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キドナ編 〜謀略の考察〜
211.おっさん、兄弟の確執を知る
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翔平は朝から機嫌が良かった。
絶対に昨夜のことを怒られると思っていたディーはチラチラと翔平の方を見るが、目が合いそうになると視線を逸らす、ということを繰り返していた。
起きてからずっとそんな調子のディーに、俺もロイも目を見合わせて呆れながら笑ってしまう。
別に昨夜の事を怒るつもりはない。
朝起きた時にはアナルに違和感や鈍痛はあったが、怒るというよりも、驚きの方が勝っていた。
まさかあんなことが出来るなんて、と人体の不思議を体験したことに驚いているだけだ。
それでもまたやりたいかと言われると、それはお断りしたいが。
朝食を終えて自室リヴィングに戻っても、いつ怒られるかとビクビクしているディーに笑い、かつこのままではまともに話が出来ないと、俺の方から昨夜の件を切り出した。
「あのさぁ、昨日のことなんだけど…」
そう口火を切った瞬間、ディーの表情が強張り、体がビクッと固まったのが目に見えてわかり苦笑する。
「別に怒ってないから」
「え…?」
「びっくりしただけだよ」
笑いながらそう言うと、ディーが目を丸くする。
「怒ってない?」
「怒ってないよ」
ニコッと笑顔を向けると、ディーははぁと息を吐いて肩から力を抜いてホッとしたようだった。
「すみません…昨日はショーヘイが可愛くて…止められなくて…」
「それなw」
ロイもディーの言葉ににっこりと笑って同意する。
「盛り上がったもんなー」
昨日を思い出したのか、2人の表情が緩みヘラヘラした笑顔を浮かべた。
「はいはい。この話はもう終わり」
せっかく綺麗な顔をしているのに、だらしなく緩み切った表情の2人に呆れながら強制的に昨晩の話を打ち切った。
これ以上話すと墓穴を掘りそうだと、早々に切り上げることにした。
「それより、質問、覚えてるか?」
「えー…?」
「何でしたっけ」
昨晩、2人のスイッチが入る前に矢継ぎ早に質問したことはすっかり忘れている様子に乾いた笑いを漏らした。
「キドナの兄弟は何であんなに仲が悪いのか。
ギル様は何処に行ったのか。
ジョンから何か言われたのか」
改めて向かい側に座る2人に質問を投げる。
「あぁ、それな」
そう言えば聞かれたな、と今思い出したかのようにロイが答えた。
「あまり時間もないので、手短に説明しますね」
ディーが時計を見て時間を確認した後、説明を始めた。
今は9時を過ぎたところだ。10時頃から聖女への変身が始まるので1時間しかない。
「まず、ギル様ですが、今は元コークス領にかかりきりでして」
コークスと聞いて、約2ヶ月前に暴かれたコークス家の事件を思い出した。
一族のほとんどが捕らえられ、現在は王城の外れにある牢に収監されている。
当然、爵位も領地も没収されており、今回の定例議会で、その領地に関しての議題も上がっていた。
「決定ではありませんが、今のところは隣接するランドール家が暫定的に管理することになったんです」
そんなことになっていたなんて、全く知らなかった。
「コークスの場合、実質的な領地管理は雇っていた者に任せきりだったらしくてな。ギルはここ1ヶ月、その運営管理の把握に奔走してたよ」
ロイがさも当然と普通のことのように言うが、それはかなり大変なことだろうと、顔を顰めた。
時々姿が見えないこともあったのは、今の話からすると、コークス領の視察に行ったり、その管理体制を把握するために追われていたのだろうと察した。
全くそんな忙しさなんて知らなかったから、ジャニスに頼んだ個人的面談は無理かな、と心の中で考えた。
