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キドナ編 〜さらなる考察とバシリオの救出〜
217.おっさん、妄想を語る
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じっとりと手汗をかいているのに、指先がとても冷たくなっている。
緊張で体が強張り、今から話すことにみんながどう思うのか、恐怖さえ感じた。
「妄想を話す前に、確認したいことがあるんだけど、いいかな」
隣にいるディーと、向かい側のギルバートを見た。
「何ですか?」
「黒幕がばら撒いたであろう噂って、どんなものがあったのか、教えてもらいたいです」
いいですよ、とギルバートが答えた。
「まだ少しですが、税金や物価が高いという愚痴めいたことから、貴族制度、地位格差、貧困問題、君の事も噂になっていましたね」
「…つまり、比較的、社会的問題についての噂が多いっていうことですか?」
「…そうですね…。それに対する取組みがどうとか、王家や貴族は搾取する側で、平民は二の次とか…」
ディーが調査した噂話を思い出すように、右斜め上の何もない空間を見つめながら言った。
それを聞いて、俺はやっぱりか、と思った。その噂の内容に、俺の妄想がさらにはっきりと色付いた。
「黒幕の目的について、色々考えてみたんだ…」
全員の顔色を伺うように、反応を見ながら言った。
「黒幕は、自分じゃない他の誰かに情報を与え、唆し、操って王位を奪わせようとしている。
そこまでは話したよね」
「そうだね。
簒奪者は存在しない。
黒幕は噂という種をばら蒔き、その種を手に取り行動を起こした者を、簒奪者に仕立て上げようとしている」
ギルバートが現時点での認識についてまとめた。
「すみません、その辺の所、もうちょっと詳しく」
今回から参加したフィンが手を挙げて要望する。
「そうですね。今一度復習の意味も含めて現状を説明しましょう」
ギルバートがニコリと新メンバーに笑顔を向ける。
「我々は今まで王位を奪おうとする者を探してきました。
ですが、その意思の有無は関係がないことに気付いたんです」
「?」
ギルバートの説明にフィンを始め、オリヴィエもエミリアも首を傾げた。
「ジョンの件で気付いたことなんですが、ジョンは別に王になるためにショーヘイに求婚したわけじゃなかった。
彼は、王家が政敵を排除するために聖女を利用している、聖女の自由を奪い苦しめている、という黒幕が流した噂を鵜呑みにして、救出しようとしたんです」
「なんでそんな…」
エミリアがどうしたらそんな考えになるのかと不思議そうにディーを見つめる。
「私たちの関係やショーヘイをよく知らない者にしたら、常に護衛がそばに居て、王城に引きこもっている状態は、監視され、軟禁されていると思われても不思議じゃない」
そう言われ、フィン達は翔平の現状を第三者視点で考えてみた。
「確かにそうかもしれない…」
フィン達3人は考え込み、状況だけを見ればそう取れると理解した。
「黒幕はそれを利用したんです。
聖女が王家に利用されているという種を蒔き、ジョンがその種を拾った。
だからその種が芽吹くように、さらに情報という栄養を与えた。
その結果、ジョンは見事に芽吹かせたわけです。
聖女を救うという行動を起こした」
ギルバートが最初のセリフに合わせて説明すると、フィン達はなるほど、と小さく頷いた。
「だが、花は開くことはなかったがな」
オスカーが笑いながら成功はしなかったと言った。
「もし花が開いていたら、その時に何が起こると思う?」
オスカーが続けて3人に問いかけ、聞かれた3人は少し考える素振りを見せた。
「…王家を…断罪する?」
ポツリとエミリアが自信がなさそうに呟くように言う。
「そうです。
聖女を利用する王家に、国を統べる資格なしと意味を持たせることになります。
ジョンにその気がなくても、聖女を救出したジョンを次の王に。
またはその断罪を利用して、別の誰かが。そういう状況が出来上がるんです」
ギルバートも補足した。
「あー…なるほど…」
フィンは例を聞いて理解した。
「でもそれじゃあ、黒幕にしたら、王になる奴は誰でもいいってことにならない?」
「そう。誰でもいいんだよ」
オリヴィエの言葉に、俺は笑顔で答えた。
まさに俺が言いたいのはそれだ。
「黒幕にとっては、誰が王になろうがどうでもいい。
王になりたいと思っている人物を選んでいるわけでも、王に相応しいという人物を支援しているわけでもない。
誰でもいいんだ」
苦笑いを浮かべながら言った。
「誰でもいいって…何それ。意味あるの?」
オリヴィエが呆れたように苦笑する。
「黒幕は何がしたいのかしらね」
ジャニスがお手上げポーズをしながら、ため息混じりに言う。
そこで、俺は一度深呼吸する。
「黒幕の目的は」
全員の目を見ながら言った。
「サンドラーク王家の失墜」
はっきりとそう言った。
男が手紙を読み終わるとクシャッと小さく丸め、手の中で一瞬で燃やし尽くす。
「余計なことをしてくれる…」
目を細めフンと鼻で笑いつつ指先で顎を撫でた。
「さて…どうするか…」
口ではそう言いつつも、口角を上げて笑みを浮かべる。
おもむろに机の引き出しを開けると、便箋と封筒を取り出し、書き始める。
「あれはもう使えんな。処分しよう」
言いながら楽しそうに笑い、処分するための手順を手紙にしたためて行く。
全て書き終わり、再度読み返して確認した後、丁寧に折って封筒に入れ厳重に封をする。
「隠、火、密、飛、化」
手紙に手を翳すと、次々に魔法を何重にも重ね掛けした。
最後に、そっと手紙に触れて魔力を注ぐ。
「変異」
呟いた瞬間、手紙が意思を持ったように動き、朧げに発光しながらその形を変えて行く。
