロスターで娼婦殺害事件。
バシリオの暗殺未遂(失敗)。
どちらもオーギュストによるもの?娼婦殺害と暗殺未遂に関係有?
オーギュスト、聖女拉致の依頼を受ける。
11月1?日
シュターゲンでオーギュストによる傷害事件。
11月1?日
カレーリアで同様の傷害事件。
11月18日
シアにオーギュストの情報が入る。
11月19日
拉致襲撃決行
「これは…」
見えるように机の真ん中に置くと、全員が身を乗り出してその時系列をながめる。
「シアからの情報だよ。
ジョンとのデート数日前にあった事件、ナイゼルの名前が出て、バシリオ失踪の件や、俺を襲ったオーギュストについて話したんだ」
シアから得た娼婦殺害事件、傷害事件など、オーギュストが王都に向かってくる行程を考え、グロスターで聖女拉致の依頼を受けたと推理したことを詳細に説明する。(※199話参照)
「オーギュスト・ラングレイの動向に関して、我々が情報を得たのもデート前日の18日だ。
ただ、王都へ入った直後に見失っており、目的も不明のままだった」
フィッシャーがふむふむとシアの推理に口の端を吊り上げる。
「シアが推理したように、バシリオ殿下の暗殺に失敗したが、それを不問にした上で新たな依頼をされたのだろうな。
聖女誘拐のまたとない機会だ。暗殺よりも優先させたのだろう」
「やはり依頼者は…」
ディーが話を聞き、結論を言う。
「キドナのナイゼルだ」
ロイが断言した。
俺がシアから得た情報は全て話し終わった。
シアがどうして助けられた後に話さなかったのかは、まだ王家側を信用していないせいだと思った。
俺達がシアを完全に信用していないのと同様に、シアもまた俺達を信用していない。
あの時シアが俺に話したことも、おそらく全てではない。俺もまたシアに100%信用されていないと察していた。
お茶を飲みながら、じっと書き出したメモを見ながら考える。
あの襲撃は予測したものよりも大規模なものだった。
シアとの話では、オーギュスト1人が襲ってくるだけで、あんな大勢だとは全く思わなかった。
おそらくシアは、オーギュストによって秘密裏に俺の拉致計画が実行されると予測し、俺についている影の護衛と、ジョンのクラスSの実力があれば乗り切れると、そう思ったに違いない。
まさか頼りにしていたジョンが一番最初に狙撃されて瀕死になるなんて、全くの予想外だっただろう。
あんな軍の一部隊が投入されるような大規模な襲撃で、暗殺紛いの狙撃まであった。
あの狙撃は、ジョンの殺害と、拉致しやすいように撹乱することが目的だったと思う。
さらに言うなら、あの集団とオーギュストはまるで連携が取れていなかった。オーギュスト自身も、邪魔だと言いたげな発言をしていた。
どうも噛み合っていない。
あまりにも計画が杜撰というか、行動がバラバラ過ぎるような気がした。
もし集団とオーギュストの動きが連携が取れたものであるなら、きっとジョンは殺され、俺もシアも攫われていただろう。
本当に同じ人物が聖女拉致を依頼したのだろうか、と思ってしまった。
それと、初回のデートの時にジョンがキドナについて何か知っているような素振りを見せたことは、今回のこととはまた違う情報のはずだ。
シアはまだ何か情報を持ってる。
そう確信していた。
手に持っているボロボロの手帳の無事なページを開くと、今考えるべきことではないだろうと、感じた不審点を走り書きでメモした。
フィッシャーがテーブルに黒い小さな塊を幾つか並べた。
2センチほどの長さで先が円錐で、まるで子供が絵に描く魚のような形だ。どれも似たような形だが、潰れた物や変形した物がほとんどだった。
俺はそれを見てヒュッと息を飲んだ。
「これ…」
潰れていない、形が残っているものを手に取り、まじまじと見つめる。
「狙撃に使われた弾です。
部屋の壁にめり込んだでいた物を回収しました。」
ディーが説明してくれた。
俺はこれを過去に2回見たことがある。
一度目は自分の太もも裏に刺さり、二度目はジョンの肩から取り出した。あの時は夢中で気づかなかったが、この形はよく覚えている。
「キドナの…」
大きさは全く違うが、矢尻ような形の武器。
「ええ。襲撃はキドナの手の者ということで間違いありません」
「殿下が倒した狙撃手が持っていたリーフルもキドナ特有の武器でね」
「…リーフル…?」
狙撃、リーフル、と聞いて、ライフル銃のことだとすぐに気付く。
「筒状の武器にその弾を込め、圧縮した炸裂魔法で弾き出すんだ。
弾自体は魔力を帯びないから、索敵魔法に引っかからない厄介な代物でね」
フィッシャーの説明に開いた口が塞がらない。
咄嗟に、俺は机に置いてある紙の隅に、俺が知っている銃を描く。
「こういうものですか!?」
「…そう、そうだよ。似ている」
「ショーヘー、まさか…」
「俺の世界にあった武器だ…」
声が震える。
まさか、こんなものがこっちの世界にあるなんて。
俺と同じようにこっちの世界に迷い込んだジュノーが、銃を教えたことに嫌な汗が滲み出る。
俯き、歯を食いしばった。
「そのリーフルは、いつからキドナに?」
