ぼっちの田舎暮らしの青年、鉄仮面の貴公子を助けて溺愛される

猫の手

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第一章 出会い

別れと両片思い

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 翌日、朝早くに目が覚めたルシルは1人ベッドの中で虚な目をしたまま呆然とする。

 アシェルが帰ってしまうとわかり、ほとんど眠れなかった。
 うとうとしても、深い地の底へと落ちていく感覚を覚えてハッと目が覚める。それを何度も繰り返して、気がつけば朝になっていた。

 のそりと体を起こすと、眠れなかった体はとても重たくだるい。
 ルシルはたった数日いただけなのに、どうして、と泣きそうになる気持ちを抑えるために、両手で顔を覆うと背中を丸めた。
 なぜこんな気持ちになるのかが、不思議で仕方がなかった。
 1人になって4年。自分でも気付かないほどそんなに人恋しかったのか。それともたった4、5日で情が移ってしまったのか。
 
 呆然とアシェルのことを頭に浮かべ考えると、動悸が激しくなり、顔が火照り始める。
「~////」
 この恥ずかしいような照れのような、心が温かくなる感情はなんなのだろうと考え始め、しばらくしてからその理由に思い至った。


 昔、子供の頃にマリーとの会話の中で人を好きになると、その人のことを考えるだけで心が温かくなると教えてもらった。
 ドンとマリーが大好きで、今も2人を思うと心が温かくなる。
 それと同じことが、アシェルを思っても起こっていることに気付いた。


 好き…?
 まさかこれって…。


 ルシルはここ数日間の中でも1番顔を真っ赤に染める。


 この気持ちは、恋、だ。
 僕は、アシェルに恋をしてしまったんだ。


 それに気付いてしまった。
 アシェルを見てドキドキしていたのも、照れてしまうのも、恋に落ちたからだった。だから別れるのが辛い。会えなくなるのが悲しい。
 まさか、別れる日の朝に気付いてしまうなんて、とルシルは膝を抱えて顔を隠す。
 
 だが、どうしようもない。
 気持ちに気付いても、彼は今日出て行ってしまう。家族の元に帰ってしまう。


 じわりとその目に涙が滲む。

 
 駄目だ。
 アシェルが元気になって、家族の元に帰れるんだから、嬉しいことじゃないか。
 ……笑って見送らなきゃ。


 ルシルは顔を上げると、パンパンと両頬を叩いて意識をはっきりさせると、誰に見せるわけでもなく、にっこりと無理矢理微笑んだ。






 同じ時間、アシェルは一睡も出来ずにベッドに横になっていた。
 昨日寝る前にルシルへの気持ちに気付いてしまったアシェルは、このまま別れてしまうのか、別れたくない、離れたくない、ずっとそんなことを考えていた。
 本当は仕事のことを考え、集中しなければならないのだが、どうしてもルシルの顔が頭から離れない。
 ルシルの可愛い笑顔を思い浮かべると、ニヤリと顔が歪むのを抑えられない。
 このまま離れてしまうことが苦しくて、アシェルはたくさん悩んだ。

 そして数時間悩んだ末にたどり着いた答えが、早々に仕事を終わらせてルシルに会いに来る、という単純なことだった。

 会ってどうするとか、何を話すとか、そういう詳しいことは全て後回しにして、ただひたすら終わらせてここに戻ってくる、それだけを考えた。






 ルシルは静かに部屋から出ると、いつものように朝食前に畑と家畜の様子を確認する。
 毎日同じルーティーンは余計なことを考えなくても勝手に体が動く。
 ルシルはいつものように動き、いつもと同じ時間で朝の仕事を終わらせると家に戻る。
「おはよう、朝から精が出るな」
 家に入ると、アシェルが目覚めて暖炉の火の様子を見ていた。
「おはよう……」
 5日目の朝のアシェルは変わらずの無表情だった。
 でも、声の抑揚と、僅かな表情筋の動きで、嬉しくてそわそわしていると感じた。
 ルシルは、帰れる嬉しさからだと思うと同時に、胸にズキンと痛みが走った。

 実際には仕事を片付けて戻ってくる、ルシルに会いに来る事ばかり考えてそわそわしていたのだが、ルシルは全く気付いていない。



 そのまま何事もなく朝食を済ませ街へ出発する。
「服は今度来た時にきちんと返すから」
 アシェルは借りている少し大きめのドンの服を示して言った。
「いいよ、気にしないで。捨ててくれてもいいし。もう着る人が居ないんだから」
 ルシルは笑顔でそう言うが、アシェルはその笑顔に悲しみや寂しさが混ざっていることを感じる。
 そう言っても捨てられるのは悲しいのだろうと考え、絶対に返しに来ようと思った。