発光が終わった時には、小さな鳥の姿になっていた。
「さぁ、お行き」
窓を開けると、鳥はパタパタと外に飛び出し、あっという間に見えなくなった。
静かに窓を閉めると、これから起こることを想像して、顔が緩んでしまう。
「もうすぐだ…もうすぐ。愛しい人がもうすぐ…手に入れられる…」
白い歯を見せて、嬉しそうに微笑み、何度も同じ言葉を繰り返した。
以前1回目のジョンとのデートを報告した時に、サイファーが黒幕の目的は王家の転覆か、と呟いた。
俺はそれを聞いて、ずっとその言葉が頭から離れなかった。
そして、この妄想に考え至ったのだ。
会議室の中が時が止まったように、誰も動かなかった。硬直したように固まり、その目は驚きで見開いたままになっている。
会議室がピンと張り詰め、凍りついたような空気を纏っていた。
「なぜそう思うんですか?」
その空気をギルバートが打ち破る。
その顔は真剣で、射抜くような目で翔平を見ていた。
「…消去法です。
あらゆる目的を考えて、削除して…。
行き着いたのが、この極論です」
そのギルバートの視線に臆することなく、見つめながら返した。
「黒幕は、レイブン様をその座から引き摺り下ろしたいだけ。
次の王が誰でもいいのは、王家が失墜することだけが目的だから」
慎重に言葉を選びながらゆっくりと語る。
一旦言葉を切って、怖いくらいに静まり返った状況に、唾を飲む自分の喉の音がやたら大きく聞こえたような気がした。
「黒幕は、王家に強い怨みがある。そう…考えたんです…」
ディーが驚愕の表情で俺を見つめる。
そうだろう、自分の知らないところで強く怨まれているなんて、驚き以外の何ものでもない。
「怨恨ですか…」
ギルバートが呟いた。
「はい。黒幕は、王家に、もしくはレイブン様個人に強い怨みを抱いている。
それこそ、5年以上前から」
ロマーノ家の事件も黒幕が絡んでいたなら、その準備期間も含めて、事件よりもだいぶ以前より計画していたことになる。
王位簒奪という行為の準備にどのくらいの時間がかかるかなんて想像も出来ない。
だが、200年前の王弟による簒奪未遂の時は少なくても5年の準備期間があったと推察できる。それを考えると、10年以上前からの怨みということだ。
それこそ、鉄鎖兵団の暴走によって起こったジェラール聖王国による侵攻も、もしかしたら黒幕が糸を引いていた可能性だってあり得る。
「その妄想に根拠はあるのか」
オスカーが身を乗り出してテーブルに肘をつき真剣に俺に尋ねた。
「さっき確認した噂の内容も一つの根拠ではある。
噂の内容が、王家を批判、誹謗中傷するような内容ではあるけど、王家の誰か個人を狙ったものじゃない」
「なんでそれが根拠になるんだ」
「個人を狙うのは悪手なんだよ。
はっきりと王家の誰かを誹謗中傷したら、それは不敬罪にあたるし、公の場で噂を撤回、もしくは否定するように王家も動く。
そうだろう?」
「ええ。王族に限らず、貴族への個人攻撃は調べられて捕まる可能性が高いです」
俺は隣のディーに確認すると、ディーは頷いて俺の話を肯定した。
「だから、流す噂の種は、個人狙いではなくて、王家が打ち出した政治的内容や、国の統治に関したものしかばら撒けなかった。
噂の出所を調査されてしまうようなものを避けたんだ」
「なるほどね」
オスカーが内容を飲み込み、納得したような表情になった。
「他に根拠は」
「根拠って言えるかどうかはわからないけど…。
黒幕が流す噂は、王家を批判する内容であって、国そのものを批判しているものじゃないと思った」
困ったような表情を浮かべながら、今の言い方で伝わっただろうか、と周囲を見渡す。
「なるほど。わかりますよ。
黒幕は国を崩壊させたいわけではなく、国を治める王家を貶めたいというわけですね。
国はそのままに、トップだけをすげ替える。だから、黒幕の目的はあくまでサンドラーク王家の失墜にあると思ったんですね?」
ギルバートが代わりに説明してくれて、俺はコクコクと頷いて肯定した。
誰もが俺の妄想を聞き、各々考え込んでいるようだった。
眉間に皺を寄せ、腕を組み、熟考している様子が伺える。
「ショーへーちゃんが言いたいことはわかったわ。あたし個人としては、それが正解と思いたい。
あんまり政治的な話はわかんないし、怨みが理由なら単純な話だもの。王家を怨んでる奴を探せばいいじゃない」
ジャニスが難しい話は嫌いと言いたげに笑った。
「そうだが、簡単じゃないぞ」
それをフィンが嗜めるように言った。
「そうね。王家を怨んでる奴なんて、それこそ星の数ほどいるわよ」
オリヴィエも小難しい話に根を上げたジャニスに笑いながら言う。
「そうだな。王家とはそういう立場だ」
オスカーもため息混じりに言った。
そんな騎士達の会話に、ディーが王族の1人として怨まれる対象であることに乾いた笑いを漏らした。
怨恨を中心に捜査するにしてもキリがない。それこそ国内に留まらず、他国にまで容疑者は広がるだろう。
今の王家、レイブン王に取り潰された貴族やその一族。国から追放された者。身分を剥奪されてその悪行から犯罪奴隷にまで落ちた者もいるだろう。さらにその親や子供達。
王家が打ち出した政策によって仕事を奪われた者。収入が落ち込んだ者。あげればキリがない。
だが、俺はそんな者たちだとは思っていなかった。
「多分…」
それぞれが王家に怨みを抱く者たちを考える中、ポツリと呟く。
「黒幕はその怨みの深さが尋常じゃないと思う…。
悪い事をして捕まったから怨んでるとか、そういう話じゃなくて、もっとこう…なんていうか…」
考えていることを上手く言い表す言葉を探して、眉間に皺を寄せた。
「もっと、黒幕の存在や根源、人としての尊厳を揺るがすようなことがきっかけになってるんじゃないかと…」
「確かに、単純なものではなさそうですね。