ギルバートに相談するのが無理であれば、誰に、と思ったが、今はその思考を頭の隅に追いやる。
ギルバートについてはわかったので、次に移る。
「ジョンの話は…」
ロイとディーが顔を見合わせて苦笑した。そんな2人の態度に首を捻る。
「ジョンは…、ショーヘーに惚れてた」
「本気で結婚しようと思ってたようですよ」
「……へぇ…」
そう教えられ返事をしたが、その意味を飲み込んで慌てた。
「え!?なんで!?」
「偽装結婚は建前で、ショーヘイと愛のある結婚をしようとしてたんですよ」
「結婚して、ジョンは確実に自分は幸せになると考えてたw」
「……そんな素振り少しも…」
ジョンが俺に本気でいるなんて、そんなことこれっぽっちも考えなかった。そんな態度を取られていないぞ、と考え、眉間に皺を寄せる。
「ショーヘー、お前さ、かなり鈍いよな」
ロイが笑いながら言った。
「そうですね。
でもそれは、元の世界での価値観のせいでもあると思いますよ。
男性から好意を向けられて誘われることに慣れていないから、気付かなかったんじゃないですかね」
ディーもクスクスと笑う。
「え…」
2人に言われて口元に手を当てて考えた。
ジョンとのデートでの態度、会話、表情を思い出す。
マフラーをプレゼントされ、手を繋いで歩き、肩を抱かれて並んで歩いた。
そしてキスをされたし、キスしたいと言われた。
その数々のジョンの行動を思い出し、それが惚れた奴への行動だと考えると、全てしっくりと当てはまることに気付いてしまった。
あれは、正義感から生まれた行動ではなく、そこに恋愛感情があったからだと、今更気付いた。
そう気付いてしまうと、カアァッと顔を、耳まで真っ赤になった。
真っ直ぐな恋愛感情を向けられたこともそうだが、全くそのことに気付かなかった鈍感な自分が堪らなく恥ずかしかった。
「そんな…」
口元を抑えて真っ赤になっている翔平を見て、2人が苦笑いを浮かべる。
こういう所が可愛いんだよなぁ、とロイもディーも同じことを考えていた。
自分たちが惚れた相手なのだから、他にも惚れられて当然だと思う。そんな翔平の心を射止めたのは自分達で、誰にも譲る気はない。だが、他人の感情を止めることは出来ない。
絶対に渡さない、渡すものか、と改めて心の中で決意した。
「あー…そっか…」
顔の火照りが収まり、翔平がふぅと息を吐いて、ロイとディーを見つめた。
「でも俺は、ロイとディーが好きだから。ジョンの気持ちには応えられない」
きっぱりはっきりそう言い、またポッと頬を赤くして、サッと視線を逸らしてしまった。
やっぱり可愛い。
ロイもディーも、ニヤニヤと翔平の顔を見つめて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ジョンもそれはちゃんとわかってました」
「ああ。ショーヘーをよろしく頼むって言われたんだ」
ジョンが俺を諦め、恋人である2人に頼んだと聞き、ふわりと胸が温かくなり、気恥ずかしさに顔を赤くしながらはにかんで笑った。
最後にキドナの王子達の話に移る。
「あの兄弟は、母親が違います」
ディーが知っている、クルーズ王家の系図を説明する。
「現王であるフォスター様には2人の伴侶がいます。正妻である王妃マルガリータ様と、第2妃のジルベスター様です」
「王太子であるナイゼルは第2妃の子で、第2王子のバシリオは王妃の子だ」
「…ん?」
一瞬、その順番に混乱した。
「えっと…、王妃と第2妃っていうのは、立場の違いとかある?」
「国にもよりますが、キドナの場合は明らかに序列があります。
あくまでも正妃はマルガリータ様で、ジルベスター様はその次です」
「お妃に序列があるのに、正妃の子が王太子にならない…?
