ぼっちの田舎暮らしの青年、鉄仮面の貴公子を助けて溺愛される

猫の手

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第二章 両片思いの日々

自分の気持ちに嘘はつけません

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 ゆっくりと目を覚ますと、ログハウスの天井が目に入る。
 ここが自分の家であることはすぐにわかったが、何故寝ているのかしばらく考え、なんとなく状況を思い出す。
 体を起こすと、かけられていたブランケットが上半身から落ちる。
 そして耳に、コーンコーンと木を割る音が聞こえてきた。

 ルシルはゆっくりと立ち上がると暖炉のそばにある窓から外を見る。
 そこに、薪を割るアシェルの姿があった。
「アシェル…」
 じわりとルシルの胸が熱くなる。


 会いたかった。
 涙が出るほど会いたかった。


 だがそれは今ではなかった。
 こんなボロボロで汚された自分ではなくて、別れた時と同じ姿と気持ちで会いたかった。

 ルシルは胸元をキュッと掴むとブランケットを畳もうと拾い上げるが、体の何処にも痛みがないことに気付く。
 咄嗟に腫れていた頬に触れ、さらに上着を捲って腹や腰にあった痣を確認する。
 そして綺麗さっぱり消えていることに、アシェルがヒールを使ってくれたことを悟った。
 つまり、体の痣を見られたのだ。

 ルシルは全て見られたことに絶望し、がっくりと項垂れる。
 他人に蹂躙された体を好きになった人に見られたくはなかった。
 汚された自分を。

 ルシルは深いため息をつくと、ブランケットを片付け、そして窓をコンコンと叩いてアシェルに起きたことを知らせた。





 アシェルは黙々と薪を割る。
 ここにいた数日間でかなり薪を消費し、減ってしまった元の量以上に戻す。薪棚の半分以下だった薪が、今は倍以上の量が積み上げられていた。
 2時間近く薪割りを続けたせいで、体が温まり汗をかいていた。
「ふう…」
 流れてくる汗を手で拭った時、背後からコンコンと音が聞こえて振り向く。
 そこにルシルが立っているのが見え、アシェルは手斧を放り投げるとすぐに家へ戻った。

「ルシル!」
 バタンとドアを開けると、彼が何かを言おうと口を開いかけたが、それを無視して彼に飛びついた。
 ルシルを正面からしっかりと強く抱きしめ、顔を擦り寄せる。
「良かった…ルシル…」
 ルシルの顔がアシェルの胸に押し付けられ、頭や背中を撫でられ、ルシルはその行動に驚いて目を見開いた。
「ア、アシェル」
 密着した体と、その体からアシェルの匂いが鼻を掠め、ルシルはカアアと一気に赤面した。
「あ、ああ、ごめん、汗臭いよな」
 アシェルはハッとしてルシルを離すと、慌ててクリーンを使った。
「えっと…」
 そしてアシェルは照れながらチラチラとルシルを見て、再び両腕を伸ばす。
「抱きしめていいか…?」
 そう言いながらもすでに抱きしめていた。


 え?ええ!?


 ルシルは再び抱きしめられて、恥ずかしくて顔を真っ赤にし、頭が沸騰しそうになった。










 アシェルは今朝絞った乳をきちんと冷蔵の室に入れて保存してくれていた。
 このまま暖かい家の中で放置すれば駄目になる所だった。
「ありがとう」
「いや」
 乳をしまってくれたこと、薪割りをしてくれたことにお礼を言うとアシェルは無表情で答える。
 そしてテーブルをはさんで向かいあって座り、沈黙が訪れた。
 何から話せばいいのかわからない。

 ルシルは自分がされたことはもうバレていると思い、それを確認することも、どう思ったのかを聞くことが怖かった。

 アシェルもまたどうやって尋ねればいいのかわからない。
 どこの誰に襲われたのかを聞き出したいのだが、ルシルのあの時のパニックを思い出して、口に出すことが憚られた。

 だが、こうして黙っているわけにもいかない。
 ルシルはお茶を一口飲んだ後、覚悟を決めた。

「アシェル、帰ったんじゃなかったの?」
 目を合わせることが出来ないが、昨日の今日で訪ねてきたことが不思議で問いかける。
「まだ、仕事が終わってないんだ」
「そう、だったんだ…」
 クレイスで仕事仲間と合流して、身支度などを整えたのだろうとすぐに察した。
「まさかこんなに早く来てくれるなんて思わなかったよ。本当にびっくりしちゃった」
 ルシルが顔を上げ、ニコリと笑顔を作る。
 アシェルはその笑顔が複雑な感情が含まれていることを感じる。きっと迷惑だったのだろう、だからそんな顔をするのだと思った。
 でも、自分の気持ちは誤魔化せない。
「……会いたかったんだ」
 ボソリと呟くように言う。
「……え?」
 ルシルは自分が考えていたことを言われたような気がして、聞き返した。
「ルシルに会いたかった。だから会いに来た」
 ルシルはアシェルに言われたことに、胸がドキンと高まる。
 だが、すぐにそれは社交辞令だ、きっと時間が出来たから助けた礼を早々に済ませようと思っただけだ、勘違いするなと自分に言い聞かせた。
「……迷惑ならすぐに帰るよ」
「え!そ!そんな!そんなことない!」
 アシェルが困ったように言った言葉に、思わずルシルは大きな声を出していた。
「違うのか…?」
 アシェルが首をかしげて確認するように聞いてきて、ルシルは大声を出したことが恥ずかしくて顔が赤くなった。
「びっくりしたけど……、会いに来てくれて……う、嬉しいよ」
 照れるように言ったルシルに、今度はアシェルがドキンと胸が高鳴る。
「そ、そうか」
 嬉しいと言われ、思わず声に嬉しさが滲む。だが、やはりそれは社交辞令で勘違いするなとアシェルも考えた。

