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キドナ編 〜さらなる考察とバシリオの救出〜
216.おっさん、慰められる
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朝日が昇る前に目を覚まし、身支度を整えた。
しーんと静まり返った廊下を進み、まだ空け切っていない薄暗い外に出る。
「寒…」
室内から外に出て、その気温差にブルブルッと体を震わせると、すっかり雪の積もった地面を踏み締め、そのまま厩舎に向かう。
昨日の内に馬を選び、準備はもう終わっている。持ってきたカバンや簡易テントなど必要な物を馬にくくりつけると、手綱を引いて外に出る。
丁度昇ってきた太陽が木々の間から足元を照らす。
「よし。行くか」
軽やかに馬に乗り込むと手綱をパシッとふるい、駆け足で屋敷を後にした。
昨夜ベネット領領都シュターゲンに転移魔法で到着した4人は、領主邸にある魔法陣の部屋でぺこぺこと頭を下げる男に出迎えられた。
アドルフ・ベネットの息子、現在領主代理のカーティスだった。
「お、お疲れ様でございます…」
げっそりとやつれたその姿は、公爵家の長子であるという威厳はもう何処にもない。
つい数ヶ月前までは、次期公爵という立場で不遜な態度をひけらかす鼻持ちならない男だった。
だが、父親が犯罪者として捕えられ、その立場は天国から地獄へ叩き落とされた。
数ヶ月前の早朝、法務局の執行官、司法局の捜査官が突然どっと押し寄せ、屋敷の使用人達の制止を振り切って家宅捜索を始めた。
執事に起こされて寝夜着にガウンという姿で自室を飛び出した時には、役人達が溢れ返り屋敷中の物をひっくり返していた。
何が起こっているのか把握出来ず、ただ呆然と眺めている所に、執行官と名乗る男が数名近付き、父アドルフの罪状を告げられ、王と宰相のサイン入りの書簡を見せつけられた。
その執行官の1人が、目の前にいるダニエルだった。
行く時はグレイ1人だったのが、戻ってきた時に再び執行官のダニエルに加えて元獣士団団長のロイ、さらに明らかに強者とわかる顔に傷が残る男にビクビクしながら問いかける。
「あ、あの…、今日はどのようなご用件で…」
おどおどした感じでダニエルを上目遣いで見る。
「何でもない。明日の朝には出て行くから気にするな」
ダニエルが答え、他3名も何も言わず、カーティスに目を合わせようともせずに、転移魔法陣の部屋から大股で出て行く。
シュターゲン側で魔法陣の操作をしていた、獣士団の騎士がグレイに駆け足で追いつくと、今日あった事項の報告を始める。
魔法陣の部屋にポツンと残されたカーティスは4人を追いかけることもせず、ただ黙って見送ることしか出来なかった。
今現在この領主邸は、数多くの役人や調査員の宿泊施設となっている。
現在も邸内にある膨大な量の帳簿類の精査が行われていた。
カーティスが触れないように帳簿関係は1箇所に集められて24時間体制で警備がついている。カーティス自身にも監視がつき、屋敷の中であっても1人で自由に行動出来なくなっており、軟禁状態であった。
グレイが歩きながら部下から報告書の束を受け取ると、素早くそれに目を通し、自分の対応が必要なものだけをピックアップすると、残りを部下に返す。
「こっちは俺がやるから、後は任せる。
各班長の指示に従ってくれ。
今日はもういいぞ。お疲れさん」
指示を出し、ロイ達3人を屋敷の3階の一部屋に連れて行った。
「すまんな。部屋が足りなくてここしか空いてないんだ」
領主邸らしく、数多くの部屋があるが、全て執行官、捜査官、調査員に割り振られている。
獣士団はまた別の場所で寝泊まりしているが、各局の人員との橋渡しもあるため、グレイだけはこの屋敷に仮住まいしていた。
「寝られれば何処でもいい」
ロイがそれでも来客用のベッドと布団が揃った部屋に微笑みながら、グレイの肩をポンポンと叩いた。
「馬を3頭借りたい」
「ああ。カバンを置いたら厩舎へ」
カバンを部屋に置き、座ることもせずに厩舎に行って馬を選んだ。
「明日は夜明けと共に出発しよう」
厩舎で出発時間をダニエルとデクスターに言うと、2人とも了解と返事をした。
「グレイ、バシリオを見つけて戻った時、時間に関係なくすぐに転移魔法陣を使う。
いつになるかはわからんが、使えるようにだけはしておいてくれるか」
「ああ、わかった。気をつけて行ってこい」
ゴツッと互いに拳をぶつけ合うと、グレイとは厩舎で別れた。
3人で部屋に戻り、円卓に持ってきたベネット領の詳細な地図を広げた。
すでにダニエルもデクスターもシアの情報と現在の状況も把握している。
「こっから教会に真っ直ぐ向かうか、それともグロスターを経由するか…」
北上してグロスターに行き、そこから西に進む方法と、斜めに真っ直ぐ教会へ行く方法、どちらのルートを選ぶかを2人に問いかけた。
「夏場なら斜めに行っても問題ないだろうがな」
ダニエルが真っ直ぐ向かった時に通るだろう峠を指で示した。
「今時期は天候が荒れるとやっかいだぞ。足止めをくらう可能性が高い」
「だよなぁ…」
初冬の今時期、山の上はすでに積雪があり、天候も崩れやすい。
距離的には斜めに行った方が近いし、グロスター経由よりも2日程早く着ける。だがそれは順調に進めれば、の話だった。
「予報では平地でも雪となっていますから、おそらく峠付近は大荒れでしょう。
一度荒れると次の晴れがいつなのか予測出来ません」