「文献では、キドナ建国時の紛争の時に使われたとある」
フィッシャーが教えてくれ、建国時ということは3000年も前にキドナに現れたジュノーが銃を伝えたことになる。
3000年前なんて日本は縄文時代だし、銃が世界の歴史に登場したのもそんな昔じゃないはず。
やはりここでも時間軸のズレが生じている。
だが、わかっているのは銃の構造を知っているか、銃を持ったままこの世界に現れたということだ。
ジュノーの知識が、とんでもない代物であると改めて思い知らされた。
俺の生きてきた時代の知識が、良いことばかりではなく、人を殺せる道具にまで及ぶことに、単なる利益だけではないとゾッとしてしまった。
ジュノーを色々な国が欲しがるという理由に、戦争に利用されるという意味もあると気付いた。
キドナが一個部隊を投入するほど聖女を、ジュノーである俺を手に入れたいのはそういうことなんだ。
おそらくキドナには、ジュノーがもたらした知識が戦争において有益であると伝わっている。好戦的なナイゼルが求めているのは国力や経済力ではなく軍事力であり、そのためにジュノーを求めている、俺に戦争の手助けをさせるつもりなのだと悪寒が走った。
膝の上にあった手を思わず強く握り締める。
「ショーヘー?」
ロイが俯いて考え込んだ俺を訝しむ。
「なんでもないよ」
顔を上げて笑顔をロイに向けるが、自分でも引き攣っているのがわかった。
今は襲撃の話が優先されるべきなので、考えたことをこの場で言うべきではないと思い、胸にしまい込む。
ロイはそれ以上何も聞いてこなかったが、おそらく何かを察してくれたのだろう、俺の握り締めた手を包み込むように握ってくれた。
「使用されたこれらの武器からも今回の首謀者はキドナで、ナイゼルで間違いないと思われる。こちらで拘束した者からはまだ情報を得られていないが時間の問題だろう」
フィッシャーが続けた。
「今回ショーヘー達を襲ったのは、ナイゼル直属の親衛隊だろう。
以前王都に向かっている最中にも襲ってきた奴らと同じだよ」
オスカーがそう断言する。
そう言われて、オスカーと初めて言葉を交わした時のことを思い出した。
野営しているあの時、その親衛隊に夜間に奇襲をかけられ、精鋭の第1部隊の騎士達にも負傷者が出ていた。
「ショーヘイ君を攫うため、デート前日にキドナの者達が商隊に偽装して入国している。
さらに、旅人を装った者達や、元々国内で諜報活動を行っていた者、総勢54名に及んだ」
その人数を聞いて唖然とした。
1人の殺害と俺の拉致に、一個部隊の人数以上が今回関わっていたのか、と冷や汗が出た。
「実際にはキャラバンに偽装していた連中の一部が親衛隊で、他はサポート役だな。
親衛隊が動きやすいよう、ショーヘーを守ろうとする俺達を邪魔をする役割を担っていた」
ロイが廊下での戦闘を思い出し、忌々しげに語る。
それを聞いて、部屋以外でも戦闘が行われていたと知った。
「さらに、内通者も判明した」
オスカーが眉間に皺を寄せて腕を組む。
「ジョンとのデートに護衛がついていないと情報を漏らしたのは、辺境伯邸のメイドの1人だった」
オスカーの表情がますます歪む。
さらに、だったという過去形に嫌な予感がした。
「もしかして…」
「お察しの通りだよ。
そのメイドはデート当日に休暇を取っており、昨日の早朝に発見された遺体が、そのメイドであると夜に判明した」
フィッシャーが続きを静かに語った。
「今から話すことはつい先ほどわかったことだが、ついでだから話しておこう。
そのメイドは3ヶ月ほど前に雇われたそうなのだが、提出された身元調査票に記載してある人物と当人は全くの別人だった。
調査票の本人はすでに亡くなっており、働いていたメイドがその人物になりすましていたことが判明した」
「そいつがどこの誰かは…」
ディーが今初めて聞いた事実に食いつく。
「全く持って不明だ。遺体の損傷がかなり酷くてね。おそらく身元はわからないだろう」
「オーギュストか」
ロイが呟く。
「おそらくは。拷問を受けてから殺されている所を見ると、奴だろう」
フィッシャーがその遺体を見て、オーギュストが好んで行う拷問の跡があったことを示唆した。
時間的に考えても、オーギュストが王都に到着した後にその内通者を殺害する時間はあった。
もしかすると、黒騎士がオーギュストを見失ったのもそのメイドが匿ったからではないか。デート当日に休暇を取ったメイドは、自分が殺されるとも知らずにオーギュストを匿い、そして殺されたと、そう考えた。
「もう一つ、何故ジュリエッタの居場所が判明したのかだが、それもそのメイドの仕業と思われる」
フィッシャーがさらにテーブルに装飾品を置いた。それには見覚えがあった。
ジョンがつけていた、スカーフクリップだ。胸元にあったのを記憶している。
「これに、居場所を特定する魔法が付与されていた」
フィッシャーが説明し、GPSみたいなものかと察した。
クリップを見ると、赤い魔石が嵌め込まれており、その魔石に付与したのだろうと思った。
会議室がシーンと静まり返る。