子供は生まれた順でってこと?」
「そうなんです」
ややこしいな、と顔を顰める。
「もしかして、妃同士も仲が悪いのか」
「悪いというか…」
ディーが苦笑する。
「フォスター王が愛しているのは、正妃のマルガリータ様なんです。
第2妃のジルベスター様は、いわゆる政略結婚で、そこに愛はないともっぱらの噂です」
「何それ…」
片や愛のある結婚、片や愛のない政略結婚。そしてその子供達。妃と王子達の序列が逆転していることに、それぞれの感情がどのように動いているのか想像も出来なかった。
そんな俺の表情にディーが苦笑しさらに続ける。
「王妃のマルガリータ様は3年前に亡くなりましたが、ジルベスター様はご健在です。
ですが…軟禁状態です」
「まさか…」
それを聞いて、その理由を察した。
「思われた通りです。
ジルベスター様がマルガリータ様を暗殺したと…。他国のことなので、噂程度しか知りませんが…」
ドロドロの愛憎劇じゃないか、と表情に出した。
さらに2人からクルーズ家の内情を聞き、何とも言えない不快感が残った。
ジルベスターは公爵家という立場から将来は王に嫁ぐべく教育されて育てられきた。婚約していたわけではないが、世間の風潮や王家と貴族の結び付きも強いことから、いずれジルベスターが王太子妃になると誰もが思っていた。
だが、フォスターが選んだのは、キドナの豪商で平民出身のマルガリータだった。学生の時に出会い、大恋愛の末の結婚だったという。
その結婚に反対する貴族も多かったが、王太子妃となったマルガリータは、平民と言えども貴族に近い富裕階層の人であったため、マナーや社交は全く問題もなく、むしろその人となりは王妃になるに相応しい人物で、次第に反対派も黙り込み、逆に味方が増えていく。
だが、結婚して3年経っても子供が出来なかった。
そこに未だに諦めていなかった公爵家がジルベスターを第2妃にと推したのである。
フォスターは最初は頑なに拒んでいたが、後継問題が浮上し渋々ながらジルベスターを迎え入れた。
それから1年後、ジルベスターは後継であるナイゼルを産んだ。
フォスターは産まれてきた我が子を愛おしく思い愛情を注ぐが、逆に、その母であるジルベスターには感謝こそすれ、愛情を抱くことはなかった。
後継を産んだにも関わらず、その後フォスターに愛されることもなく、名ばかりの妃の心は荒んでいった。
ことあるごとに、平民出身であること、子供を産めないマルガリータを馬鹿にし罵詈雑言を浴びせて、自分こそが王妃に相応しいと公言した。
だが、それが当時の王とフォスターの逆鱗に触れた。
その時には、現王も王太子妃であったマルガリータの人格が王妃に相応しいと認めており、それを愚弄する言動を続けるジルベスターを公爵家に戻す、つまり離縁させるという話にまで発展した。
ジルベスターは我が子まで取り上げられる寸前で、王とフォスター、マルガリータの前で土下座し、どうか離縁だけは、子供を取り上げないでくれと、懇願した。
その裏では、ジルベスターが産んだナイゼルを、マルガリータに育てさせるという、王とフォスターの企みが働いていた。
だが、その企みに気付いたマルガリータは、その人道的に反する行為に怒り、王と夫に恥を知れと、土下座するジルベスターを庇い、王家を罵った。
その一連の騒動は貴族の間で語り草になり、マルガリータの株は上昇し、ジルベスターは憐れ蔑まれるようになってしまった。
ジルベスターはマルガリータに救われ感謝した。それ以降表面上はマルガリータと親しく接するようになり、妃同士、仲睦まじい関係を築いていく。
だが、その裏では、ジルベスターの自尊心もプライドも大きく傷ついており、マルガリータとフォスター、クルーズ王家に対する憎しみと怨みが膨れ上がっていた。
その憎しみはナイゼルの教育にも多大な影響を及ぼしていく。
フォスターが王に即位して数年後、ナイゼルが10歳の時に、マルガリータがバシリオを産んだ。
長子であるナイゼルが王太子であることは変わらない。だが、絶対とは言い切れない。
ジルベスターは、ナイゼルの立場がバシリオに取って代わられると、怯え暮らした。
実際に、公爵家出身のジルベスターが産んだ長子であるナイゼルをそのまま王太子とする派閥。
王に愛されている王妃マルガリータの子であるバシリオこそが王に相応しいとする派閥に国の中枢が二分されて行った。
蓄積された憎しみと怨み、王に愛されない悲しみと、愛されている王妃への妬み。それに加えて第2王子の存在。ジルベスターの心は耐えることができず、次第に病んでいく。
ナイゼルとバシリオは、そんな妃達の出自や立場、周囲の貴族達、派閥の影響を受けながら育ち、確執を抱えるようになった。
当然派閥間の争いも起こり、擁立される兄弟の仲は悪くなる一方で、表立って対立するこはないが、違いに探り合い牽制し合うという状況になっていく。
そんな中、ナイゼル35歳、バシリオ25歳の時、マルガリータは突然亡くなった。
その死因は公表されていない。
だが、それと同時にジルベスターが後宮に軟禁されたことから、まことしやかにそういうことだろうと噂が流れ、葬儀後は誰もがそのことに触れることはなかった。
2人の王子を擁立する派閥争いは激化し、混迷を極めて行く。
話を聞き終わり、ムカムカする気持ちを表情に現す。
はっきりと気分が悪い話だと思った。
「ムカつく話だな」
眉間に皺を寄せて呟く。
「はっきり言うとさ、フォスター王が一番悪い」
舌打ちせんばかりの、乱暴な口調で言った。
「後継問題で、第2妃を迎えたのは100歩譲って我慢出来ても、その後そのジルベスターを放っておくのが許せないな。
かわいそうだよ。子供を産ませるだけ産ませて、お前はいらないってことだろ?