デクスターが、急がば回れだとグロスター経由を進言し、ロイもダニエルも頷いた。
「体力も削られるしな。無難に平地を行くか」
バシリオがいるかどうかもわからない、かつ敵の存在もある。時間はかかるかもしれないが、可能な限り余計な体力の消耗は避けるべきだと決断した。
「グロスターまでの間、ここと、ここ」
デクスターが点在する村を二ヶ所示した。
「馬を用意させてありますので、乗り換えましょう」
ユリアの指示で、早馬をそれぞれの場所に用意してあると告げると、ロイもダニエルも苦笑した。
斜めに真っ直ぐ行くことにならないと、ユリアは先回りして事前に準備をさせていたのだ。
1頭の馬で進むと思っていたので、これなら予定よりも早く到着出来ると思った。
「流石だねぇ、王女殿下は」
ダニエルが声に出して笑った。
シュターゲンからグロスターまで、通常なら馬で4日。
馬を乗り換えるなら、その半分で行けるな、と頭の中で思い描いた。
自然に意識が覚醒する。
瞼を開け、視界に入った自分の手と布団をじっと見つめた。
「ふぁ…」
体を起こして大きな欠伸を一つしつつ伸びをして、体から力を抜いてムニャムニャ言いながら閉じそうになる瞼と格闘した。
「おはよう」
「…おはようございます…」
朝の挨拶をされて普通に返したが、起きてすぐに挨拶されたことに驚き、挨拶をした人物を見た。
「ギ」
ル様、と続きを言う隙も与えず、ギルバートに両手首を掴まれてベッドに縫い付けられていた。
「寝起きも可愛いですね」
サラッとギルバートの黒に近い深緑の長い髪が俺の顔の横に落ちてきた。
「な、な」
んで、とまたもや続きを言うことが出来ず、そのまま唇を奪われてしまった。
「ん!」
掴まれた腕は全く動かせない。
さらに器用に足だけで掛け布団を押しのけ、体ごとのしかかられて口付けが深くなる。
チュゥ、チュルッと音を立てて唇を吸われ、舐められ、口呼吸をしたことで舌の侵入も許した。
「ぅ…ん…」
ギルバートの長い舌が口内を嬲り、的確に俺の性感帯を狙って動き出す。
「ぁ…あ」
唇を離しては重ね、舌が口内を犯す。
じんと痺れるような快感がキスから沸き起こり、ギルバートの手が掴んだ手首をとっくに離していることにも気付かず、耳や首筋をなぞられた。
「ショーヘー君…」
ギルバートが耳元で甘く囁くように、俺の名を呼び、そのまま耳の形をなぞるように舌を這わされた。
「ぃや…やめ…」
ゾクゾクと背筋を這い上がる快感がじわじわと下半身に集中しそうになるのを、必死に理性で食い止めた。
だが、俺の意思に反して、ギルバートの巧みな愛撫に体が震え、喘ぎが漏れてしまう。
ギルバートの手が上着の中に侵入して直接肌に触れてきた。さわさわと滑る手が肌を優しく撫で、その指先がスルッと乳首を掠める。
「ひゃぁ…ん…」
掠っただけなのにビクンと体が跳ね高い喘ぎ声をあげてしまい、羞恥心に顔を真っ赤に染める。
これ以上されたら、確実に下半身が起き上がる。
駄目、離して、止めてと言おうと口を開こうとするたびに、ギルバートが狙ったように性感帯を責め、出てくるのは嬌声だけだった。
ギルバートの手が寝夜着の中から器用に上着のボタンを上から3つほど外した所で、スパーン!!と高らかな音が寝室に響いた。
「寝起きを襲うとは何事ですか!!」
ギルバートの頭を思い切り平手打ちした音だった。
「見つかってしまいましたか」
ギルバートが俺をベッドに押し倒したまま、自分の頭を叩いたキースを振り返った。
俺は助かったと、真っ赤な顔でホッと胸を撫で下ろし、助けてくれた執事服のキースに心から感謝する。
危なかった。本当に危なかった。とギルバートに全く抵抗出来なかったことに泣きたくなる。
「ちょっと目を離した隙に貴方って人は!!恥を知りなさい!!」
「恥とは思いませんよ。こんな可愛い寝起きの姿を見てぐらつかない方がおかしいでしょう」
「っぢぃぃ!」
ああ言えばこう言う全く悪びれもしない師に、キースは思い切り舌打ちした。
「あ!ん」
キースと話しているのにギルバートの手の動きは止まらない。こともあろうに、会話中にも関わらず、クリクリと乳首を弄られて高い声をあげてしまった。
「退きなさい!いつまでそうするつもりですか!」
「貴方こそ、初夜の翌朝から夫を放り出すとは。アランも可哀想に」
初夜と言われてキースがボボボボと顔を真っ赤にさせる。
「ああ、すみません、初夜は18年前にとっくに終わってましたね。これは失礼」
なんでそんなに正確に年数を覚えているのか、とキースがさらに顔を赤くするが、その赤みは羞恥心なのか怒りなのか、もはやどちらでもなかった。
「私はショーヘー君を慰めようとしただけですよ。下心なんてありません」
俺をベッドに押し倒し唇を奪い体を弄っておいて、どの口が言うんだろうと、涙目だが不思議そうな顔で下からギルバートを眺めた。
「慰めるという意味が違うでしょう」
キースの額にいくつもの青筋が立つが、ギルバートは涼しい顔をしたままで、その手は俺の胸の上を滑る。
注意されても全く動きを止めないギルバートに次第に腹が立ってくる。
「ギル様…」
じっと真顔でギルバートを見つめる。
「退いてください」
何の感情も込めず、無表情で言った。
そんな俺の表情に、ギルバートも真顔になると静かに俺の上から退いた。
ギルバートには、無感情が一番効果があると、だいぶ前に気付いた。
いちいち反応してしまうから、ギルバートはますます助長する。他人をイジり揶揄うことが大好きで、生き甲斐のように楽しんでいる。