 実際には服よりもアシェルが出ていくことが辛くて悲しかったのだが、それにアシェルは全く気付いていない。



 お互いに気付かず、すれ違ったまま別れの時は近付いていった。





 ドアに鍵をかけて出発する。
「3時間くらいだったか?」
「うん。道は真っ直ぐだから、本当は案内なんて必要ないんだけどね」
 ルシルは自虐的に笑い、空の大きな鞄を肩にかける。
「僕も買い出しがあるから」
 最初は街道まで送るだけにするつもりでいたのだが、わざと理由をつけて共に行くことを選んだ。少しでも一緒に居たいと思ってしまったからだ。

 ルシルはドンの外套を着て前を歩くアシェルを見て、養父を思い出していた。
 ドンと同じ大きな背中。
 背が高く広い背中を見て懐かしさを感じる。子供の頃、その背中が大好きで、よく後から飛びついた。
 アシェルはドンに比べると少し細いが、それでも小柄で細い自分よりはがっちりした男の体だ。
 ルシルは自分の腕を見て、体質なのか、どう鍛えても筋肉ムキムキにならず、ドンのようになれなかったことが悔しいといつも思っていた。

「こっちか?」
 若干俯いて歩いていると、街道にぶつかる丁字路に出た。
「うん。そっち」
 ルシルが答え、丁字路を左に曲がる。
 アシェルは周囲を見渡し、この街道を帝国に向かって歩いた時、こんな脇道があるなんて気付かなかったと思った。
 振り返ってルシルの家へ向かう道を改めて見てみると、はっきりと道があるとはわからないほど、獣道に近かった。
 見れば道があることはわかるのだが、よく見ればの話だ。草木に囲まれた周囲と何ら変わらず、今歩いてきたから道があるとわかるだけで、立て札があるわけでもない。
 アシェルは周囲を見渡して、わかりづらい脇道の場所をよく覚えておかなければと、じっと観察した。



 街道に出ると、並んで歩いても余裕の道幅になり、2人は並んで歩く。
 身長差のせいで、普通に歩けばルシルは若干急ぐことになってしまうため、アシェルはルシルに合わせて少しだけペースを落とす。
 斜め上からルシルを見下ろし、その白い髪、乳白色の丸まった角、長いまつ毛、寒さで上気したピンク色の頬にじっと見惚れる。
「何?」
 視線に気付いたルシルが顔を上げると、大きめの新緑の瞳がアシェルの目を捉える。
「あ…いや…」
 アシェルはずっと見ていても飽きないと、その可愛い顔を見ていたいのだが、それこそ変に思われると、慌てて目線を逸らす。
「??」
 ルシルは首をかしげつつ、再び前方へ視線を戻すと黙々と歩く。




 3時間と言われたが、実際には3時間もかからなかった。
 森の端が見えたのは2時間と少しくらい経った頃で、森を抜けると遠くにクレイスの街を囲む城壁が見える。
 あっという間に森を抜けてしまって、アシェルはあと少しでルシルと別れることに、もう少しゆっくり歩けば、話をすれば良かったと思い切り後悔した。
 同様に、ルシルも強烈な寂しさを感じ、互いに意識せずとも歩みが遅くなる。


 ゆっくりと街に近付いて行くが、2人は無言のままだった。
 時折、何か話そうと口を開きかけ閉じる。それをお互いに何度も繰り返していた。
 2人を包む空気が重く、微妙な雰囲気のまま歩くことだけは止めない。

 だが、その空気をアシェルが打ち破った。
「ルシル」
 突然歩くのを止めたアシェルは、ルシルに話しかけた。
 ルシルは数歩進み、突然止まったアシェルを振り返る。
「必ずお礼しに戻って来るから」
「…いいよ、別に…」
 この数日間、何度も繰り返された言葉だった。
「いいや。俺が行きたいんだ」
「……」
「待っていて欲しい。必ず行く」
 ルシルは待ってろと言われ、一瞬驚き、そして小さく笑う。
「わかったよ……期待しないで待ってる」
 ルシルの少しだけ頬を染めた照れ臭そうな笑みに、アシェルの胸に再びドスッと恋の矢が突き刺さる。
「その時は…」
 アシェルは再び歩き始めるとルシルの隣に並ぶ。
「その時?」
 ルシルの首がこてんと横に倒れる仕草に見惚れ、アシェルは言おうとしていた言葉が吹き飛んでしまった。
「アシェル?」
 続きを言おうとしないアシェルにルシルは不思議そうな表情をした。
「あ…、いや。……何だっけ…」
「何だよそれ」
 顔を赤くしつつ、忘れてしまったことを誤魔化すとルシルはコロコロと笑った。
 その笑顔と笑い声も可愛いと思ってしまい、本当に重症だと恋の病にアシェルは心の中で苦笑した。