サイテーだわ」
早口で怒りを現した。
「それに、バシリオが産まれた後も、なんではっきりとフォスター王が序列を決めなかったんだ。
今もまだナイゼルを王太子のままにして、バシリオを持ち上げる派閥を傍観してるんじゃ、フォスター王がそれを望んでいると勘繰られてもおかしくないだろ」
ぷんぷんと怒りながら言うと、ロイもディーも苦笑した。
「ショーヘーの言うとおりだな。
おそらくフォスター王は愛する王妃の子であるバシリオを次期王にしたい。そう心の何処かで望んでいるんだろう」
「ですが、今までの伝統もあるからそうも出来ない。
それに、ナイゼルもやはり王の子ですから、愛情がないわけじゃないんです。
妃にははっきりと優劣をつけていたようですが、子供には平等に接していたようですよ」
「そのお妃に優劣つけるっていうのがそもそも間違いなんだよ」
プンスカと怒りで興奮したように言ったが、数秒後に小さくため息をついた。
「まぁ人の家族だしとやかく言える立場でもないけどさ…。なんかいたたまれないよ」
「そうだなぁ…」
ロイもポツリと漏らした。
ロイもディーもやはりクルーズ王家には思う所があるのか、複雑な表情をしていた。
政治や愛憎が絡む王家や貴族の現実は、キドナに限ったことではない。この公国でも政略結婚や後継問題は現在でも続いている話で、他人事だと無視できる内容でもないのだ。
それを知っているからこその微妙な表情なんだろうと思った。
スッとソファから立ち上がると、向かい側の2人に近付いた。
「あのさ、立場とかは違うけど、俺もお前達を伴侶にしようとしてる」
ロイとディーの間に割り込むように座る。
「俺は、2人に優劣なんてつけないから。ちゃんと平等に…、その…愛してるから」
最後の方を言った時には顔が真っ赤になっていた。
ギュッと割り込んできた翔平が言った言葉に、2人がキョトンとした後、すぐに破顔した。
「わかってるって~」
「わかってますよぉ」
ほぼ同時に左右から抱きしめられた。
「好きだぜ、ショーヘー」
「愛してます、ショーヘイ」
そしてやはり同時にムチュッと頬にキスされ、顔を赤くしながらはにかむ。
「わかってるなら、いい」
ニマニマと嬉しそうに微笑む。
俺は絶対にどっちが上だとか下だとか、順番なんて決めない。
ロイもディーも同じくらい好きで、愛している。今までも平等に愛してきたし、これからもそうするつもりだ。
2人の温かい手を自分から握って、目一杯の愛情の含ませた魔力を注ぐ。
そして、順番に唇に重ねた。
時計を見るとそろそろクロエ達衣装班がやってくる10時になろうとしていた。
手を繋いだままソファから立ち上がり出迎えようとした所で、自室リヴィングがノックされる。
「ショーヘー様、お召し替えの時間でございます」
次席執事のバーニーがドアの向こうに立ち、その後ろに衣装班の3人がにこやかに立っていた。
「今日もよろしくお願いします」
挨拶すると、フィッティングルームへ移動し、聖女への変身が始まった。
絶対に昨夜のことを怒られると思っていたディーはチラチラと翔平の方を見るが、目が合いそうになると視線を逸らす、ということを繰り返していた。
起きてからずっとそんな調子のディーに、俺もロイも目を見合わせて呆れながら笑ってしまう。
別に昨夜の事を怒るつもりはない。
朝起きた時にはアナルに違和感や鈍痛はあったが、怒るというよりも、驚きの方が勝っていた。