だから、こちらの言うことを聞かせるには、無表情・無感情になるのが一番効果的だった。
だが、俺のポーカーフェイスはすぐに打ち破られる。
ギルバートが退いて体を起こすと、さっきまでは3つだけ外されたボタンが、今は全て外されて前がすっかりはだけており、さらに下履きも下着ごと際どい所までずり下ろされてしまっていることに気付いて、一瞬で狼狽えてしまった。
「わぁ!!」
慌てて上着を合わせ、下がった下履きを引き上げる。
そんな慌てる俺を見て、ギルバートは楽しそうにニヤリと笑い、スパーン!!とまた寝室に頭を叩く音が鳴り響いた。
俺の前に美味しそうなケーキが置かれる。
「ショーヘイ君のために用意したんです。どうぞ召し上がれ」
ギルバートが朝食を済ませた俺に差し出してきた。
朝のことで怒った俺のご機嫌を取るかのような行動に、ジト目でギルバートを見ながらも目の前のケーキに罪はないと、一口口に入れた。
その瞬間、濃厚なチーズの風味とまろやかな口あたりに、パアアァと表情が明るくなった。
「うんま!」
思わず声を出し、チーズケーキをパクパクとあっという間にたいらげた。
「おかわりありますよ」
サッとケーキが乗った皿を差し出されて目を輝かせたが、それをグッと堪える。
「ひ、一つで充分です」
まだ怒っていると言わんばかりにそっぽを向くが、あまりにも美味しすぎて思わずケーキをチラ見して目で追ってしまった。
「まぁそう言わずに。ショーヘイ君のために作らせたんです。
チーズ、好きでしょう?」
そこまで言われれば仕方がないと言わんばかりに、満面の笑顔で受けとるともう一つ食べることにした。
そんな俺を一緒に朝食をとったジャニスとアビゲイルは、スイーツに釣られて絆された翔平を呆れたように見ながらお茶を啜った。
ケーキを楽しんでいると、食堂がノックされてアラン、オスカー、フィン、オリヴィエ、エミリアが入ってくる。
突然現れたアランにキースも驚き、さらに騎士達の姿にも驚く。
食堂の中が一気に人口密度が高くなり、朝食も終わったので、3階の共有リヴィングに移動する。
リヴィングが久しぶりに人で溢れ、ワイワイと賑やかになった。
アランやオスカー達が持ってきたお菓子が並べられ、キースがバーニーと手分けしてお茶の用意をする。
「護衛に、フィン、オリヴィエ、エミリアを追加することにした」
アランに告げられ、3人は嬉しそうに俺に改めて挨拶し、俺もよろしくお願いします、と握手を交わした。
大勢で雑談しながら笑い合う。
くだらない話が多い中でも、アランとキースを揶揄うような話が多く、2人の過去の話に盛り上がった。
そこに新たな来訪者が訪れた。
「なんだ…、ずいぶんと大勢で…」
メイドに案内されてやってきたのはサイファーとダリアだった。
「ずいぶんと内装が変わったね」
以前ここに住んでいたダリアがキョロキョロと見渡し、懐かしむように笑顔で言った。
さらにその10分後、今度はレイブンが護衛も付けずに1人で現れ、王の姿に流石に騎士達は寛いでいた姿勢を一斉に緊張させて、ビシッと背筋を伸ばし直立不動で立つ。
「レイブン様、わざわざお越しになるなんて…」
急な用事でもあったのかと、俺も緊張した。
「いや、特に用事はないんだが…」
リヴィングに溢れかえる大人数に目を丸くしながらレイブンが呟き、そしてハハハと笑った。
サイファーとアランもそんな父の姿に笑う。考えることは同じだと、息子達は思った。
そんな笑い声に、俺は気付いた。
みんな、ロイが発って俺が寂しい思いをしていると、心配してここに来てくれたんだと悟った。
たくさん話して、笑わせて、俺が寂しいと思わないようにしてくれている。
そう気付いて鼻の奥がツンとして涙が出そうになったのを堪えた。
ロイがそばにいないのは確かに寂しい。
だけど、俺にはこんなに想ってくれる人たちがたくさんいる。
それが嬉しくて、心から感謝した。
10時に瑠璃宮にやってきたディーがフィッシャーと玄関で遭遇した。
「おはようございます」
にこやかに挨拶を交わすが、ディーは翔平がフィッシャーも呼んだのかと首を捻った。
ギルバートを朝から探していたが見つからず、結局約束の時間になって1人で来たのだが、フィッシャーと共に共有リヴィングに入った途端、勢揃いしている面子に口をポカンと開けて驚く。
その中にギルバートもいることに気付き、はぁ?と顔を顰めた。
フィッシャーはすぐにこの状況を察してニコリと笑った。彼もまたここに来た理由は他の者と同じだった。
話がしたいと10時頃にディーと約束していたが、結局はみんなが翔平を心配して関係者全員が瑠璃宮に集まっていた。
ワイワイと雑談に花を咲かせて笑い合う中、1人、また1人と仕事のため、瑠璃宮を後にする。
定例議会は終了したが、これから議会で話し合われた内容の取りまとめ、さらに決裁、追加事項の検討と忙しくなるらしい。
管理職は大変だな、と思いつつ、そんな忙しい中、俺を心配して来てくれたことが嬉しかった。
玄関まで見送ろうとしたが、ここでいい、とリヴィングのドアの所でそれぞれを見送った。
残ったのはディー、ギルバート、キース、専属護衛全員だった。
流石に俺を含めて10人だとバラバラに座ることになって話づらい。そこで、会議室に移動しようと提案した。
「俺の妄想を聞いてもらいたくて」
「妄想?」
オスカーが妄想と聞いて変な内容かと茶化すように言い、ジャニスに腕をどつかれた。
「狩猟祭から帰ってきて、色々と俺なりに勉強してただろ?