捕まったことを恨んでいるなら、自分のしてきたことを棚に上げた、ただの逆怨みです」
ギルバートも俺の言葉に頷いた。
「その深い怨みに繋がりそうなことがあったかどうか、調べる必要があるな。
その辺についてはどう考えているんだ?」
オスカーに言われ、俺はグッと口を真横に結び奥歯を噛み締めた。
唇に手を当てて考えこむように俯くと、本当に言ってもいいのか、今更になって怖くなった。
だが、隣のディーがそっと俺の膝に手を置いた。
「言ってください。
ヒントになるかもしれない」
ディーが真剣な目で俺を見つめる。その目の中に俺への信頼を感じ、恐怖が薄まる。
その目を見て薄く微笑むと、妄想の続きを話す。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、顔を上げて全員の顔を見る。
「黒幕は王家を破滅させたい。
その怨みはとても深いもので、単純に恥をかかされたとか、嫌な思いをしたとか、そういうんじゃないと思う」
さっきも言ったが、その怨みは人としての尊厳や存在そのものを否定されるような、いつまでも心に深い傷を負うようなものだと説明した。
「自分に置き換えて考えてみて欲しい。
何年も相手を許さず、怨み続けてひたすら復讐しようと執念を燃やすのって、何をされた時にそうなるんだろう?」
全員に、自分がそこまで怨みを募らせるとしたら何があった時なのかを考えてもらった。
全員が俺の言葉に素直に考えてくれる。
だが、考えている内にその表情が苦しそうになっていった。
「家族を…失った時…」
ポツリとフィンが表情を歪めて呟いた。
去年結婚したばかりだというフィンは、おそらく愛している伴侶がもし、ということを想像したのだろう。
「そうね…私もだわ。もしシェリーが殺されたなら、私は命を奪った相手をどこまでも追い続ける」
アビゲイルも眉間に皺を寄せながら言い切った。
「愛する者を奪われた時ですか…。しかも命を」
ギルバートも苦痛に耐えるような表情を浮かべた。
「俺も、そう考えたんです。
黒幕は、王家に愛する者を殺された。その復讐のために、動いているかもしれない…」
「父上が、私達の誰かが命を奪ったと…?」
ディーが吐き出すように言った。
「ディー、責めてるわけじゃない。
誰だって殺したくて、好き好んでやってるわけじゃないだろ?
ちゃんと理由だってあるし、正当防衛とも言える」
ディーも今までに何人も殺しているだろう。ここにいる俺以外の全員が人を殺した経験がある。
それは、この世界と俺がいた世界での決定的な差でもある。
人を救うため。
己自身を守るため。
己が信じる信念のため。
正義のため。
奪うため。
生きるため。
様々な理由で人を殺すことが当たり前な世界。
俺はその認識についていけずに、この世界に来て早々に考えることを止めたのだ。
ロイが俺を助けるために、俺を襲った野盗を殺している。それを俺はこの世界では普通なことと受け止めることにして、見ないフリをした。なるべく深く考えないようにした。
俺に関わって死んだ人達をその都度考えていたら、俺はきっととっくに狂っている。
それだけ俺は平和で、人殺しとは無縁な世界に、環境に住んでいた。
受け入れるには、見ない、気にしないフリをするしか、心の均衡を保つことが出来ず、己を守るために蓋をした。
だが、そんな世界でも、家族や恋人、友人に対する気持ち、互いを思い合うことは同じだった。
だからこそ、家族を、愛する人を殺されるということが、怨みを募らせて復讐に駆り立てる理由になると思ったのだ。
「ディー、王家の誰かが直接手を下したわけじゃないと思うんだよ」
苦しそうな表情をするディーの手をそっと握った。
「全ては、負の連鎖だと思う」
「負の連鎖…?」
ディーが慰めようとしている翔平の顔を見て呟き、俺は静かに頷いた。
その言葉は、昨日も言っていたと思い出す。
「すみません、少し長くなると思うけど…」
そう前置きしてから話し始めた。
「昨日、ディーからスペンサーの話を聞いたんだけど、あいつも負の連鎖から生まれたんだと思った」
彼が嬉々として人を殺す怪物になったのは、その連鎖の産物だと、妄想を話す。
「スペンサーは、親に2度も売られ、捨てられた。
1度目はロイの暴走をきっかけに救出されて、2度目は助けられずに裏組織に育てられた。
数年後にそのロイが、自分を捕まえた張本人だと知って、スペンサーの心は、壊れた」
「壊れた?なぜ」
オスカーが意味がわからないと顔を顰める。
「ロイとスペンサーは商品だった。
でも助け出されて、ロイはロマ様とギル様に引き取られ、スペンサーは家に戻された。だけど、また、捨てられた」
ギルバートがここで俺の言いたいことを理解したのか、悲しむような表情を作った。
「数年後、犯罪現場で会った時、ロイは獣士団の騎士として立派な姿になり、片やスペンサーは組織の一員で犯罪に手を染め、殺し合いが日常の世界にいた。
自分を捕らえたロイが、あの時、同じ商品だった子供だと知って、あまりにも違うその後の境遇に打ちのめされたんだ」
全員が俺の話を真剣に聞いていた。
「スペンサーはこう思ったと思う。
なんで俺ばっかり」
オリヴィエとエミリアが思わず口に手を当てて呻くような声を出した。
「ロイは救出後に愛情を注がれて大切に育てられたのに、スペンサーはその真逆の道を進んだ」
「まるで、光と闇ね…」
アビゲイルが複雑な表情を浮かべて呟き、俺もそうだね、と答えた。
「ロイもスペンサーもその道を自らの意思で選んだわけじゃない。
でも…」
俺は全員を見ていた目を逸らし、俯いてテーブルに置かれた自分の手を見た。
「スペンサーは思った。
なぜあいつと俺はこんなにも違うのか。
なぜ親は自分を売ったのか。
なぜ捨てたのか」