出された情報を繋げると、ピタリと符号した。
一体何人関わって、何人死んだのか。
仲間内でも殺し合い、俺を攫うためだけに、たくさんの人が死んだ。
改めてその事実を思い知らされた。
そして、聖女、ジュノーである俺に、それだけの価値を見出しているナイゼルに恐怖を覚える。
目線を下げ、両手で服の裾をギュッと握った。心なしか少しだけ体が震えている。口を閉じて奥歯を噛み締めていると、ロイとディーが俺の状態を察してそっと手を伸ばしてくれる。
ロイが俺の背中を摩り、ディーが握りしめた手に触れた。
左右の2人の顔を見てホッとし、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「襲撃に関しては、ある程度掴めたってことですね」
最後に確認した。
「ああ。後は捕らえた奴らからどれだけ情報を引き出せるかだ。それはこちらに任せてもらおう」
フィッシャーが真顔で答えた。
その方法に関しては聞きたくないので、深く追求することはしない。
「今回の首謀者がナイゼルだってわかったなら、断罪なり抗議なり出来るわよね」
ジャニスが鼻息荒く言ったが、その言葉にはほぼ全員が苦笑した。
「そう簡単には行きません。ことは政治が絡みます。証拠や証人も当てには出来ないんですよ。白を切られたり、他国干渉説を持ち出される場合もあります」
ディーが苦笑いを浮かべる。
それは何となく理解出来た。
捕らえた襲撃者が首謀者がナイゼルだと証言しても、見つかったキドナの暗器にしても、全てナイゼルを陥れるための工作であると言われれば、それを覆す証拠がない。
証拠を確実にするには、また証拠がいる。本当に面倒臭いと、俺も思った。
「何よそれー、面倒臭いわね」
途端にジャニスがブーブーと文句を言った。
「ここからは王やサイファー、ダリアの仕事だ。俺達が出来ることはない」
ロイが悔しそうに舌打ちしながら言った。
「私達が出来るのは、より確実で確かな証拠を得ることだね」
フィッシャーも滅多に見せないやりきれなさを表情に出した。
「より確実な…」
小さく呟き、その証拠や証言が確たるものであると出来る人物が1人だけいることに思い至った。
「バシリオ殿下…」
名前を呟く。
彼の言葉と存在が確実な証拠になる。ナイゼルの罪を暴くには、バシリオが絶対不可欠だと思った。
「そうだな。バシリオ殿下が見つかれば、状況は変わるだろう」
フィッシャーが腕を組んで頷いた。
テーブルに置かれた俺が書いた時系列を見つめ、シアと会話を再び呼び起こした。
そして、ここに書かれていないある事柄を思い出す。
俯き、唇を触る癖が出る。
グロスターで起きた娼婦殺害事件。
その被害者と同じ娼館で働く娼婦が行方不明になったと言っていた。
何故そんな話をしたのか。
殺害事件とその行方不明事件が同じくオーギュストの手によるものということなのか。単純に、行方不明の娼婦は遺体が見つかっていないだけなのか。
バシリオ暗殺も、実際にあったかどうかはわからない。
娼婦の遺体と同時に見つかったという傭兵らしき2人の男の遺体が、バシリオと行動を共にしていた従者かもしれないと考え、暗殺未遂があったと推理しただけだ。
会話の中で、その後はオーギュストの動向についての話になり、バシリオに関してこれから、という所で襲撃を受けて途中になってしまった。
目撃情報。
3人の遺体。
暗殺未遂。
行方不明の娼婦。
ふと頭の中に小さな閃きが浮かんだ。
思わず触っていた唇をギュッと思い切り摘んでしまう。
「ショーヘー…癖出てるぞ」
ムギュッと唇を掴んだままの俺を正面に座るオスカーが笑いながら指摘する。
無意識の行動を指摘され、少しだけ赤面しながら手を離す。
「あのさ、ジョンとシアに会えるかな」
キースに確認をする。
「ええ。会っていただきたいと思っていましたし、お二方もショーヘイさんに会いたいと」
「シアはショーヘイが居ない所では話す気がないようです」
ディーが苦笑する。
「今から、会える?」
「ジョン様はまだ起きられませんので、医務局の部屋ということになりますが」
「お見舞いに行きたい」
「わかりました。手配します」
「人選した方がいいな。俺は行かね」
オスカーが不貞腐れたように言い、シアに正体がバレていたことが気まずいのだろうと笑った。
「ここは、殿下とロイ、キース君でいいでしょう」
フィッシャーが言い、護衛も医務局まで一緒に行くが、部屋の外で待機することに決定する。
各々が立ち上がり、会議室を後にする。
キースはすぐに面会の手配に向かい、フィッシャーも官舎に戻って行った。
共有リヴィングでキースを待つことになり、それぞれがリヴィングで自由に座る。
「そういや、辺境伯はどうしてる?」
ジョンが狙撃され、傷は癒やされているが、多量出血で動けなかったはずだ。息子がそんな状況になり、さぞかし心配しているだろうと思った。
「とりあえず辺境伯自身には王家に対して反逆の意思がないとダリアが判断してな。
襲撃されたこと、その原因になった護衛不要と情報漏洩に関して…」