それでちょっと思いついたというか…」
会議室に移動しながら話した。
オスカーがそれを聞いて、そういえば執務室で何やらいっぱい書き物をして、本を漁っていたな、と思い出した。何を書いているのか覗こうとしたら、駄目だと隠されたのだ。
俺は途中で離れ一度執務室に寄ると、自分の机の引き出しから妄想をメモした紙束を取り出すと、それを持って急いで会議室に向かった。
「それじゃ…」
まずは昨日聞いた、イグリット領とダニエルの話から始める。
一緒に聞いていたジャニスとアビゲイルも詳細をと望んでいたので、初めて聞くだろうフィン達にもわかるように説明した。
イグリット領にある魔鉱石鉱山を巡って利権争いが発生したこと。
ベネットがジュリアの父アーノルドを洗脳に近い状態で利用し、イグリットを乗っ取るために暗躍していたこと。
それをジュリアが食い止め、それに旅の途中で俺たちも少なからず関わったことを説明した。
「ベネットが裏で何かを企んでいることはこちらでも掴んでいたんです。
なかなか尻尾を出さないので苦労していたんですが…」
ギルバートが補足説明を入れた。
「2年前にジュリアが近衞を辞め領地に戻ったのをきっかけに、彼女を支援してきました。
おそらく彼女のせいで計画が狂ったアドルフは何かしら手を打ってくるだろうと思っていたんですがね」
「そこにショーヘイを連れた私たちが通りかかって、まんまとギル様とアランの計画に乗せられたんですよ」
ディーが苦笑混じりに行った。
「その後の調べで、魔鉱石がかなりの数量横流しされていることがわかりました。
ダニエルはその流通経路や金の動きを調べていたようですが、その横流し先が掴めなかった」
「昨日、ダニエル様は200年前まで遡って調べたと言っていました」
そして、ダニエルから聞いた話をする。
「200年前の王家の不祥事に、当時まだ豪商だったベネットが関わっていた」
当時の王弟による王位簒奪事件はおそらくディーとギルバートしか知らないだろう。だが、この話をしないと先に進めない。
護衛達が不祥事と聞いて首をかしげたが、構わずに話を続けた。
俺は、一連の出来事、聞いた話、それらを箇条書きにして、時系列に並べ直した結果、繋がりがあると考えたと話しつつ、それらを走り書きした。
200年前
豪商ベネットがジュノーを手に入れ、流通か商売関係か、何らかの知識を手に入れた。
キドナ内乱。クルーズ家が王位に。
ベネットとクルーズの共謀が始まる。
190年前
クルーズが扇動し、ベネットが王弟派を離脱
185年前
王弟による王位略奪未遂事件発生。
ベネットが密告し失敗。
王弟およびウッドマン家が没落。
ベネットがその功績により伯爵の叙爵を受け、ウッドマン家の領地を得る。
その後、ベネットは魔鉱石の流通に関する功績で公爵まで上り詰める。
7年前
ジェラール聖王国による侵攻。
裏でキドナが暗躍。
魔鉱石鉱山を奪うのが目的。
今年
イグリット乗っ取り事件発生。
「なるほど…」
ギルバートがその流れを見て顎をさすりながら呟いた。
「クルーズ家は、200年前から魔鉱石鉱山が欲しかった。
クルーズとベネットの関係が、王位に就く前か後かそれはわからないけど、ベネットが王弟派を離脱するきっかけを作ったのも、王弟を貶めるように密告をしたのもクルーズの差金で、全てはベネットを利用して魔鉱石を手に入れるためだった」
「つまり、ベネットが叙爵されるようにクルーズが仕組んだってこと?」
オリヴィエが内容を言い換えて確認する。
「もしかしたらね。
証拠があるわけじゃないから推察でしかないけど」
「200年かよ…」
オスカーがその年月に、執念深いな、と顔を顰めた。
「それだけイグリットの魔鉱石は質がいい」
「クルーズは侵略戦争にも暗躍して鉱山を手に入れようとしたし、ベネットを利用して、鉱山を所有するイグリット家にも手を出した」
「どっちも見事に失敗しましたね」
フンと馬鹿にしたようにディーが鼻で笑う。
「もしかすると、ベネットもクルーズをいい取引先として利用しているだけかもしれませんね。
クルーズ家が王位に就くために出資したのかもしれない」
ギルバートがそう言い、そういう見方もあるなと思った。
企業と政治家の癒着は元の世界でもあったことだ。販路を広げ、より大きな利益を得るために、ベネットの方からクルーズに近づいたとも考えられる。
互いに利用しようと考えてもおかしな話ではない。
「どちらにしても、クルーズとベネットは結託する関係だと、そう考えたんだ。
ダニエル様もそれに気付いたようで、それで今回ロイに同行すると」
「あー、そういうこと。
ダニエル様もベネットの罪を暴くためにバシリオ殿下が必要ってことなのね」
ジャニスがようやっと理解出来たと笑い、俺は頷いた。
「ベネットの罪の証拠はこちら側じゃなくて、クルーズ側、キドナ王家にあると思う。それを調べるためにはバシリオ殿下の協力が必要だし、横流しされた魔鉱石の現物も当然向こうにあるだろうね」
「なかなか壮大な話だが…、しっくりくるな」
オスカーも納得したように言った。
「よく気付きましたね」
ギルバートはニコニコと微笑みながら俺を褒めるような視線を向けてくる。
「俺は、この世界に来て日も浅いから、国同士の関係や歴史も知らない。
先入観がないから、事実だけを客観的に見れたんじゃないかと思います」
「確かに、あいつなら、あの人なら、やるだろう、やらないはずだ。
先にそう考えてしまうな」
フィンも頷きながら微笑んだ。
キドナとベネットについての話が落ち着き、次の話題を持ち出す。