「でもそれは仕方がないことじゃ…」
オリヴィエが苦しそうに言う。
「うん。確かにそうだよ。
種族も、生まれてくる場所も、親も選べないからね」
苦笑しながら答える。
「でもね、売られた理由、それはわかったんだと思う」
「売られた理由…。貧しいから、よね?」
ジャニスが自分とスペンサーの境遇が、全く違うが似ていると感じていた。
「正確には、子供を売らなければならないほど両親が貧しかった理由に気付いたんだよ」
「ジェロームですね」
ギルバートが静かに言った。
「そうです。
ジェロームが、己の欲のために領民から搾取したおかげで、小さな農村で貧困が生まれてしまった」
「負の連鎖か…なるほどね」
オスカーがやりきれないと言いたげにため息をつく。
「スペンサーは自分を捨てた親を恨み、親を追い込んだ領主を恨んだ。
さらに…」
「ジェロームを領主に据え続けた王家を恨んだ、ということですね?」
ギルバートが続きを言ってくれ、俺は苦笑しながら頷いた。
「スペンサーは裏組織に戦闘技術の他に、知識や教養も身につけさせられたんだと思う。
裏社会で暗躍するために、そういったことも知る必要があったんだろうね。でも、奇しくもそれが自分の置かれた境遇を理解することに繋がった。
だからこそ、自分が生まれた環境を放置した王家を恨んだ」
「放置していたわけでは…」
ディーが独り言のように反論する。
「ああ。放置はしていないよ。
レイブン様もサイファーもアランも、ディーだって、ジェロームをなんとかしようと奮闘していただろ?」
ディーの手を強く握り、ディーの、王族のせいじゃないと、それははっきりと断言した。
「スペンサーが脱獄した後、所属していた組織を壊滅させたのは、自分を育て作り上げた者を許せなかったからだと思う。
自分を売った親が悪い。
親を追い込んだ領主が悪い。
そんな奴を領主にしている王家が悪い。
全てが悪い。
自分を苦しめた者、追い詰めた者、周囲を許せなかった。
だから破壊した」
「単純に組織を裏切ったというわけではなかったわけだ」
オスカーが呟く。
「ロイを見て壊れたっていうのは、そういう意味だよ。
スペンサーはロイに嫉妬したんだ。
あまりにも自分と違うロイを羨み、憎んでいると思う」
数ヶ月前、ロイの前でわざわざ俺をレイプしようとしたのは、ロイの感情を逆撫でするという意味もあったが、一番は、その存在を否定することにあったと思う。
お前は無力だ。
周囲に守られ、愛情を受け、のうのうと育ったお前に、思い知らせてやる。
そういう意味があの行為にあると思った。
シンと静まり返り、それぞれが俺の妄想を考えこむ。
だが、ジャニスが重い空気を打ち破るように口を開いた。
「黒幕の話とスペンサーの話がどう繋がるの?」
「つまり、ショーヘー君は、黒幕もスペンサーと同じだと言いたいんだね」
ギルバートが俺の答えを代弁してくれた。
「そうです。
王家に直接手を下されたわけではなくて、結果として黒幕は何かを、誰かを失い、王家を怨むことになった」
「あー…なるほどねー」
聞いたジャニスが納得する。
「少し前までは漠然としか考えられていなかったけど、昨日スペンサーのことを聞いて」
顔を上げて全員を見渡し、改めて自分の妄想の結末を言った。
「スペンサーが黒幕の手先かもしれないと聞いて、妄想がはっきりしたんだ。
黒幕は、直接事件に関わっていなくても、その元凶は王家にあると考えてる。
同じように全てを憎むスペンサーと出会い、引き入れた」
ディーやオスカーがふむふむと小さくと頷き、ギルバートはうっすらと笑みを浮かべた。
「黒幕は、以前から言われていたけどかなり頭が良くて、金もある人物。
レイブン様が王位についてからロマーノの簒奪未遂事件までの間に、亡くなった人とその経緯、背景を調べて、その周囲に条件に当てはまる人物がいるかどうかを探すべきだと思う」
単純に頭が良いというわけではない。
裏工作を考え、しかけられる巧妙さ。自らは動かずとも人を操ることが出来る情報操作能力や判断能力。
やっていることはともかくとしても、かなり優秀な人物であることは間違いない。
だとすれば、そんなに人数がいるわけではない。
「黒幕の条件を満たす、親や子供、兄弟、伴侶、愛する人を失った人物ね…」
「それって随分と限られるわよね」
「父が王になってからとするなら、さらに絞られます」
それぞれが色々な人物を思い浮かべるが、果たしてその中に誰かを失った人物がいるだろうか、と考え始めた。
考え始めた様子を見て、俺はもう一度全員に向かって言った。
「あのね、これは俺の妄想だからね。
正解じゃない可能性も充分あるんだからね」
念を押すように強めに言った。
俺の話を鵜呑みにし過ぎて、黒幕を探す手立てを狭めてしまっては意味がない。
あくまでも、こういうアプローチの仕方もあるという提案なのだ。
「いやいや、可能性で充分ですよ。
ありとあらゆる可能性から探すことが重要です」
ギルバートがニコニコと俺に微笑みかける。
「ショーヘイ」
ディーが俺の手を握った。
「妄想でも何でもいいんです。
貴方の考えは説得力がある。
特にスペンサーについては考えさせられましたよ」
ディーに尊敬するような目で見つめられ、恐縮してしまう。
「我々も視野が狭くなっていたのかもしれませんね」
ディーの意見に賛同するようにギルバートにも言われて、思わず照れてしまった。
「キース、今の話まとめられますか?」
会話に参加することなく、ひたすら記録をとることに集中していたキースにディーが確認した。
「大丈夫です。
すぐにでも報告書にまとめます」
「お願いします」
空気が和やかになり、それぞれが力を抜いた。
話が話だけに、ずっと緊張したままで、体が強張っていたのは、俺だけじゃなかったらしい。
「お腹すいちゃった」
「あ、あたしも」