オスカーが言葉を切り苦笑する。
「レイブン様に土下座したよ」
「え」
「ショーヘーが眠ってしばらくして、真夜中にダリアと辺境伯を連れて王宮に戻ったんだが、息子の心配は二の次で、まずは土下座だ」
あの大きな体が土下座する光景を想像して唖然とした。
「ショーン様は、ベルトラークが用意した護衛をつけていると思っていたんだよ。
ジョンが勝手にその護衛を断り、単身デートに出向いていたことを知らなかった。
そんな愚息がしでかしたことが、今回の事に繋がったからな。
さらに雇った使用人が内通者かもしれないと」
「もう頭を上げさせるのに必死でしたよ」
ディーも思い出したのか苦笑いを浮かべる。
「最後までジョンと自分に罰をと言い張ってたな」
ロイもため息混じりに言った。
「罰…、あるのか?」
「それはどうだろう。まだ先の話だな」
「そっか…」
思わず心の中で何もお咎めがなければいいなと思ってしまった。それについて口を挟むわけにはいかないとも理解しているので、レイブンの温情を期待しようと思った。
「その後は一目散に医務局に駆けつけて、意識のないジョンを見て涙ぐんでたぞ。やっぱり親だな」
その時の姿を思い出し、オスカーは優しい笑顔を見せる。
「ショーヘイにも謝罪と礼をしたいって言ってましたよ」
「そっか…」
ショーンの人柄が伺える。
領地や領民を心から愛している領主の鏡のような人。その優しさは家族にも向けられており、威厳のある態度と言葉の裏にはとてつもなく大きな愛情があるんだと思った。
謝罪や礼は別にいいから、話してみたいと思い微笑む。
ロイとディーがそんな俺の表情を見て、いつもの笑顔だと嬉しそうに笑った。
まずはジョンが結婚を前提にっていう話から」
なるべくあったことを忠実に再現するように、ジョンとのデートでの会話から切り出した。
「俺たちは、ジョンが何者かに利用されようとしていると予測した。
ジョン自身もそれに気付いたんだよ。
聖女を利用したいのは王家ではなく、他の誰かで、自分は体よく利用されたって。
ジョンはそいつから俺を守るために結婚しようと言ってきたんだ」
「それって…つまり…偽装ってことですか?」
ディーが数秒考えた後、俺が出した答えと同じ言葉を口にする。
「そうなんだよ。
俺をその誰かから守るためには、そばにいるしかない。
結婚すればずっと近くにいて守れると思ったんだろうな」
しれっと言いながらお茶を口に含んだ。
だが、ほぼ全員が眉間に皺を寄せて俺を見ていた。
「何?」
「本当にそれが求婚の理由?」
ジャニスが聞いた。
「そうだよ。ジョンは別に俺のことを好きでもなんでもない」
なんでみんなそんな目で見るんだと思った。
「本人の口から偽装だと聞いたのか」
オスカーに聞かれ、その時のことを考え思い出そうとする。
「…ジョンは言ってない…?
だけど、それは話の流れで聞けなかっただけで」
どういう話の流れなんだっけ、と必死に記憶を辿る。
確か偽装結婚の話をして、俺が偽装だと見抜くとシアに予測されていた、そういう話になった。
そして、ジョンが白だという前提で、こちらの情報を与えたのだ。その際、1回目のデートでは濁していた俺たち3人の関係も打ち明けている。
その結果、俺が王家に協力し、囮になっているという答えを自ら導き出した。
それらを話した。
思い出せる限り全てで、多分漏れはないはずだ。
ないはずだが、ほんの少しだけ心の隅にモヤッと小さなしこりが出来、そのしこりがなんだっけ?と首を捻るが、大したことではないだろうと、すぐに記憶の彼方に追いやった。
「なるほど。ショーヘイ君が敵を誘き出すための囮であると気付いたんですね」
フィッシャーが確認するように頷きながら呟く。
「だから、結婚を前提にって話はナシだよ。ジョンも、俺がロイやディーに守られているって気付いたんだから」
ナシナシと笑顔で言うが、隣のロイとディーが苦笑いを浮かべているのを見て、なんでまだ疑っているのか、とジョンに直接説明してもらわないと納得出来ないのかと思ってしまった。
「それで、シアに会うことになった理由は?」
アビゲイルが身を乗り出す。
「デート当日の朝にシアから俺に会いたいと連絡が来たんだそうだよ。
シアからそんな急に連絡が来ることは初めてで、ジョンも驚いてた」
「シアから?」
「ああ」
「会いに行っても大丈夫だと思ったのか」
ロイが眉間に皺を寄せる。
「悩んだよ。
シアが敵か味方かは情報が少なかったし。だから、何故俺に会いたいのか聞いてから判断しようと思った」
一度言葉を区切り、全員の顔を見渡す。
「シアが俺に会いたい理由は、ナイゼルの情報を掴んだからだったんだ」
「ナイゼル…?」
アビゲイルが誰だっけ、と首を傾げるが、すぐにキドナの王太子だと思い出して目を丸くする。
「ナイゼル・クルーズか!?」
ロイが大きな声を上げた。
「そう。シアはナイゼルが俺を狙っていて、拉致する計画を知ったんだ。
多分、デートの前日にね」
「じゃぁ、デートを取りやめれば良かったのよ。
襲われるってわかってるのに、なんで呼びつける必要があったわけ?」