こっから先は完全に俺の妄想で、多分誰も考えてもいなかったことだろう。
昨日聞いたスペンサーの話を聞いて、この妄想が現実味を帯びてきたと、思い始めていた。
もしかしたら、この妄想が黒幕の正体を探る手掛かりになるかもしれない。
話すことに躊躇いもある。
話し方によっては、今のサンドラーク公国を批判していると取られかねない。
そう考えて、緊張に襲われる。
それでも言わなくては。
そう決意し、顔を上げると全員の顔を見渡し、ゆっくりと話し始めた。
しーんと静まり返った廊下を進み、まだ空け切っていない薄暗い外に出る。
「寒…」
室内から外に出て、その気温差にブルブルッと体を震わせると、すっかり雪の積もった地面を踏み締め、そのまま厩舎に向かう。
昨日の内に馬を選び、準備はもう終わっている。持ってきたカバンや簡易テントなど必要な物を馬にくくりつけると、手綱を引いて外に出る。
丁度昇ってきた太陽が木々の間から足元を照らす。
「よし。行くか」
軽やかに馬に乗り込むと手綱をパシッとふるい、駆け足で屋敷を後にした。
昨夜ベネット領領都シュターゲンに転移魔法で到着した4人は、領主邸にある魔法陣の部屋でぺこぺこと頭を下げる男に出迎えられた。
アドルフ・ベネットの息子、現在領主代理のカーティスだった。
「お、お疲れ様でございます…」
げっそりとやつれたその姿は、公爵家の長子であるという威厳はもう何処にもない。
つい数ヶ月前までは、次期公爵という立場で不遜な態度をひけらかす鼻持ちならない男だった。
だが、父親が犯罪者として捕えられ、その立場は天国から地獄へ叩き落とされた。
数ヶ月前の早朝、法務局の執行官、司法局の捜査官が突然どっと押し寄せ、屋敷の使用人達の制止を振り切って家宅捜索を始めた。
執事に起こされて寝夜着にガウンという姿で自室を飛び出した時には、役人達が溢れ返り屋敷中の物をひっくり返していた。
何が起こっているのか把握出来ず、ただ呆然と眺めている所に、執行官と名乗る男が数名近付き、父アドルフの罪状を告げられ、王と宰相のサイン入りの書簡を見せつけられた。
その執行官の1人が、目の前にいるダニエルだった。
行く時はグレイ1人だったのが、戻ってきた時に再び執行官のダニエルに加えて元獣士団団長のロイ、さらに明らかに強者とわかる顔に傷が残る男にビクビクしながら問いかける。
「あ、あの…、今日はどのようなご用件で…」
おどおどした感じでダニエルを上目遣いで見る。
「何でもない。明日の朝には出て行くから気にするな」
ダニエルが答え、他3名も何も言わず、カーティスに目を合わせようともせずに、転移魔法陣の部屋から大股で出て行く。
シュターゲン側で魔法陣の操作をしていた、獣士団の騎士がグレイに駆け足で追いつくと、今日あった事項の報告を始める。
魔法陣の部屋にポツンと残されたカーティスは4人を追いかけることもせず、ただ黙って見送ることしか出来なかった。
今現在この領主邸は、数多くの役人や調査員の宿泊施設となっている。
現在も邸内にある膨大な量の帳簿類の精査が行われていた。
カーティスが触れないように帳簿関係は1箇所に集められて24時間体制で警備がついている。カーティス自身にも監視がつき、屋敷の中であっても1人で自由に行動出来なくなっており、軟禁状態であった。
グレイが歩きながら部下から報告書の束を受け取ると、素早くそれに目を通し、自分の対応が必要なものだけをピックアップすると、残りを部下に返す。
「こっちは俺がやるから、後は任せる。
各班長の指示に従ってくれ。
今日はもういいぞ。お疲れさん」
指示を出し、ロイ達3人を屋敷の3階の一部屋に連れて行った。
「すまんな。部屋が足りなくてここしか空いてないんだ」
領主邸らしく、数多くの部屋があるが、全て執行官、捜査官、調査員に割り振られている。
獣士団はまた別の場所で寝泊まりしているが、各局の人員との橋渡しもあるため、グレイだけはこの屋敷に仮住まいしていた。
「寝られれば何処でもいい」
ロイがそれでも来客用のベッドと布団が揃った部屋に微笑みながら、グレイの肩をポンポンと叩いた。
「馬を3頭借りたい」
「ああ。カバンを置いたら厩舎へ」
カバンを部屋に置き、座ることもせずに厩舎に行って馬を選んだ。
「明日は夜明けと共に出発しよう」
厩舎で出発時間をダニエルとデクスターに言うと、2人とも了解と返事をした。
「グレイ、バシリオを見つけて戻った時、時間に関係なくすぐに転移魔法陣を使う。
いつになるかはわからんが、使えるようにだけはしておいてくれるか」
「ああ、わかった。気をつけて行ってこい」
ゴツッと互いに拳をぶつけ合うと、グレイとは厩舎で別れた。
3人で部屋に戻り、円卓に持ってきたベネット領の詳細な地図を広げた。
すでにダニエルもデクスターもシアの情報と現在の状況も把握している。
「こっから教会に真っ直ぐ向かうか、それともグロスターを経由するか…」
北上してグロスターに行き、そこから西に進む方法と、斜めに真っ直ぐ教会へ行く方法、どちらのルートを選ぶかを2人に問いかけた。
「夏場なら斜めに行っても問題ないだろうがな」
ダニエルが真っ直ぐ向かった時に通るだろう峠を指で示した。
「今時期は天候が荒れるとやっかいだぞ。足止めをくらう可能性が高い」
「だよなぁ…」
初冬の今時期、山の上はすでに積雪があり、天候も崩れやすい。
距離的には斜めに行った方が近いし、グロスター経由よりも2日程早く着ける。だがそれは順調に進めれば、の話だった。
