大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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18《葛城にて》

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  木梨軽皇子きなしのかるのおうじの事件については、ここ葛城にも直ぐに伝わる事となる。

  木梨軽皇子が流刑となり、伊予国いよのくにへ旅立ってから早1週間が経過していた。

  韓媛からひめ軽大娘皇女かるのおおいらつめとは過去に数回会った事があり、そんな彼女は韓媛より6歳年上の20歳になる。

かるの姉上は、木梨軽きなしのかるの兄上が伊予国に行って以降、泣いてばかりいた。だが1週間が経ち、ようよく落ち着いて来た」

  韓媛は、今日葛城に来ていた大泊瀬皇子おおはつせのおうじを捕まえて、彼から色々話しを聞き出していた。

「まぁ、それは軽大娘皇女もさぞお心を痛めてる事でしょうね……」

  韓媛はそんな彼女が不憫で為らなかった。大事な人が遠くに行ってしまい、それが本人にとってはどれ程辛い事か。

  また木梨軽皇子の場合、刑が許されでもしない限り、大和に戻る事もまず難しい。

「姉上には気の毒だが、こればかりはどうしようもない。これは、実の兄妹で道ならぬ恋に落ちてしまった2人の責任だ」

  大泊瀬皇子は、特に感情を表す事もなく平然として言った。彼の中では既に気持ちの整理は出来ているのだろう。

  それよりも今後の大和がどうなるのか、そちらの方が彼にとっては気になる所である。

「大泊瀬皇子、あなたのお姉様なのよ。もう少し気持ちをいたわって上げないと」

  韓媛からしたら同じ女性として、彼女の事が心配でならない。相手が本当に心から好いていた者なら尚更だ。

「まぁその点、母上はまだマシだった。父上が亡くなった時は、凄く乱れていたが、それも今はかなり落ち着いている」

  そんな大泊瀬皇子の発言を聞いて、韓媛は「はぁー」とため息をついた。

「それは、皇后がわざと弱音を見せないようにしているだけの事。大王と皇后もお互いとても好きあった仲だったのでしょう?」

  大泊瀬皇子も両親の仲の良さは、いつも見ていたので良く知っている。父上が大王に即位する際も、母親の説得があったからだこそだ。

「それはそうだが……それに母上は父上の妃になって以降、父上や大和の事をとても良く考えていたと聞く」

  そんな大泊瀬皇子を見て彼女は思った。
どうも彼は、自身の目線で人の色恋ごとを見ているような気がする。

(大泊瀬皇子は、きっとまだ本気で誰かを好きになった事がないのね。ただ私も人の事はいえないけど)

  彼の場合、見た目もそれほど悪くはなく、体型もとても男らしい。
  普通に考えたら、若い娘が言い寄って来ても、全くおかしくはない。

(大泊瀬皇子は、きっとこの性格が問題なのでしょうね。そこさえ変われば……)

  そんな彼を見て韓媛は思う。
大泊瀬皇子の、浮いた話しの1つや2つが全く聞こえて来ないのは、彼のこの少し傲慢な態度が関係しているのだろうと。

  女性に対しての、口説き文句の1つでも言えたなら、きっと相手の女性もその気になるだろうに。


「大泊瀬皇子も本気で好きな女性が現れたら、きっと変わるのでしょうね」

  韓媛は少し大泊瀬皇子をからかうようにして言った。

  だが大泊瀬皇子は、そんな彼女の発言を聞いて、とても驚いたような表情をした。そしてひどく言葉に詰まっているようにも見える。

(あら、意外な反応ねぇ?)

「大泊瀬皇子どうかされたの」

  韓媛は不思議そうにして彼に言った。
最近の彼はどういう訳か、時々彼女にこんな奇妙な表情を見せてくる。

  すると大泊瀬皇子は肩を落とし、少し呆れるような素振りで言った。

「お前は、何も分かってない……」

  韓媛は皇子にそう言われ、彼が発する言葉の意味を全く理解出来ないでいた。

(私が何も分かってない?  一体どう言うことかしら)

  そもそも韓媛もまだまともに男性を好きになった事はない。もしかすると、何か問題のある発言でもしてしまったのだろうか。

  すると皇子は、急に彼女に質問をしてきた。

「それを言うなら、お前はどうなんだ。好きな男でも出来たのか?」

  韓媛は、皇子から意外な質問が出てとても驚く。まさか彼からこんな事を聞かれるとは、夢にも思っていなかった。

(まさか、大泊瀬皇子からこんな質問が来るなんて)

  余りに意外な質問だったので、彼女も少し動揺しながら答えた。

「えっと、それは特にはないです。それにその辺は、元々お父様にある程度任せようと思ってましたから……」

  それを聞いた大泊瀬皇子は、今度は少し落胆したような感じになった。

(駄目だ。これじゃ、全然らちがあかない)

  すると彼は、急に何かの意を決したかのようにして、韓媛を真っ直ぐ見つめてきた。

(うん、一体何?)

「韓媛、実は俺……」

  大泊瀬皇子がその先を言おうとした丁度その時、遠くから使用人の者の声がした。

「大泊瀬皇子ーー!  お持たせして申し訳ありません!!  今丁度、つぶら様がご自宅に戻られました。直ぐにお会い出来るそうです」

  それを聞いた大泊瀬皇子は、その場で思いっきり脱力感を露にした。

(何で、よりによってこんな時に……)

「あら、やっとお父様が戻られたのね。大泊瀬皇子が来られてからだいぶ時間が立っていたから、心配していたの……あ、大泊瀬皇子ごめんなさい!  お話の途中で」

  韓媛はどうも、今は彼より父親の方が気になっていたようだ。

「いや、良い。別に急ぎの話しではないから、また今度にする」

「あら、そうですか。では大泊瀬皇子もお忙しいでしょうから、私も自分の部屋に戻る事にしますね」

  こうして、大泊瀬皇子はその後葛城円かつらぎのつぶらの元に行き、韓媛は自分の部屋に戻る事にした。
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