ジャニスがもっともなことを言う。
「そうなんだけどね」
ジャニスを見て苦笑しながら答える。
「あぁ…なるほど…そういうことですか」
俺が理由を話す前にフィッシャーが気付いたようで、顎を摩りながらクスリと小さく笑う。
「どういうことよ」
「デートを中止すれば襲撃されることはないが、私達は襲撃者という手掛かりを失うことになりますね」
ディーも悟って苦笑しながらジャニスとアビゲイルに説明する。
「そう。襲ってくる奴らを捕らえるために、シアは俺を呼んだんだ。
ジョンにはナイゼルに関しての重要な情報があるとだけ言ったんだろうね。もし事前にジョンに教えていれば、やっぱりデートはキャンセルになってたと思うし」
「ジョンも知らされてなかったってこと?」
「うん。だからジョンも怒ってた。
かなり危険な行為だけど、シアは襲撃された時の算段はついていたんだよ。
俺には目に見えない護衛がついてるって把握していたし、万が一の時は自分が身代わりにって考えていた」
「それにしたって…」
ロイが続きを言わずにムッとしていた。
それもそうだろう、本当に危険な行為で、実際に俺は心停止を起こすほど魔力を爆発させねばならなかったし、すぐに救出されたとはいえ、オーギュストに一時的にでも攫われてしまっている。
「とにかく、シアは襲撃者を捕らえたかったんだよ」
「それがわからん。
何故シアがそこまでして…」
「俺達とシアの敵が一緒だからさ」
ニコリと微笑み、はっきりと言った。
「同じ…?」
「つまり、シアはジョンを利用しようとした輩を捕らえたい、見つけたい、ということだね?」
フィッシャーが笑みを浮かべながら聞いてくる。
「そうです。
シアはジョンが利用されようとしたこと、それを見抜けなかった自分を許せなかった。だからそいつを捕まえたい。意図しなくても、それはこちらと同じ敵ということになる。
言葉は悪いけど、そのために俺を囮にしたんだ」
苦笑しながら言うと、全員が黙り込んだ。
全員が今の話を飲み込み、頭の中で整理する時間を作る。
途中キースが立ち上がると、新たなお茶を淹れ、全員に配って歩いた。
「シアの理由はわかった。
で、実際にシアに会って、何か情報は得たのか?」
「収穫はあったよ」
俺が説明しようとすると、フィッシャーが懐から手帳を取り出した。
「ジュリエッタでうちの者が回収したんだが、ショーヘイ君のもので間違いないかね?」
フィッシャーから手帳を受け取ると、所々破損した手帳を受け取り、中をペラペラと確認する。
「はい。俺のです。良かった。ありがとうございます」
中には俺が日常生活で疑問に思ったことや、思いついたことが書き込まれている。
字も汚いし、ただのメモ書きで、見られても問題ないことばかりなのだが、シアと会った時に書いた内容だけは問題ありだった。
該当ページを開こうとしたが、血のせいで、ベッタリ貼り付いていて剥がせなかった。
そこで、見える部分だけを確認した後、キースから紙をもらって、大きめにメモ帳に書いたものと同じ内容、そして思いついたことを書き込む。
11月11日
ベネット領北部の街で、バシリオの目撃情報あり。おそらくグロスター。
初回デート護衛不要の連絡。
11月12日
グロスターで娼婦殺害事件。
バシリオの暗殺未遂(失敗)。
どちらもオーギュストによるもの?娼婦殺害と暗殺未遂に関係有?
オーギュスト、聖女拉致の依頼を受ける。
11月1?日
シュターゲンでオーギュストによる傷害事件。
11月1?日
カレーリアで同様の傷害事件。
11月18日
シアにオーギュストの情報が入る。
11月19日
拉致襲撃決行
「これは…」
見えるように机の真ん中に置くと、全員が身を乗り出してその時系列をながめる。
「シアからの情報だよ。
ジョンとのデート数日前にあった事件、ナイゼルの名前が出て、バシリオ失踪の件や、俺を襲ったオーギュストについて話したんだ」
シアから得た娼婦殺害事件、傷害事件など、オーギュストが王都に向かってくる行程を考え、グロスターで聖女拉致の依頼を受けたと推理したことを詳細に説明する。(※199話参照)
「オーギュスト・ラングレイの動向に関して、我々が情報を得たのもデート前日の18日だ。
ただ、王都へ入った直後に見失っており、目的も不明のままだった」
フィッシャーがふむふむとシアの推理に口の端を吊り上げる。
「シアが推理したように、バシリオ殿下の暗殺に失敗したが、それを不問にした上で新たな依頼をされたのだろうな。
聖女誘拐のまたとない機会だ。暗殺よりも優先させたのだろう」
「やはり依頼者は…」
ディーが話を聞き、結論を言う。
「キドナのナイゼルだ」
ロイが断言した。
俺がシアから得た情報は全て話し終わった。
シアがどうして助けられた後に話さなかったのかは、まだ王家側を信用していないせいだと思った。
俺達がシアを完全に信用していないのと同様に、シアもまた俺達を信用していない。
あの時シアが俺に話したことも、おそらく全てではない。俺もまたシアに100%信用されていないと察していた。