「予報では平地でも雪となっていますから、おそらく峠付近は大荒れでしょう。
一度荒れると次の晴れがいつなのか予測出来ません」
デクスターが、急がば回れだとグロスター経由を進言し、ロイもダニエルも頷いた。
「体力も削られるしな。無難に平地を行くか」
バシリオがいるかどうかもわからない、かつ敵の存在もある。時間はかかるかもしれないが、可能な限り余計な体力の消耗は避けるべきだと決断した。
「グロスターまでの間、ここと、ここ」
デクスターが点在する村を二ヶ所示した。
「馬を用意させてありますので、乗り換えましょう」
ユリアの指示で、早馬をそれぞれの場所に用意してあると告げると、ロイもダニエルも苦笑した。
斜めに真っ直ぐ行くことにならないと、ユリアは先回りして事前に準備をさせていたのだ。
1頭の馬で進むと思っていたので、これなら予定よりも早く到着出来ると思った。
「流石だねぇ、王女殿下は」
ダニエルが声に出して笑った。
シュターゲンからグロスターまで、通常なら馬で4日。
馬を乗り換えるなら、その半分で行けるな、と頭の中で思い描いた。
自然に意識が覚醒する。
瞼を開け、視界に入った自分の手と布団をじっと見つめた。
「ふぁ…」
体を起こして大きな欠伸を一つしつつ伸びをして、体から力を抜いてムニャムニャ言いながら閉じそうになる瞼と格闘した。
「おはよう」
「…おはようございます…」
朝の挨拶をされて普通に返したが、起きてすぐに挨拶されたことに驚き、挨拶をした人物を見た。
「ギ」
ル様、と続きを言う隙も与えず、ギルバートに両手首を掴まれてベッドに縫い付けられていた。
「寝起きも可愛いですね」
サラッとギルバートの黒に近い深緑の長い髪が俺の顔の横に落ちてきた。
「な、な」
んで、とまたもや続きを言うことが出来ず、そのまま唇を奪われてしまった。
「ん!」
掴まれた腕は全く動かせない。
さらに器用に足だけで掛け布団を押しのけ、体ごとのしかかられて口付けが深くなる。
チュゥ、チュルッと音を立てて唇を吸われ、舐められ、口呼吸をしたことで舌の侵入も許した。
「ぅ…ん…」
ギルバートの長い舌が口内を嬲り、的確に俺の性感帯を狙って動き出す。
「ぁ…あ」
唇を離しては重ね、舌が口内を犯す。
じんと痺れるような快感がキスから沸き起こり、ギルバートの手が掴んだ手首をとっくに離していることにも気付かず、耳や首筋をなぞられた。
「ショーヘー君…」
ギルバートが耳元で甘く囁くように、俺の名を呼び、そのまま耳の形をなぞるように舌を這わされた。
「ぃや…やめ…」
ゾクゾクと背筋を這い上がる快感がじわじわと下半身に集中しそうになるのを、必死に理性で食い止めた。
だが、俺の意思に反して、ギルバートの巧みな愛撫に体が震え、喘ぎが漏れてしまう。
ギルバートの手が上着の中に侵入して直接肌に触れてきた。さわさわと滑る手が肌を優しく撫で、その指先がスルッと乳首を掠める。
「ひゃぁ…ん…」
掠っただけなのにビクンと体が跳ね高い喘ぎ声をあげてしまい、羞恥心に顔を真っ赤に染める。
これ以上されたら、確実に下半身が起き上がる。
駄目、離して、止めてと言おうと口を開こうとするたびに、ギルバートが狙ったように性感帯を責め、出てくるのは嬌声だけだった。
ギルバートの手が寝夜着の中から器用に上着のボタンを上から3つほど外した所で、スパーン!!と高らかな音が寝室に響いた。
「寝起きを襲うとは何事ですか!!」
ギルバートの頭を思い切り平手打ちした音だった。
「見つかってしまいましたか」
ギルバートが俺をベッドに押し倒したまま、自分の頭を叩いたキースを振り返った。
俺は助かったと、真っ赤な顔でホッと胸を撫で下ろし、助けてくれた執事服のキースに心から感謝する。
危なかった。本当に危なかった。とギルバートに全く抵抗出来なかったことに泣きたくなる。
「ちょっと目を離した隙に貴方って人は!!恥を知りなさい!!」
「恥とは思いませんよ。こんな可愛い寝起きの姿を見てぐらつかない方がおかしいでしょう」
「っぢぃぃ!」
ああ言えばこう言う全く悪びれもしない師に、キースは思い切り舌打ちした。
「あ!ん」
キースと話しているのにギルバートの手の動きは止まらない。こともあろうに、会話中にも関わらず、クリクリと乳首を弄られて高い声をあげてしまった。
「退きなさい!いつまでそうするつもりですか!」
「貴方こそ、初夜の翌朝から夫を放り出すとは。アランも可哀想に」
初夜と言われてキースがボボボボと顔を真っ赤にさせる。
「ああ、すみません、初夜は18年前にとっくに終わってましたね。これは失礼」
なんでそんなに正確に年数を覚えているのか、とキースがさらに顔を赤くするが、その赤みは羞恥心なのか怒りなのか、もはやどちらでもなかった。
「私はショーヘー君を慰めようとしただけですよ。下心なんてありません」
俺をベッドに押し倒し唇を奪い体を弄っておいて、どの口が言うんだろうと、涙目だが不思議そうな顔で下からギルバートを眺めた。
「慰めるという意味が違うでしょう」
キースの額にいくつもの青筋が立つが、ギルバートは涼しい顔をしたままで、その手は俺の胸の上を滑る。
注意されても全く動きを止めないギルバートに次第に腹が立ってくる。
「ギル様…」
じっと真顔でギルバートを見つめる。
「退いてください」
何の感情も込めず、無表情で言った。
そんな俺の表情に、ギルバートも真顔になると静かに俺の上から退いた。
ギルバートには、無感情が一番効果があると、だいぶ前に気付いた。
いちいち反応してしまうから、ギルバートはますます助長する。他人をイジり揶揄うことが大好きで、生き甲斐のように楽しんでいる。