 再び歩き始めてすぐ、アシェルは続きの言葉を思い出した。


 その時は、迎えに来るつもりだ。
 俺と一緒に行こう。


 そう言おうとしたのだった。
 だが、いくらなんでもいきなり過ぎると思い直し、言わなくて良かったとホッとした。
 もし言っていたら、変な奴だと思われていただろう。
 たった4、5日一緒にいただけで迎えにくるなんて、好き合っているわけでもない、かつ告白すらしていないのに言われても、驚かれる所かドン引きされてしまうに決まってる。
 なのに、どの口で一緒に行こうなんて言えるのか。

 アシェルは、初めての恋に1人で勝手に盛り上がって、浮かれていることに恥ずかしくなってしまった。


 まずはきちんと段階を踏まなければ。
 仕事を片付け、お礼と称して会いに行って、告白して…。


 そう段取りを頭の中で巡らせながら歩き、どんどん街へと近付いていることに気付いてもいなかった。




 ルシルはチラッとアシェルへ視線を向ける。
 無表情で前を向く横顔を見て、何を考えているんだろうと思った。
 何かを言いかけて忘れたと言った言葉が気になるが、問いただしても仕方がない。
 彼は何度もまた来ると言うが、それに期待はしていない。さっきは待っていると言ったが、いくら助けられたとはいっても、家に帰って日常が戻り、時が立てばきっと忘れるだろうと思った。
「そういえば…」
「ん?」
「アシェルの家は何処?」
「……領都だ」
「そっか…。遠いね」
 すっかり聞くのを忘れていたことを思い出して何気に聞いてみたが、その遠さを知って、やはり再びここに来るなんて無理だろうと考えた。
 領都はクレイスの街の10倍以上の大きさで、人も多い。
 アシェルくらいかっこいい人なら、きっと恋人がいてもおかしくない。もしかしたらもう結婚しているかもしれない。
 ルシルはそう考えて胸が苦しくなる。
 一緒に居た5日間で色々話をしたが、アシェルのことは何も知らないと気付かされた。
 好きという気持ちに気付いて、今になって彼を知りたいという欲求が湧き起こっているが、もう、何もかも遅い。

 領都には家族が、きっと恋人もアシェルの帰りを待ってる。
 ルシルは辛い気持ちを抑え込み、前を向く。
 
 もう城壁は目の前に迫っていた。






 アシェルはこっそりとルシルの髪に手を伸ばすと触れる。
 その状態で認識阻害の魔法を使った。
 触れた状態で魔法を展開することで、ルシルにだけは自分の姿を認識することが出来るようになる。
 クレイスの街には、自分の顔を知る者も多い。
 今回の仕事上、素性がバレることを避けねばならず、彼にも何も告げていなかった。
 これで自分は「冒険者アル」になる。
 アシェルは城壁に近付いてくると、ポケットから身分証を出した。



 北門の詰め所に寄り、身分証を提示する。
「ダンジョンからの帰りか?」
 詰め所の門兵に尋ねられ、ああ、と短く答えて街へ入った。
 ルシルは顔見知りの門兵とにこやかに話しており、身分証を提示することなく顔パスだった。
 門を通過すると、北門前広場に出る。
「それじゃ…」
 ルシルが立ち止まり、小さい声で言った。
「…ルシル……」
 アシェルは振り返るとルシルに近寄る。
 本当はここで抱きしめたい。
 好きだと伝え、必ず迎えにくると言いたいのをグッと堪える。
「ありがとう、ルシル」
 何十回目かのお礼の言葉にルシルは笑った。
「元気でね、アシェル」
 ルシルは泣きたいのを必死に堪えていた。出来うる限りの笑顔を作ると、涙を堪えるために肩掛けカバンのベルトをギュウッと握りしめる。
「元気で…」
 アシェルが答えると、ニコリと笑ったルシルは商店が並ぶ方へ歩き出した。
 アシェルはその背中を見つめ立ち尽くす。
 引き止めたい。抱きしめたい。
 だが、そんなこと出来るはずもなく、ルシルが人の波に紛れ、見えなくなるまで見送った。
 呆気なく別れたことに、アシェルは自分だけが辛くて、ルシルは何も思っていないのだと項垂れた。
 全く意識されていなかったと気付かされ、泣きたくなってしまうが表情には出ない。
 だが、ここで立ち止まってはいられない。すぐに仕事を片付けて、ルシルに会いに行こう。彼に思いを告げ、振り向いてもらうまで求愛するしかないのだ、とアシェルは気を取り直すと、ルシルとは反対の方角へ歩き始めた。


 ルシルは必死に笑顔を作っていたが、心の中で大泣きしていた。
 決して涙を見せてはいけない。
 この気持ちは自分の勝手な思いで、負担にさせては駄目だと、頑張っていた。
 だが、北門広場から離れしばらくしてから、我慢出来ずに後ろを振り返ってしまう。
 もう一度、一目その姿を見たい、目に焼き付けたいと思ったのだが、そこにアシェルの姿はもうなかった。
「……」
 途端にルシルの顔から笑顔が消え、泣きそうな表情になった。

 ルシルは、初恋が失恋に終わったと悟った。



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