オリヴィエが言い、ジャニスも同調した。
時刻はとっくに昼12時を周り、遅くなったが、全員で昼食を摂ることになった。
緊張で体が強張り、今から話すことにみんながどう思うのか、恐怖さえ感じた。
「妄想を話す前に、確認したいことがあるんだけど、いいかな」
隣にいるディーと、向かい側のギルバートを見た。
「何ですか?」
「黒幕がばら撒いたであろう噂って、どんなものがあったのか、教えてもらいたいです」
いいですよ、とギルバートが答えた。
「まだ少しですが、税金や物価が高いという愚痴めいたことから、貴族制度、地位格差、貧困問題、君の事も噂になっていましたね」
「…つまり、比較的、社会的問題についての噂が多いっていうことですか?」
「…そうですね…。それに対する取組みがどうとか、王家や貴族は搾取する側で、平民は二の次とか…」
ディーが調査した噂話を思い出すように、右斜め上の何もない空間を見つめながら言った。
それを聞いて、俺はやっぱりか、と思った。その噂の内容に、俺の妄想がさらにはっきりと色付いた。
「黒幕の目的について、色々考えてみたんだ…」
全員の顔色を伺うように、反応を見ながら言った。
「黒幕は、自分じゃない他の誰かに情報を与え、唆し、操って王位を奪わせようとしている。
そこまでは話したよね」
「そうだね。
簒奪者は存在しない。
黒幕は噂という種をばら蒔き、その種を手に取り行動を起こした者を、簒奪者に仕立て上げようとしている」
ギルバートが現時点での認識についてまとめた。
「すみません、その辺の所、もうちょっと詳しく」
今回から参加したフィンが手を挙げて要望する。
「そうですね。今一度復習の意味も含めて現状を説明しましょう」
ギルバートがニコリと新メンバーに笑顔を向ける。
「我々は今まで王位を奪おうとする者を探してきました。
ですが、その意思の有無は関係がないことに気付いたんです」
「?」
ギルバートの説明にフィンを始め、オリヴィエもエミリアも首を傾げた。
「ジョンの件で気付いたことなんですが、ジョンは別に王になるためにショーヘイに求婚したわけじゃなかった。
彼は、王家が政敵を排除するために聖女を利用している、聖女の自由を奪い苦しめている、という黒幕が流した噂を鵜呑みにして、救出しようとしたんです」
「なんでそんな…」
エミリアがどうしたらそんな考えになるのかと不思議そうにディーを見つめる。
「私たちの関係やショーヘイをよく知らない者にしたら、常に護衛がそばに居て、王城に引きこもっている状態は、監視され、軟禁されていると思われても不思議じゃない」
そう言われ、フィン達は翔平の現状を第三者視点で考えてみた。
「確かにそうかもしれない…」
フィン達3人は考え込み、状況だけを見ればそう取れると理解した。
「黒幕はそれを利用したんです。
聖女が王家に利用されているという種を蒔き、ジョンがその種を拾った。
だからその種が芽吹くように、さらに情報という栄養を与えた。
その結果、ジョンは見事に芽吹かせたわけです。
聖女を救うという行動を起こした」
ギルバートが最初のセリフに合わせて説明すると、フィン達はなるほど、と小さく頷いた。
「だが、花は開くことはなかったがな」
オスカーが笑いながら成功はしなかったと言った。
「もし花が開いていたら、その時に何が起こると思う?」
オスカーが続けて3人に問いかけ、聞かれた3人は少し考える素振りを見せた。
「…王家を…断罪する?」
ポツリとエミリアが自信がなさそうに呟くように言う。
「そうです。
聖女を利用する王家に、国を統べる資格なしと意味を持たせることになります。
ジョンにその気がなくても、聖女を救出したジョンを次の王に。
またはその断罪を利用して、別の誰かが。そういう状況が出来上がるんです」
ギルバートも補足した。
「あー…なるほど…」
フィンは例を聞いて理解した。
「でもそれじゃあ、黒幕にしたら、王になる奴は誰でもいいってことにならない?」
「そう。誰でもいいんだよ」
オリヴィエの言葉に、俺は笑顔で答えた。
まさに俺が言いたいのはそれだ。
「黒幕にとっては、誰が王になろうがどうでもいい。
王になりたいと思っている人物を選んでいるわけでも、王に相応しいという人物を支援しているわけでもない。
誰でもいいんだ」
苦笑いを浮かべながら言った。
「誰でもいいって…何それ。意味あるの?」
オリヴィエが呆れたように苦笑する。
「黒幕は何がしたいのかしらね」
ジャニスがお手上げポーズをしながら、ため息混じりに言う。
そこで、俺は一度深呼吸する。
「黒幕の目的は」
全員の目を見ながら言った。
「サンドラーク王家の失墜」
はっきりとそう言った。
男が手紙を読み終わるとクシャッと小さく丸め、手の中で一瞬で燃やし尽くす。
「余計なことをしてくれる…」
目を細めフンと鼻で笑いつつ指先で顎を撫でた。
「さて…どうするか…」
口ではそう言いつつも、口角を上げて笑みを浮かべる。
おもむろに机の引き出しを開けると、便箋と封筒を取り出し、書き始める。
「あれはもう使えんな。処分しよう」
言いながら楽しそうに笑い、処分するための手順を手紙にしたためて行く。
全て書き終わり、再度読み返して確認した後、丁寧に折って封筒に入れ厳重に封をする。
「隠、火、密、飛、化」
手紙に手を翳すと、次々に魔法を何重にも重ね掛けした。
最後に、そっと手紙に触れて魔力を注ぐ。
「変異」
呟いた瞬間、手紙が意思を持ったように動き、朧げに発光しながらその形を変えて行く。
発光が終わった時には、小さな鳥の姿になっていた。
「さぁ、お行き」
窓を開けると、鳥はパタパタと外に飛び出し、あっという間に見えなくなった。
静かに窓を閉めると、これから起こることを想像して、顔が緩んでしまう。