お茶を飲みながら、じっと書き出したメモを見ながら考える。
あの襲撃は予測したものよりも大規模なものだった。
シアとの話では、オーギュスト1人が襲ってくるだけで、あんな大勢だとは全く思わなかった。
おそらくシアは、オーギュストによって秘密裏に俺の拉致計画が実行されると予測し、俺についている影の護衛と、ジョンのクラスSの実力があれば乗り切れると、そう思ったに違いない。
まさか頼りにしていたジョンが一番最初に狙撃されて瀕死になるなんて、全くの予想外だっただろう。
あんな軍の一部隊が投入されるような大規模な襲撃で、暗殺紛いの狙撃まであった。
あの狙撃は、ジョンの殺害と、拉致しやすいように撹乱することが目的だったと思う。
さらに言うなら、あの集団とオーギュストはまるで連携が取れていなかった。オーギュスト自身も、邪魔だと言いたげな発言をしていた。
どうも噛み合っていない。
あまりにも計画が杜撰というか、行動がバラバラ過ぎるような気がした。
もし集団とオーギュストの動きが連携が取れたものであるなら、きっとジョンは殺され、俺もシアも攫われていただろう。
本当に同じ人物が聖女拉致を依頼したのだろうか、と思ってしまった。
それと、初回のデートの時にジョンがキドナについて何か知っているような素振りを見せたことは、今回のこととはまた違う情報のはずだ。
シアはまだ何か情報を持ってる。
そう確信していた。
手に持っているボロボロの手帳の無事なページを開くと、今考えるべきことではないだろうと、感じた不審点を走り書きでメモした。
フィッシャーがテーブルに黒い小さな塊を幾つか並べた。
2センチほどの長さで先が円錐で、まるで子供が絵に描く魚のような形だ。どれも似たような形だが、潰れた物や変形した物がほとんどだった。
俺はそれを見てヒュッと息を飲んだ。
「これ…」
潰れていない、形が残っているものを手に取り、まじまじと見つめる。
「狙撃に使われた弾です。
部屋の壁にめり込んだでいた物を回収しました。」
ディーが説明してくれた。
俺はこれを過去に2回見たことがある。
一度目は自分の太もも裏に刺さり、二度目はジョンの肩から取り出した。あの時は夢中で気づかなかったが、この形はよく覚えている。
「キドナの…」
大きさは全く違うが、矢尻ような形の武器。
「ええ。襲撃はキドナの手の者ということで間違いありません」
「殿下が倒した狙撃手が持っていたリーフルもキドナ特有の武器でね」
「…リーフル…?」
狙撃、リーフル、と聞いて、ライフル銃のことだとすぐに気付く。
「筒状の武器にその弾を込め、圧縮した炸裂魔法で弾き出すんだ。
弾自体は魔力を帯びないから、索敵魔法に引っかからない厄介な代物でね」
フィッシャーの説明に開いた口が塞がらない。
咄嗟に、俺は机に置いてある紙の隅に、俺が知っている銃を描く。
「こういうものですか!?」
「…そう、そうだよ。似ている」
「ショーヘー、まさか…」
「俺の世界にあった武器だ…」
声が震える。
まさか、こんなものがこっちの世界にあるなんて。
俺と同じようにこっちの世界に迷い込んだジュノーが、銃を教えたことに嫌な汗が滲み出る。
俯き、歯を食いしばった。
「そのリーフルは、いつからキドナに?」
「文献では、キドナ建国時の紛争の時に使われたとある」
フィッシャーが教えてくれ、建国時ということは3000年も前にキドナに現れたジュノーが銃を伝えたことになる。
3000年前なんて日本は縄文時代だし、銃が世界の歴史に登場したのもそんな昔じゃないはず。
やはりここでも時間軸のズレが生じている。
だが、わかっているのは銃の構造を知っているか、銃を持ったままこの世界に現れたということだ。
ジュノーの知識が、とんでもない代物であると改めて思い知らされた。
俺の生きてきた時代の知識が、良いことばかりではなく、人を殺せる道具にまで及ぶことに、単なる利益だけではないとゾッとしてしまった。
ジュノーを色々な国が欲しがるという理由に、戦争に利用されるという意味もあると気付いた。
キドナが一個部隊を投入するほど聖女を、ジュノーである俺を手に入れたいのはそういうことなんだ。
おそらくキドナには、ジュノーがもたらした知識が戦争において有益であると伝わっている。好戦的なナイゼルが求めているのは国力や経済力ではなく軍事力であり、そのためにジュノーを求めている、俺に戦争の手助けをさせるつもりなのだと悪寒が走った。
膝の上にあった手を思わず強く握り締める。
「ショーヘー?」
ロイが俯いて考え込んだ俺を訝しむ。
「なんでもないよ」
顔を上げて笑顔をロイに向けるが、自分でも引き攣っているのがわかった。
今は襲撃の話が優先されるべきなので、考えたことをこの場で言うべきではないと思い、胸にしまい込む。
ロイはそれ以上何も聞いてこなかったが、おそらく何かを察してくれたのだろう、俺の握り締めた手を包み込むように握ってくれた。
「使用されたこれらの武器からも今回の首謀者はキドナで、ナイゼルで間違いないと思われる。こちらで拘束した者からはまだ情報を得られていないが時間の問題だろう」