まさかあんなことが出来るなんて、と人体の不思議を体験したことに驚いているだけだ。
それでもまたやりたいかと言われると、それはお断りしたいが。
朝食を終えて自室リヴィングに戻っても、いつ怒られるかとビクビクしているディーに笑い、かつこのままではまともに話が出来ないと、俺の方から昨夜の件を切り出した。
「あのさぁ、昨日のことなんだけど…」
そう口火を切った瞬間、ディーの表情が強張り、体がビクッと固まったのが目に見えてわかり苦笑する。
「別に怒ってないから」
「え…?」
「びっくりしただけだよ」
笑いながらそう言うと、ディーが目を丸くする。
「怒ってない?」
「怒ってないよ」
ニコッと笑顔を向けると、ディーははぁと息を吐いて肩から力を抜いてホッとしたようだった。
「すみません…昨日はショーヘイが可愛くて…止められなくて…」
「それなw」
ロイもディーの言葉ににっこりと笑って同意する。
「盛り上がったもんなー」
昨日を思い出したのか、2人の表情が緩みヘラヘラした笑顔を浮かべた。
「はいはい。この話はもう終わり」
せっかく綺麗な顔をしているのに、だらしなく緩み切った表情の2人に呆れながら強制的に昨晩の話を打ち切った。
これ以上話すと墓穴を掘りそうだと、早々に切り上げることにした。
「それより、質問、覚えてるか?」
「えー…?」
「何でしたっけ」
昨晩、2人のスイッチが入る前に矢継ぎ早に質問したことはすっかり忘れている様子に乾いた笑いを漏らした。
「キドナの兄弟は何であんなに仲が悪いのか。
ギル様は何処に行ったのか。
ジョンから何か言われたのか」
改めて向かい側に座る2人に質問を投げる。
「あぁ、それな」
そう言えば聞かれたな、と今思い出したかのようにロイが答えた。
「あまり時間もないので、手短に説明しますね」
ディーが時計を見て時間を確認した後、説明を始めた。
今は9時を過ぎたところだ。10時頃から聖女への変身が始まるので1時間しかない。
「まず、ギル様ですが、今は元コークス領にかかりきりでして」
コークスと聞いて、約2ヶ月前に暴かれたコークス家の事件を思い出した。
一族のほとんどが捕らえられ、現在は王城の外れにある牢に収監されている。
当然、爵位も領地も没収されており、今回の定例議会で、その領地に関しての議題も上がっていた。
「決定ではありませんが、今のところは隣接するランドール家が暫定的に管理することになったんです」
そんなことになっていたなんて、全く知らなかった。
「コークスの場合、実質的な領地管理は雇っていた者に任せきりだったらしくてな。ギルはここ1ヶ月、その運営管理の把握に奔走してたよ」
ロイがさも当然と普通のことのように言うが、それはかなり大変なことだろうと、顔を顰めた。
時々姿が見えないこともあったのは、今の話からすると、コークス領の視察に行ったり、その管理体制を把握するために追われていたのだろうと察した。
全くそんな忙しさなんて知らなかったから、ジャニスに頼んだ個人的面談は無理かな、と心の中で考えた。
ギルバートに相談するのが無理であれば、誰に、と思ったが、今はその思考を頭の隅に追いやる。
ギルバートについてはわかったので、次に移る。
「ジョンの話は…」
ロイとディーが顔を見合わせて苦笑した。そんな2人の態度に首を捻る。
「ジョンは…、ショーヘーに惚れてた」