「もうすぐだ…もうすぐ。愛しい人がもうすぐ…手に入れられる…」
白い歯を見せて、嬉しそうに微笑み、何度も同じ言葉を繰り返した。
以前1回目のジョンとのデートを報告した時に、サイファーが黒幕の目的は王家の転覆か、と呟いた。
俺はそれを聞いて、ずっとその言葉が頭から離れなかった。
そして、この妄想に考え至ったのだ。
会議室の中が時が止まったように、誰も動かなかった。硬直したように固まり、その目は驚きで見開いたままになっている。
会議室がピンと張り詰め、凍りついたような空気を纏っていた。
「なぜそう思うんですか?」
その空気をギルバートが打ち破る。
その顔は真剣で、射抜くような目で翔平を見ていた。
「…消去法です。
あらゆる目的を考えて、削除して…。
行き着いたのが、この極論です」
そのギルバートの視線に臆することなく、見つめながら返した。
「黒幕は、レイブン様をその座から引き摺り下ろしたいだけ。
次の王が誰でもいいのは、王家が失墜することだけが目的だから」
慎重に言葉を選びながらゆっくりと語る。
一旦言葉を切って、怖いくらいに静まり返った状況に、唾を飲む自分の喉の音がやたら大きく聞こえたような気がした。
「黒幕は、王家に強い怨みがある。そう…考えたんです…」
ディーが驚愕の表情で俺を見つめる。
そうだろう、自分の知らないところで強く怨まれているなんて、驚き以外の何ものでもない。
「怨恨ですか…」
ギルバートが呟いた。
「はい。黒幕は、王家に、もしくはレイブン様個人に強い怨みを抱いている。
それこそ、5年以上前から」
ロマーノ家の事件も黒幕が絡んでいたなら、その準備期間も含めて、事件よりもだいぶ以前より計画していたことになる。
王位簒奪という行為の準備にどのくらいの時間がかかるかなんて想像も出来ない。
だが、200年前の王弟による簒奪未遂の時は少なくても5年の準備期間があったと推察できる。それを考えると、10年以上前からの怨みということだ。
それこそ、鉄鎖兵団の暴走によって起こったジェラール聖王国による侵攻も、もしかしたら黒幕が糸を引いていた可能性だってあり得る。
「その妄想に根拠はあるのか」
オスカーが身を乗り出してテーブルに肘をつき真剣に俺に尋ねた。
「さっき確認した噂の内容も一つの根拠ではある。
噂の内容が、王家を批判、誹謗中傷するような内容ではあるけど、王家の誰か個人を狙ったものじゃない」
「なんでそれが根拠になるんだ」
「個人を狙うのは悪手なんだよ。
はっきりと王家の誰かを誹謗中傷したら、それは不敬罪にあたるし、公の場で噂を撤回、もしくは否定するように王家も動く。
そうだろう?」
「ええ。王族に限らず、貴族への個人攻撃は調べられて捕まる可能性が高いです」
俺は隣のディーに確認すると、ディーは頷いて俺の話を肯定した。
「だから、流す噂の種は、個人狙いではなくて、王家が打ち出した政治的内容や、国の統治に関したものしかばら撒けなかった。
噂の出所を調査されてしまうようなものを避けたんだ」
「なるほどね」
オスカーが内容を飲み込み、納得したような表情になった。
「他に根拠は」
「根拠って言えるかどうかはわからないけど…。
黒幕が流す噂は、王家を批判する内容であって、国そのものを批判しているものじゃないと思った」
困ったような表情を浮かべながら、今の言い方で伝わっただろうか、と周囲を見渡す。
「なるほど。わかりますよ。
黒幕は国を崩壊させたいわけではなく、国を治める王家を貶めたいというわけですね。
国はそのままに、トップだけをすげ替える。だから、黒幕の目的はあくまでサンドラーク王家の失墜にあると思ったんですね?」
ギルバートが代わりに説明してくれて、俺はコクコクと頷いて肯定した。
誰もが俺の妄想を聞き、各々考え込んでいるようだった。
眉間に皺を寄せ、腕を組み、熟考している様子が伺える。
「ショーへーちゃんが言いたいことはわかったわ。あたし個人としては、それが正解と思いたい。
あんまり政治的な話はわかんないし、怨みが理由なら単純な話だもの。王家を怨んでる奴を探せばいいじゃない」
ジャニスが難しい話は嫌いと言いたげに笑った。
「そうだが、簡単じゃないぞ」
それをフィンが嗜めるように言った。
「そうね。王家を怨んでる奴なんて、それこそ星の数ほどいるわよ」
オリヴィエも小難しい話に根を上げたジャニスに笑いながら言う。
「そうだな。王家とはそういう立場だ」
オスカーもため息混じりに言った。
そんな騎士達の会話に、ディーが王族の1人として怨まれる対象であることに乾いた笑いを漏らした。
怨恨を中心に捜査するにしてもキリがない。それこそ国内に留まらず、他国にまで容疑者は広がるだろう。
今の王家、レイブン王に取り潰された貴族やその一族。国から追放された者。身分を剥奪されてその悪行から犯罪奴隷にまで落ちた者もいるだろう。さらにその親や子供達。
王家が打ち出した政策によって仕事を奪われた者。収入が落ち込んだ者。あげればキリがない。
だが、俺はそんな者たちだとは思っていなかった。
「多分…」
それぞれが王家に怨みを抱く者たちを考える中、ポツリと呟く。
「黒幕はその怨みの深さが尋常じゃないと思う…。
悪い事をして捕まったから怨んでるとか、そういう話じゃなくて、もっとこう…なんていうか…」
考えていることを上手く言い表す言葉を探して、眉間に皺を寄せた。
「もっと、黒幕の存在や根源、人としての尊厳を揺るがすようなことがきっかけになってるんじゃないかと…」
「確かに、単純なものではなさそうですね。
捕まったことを恨んでいるなら、自分のしてきたことを棚に上げた、ただの逆怨みです」
ギルバートも俺の言葉に頷いた。
「その深い怨みに繋がりそうなことがあったかどうか、調べる必要があるな。
その辺についてはどう考えているんだ?」