フィッシャーが続けた。
「今回ショーヘー達を襲ったのは、ナイゼル直属の親衛隊だろう。
以前王都に向かっている最中にも襲ってきた奴らと同じだよ」
オスカーがそう断言する。
そう言われて、オスカーと初めて言葉を交わした時のことを思い出した。
野営しているあの時、その親衛隊に夜間に奇襲をかけられ、精鋭の第1部隊の騎士達にも負傷者が出ていた。
「ショーヘイ君を攫うため、デート前日にキドナの者達が商隊に偽装して入国している。
さらに、旅人を装った者達や、元々国内で諜報活動を行っていた者、総勢54名に及んだ」
その人数を聞いて唖然とした。
1人の殺害と俺の拉致に、一個部隊の人数以上が今回関わっていたのか、と冷や汗が出た。
「実際にはキャラバンに偽装していた連中の一部が親衛隊で、他はサポート役だな。
親衛隊が動きやすいよう、ショーヘーを守ろうとする俺達を邪魔をする役割を担っていた」
ロイが廊下での戦闘を思い出し、忌々しげに語る。
それを聞いて、部屋以外でも戦闘が行われていたと知った。
「さらに、内通者も判明した」
オスカーが眉間に皺を寄せて腕を組む。
「ジョンとのデートに護衛がついていないと情報を漏らしたのは、辺境伯邸のメイドの1人だった」
オスカーの表情がますます歪む。
さらに、だったという過去形に嫌な予感がした。
「もしかして…」
「お察しの通りだよ。
そのメイドはデート当日に休暇を取っており、昨日の早朝に発見された遺体が、そのメイドであると夜に判明した」
フィッシャーが続きを静かに語った。
「今から話すことはつい先ほどわかったことだが、ついでだから話しておこう。
そのメイドは3ヶ月ほど前に雇われたそうなのだが、提出された身元調査票に記載してある人物と当人は全くの別人だった。
調査票の本人はすでに亡くなっており、働いていたメイドがその人物になりすましていたことが判明した」
「そいつがどこの誰かは…」
ディーが今初めて聞いた事実に食いつく。
「全く持って不明だ。遺体の損傷がかなり酷くてね。おそらく身元はわからないだろう」
「オーギュストか」
ロイが呟く。
「おそらくは。拷問を受けてから殺されている所を見ると、奴だろう」
フィッシャーがその遺体を見て、オーギュストが好んで行う拷問の跡があったことを示唆した。
時間的に考えても、オーギュストが王都に到着した後にその内通者を殺害する時間はあった。
もしかすると、黒騎士がオーギュストを見失ったのもそのメイドが匿ったからではないか。デート当日に休暇を取ったメイドは、自分が殺されるとも知らずにオーギュストを匿い、そして殺されたと、そう考えた。
「もう一つ、何故ジュリエッタの居場所が判明したのかだが、それもそのメイドの仕業と思われる」
フィッシャーがさらにテーブルに装飾品を置いた。それには見覚えがあった。
ジョンがつけていた、スカーフクリップだ。胸元にあったのを記憶している。
「これに、居場所を特定する魔法が付与されていた」
フィッシャーが説明し、GPSみたいなものかと察した。
クリップを見ると、赤い魔石が嵌め込まれており、その魔石に付与したのだろうと思った。
会議室がシーンと静まり返る。
出された情報を繋げると、ピタリと符号した。
一体何人関わって、何人死んだのか。
仲間内でも殺し合い、俺を攫うためだけに、たくさんの人が死んだ。
改めてその事実を思い知らされた。
そして、聖女、ジュノーである俺に、それだけの価値を見出しているナイゼルに恐怖を覚える。
目線を下げ、両手で服の裾をギュッと握った。心なしか少しだけ体が震えている。口を閉じて奥歯を噛み締めていると、ロイとディーが俺の状態を察してそっと手を伸ばしてくれる。
ロイが俺の背中を摩り、ディーが握りしめた手に触れた。
左右の2人の顔を見てホッとし、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「襲撃に関しては、ある程度掴めたってことですね」
最後に確認した。
「ああ。後は捕らえた奴らからどれだけ情報を引き出せるかだ。それはこちらに任せてもらおう」
フィッシャーが真顔で答えた。
その方法に関しては聞きたくないので、深く追求することはしない。
「今回の首謀者がナイゼルだってわかったなら、断罪なり抗議なり出来るわよね」
ジャニスが鼻息荒く言ったが、その言葉にはほぼ全員が苦笑した。
「そう簡単には行きません。ことは政治が絡みます。証拠や証人も当てには出来ないんですよ。白を切られたり、他国干渉説を持ち出される場合もあります」
ディーが苦笑いを浮かべる。
それは何となく理解出来た。
捕らえた襲撃者が首謀者がナイゼルだと証言しても、見つかったキドナの暗器にしても、全てナイゼルを陥れるための工作であると言われれば、それを覆す証拠がない。
証拠を確実にするには、また証拠がいる。本当に面倒臭いと、俺も思った。
「何よそれー、面倒臭いわね」
途端にジャニスがブーブーと文句を言った。