「本気で結婚しようと思ってたようですよ」
「……へぇ…」
そう教えられ返事をしたが、その意味を飲み込んで慌てた。
「え!?なんで!?」
「偽装結婚は建前で、ショーヘイと愛のある結婚をしようとしてたんですよ」
「結婚して、ジョンは確実に自分は幸せになると考えてたw」
「……そんな素振り少しも…」
ジョンが俺に本気でいるなんて、そんなことこれっぽっちも考えなかった。そんな態度を取られていないぞ、と考え、眉間に皺を寄せる。
「ショーヘー、お前さ、かなり鈍いよな」
ロイが笑いながら言った。
「そうですね。
でもそれは、元の世界での価値観のせいでもあると思いますよ。
男性から好意を向けられて誘われることに慣れていないから、気付かなかったんじゃないですかね」
ディーもクスクスと笑う。
「え…」
2人に言われて口元に手を当てて考えた。
ジョンとのデートでの態度、会話、表情を思い出す。
マフラーをプレゼントされ、手を繋いで歩き、肩を抱かれて並んで歩いた。
そしてキスをされたし、キスしたいと言われた。
その数々のジョンの行動を思い出し、それが惚れた奴への行動だと考えると、全てしっくりと当てはまることに気付いてしまった。
あれは、正義感から生まれた行動ではなく、そこに恋愛感情があったからだと、今更気付いた。
そう気付いてしまうと、カアァッと顔を、耳まで真っ赤になった。
真っ直ぐな恋愛感情を向けられたこともそうだが、全くそのことに気付かなかった鈍感な自分が堪らなく恥ずかしかった。
「そんな…」
口元を抑えて真っ赤になっている翔平を見て、2人が苦笑いを浮かべる。
こういう所が可愛いんだよなぁ、とロイもディーも同じことを考えていた。
自分たちが惚れた相手なのだから、他にも惚れられて当然だと思う。そんな翔平の心を射止めたのは自分達で、誰にも譲る気はない。だが、他人の感情を止めることは出来ない。
絶対に渡さない、渡すものか、と改めて心の中で決意した。
「あー…そっか…」
顔の火照りが収まり、翔平がふぅと息を吐いて、ロイとディーを見つめた。
「でも俺は、ロイとディーが好きだから。ジョンの気持ちには応えられない」
きっぱりはっきりそう言い、またポッと頬を赤くして、サッと視線を逸らしてしまった。
やっぱり可愛い。
ロイもディーも、ニヤニヤと翔平の顔を見つめて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ジョンもそれはちゃんとわかってました」
「ああ。ショーヘーをよろしく頼むって言われたんだ」
ジョンが俺を諦め、恋人である2人に頼んだと聞き、ふわりと胸が温かくなり、気恥ずかしさに顔を赤くしながらはにかんで笑った。
最後にキドナの王子達の話に移る。
「あの兄弟は、母親が違います」
ディーが知っている、クルーズ王家の系図を説明する。
「現王であるフォスター様には2人の伴侶がいます。正妻である王妃マルガリータ様と、第2妃のジルベスター様です」
「王太子であるナイゼルは第2妃の子で、第2王子のバシリオは王妃の子だ」
「…ん?」
一瞬、その順番に混乱した。
「えっと…、王妃と第2妃っていうのは、立場の違いとかある?」
「国にもよりますが、キドナの場合は明らかに序列があります。
あくまでも正妃はマルガリータ様で、ジルベスター様はその次です」
「お妃に序列があるのに、正妃の子が王太子にならない…?