「「……」」
 再び沈黙が訪れてしまい、お互いに下を向き、もじもじと挙動不審になっていた。
「あ…あの…」
 だが、ルシルは意を決する。
「怪我…治してくれて、ありがとう…」
 それは自分が何をされたのか知ったよね?という意味も込められていた。
 それに対してアシェルが何を言うのか、緊張と恐怖が震えを生む。
「……ルシル…」
 アシェルの眉間に皺が寄り、一度じっとルシルを見つめ、彼がはっきりと怯えていることに気付いた。

 性的被害にあったことを他人に知られるのは、それはとてもない恐怖だ。
 必要だと思ったからヒールを使ったのだが、それが本当に正しいことだったのか逡巡してしまう。
 だが、アシェルはその跡が残り続け、ルシルが自分で目にする度に、その記憶が恐怖を呼び覚ますのを見過ごせなかった。

「ルシル、何があったのか教えてくれないか」
 アシェルは真剣にルシルに尋ねると、ルシルはビクッと体を震わせた。
「……それは…」
 ルシルは口を真横に結び黙り込む。
「話したくないなら、それでもいい」
 アシェルは静かにゆっくりと立ち上がると、ルシルの方へ動いた。
 そして、ルシルのそばに膝をつくと、その手をそっと取った。
「今度は俺がルシルを助けたいんだ」
 ルシルの手を両手で握り、下からその顔を見つめる。
「ルシル…。俺にお前を救わせてくれ」
 アシェルの言葉に、ルシルの目に涙が浮かぶ。唇が震え、ポロッと涙が落ちた。
「ぅ…ふっ…」
 小さく嗚咽を漏らし、ルシルがボロボロと涙を落とすのを、アシェルはそっと頭を撫で、頬を伝う涙を拭う。
「ルシル…」
 アシェルは優しくルシルを抱きしめると、彼が泣き止むまでただずっと慰めるように抱きしめ続けた。
 ルシルはアシェルの腕の中で、抱えていた恐怖が浄化されているのを感じた。彼から感じる優しい魔力が、ドンやマリーを思い出させる。
 優しく包み込んでくれる魔力が心地よくて、ずっとこの腕に抱かれていたいと思った。


 やがて、ルシルは落ち着きを取り戻し涙が止まると体を起こす。
「ありがと…アシェル…」
 涙を拭い、顔を上げると小さく微笑む。
 アシェルはその顔を近くで見て、胸がキュンと思い切り締め付けられ、愛しさがゲージを振り切る。
「…ルシル………好きだ……」
 ほぼ無意識に口が動いていた。
「……ぇ?」
 はっきりと聞こえた言葉に、ルシルはキョトンとした。
「…え?」
 小さく聞こえたルシルの声に、アシェルも自分が言った言葉に疑問符を投げかけた。次の瞬間ボン!!と一気に顔を赤くする。
「あ!い、いや!その!!」
 途端に狼狽え、バタバタと両手を動かす。
「……」
 ルシルはそんな風に慌てるアシェルに口を半開きにして呆然とする。
「……好き…?」
 ルシルは自分の気持ちが見透かされたのかと思った。それを口にされたのかと。
「……」
 アシェルはつい言ってしまったことに赤い顔をしたまま顔を歪め、呆然としているルシルの視線が痛くて顔を背ける。
 だが、言ってしまったことはもう引っ込めることが出来ない。かつ間違いだと否定なんてもっと出来ない。
 ぐるぐると目眩がしそうな恥ずかしさを無理やり抑え込むと、大きく息を吸い込む。
「ルシル」
 覚悟を決めてルシルの手を握る。
「好きだ。俺はお前に恋をした」
 アシェルはルシルに膝をついたまま手を握り、真正面から告白する。
 心臓が大きく脈を打ち、緊張からじっとりと汗をかく。呼吸も早くなり、鼻息も荒くなってしまうが、必死に自分の気持ちを伝える。


 助けられた1日目。
 目が覚めた2日目。
 共に過ごした3日目。
 4日目の夜に恋に気付いた。
 5日目に別れ、
 6日目に告白した。

 自分でも怒涛の流れだと思う。
 だが、この想いは止められなかった。


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