だから、こちらの言うことを聞かせるには、無表情・無感情になるのが一番効果的だった。
だが、俺のポーカーフェイスはすぐに打ち破られる。
ギルバートが退いて体を起こすと、さっきまでは3つだけ外されたボタンが、今は全て外されて前がすっかりはだけており、さらに下履きも下着ごと際どい所までずり下ろされてしまっていることに気付いて、一瞬で狼狽えてしまった。
「わぁ!!」
慌てて上着を合わせ、下がった下履きを引き上げる。
そんな慌てる俺を見て、ギルバートは楽しそうにニヤリと笑い、スパーン!!とまた寝室に頭を叩く音が鳴り響いた。
俺の前に美味しそうなケーキが置かれる。
「ショーヘイ君のために用意したんです。どうぞ召し上がれ」
ギルバートが朝食を済ませた俺に差し出してきた。
朝のことで怒った俺のご機嫌を取るかのような行動に、ジト目でギルバートを見ながらも目の前のケーキに罪はないと、一口口に入れた。
その瞬間、濃厚なチーズの風味とまろやかな口あたりに、パアアァと表情が明るくなった。
「うんま!」
思わず声を出し、チーズケーキをパクパクとあっという間にたいらげた。
「おかわりありますよ」
サッとケーキが乗った皿を差し出されて目を輝かせたが、それをグッと堪える。
「ひ、一つで充分です」
まだ怒っていると言わんばかりにそっぽを向くが、あまりにも美味しすぎて思わずケーキをチラ見して目で追ってしまった。
「まぁそう言わずに。ショーヘイ君のために作らせたんです。
チーズ、好きでしょう?」
そこまで言われれば仕方がないと言わんばかりに、満面の笑顔で受けとるともう一つ食べることにした。
そんな俺を一緒に朝食をとったジャニスとアビゲイルは、スイーツに釣られて絆された翔平を呆れたように見ながらお茶を啜った。
ケーキを楽しんでいると、食堂がノックされてアラン、オスカー、フィン、オリヴィエ、エミリアが入ってくる。
突然現れたアランにキースも驚き、さらに騎士達の姿にも驚く。
食堂の中が一気に人口密度が高くなり、朝食も終わったので、3階の共有リヴィングに移動する。
リヴィングが久しぶりに人で溢れ、ワイワイと賑やかになった。
アランやオスカー達が持ってきたお菓子が並べられ、キースがバーニーと手分けしてお茶の用意をする。
「護衛に、フィン、オリヴィエ、エミリアを追加することにした」
アランに告げられ、3人は嬉しそうに俺に改めて挨拶し、俺もよろしくお願いします、と握手を交わした。
大勢で雑談しながら笑い合う。
くだらない話が多い中でも、アランとキースを揶揄うような話が多く、2人の過去の話に盛り上がった。
そこに新たな来訪者が訪れた。
「なんだ…、ずいぶんと大勢で…」
メイドに案内されてやってきたのはサイファーとダリアだった。
「ずいぶんと内装が変わったね」
以前ここに住んでいたダリアがキョロキョロと見渡し、懐かしむように笑顔で言った。
さらにその10分後、今度はレイブンが護衛も付けずに1人で現れ、王の姿に流石に騎士達は寛いでいた姿勢を一斉に緊張させて、ビシッと背筋を伸ばし直立不動で立つ。
「レイブン様、わざわざお越しになるなんて…」
急な用事でもあったのかと、俺も緊張した。
「いや、特に用事はないんだが…」
リヴィングに溢れかえる大人数に目を丸くしながらレイブンが呟き、そしてハハハと笑った。
サイファーとアランもそんな父の姿に笑う。考えることは同じだと、息子達は思った。
そんな笑い声に、俺は気付いた。
みんな、ロイが発って俺が寂しい思いをしていると、心配してここに来てくれたんだと悟った。
たくさん話して、笑わせて、俺が寂しいと思わないようにしてくれている。
そう気付いて鼻の奥がツンとして涙が出そうになったのを堪えた。
ロイがそばにいないのは確かに寂しい。
だけど、俺にはこんなに想ってくれる人たちがたくさんいる。
それが嬉しくて、心から感謝した。
10時に瑠璃宮にやってきたディーがフィッシャーと玄関で遭遇した。
「おはようございます」
にこやかに挨拶を交わすが、ディーは翔平がフィッシャーも呼んだのかと首を捻った。
ギルバートを朝から探していたが見つからず、結局約束の時間になって1人で来たのだが、フィッシャーと共に共有リヴィングに入った途端、勢揃いしている面子に口をポカンと開けて驚く。
その中にギルバートもいることに気付き、はぁ?と顔を顰めた。
フィッシャーはすぐにこの状況を察してニコリと笑った。彼もまたここに来た理由は他の者と同じだった。
話がしたいと10時頃にディーと約束していたが、結局はみんなが翔平を心配して関係者全員が瑠璃宮に集まっていた。
ワイワイと雑談に花を咲かせて笑い合う中、1人、また1人と仕事のため、瑠璃宮を後にする。
定例議会は終了したが、これから議会で話し合われた内容の取りまとめ、さらに決裁、追加事項の検討と忙しくなるらしい。
管理職は大変だな、と思いつつ、そんな忙しい中、俺を心配して来てくれたことが嬉しかった。
玄関まで見送ろうとしたが、ここでいい、とリヴィングのドアの所でそれぞれを見送った。
残ったのはディー、ギルバート、キース、専属護衛全員だった。
流石に俺を含めて10人だとバラバラに座ることになって話づらい。そこで、会議室に移動しようと提案した。
「俺の妄想を聞いてもらいたくて」
「妄想?」
オスカーが妄想と聞いて変な内容かと茶化すように言い、ジャニスに腕をどつかれた。
「狩猟祭から帰ってきて、色々と俺なりに勉強してただろ?