子供は生まれた順でってこと?」
「そうなんです」
ややこしいな、と顔を顰める。
「もしかして、妃同士も仲が悪いのか」
「悪いというか…」
ディーが苦笑する。
「フォスター王が愛しているのは、正妃のマルガリータ様なんです。
第2妃のジルベスター様は、いわゆる政略結婚で、そこに愛はないともっぱらの噂です」
「何それ…」
片や愛のある結婚、片や愛のない政略結婚。そしてその子供達。妃と王子達の序列が逆転していることに、それぞれの感情がどのように動いているのか想像も出来なかった。
そんな俺の表情にディーが苦笑しさらに続ける。
「王妃のマルガリータ様は3年前に亡くなりましたが、ジルベスター様はご健在です。
ですが…軟禁状態です」
「まさか…」
それを聞いて、その理由を察した。
「思われた通りです。
ジルベスター様がマルガリータ様を暗殺したと…。他国のことなので、噂程度しか知りませんが…」
ドロドロの愛憎劇じゃないか、と表情に出した。
さらに2人からクルーズ家の内情を聞き、何とも言えない不快感が残った。
ジルベスターは公爵家という立場から将来は王に嫁ぐべく教育されて育てられきた。婚約していたわけではないが、世間の風潮や王家と貴族の結び付きも強いことから、いずれジルベスターが王太子妃になると誰もが思っていた。
だが、フォスターが選んだのは、キドナの豪商で平民出身のマルガリータだった。学生の時に出会い、大恋愛の末の結婚だったという。
その結婚に反対する貴族も多かったが、王太子妃となったマルガリータは、平民と言えども貴族に近い富裕階層の人であったため、マナーや社交は全く問題もなく、むしろその人となりは王妃になるに相応しい人物で、次第に反対派も黙り込み、逆に味方が増えていく。
だが、結婚して3年経っても子供が出来なかった。
そこに未だに諦めていなかった公爵家がジルベスターを第2妃にと推したのである。
フォスターは最初は頑なに拒んでいたが、後継問題が浮上し渋々ながらジルベスターを迎え入れた。
それから1年後、ジルベスターは後継であるナイゼルを産んだ。
フォスターは産まれてきた我が子を愛おしく思い愛情を注ぐが、逆に、その母であるジルベスターには感謝こそすれ、愛情を抱くことはなかった。
後継を産んだにも関わらず、その後フォスターに愛されることもなく、名ばかりの妃の心は荒んでいった。
ことあるごとに、平民出身であること、子供を産めないマルガリータを馬鹿にし罵詈雑言を浴びせて、自分こそが王妃に相応しいと公言した。
だが、それが当時の王とフォスターの逆鱗に触れた。
その時には、現王も王太子妃であったマルガリータの人格が王妃に相応しいと認めており、それを愚弄する言動を続けるジルベスターを公爵家に戻す、つまり離縁させるという話にまで発展した。
ジルベスターは我が子まで取り上げられる寸前で、王とフォスター、マルガリータの前で土下座し、どうか離縁だけは、子供を取り上げないでくれと、懇願した。
その裏では、ジルベスターが産んだナイゼルを、マルガリータに育てさせるという、王とフォスターの企みが働いていた。
だが、その企みに気付いたマルガリータは、その人道的に反する行為に怒り、王と夫に恥を知れと、土下座するジルベスターを庇い、王家を罵った。
その一連の騒動は貴族の間で語り草になり、マルガリータの株は上昇し、ジルベスターは憐れ蔑まれるようになってしまった。
ジルベスターはマルガリータに救われ感謝した。それ以降表面上はマルガリータと親しく接するようになり、妃同士、仲睦まじい関係を築いていく。
だが、その裏では、ジルベスターの自尊心もプライドも大きく傷ついており、マルガリータとフォスター、クルーズ王家に対する憎しみと怨みが膨れ上がっていた。
その憎しみはナイゼルの教育にも多大な影響を及ぼしていく。
フォスターが王に即位して数年後、ナイゼルが10歳の時に、マルガリータがバシリオを産んだ。
長子であるナイゼルが王太子であることは変わらない。だが、絶対とは言い切れない。
ジルベスターは、ナイゼルの立場がバシリオに取って代わられると、怯え暮らした。
実際に、公爵家出身のジルベスターが産んだ長子であるナイゼルをそのまま王太子とする派閥。
王に愛されている王妃マルガリータの子であるバシリオこそが王に相応しいとする派閥に国の中枢が二分されて行った。
蓄積された憎しみと怨み、王に愛されない悲しみと、愛されている王妃への妬み。それに加えて第2王子の存在。ジルベスターの心は耐えることができず、次第に病んでいく。
ナイゼルとバシリオは、そんな妃達の出自や立場、周囲の貴族達、派閥の影響を受けながら育ち、確執を抱えるようになった。
当然派閥間の争いも起こり、擁立される兄弟の仲は悪くなる一方で、表立って対立するこはないが、違いに探り合い牽制し合うという状況になっていく。
そんな中、ナイゼル35歳、バシリオ25歳の時、マルガリータは突然亡くなった。
その死因は公表されていない。
だが、それと同時にジルベスターが後宮に軟禁されたことから、まことしやかにそういうことだろうと噂が流れ、葬儀後は誰もがそのことに触れることはなかった。
2人の王子を擁立する派閥争いは激化し、混迷を極めて行く。
話を聞き終わり、ムカムカする気持ちを表情に現す。
はっきりと気分が悪い話だと思った。
「ムカつく話だな」
眉間に皺を寄せて呟く。
「はっきり言うとさ、フォスター王が一番悪い」
舌打ちせんばかりの、乱暴な口調で言った。
「後継問題で、第2妃を迎えたのは100歩譲って我慢出来ても、その後そのジルベスターを放っておくのが許せないな。
かわいそうだよ。子供を産ませるだけ産ませて、お前はいらないってことだろ?