オスカーに言われ、俺はグッと口を真横に結び奥歯を噛み締めた。
唇に手を当てて考えこむように俯くと、本当に言ってもいいのか、今更になって怖くなった。
だが、隣のディーがそっと俺の膝に手を置いた。
「言ってください。
ヒントになるかもしれない」
ディーが真剣な目で俺を見つめる。その目の中に俺への信頼を感じ、恐怖が薄まる。
その目を見て薄く微笑むと、妄想の続きを話す。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、顔を上げて全員の顔を見る。
「黒幕は王家を破滅させたい。
その怨みはとても深いもので、単純に恥をかかされたとか、嫌な思いをしたとか、そういうんじゃないと思う」
さっきも言ったが、その怨みは人としての尊厳や存在そのものを否定されるような、いつまでも心に深い傷を負うようなものだと説明した。
「自分に置き換えて考えてみて欲しい。
何年も相手を許さず、怨み続けてひたすら復讐しようと執念を燃やすのって、何をされた時にそうなるんだろう?」
全員に、自分がそこまで怨みを募らせるとしたら何があった時なのかを考えてもらった。
全員が俺の言葉に素直に考えてくれる。
だが、考えている内にその表情が苦しそうになっていった。
「家族を…失った時…」
ポツリとフィンが表情を歪めて呟いた。
去年結婚したばかりだというフィンは、おそらく愛している伴侶がもし、ということを想像したのだろう。
「そうね…私もだわ。もしシェリーが殺されたなら、私は命を奪った相手をどこまでも追い続ける」
アビゲイルも眉間に皺を寄せながら言い切った。
「愛する者を奪われた時ですか…。しかも命を」
ギルバートも苦痛に耐えるような表情を浮かべた。
「俺も、そう考えたんです。
黒幕は、王家に愛する者を殺された。その復讐のために、動いているかもしれない…」
「父上が、私達の誰かが命を奪ったと…?」
ディーが吐き出すように言った。
「ディー、責めてるわけじゃない。
誰だって殺したくて、好き好んでやってるわけじゃないだろ?
ちゃんと理由だってあるし、正当防衛とも言える」
ディーも今までに何人も殺しているだろう。ここにいる俺以外の全員が人を殺した経験がある。
それは、この世界と俺がいた世界での決定的な差でもある。
人を救うため。
己自身を守るため。
己が信じる信念のため。
正義のため。
奪うため。
生きるため。
様々な理由で人を殺すことが当たり前な世界。
俺はその認識についていけずに、この世界に来て早々に考えることを止めたのだ。
ロイが俺を助けるために、俺を襲った野盗を殺している。それを俺はこの世界では普通なことと受け止めることにして、見ないフリをした。なるべく深く考えないようにした。
俺に関わって死んだ人達をその都度考えていたら、俺はきっととっくに狂っている。
それだけ俺は平和で、人殺しとは無縁な世界に、環境に住んでいた。
受け入れるには、見ない、気にしないフリをするしか、心の均衡を保つことが出来ず、己を守るために蓋をした。
だが、そんな世界でも、家族や恋人、友人に対する気持ち、互いを思い合うことは同じだった。
だからこそ、家族を、愛する人を殺されるということが、怨みを募らせて復讐に駆り立てる理由になると思ったのだ。
「ディー、王家の誰かが直接手を下したわけじゃないと思うんだよ」
苦しそうな表情をするディーの手をそっと握った。
「全ては、負の連鎖だと思う」
「負の連鎖…?」
ディーが慰めようとしている翔平の顔を見て呟き、俺は静かに頷いた。
その言葉は、昨日も言っていたと思い出す。
「すみません、少し長くなると思うけど…」
そう前置きしてから話し始めた。
「昨日、ディーからスペンサーの話を聞いたんだけど、あいつも負の連鎖から生まれたんだと思った」
彼が嬉々として人を殺す怪物になったのは、その連鎖の産物だと、妄想を話す。
「スペンサーは、親に2度も売られ、捨てられた。
1度目はロイの暴走をきっかけに救出されて、2度目は助けられずに裏組織に育てられた。
数年後にそのロイが、自分を捕まえた張本人だと知って、スペンサーの心は、壊れた」
「壊れた?なぜ」
オスカーが意味がわからないと顔を顰める。
「ロイとスペンサーは商品だった。
でも助け出されて、ロイはロマ様とギル様に引き取られ、スペンサーは家に戻された。だけど、また、捨てられた」
ギルバートがここで俺の言いたいことを理解したのか、悲しむような表情を作った。
「数年後、犯罪現場で会った時、ロイは獣士団の騎士として立派な姿になり、片やスペンサーは組織の一員で犯罪に手を染め、殺し合いが日常の世界にいた。
自分を捕らえたロイが、あの時、同じ商品だった子供だと知って、あまりにも違うその後の境遇に打ちのめされたんだ」
全員が俺の話を真剣に聞いていた。
「スペンサーはこう思ったと思う。
なんで俺ばっかり」
オリヴィエとエミリアが思わず口に手を当てて呻くような声を出した。
「ロイは救出後に愛情を注がれて大切に育てられたのに、スペンサーはその真逆の道を進んだ」
「まるで、光と闇ね…」
アビゲイルが複雑な表情を浮かべて呟き、俺もそうだね、と答えた。
「ロイもスペンサーもその道を自らの意思で選んだわけじゃない。
でも…」
俺は全員を見ていた目を逸らし、俯いてテーブルに置かれた自分の手を見た。
「スペンサーは思った。
なぜあいつと俺はこんなにも違うのか。
なぜ親は自分を売ったのか。
なぜ捨てたのか」
「でもそれは仕方がないことじゃ…」
オリヴィエが苦しそうに言う。
「うん。確かにそうだよ。
種族も、生まれてくる場所も、親も選べないからね」
苦笑しながら答える。
「でもね、売られた理由、それはわかったんだと思う」
「売られた理由…。貧しいから、よね?」