「ここからは王やサイファー、ダリアの仕事だ。俺達が出来ることはない」
ロイが悔しそうに舌打ちしながら言った。
「私達が出来るのは、より確実で確かな証拠を得ることだね」
フィッシャーも滅多に見せないやりきれなさを表情に出した。
「より確実な…」
小さく呟き、その証拠や証言が確たるものであると出来る人物が1人だけいることに思い至った。
「バシリオ殿下…」
名前を呟く。
彼の言葉と存在が確実な証拠になる。ナイゼルの罪を暴くには、バシリオが絶対不可欠だと思った。
「そうだな。バシリオ殿下が見つかれば、状況は変わるだろう」
フィッシャーが腕を組んで頷いた。
テーブルに置かれた俺が書いた時系列を見つめ、シアと会話を再び呼び起こした。
そして、ここに書かれていないある事柄を思い出す。
俯き、唇を触る癖が出る。
グロスターで起きた娼婦殺害事件。
その被害者と同じ娼館で働く娼婦が行方不明になったと言っていた。
何故そんな話をしたのか。
殺害事件とその行方不明事件が同じくオーギュストの手によるものということなのか。単純に、行方不明の娼婦は遺体が見つかっていないだけなのか。
バシリオ暗殺も、実際にあったかどうかはわからない。
娼婦の遺体と同時に見つかったという傭兵らしき2人の男の遺体が、バシリオと行動を共にしていた従者かもしれないと考え、暗殺未遂があったと推理しただけだ。
会話の中で、その後はオーギュストの動向についての話になり、バシリオに関してこれから、という所で襲撃を受けて途中になってしまった。
目撃情報。
3人の遺体。
暗殺未遂。
行方不明の娼婦。
ふと頭の中に小さな閃きが浮かんだ。
思わず触っていた唇をギュッと思い切り摘んでしまう。
「ショーヘー…癖出てるぞ」
ムギュッと唇を掴んだままの俺を正面に座るオスカーが笑いながら指摘する。
無意識の行動を指摘され、少しだけ赤面しながら手を離す。
「あのさ、ジョンとシアに会えるかな」
キースに確認をする。
「ええ。会っていただきたいと思っていましたし、お二方もショーヘイさんに会いたいと」
「シアはショーヘイが居ない所では話す気がないようです」
ディーが苦笑する。
「今から、会える?」
「ジョン様はまだ起きられませんので、医務局の部屋ということになりますが」
「お見舞いに行きたい」
「わかりました。手配します」
「人選した方がいいな。俺は行かね」
オスカーが不貞腐れたように言い、シアに正体がバレていたことが気まずいのだろうと笑った。
「ここは、殿下とロイ、キース君でいいでしょう」
フィッシャーが言い、護衛も医務局まで一緒に行くが、部屋の外で待機することに決定する。
各々が立ち上がり、会議室を後にする。
キースはすぐに面会の手配に向かい、フィッシャーも官舎に戻って行った。
共有リヴィングでキースを待つことになり、それぞれがリヴィングで自由に座る。
「そういや、辺境伯はどうしてる?」
ジョンが狙撃され、傷は癒やされているが、多量出血で動けなかったはずだ。息子がそんな状況になり、さぞかし心配しているだろうと思った。
「とりあえず辺境伯自身には王家に対して反逆の意思がないとダリアが判断してな。
襲撃されたこと、その原因になった護衛不要と情報漏洩に関して…」
オスカーが言葉を切り苦笑する。
「レイブン様に土下座したよ」
「え」
「ショーヘーが眠ってしばらくして、真夜中にダリアと辺境伯を連れて王宮に戻ったんだが、息子の心配は二の次で、まずは土下座だ」
あの大きな体が土下座する光景を想像して唖然とした。
「ショーン様は、ベルトラークが用意した護衛をつけていると思っていたんだよ。
ジョンが勝手にその護衛を断り、単身デートに出向いていたことを知らなかった。
そんな愚息がしでかしたことが、今回の事に繋がったからな。
さらに雇った使用人が内通者かもしれないと」
「もう頭を上げさせるのに必死でしたよ」
ディーも思い出したのか苦笑いを浮かべる。
「最後までジョンと自分に罰をと言い張ってたな」
ロイもため息混じりに言った。
「罰…、あるのか?」
「それはどうだろう。まだ先の話だな」
「そっか…」
思わず心の中で何もお咎めがなければいいなと思ってしまった。それについて口を挟むわけにはいかないとも理解しているので、レイブンの温情を期待しようと思った。
「その後は一目散に医務局に駆けつけて、意識のないジョンを見て涙ぐんでたぞ。やっぱり親だな」
その時の姿を思い出し、オスカーは優しい笑顔を見せる。
「ショーヘイにも謝罪と礼をしたいって言ってましたよ」
「そっか…」
ショーンの人柄が伺える。
領地や領民を心から愛している領主の鏡のような人。その優しさは家族にも向けられており、威厳のある態度と言葉の裏にはとてつもなく大きな愛情があるんだと思った。
謝罪や礼は別にいいから、話してみたいと思い微笑む。
ロイとディーがそんな俺の表情を見て、いつもの笑顔だと嬉しそうに笑った。
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