サイテーだわ」
早口で怒りを現した。
「それに、バシリオが産まれた後も、なんではっきりとフォスター王が序列を決めなかったんだ。
今もまだナイゼルを王太子のままにして、バシリオを持ち上げる派閥を傍観してるんじゃ、フォスター王がそれを望んでいると勘繰られてもおかしくないだろ」
ぷんぷんと怒りながら言うと、ロイもディーも苦笑した。
「ショーヘーの言うとおりだな。
おそらくフォスター王は愛する王妃の子であるバシリオを次期王にしたい。そう心の何処かで望んでいるんだろう」
「ですが、今までの伝統もあるからそうも出来ない。
それに、ナイゼルもやはり王の子ですから、愛情がないわけじゃないんです。
妃にははっきりと優劣をつけていたようですが、子供には平等に接していたようですよ」
「そのお妃に優劣つけるっていうのがそもそも間違いなんだよ」
プンスカと怒りで興奮したように言ったが、数秒後に小さくため息をついた。
「まぁ人の家族だしとやかく言える立場でもないけどさ…。なんかいたたまれないよ」
「そうだなぁ…」
ロイもポツリと漏らした。
ロイもディーもやはりクルーズ王家には思う所があるのか、複雑な表情をしていた。
政治や愛憎が絡む王家や貴族の現実は、キドナに限ったことではない。この公国でも政略結婚や後継問題は現在でも続いている話で、他人事だと無視できる内容でもないのだ。
それを知っているからこその微妙な表情なんだろうと思った。
スッとソファから立ち上がると、向かい側の2人に近付いた。
「あのさ、立場とかは違うけど、俺もお前達を伴侶にしようとしてる」
ロイとディーの間に割り込むように座る。
「俺は、2人に優劣なんてつけないから。ちゃんと平等に…、その…愛してるから」
最後の方を言った時には顔が真っ赤になっていた。
ギュッと割り込んできた翔平が言った言葉に、2人がキョトンとした後、すぐに破顔した。
「わかってるって~」
「わかってますよぉ」
ほぼ同時に左右から抱きしめられた。
「好きだぜ、ショーヘー」
「愛してます、ショーヘイ」
そしてやはり同時にムチュッと頬にキスされ、顔を赤くしながらはにかむ。
「わかってるなら、いい」
ニマニマと嬉しそうに微笑む。
俺は絶対にどっちが上だとか下だとか、順番なんて決めない。
ロイもディーも同じくらい好きで、愛している。今までも平等に愛してきたし、これからもそうするつもりだ。
2人の温かい手を自分から握って、目一杯の愛情の含ませた魔力を注ぐ。
そして、順番に唇に重ねた。
時計を見るとそろそろクロエ達衣装班がやってくる10時になろうとしていた。
手を繋いだままソファから立ち上がり出迎えようとした所で、自室リヴィングがノックされる。
「ショーヘー様、お召し替えの時間でございます」
次席執事のバーニーがドアの向こうに立ち、その後ろに衣装班の3人がにこやかに立っていた。
「今日もよろしくお願いします」
挨拶すると、フィッティングルームへ移動し、聖女への変身が始まった。
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