ジャニスが自分とスペンサーの境遇が、全く違うが似ていると感じていた。
「正確には、子供を売らなければならないほど両親が貧しかった理由に気付いたんだよ」
「ジェロームですね」
ギルバートが静かに言った。
「そうです。
ジェロームが、己の欲のために領民から搾取したおかげで、小さな農村で貧困が生まれてしまった」
「負の連鎖か…なるほどね」
オスカーがやりきれないと言いたげにため息をつく。
「スペンサーは自分を捨てた親を恨み、親を追い込んだ領主を恨んだ。
さらに…」
「ジェロームを領主に据え続けた王家を恨んだ、ということですね?」
ギルバートが続きを言ってくれ、俺は苦笑しながら頷いた。
「スペンサーは裏組織に戦闘技術の他に、知識や教養も身につけさせられたんだと思う。
裏社会で暗躍するために、そういったことも知る必要があったんだろうね。でも、奇しくもそれが自分の置かれた境遇を理解することに繋がった。
だからこそ、自分が生まれた環境を放置した王家を恨んだ」
「放置していたわけでは…」
ディーが独り言のように反論する。
「ああ。放置はしていないよ。
レイブン様もサイファーもアランも、ディーだって、ジェロームをなんとかしようと奮闘していただろ?」
ディーの手を強く握り、ディーの、王族のせいじゃないと、それははっきりと断言した。
「スペンサーが脱獄した後、所属していた組織を壊滅させたのは、自分を育て作り上げた者を許せなかったからだと思う。
自分を売った親が悪い。
親を追い込んだ領主が悪い。
そんな奴を領主にしている王家が悪い。
全てが悪い。
自分を苦しめた者、追い詰めた者、周囲を許せなかった。
だから破壊した」
「単純に組織を裏切ったというわけではなかったわけだ」
オスカーが呟く。
「ロイを見て壊れたっていうのは、そういう意味だよ。
スペンサーはロイに嫉妬したんだ。
あまりにも自分と違うロイを羨み、憎んでいると思う」
数ヶ月前、ロイの前でわざわざ俺をレイプしようとしたのは、ロイの感情を逆撫でするという意味もあったが、一番は、その存在を否定することにあったと思う。
お前は無力だ。
周囲に守られ、愛情を受け、のうのうと育ったお前に、思い知らせてやる。
そういう意味があの行為にあると思った。
シンと静まり返り、それぞれが俺の妄想を考えこむ。
だが、ジャニスが重い空気を打ち破るように口を開いた。
「黒幕の話とスペンサーの話がどう繋がるの?」
「つまり、ショーヘー君は、黒幕もスペンサーと同じだと言いたいんだね」
ギルバートが俺の答えを代弁してくれた。
「そうです。
王家に直接手を下されたわけではなくて、結果として黒幕は何かを、誰かを失い、王家を怨むことになった」
「あー…なるほどねー」
聞いたジャニスが納得する。
「少し前までは漠然としか考えられていなかったけど、昨日スペンサーのことを聞いて」
顔を上げて全員を見渡し、改めて自分の妄想の結末を言った。
「スペンサーが黒幕の手先かもしれないと聞いて、妄想がはっきりしたんだ。
黒幕は、直接事件に関わっていなくても、その元凶は王家にあると考えてる。
同じように全てを憎むスペンサーと出会い、引き入れた」
ディーやオスカーがふむふむと小さくと頷き、ギルバートはうっすらと笑みを浮かべた。
「黒幕は、以前から言われていたけどかなり頭が良くて、金もある人物。
レイブン様が王位についてからロマーノの簒奪未遂事件までの間に、亡くなった人とその経緯、背景を調べて、その周囲に条件に当てはまる人物がいるかどうかを探すべきだと思う」
単純に頭が良いというわけではない。
裏工作を考え、しかけられる巧妙さ。自らは動かずとも人を操ることが出来る情報操作能力や判断能力。
やっていることはともかくとしても、かなり優秀な人物であることは間違いない。
だとすれば、そんなに人数がいるわけではない。
「黒幕の条件を満たす、親や子供、兄弟、伴侶、愛する人を失った人物ね…」
「それって随分と限られるわよね」
「父が王になってからとするなら、さらに絞られます」
それぞれが色々な人物を思い浮かべるが、果たしてその中に誰かを失った人物がいるだろうか、と考え始めた。
考え始めた様子を見て、俺はもう一度全員に向かって言った。
「あのね、これは俺の妄想だからね。
正解じゃない可能性も充分あるんだからね」
念を押すように強めに言った。
俺の話を鵜呑みにし過ぎて、黒幕を探す手立てを狭めてしまっては意味がない。
あくまでも、こういうアプローチの仕方もあるという提案なのだ。
「いやいや、可能性で充分ですよ。
ありとあらゆる可能性から探すことが重要です」
ギルバートがニコニコと俺に微笑みかける。
「ショーヘイ」
ディーが俺の手を握った。
「妄想でも何でもいいんです。
貴方の考えは説得力がある。
特にスペンサーについては考えさせられましたよ」
ディーに尊敬するような目で見つめられ、恐縮してしまう。
「我々も視野が狭くなっていたのかもしれませんね」
ディーの意見に賛同するようにギルバートにも言われて、思わず照れてしまった。
「キース、今の話まとめられますか?」
会話に参加することなく、ひたすら記録をとることに集中していたキースにディーが確認した。
「大丈夫です。
すぐにでも報告書にまとめます」
「お願いします」
空気が和やかになり、それぞれが力を抜いた。
話が話だけに、ずっと緊張したままで、体が強張っていたのは、俺だけじゃなかったらしい。
「お腹すいちゃった」
「あ、あたしも」
オリヴィエが言い、ジャニスも同調した。
時刻はとっくに昼12時を周り、遅くなったが、全員で昼食を摂ることになった。
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