それでちょっと思いついたというか…」
会議室に移動しながら話した。
オスカーがそれを聞いて、そういえば執務室で何やらいっぱい書き物をして、本を漁っていたな、と思い出した。何を書いているのか覗こうとしたら、駄目だと隠されたのだ。
俺は途中で離れ一度執務室に寄ると、自分の机の引き出しから妄想をメモした紙束を取り出すと、それを持って急いで会議室に向かった。
「それじゃ…」
まずは昨日聞いた、イグリット領とダニエルの話から始める。
一緒に聞いていたジャニスとアビゲイルも詳細をと望んでいたので、初めて聞くだろうフィン達にもわかるように説明した。
イグリット領にある魔鉱石鉱山を巡って利権争いが発生したこと。
ベネットがジュリアの父アーノルドを洗脳に近い状態で利用し、イグリットを乗っ取るために暗躍していたこと。
それをジュリアが食い止め、それに旅の途中で俺たちも少なからず関わったことを説明した。
「ベネットが裏で何かを企んでいることはこちらでも掴んでいたんです。
なかなか尻尾を出さないので苦労していたんですが…」
ギルバートが補足説明を入れた。
「2年前にジュリアが近衞を辞め領地に戻ったのをきっかけに、彼女を支援してきました。
おそらく彼女のせいで計画が狂ったアドルフは何かしら手を打ってくるだろうと思っていたんですがね」
「そこにショーヘイを連れた私たちが通りかかって、まんまとギル様とアランの計画に乗せられたんですよ」
ディーが苦笑混じりに行った。
「その後の調べで、魔鉱石がかなりの数量横流しされていることがわかりました。
ダニエルはその流通経路や金の動きを調べていたようですが、その横流し先が掴めなかった」
「昨日、ダニエル様は200年前まで遡って調べたと言っていました」
そして、ダニエルから聞いた話をする。
「200年前の王家の不祥事に、当時まだ豪商だったベネットが関わっていた」
当時の王弟による王位簒奪事件はおそらくディーとギルバートしか知らないだろう。だが、この話をしないと先に進めない。
護衛達が不祥事と聞いて首をかしげたが、構わずに話を続けた。
俺は、一連の出来事、聞いた話、それらを箇条書きにして、時系列に並べ直した結果、繋がりがあると考えたと話しつつ、それらを走り書きした。
200年前
豪商ベネットがジュノーを手に入れ、流通か商売関係か、何らかの知識を手に入れた。
キドナ内乱。クルーズ家が王位に。
ベネットとクルーズの共謀が始まる。
190年前
クルーズが扇動し、ベネットが王弟派を離脱
185年前
王弟による王位略奪未遂事件発生。
ベネットが密告し失敗。
王弟およびウッドマン家が没落。
ベネットがその功績により伯爵の叙爵を受け、ウッドマン家の領地を得る。
その後、ベネットは魔鉱石の流通に関する功績で公爵まで上り詰める。
7年前
ジェラール聖王国による侵攻。
裏でキドナが暗躍。
魔鉱石鉱山を奪うのが目的。
今年
イグリット乗っ取り事件発生。
「なるほど…」
ギルバートがその流れを見て顎をさすりながら呟いた。
「クルーズ家は、200年前から魔鉱石鉱山が欲しかった。
クルーズとベネットの関係が、王位に就く前か後かそれはわからないけど、ベネットが王弟派を離脱するきっかけを作ったのも、王弟を貶めるように密告をしたのもクルーズの差金で、全てはベネットを利用して魔鉱石を手に入れるためだった」
「つまり、ベネットが叙爵されるようにクルーズが仕組んだってこと?」
オリヴィエが内容を言い換えて確認する。
「もしかしたらね。
証拠があるわけじゃないから推察でしかないけど」
「200年かよ…」
オスカーがその年月に、執念深いな、と顔を顰めた。
「それだけイグリットの魔鉱石は質がいい」
「クルーズは侵略戦争にも暗躍して鉱山を手に入れようとしたし、ベネットを利用して、鉱山を所有するイグリット家にも手を出した」
「どっちも見事に失敗しましたね」
フンと馬鹿にしたようにディーが鼻で笑う。
「もしかすると、ベネットもクルーズをいい取引先として利用しているだけかもしれませんね。
クルーズ家が王位に就くために出資したのかもしれない」
ギルバートがそう言い、そういう見方もあるなと思った。
企業と政治家の癒着は元の世界でもあったことだ。販路を広げ、より大きな利益を得るために、ベネットの方からクルーズに近づいたとも考えられる。
互いに利用しようと考えてもおかしな話ではない。
「どちらにしても、クルーズとベネットは結託する関係だと、そう考えたんだ。
ダニエル様もそれに気付いたようで、それで今回ロイに同行すると」
「あー、そういうこと。
ダニエル様もベネットの罪を暴くためにバシリオ殿下が必要ってことなのね」
ジャニスがようやっと理解出来たと笑い、俺は頷いた。
「ベネットの罪の証拠はこちら側じゃなくて、クルーズ側、キドナ王家にあると思う。それを調べるためにはバシリオ殿下の協力が必要だし、横流しされた魔鉱石の現物も当然向こうにあるだろうね」
「なかなか壮大な話だが…、しっくりくるな」
オスカーも納得したように言った。
「よく気付きましたね」
ギルバートはニコニコと微笑みながら俺を褒めるような視線を向けてくる。
「俺は、この世界に来て日も浅いから、国同士の関係や歴史も知らない。
先入観がないから、事実だけを客観的に見れたんじゃないかと思います」
「確かに、あいつなら、あの人なら、やるだろう、やらないはずだ。
先にそう考えてしまうな」
フィンも頷きながら微笑んだ。
キドナとベネットについての話が落ち着き、次の話題を持ち出す。
こっから先は完全に俺の妄想で、多分誰も考えてもいなかったことだろう。
昨日聞いたスペンサーの話を聞いて、この妄想が現実味を帯びてきたと、思い始めていた。
もしかしたら、この妄想が黒幕の正体を探る手掛かりになるかもしれない。
話すことに躊躇いもある。
話し方によっては、今のサンドラーク公国を批判していると取られかねない。
そう考えて、緊張に襲われる。
それでも言わなくては。
そう決意し、顔を上げると全員の顔を見渡し、ゆっくりと話し始めた。
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