大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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  韓媛からひめは部屋に戻ると、試してみたい事があった。

  それは前回父親を救ったあの例の剣である。
この剣を使い、木梨軽皇子きなしのかるのおうじ軽大娘皇女かるのおおいらつめを何とか救えないものだろうか。

「今日はそのために、大泊瀬皇子おおはつせのおうじから色々と聞いてたのよね」

  韓媛はそう言うと、早速鞘から剣を引き出してみる。今回も特に変わった所はなさそうだ。

(よし、ではやってみましょう)

  それから韓媛は剣を強く握った。そして一度深呼吸をし、それから目をつぶって祈り出した。

(どうしても、木梨軽皇子と軽大娘皇女を助けたいの。お願い力を貸して)

  するとまた剣が急に熱くなってきた。

  そしてまた不思議な光景が見えてきた。そこは外のようで、木が少し茂っている。そしてその先には少し海が見えた。

(ここはどこかしら?)

  その場所は、彼女が今まで一度も見た事のない場所だった。

  彼女がふと先方の方に目を向けると、そこには2人の若い男女が立っていた。

(あの2人は一体誰?)

  その2人をさらによく見てみると、女性の方には見覚えがあった。それはあの軽大娘皇女だ。

(軽大娘皇女がいるなら、となりにいるのは木梨軽皇子かしら?でも彼は今伊予国いよのくににいるはずだわ……)

  そんな2人の男女は、互いにしっかりと抱き合っていた。まるで最後の別れをするかのように。

(この2人、本当に互いに愛し合っていたのね)

  まともに恋をした事がない韓媛からすれば、そんな2人が少し羨ましく思える。

  それから2人は、海の方に顔を向けた。その時になって、韓媛はその先が崖になっている事に気が付く。

  そして2人は手を繋いで、そのまま崖のほうに向かって歩き出した。

  韓媛はそんな2人を見て、だんだんと嫌な予感がしてきた。

(ち、ちょっと、待って。もしかしてこの2人……)

  2人の周りには、変な暗い色の糸のようなものがたくさん巻き付いていた。
  これがきっと2人の災いの元なのだろう。

(きっと、この糸を切りさえすれば)

  韓媛はそう思うと、その光景の中で思いっきり剣を振った。
  しかし何故か2人の糸に剣は届かない。

(もしかして、私が2人の側にいないから切れないの?)

  そして2人は崖の側まで来ると、一度お互いの顔を見て、それから一気に崖に身を投じた。

(ま、待って。嫌ーー!!!)

  そこで韓媛はハッとして目を開けた。
するとそこは、自身の部屋の中のままだった。

(なんという恐ろしい光景を見てしまったの……)

  彼女は思わず身震いがした。

「駄目だわ、まだ災いが切れていない。やはり本人達の側に近づかないと、無理なのかもしれないわ」

  だが軽大娘皇女ならまだしも、木梨軽皇子の元に向かう事は、彼女にはよう出来ない。

「それなら、まずは軽大娘皇女の元に行ってみようかしら」

  韓媛はとりあえず、一度軽大娘皇女に会ってみる事にした。




「では、つぶら。俺はこれで失礼する」

  そう言って、大泊瀬皇子が彼の部屋の外に出た丁度その時だった。

  部屋の外では、何と韓媛が待ち構えていた。

「韓媛、お前どうした。円に何か急用か」

  そんな彼女を見て、大泊瀬皇子は少し不思議そうにした。

  韓媛は、大泊瀬皇子が父親の部屋から出て来たのを確認すると、思わず彼に歩み寄った。

「大泊瀬皇子、ごめんなさい!  私皇子にお願いがあって、ここで待っていたの」

  韓媛はひどく必死そうにしながら、大泊瀬皇子の腕にしがみついた。

  これには、皇子の後ろにいた葛城円かつらぎのつぶらも流石に驚く。

  大泊瀬皇子は、いきなり自分の目の先に韓媛の顔がやってきて、ひどく動揺した。
  彼女の父親が後ろにいなければ、危うく何か行動を起こしていたかもしれない。

「韓媛、一体どうしたんだ?」

  大泊瀬皇子は、高ぶる気持ちをおさえて、彼女に聞いた。

「私を軽大娘皇女に会わせてほしいの。どうしても、彼女をお救いしたくて」

  それを聞いて大泊瀬皇子と葛城円は思った。軽大娘皇女は、木梨軽皇子との件で今とても悲しんでいる。
  それで韓媛は、そんな彼女を励ましたいと思ったのだろう。

「まぁ、それは出来なくはないが……かるの姉上も、話し相手になる人間がいれば、多少は元気になるやもしれない」

  大泊瀬皇子は、ふと葛城円の方を見た。

  彼も相変わらず驚いたままだが、娘にここまでお願いされてしまうと、流石に駄目ともよう言えない。

「まぁ、大泊瀬皇子が構わないのであれば、私は特に反対はしません。娘もそれ程までに、軽大娘皇女を心配しているようなので」

(やったわ。これで軽大娘皇女をお救いできるかもしれない)

「大泊瀬皇子、お父様。本当にありがとうございます」

  韓媛は、何とか軽大娘皇女に会えそうなので、とりあえず安心した。

「では今日はここに泊まって、明日韓媛を遠飛鳥宮とおつあすかのみやに連れて行っても良いだろうか?
  今回の場合だと、早めに姉上に合わせた方が良さそうだ。それに韓媛を、またここまで迎えに行く手間も省ける」

  韓媛としては、1日でも早く軽大娘皇女の元に行きたいので、その提案は大賛成だった。

「私も早く軽大娘皇女に会いたいので、そうして下さると嬉しいです。お父様良いでしょうか……」

  韓媛はとてもすがるような目で、父親の円を見た。

  葛城円もこんなふうに娘にお願いされると、中々反対しずらい。それに先程、遠飛鳥宮に行く事を了承したばかりだ。

「分かりました、ではそうしましょう。大泊瀬皇子の負担を考えてみても、それが良いでしょうから」

「円本当に済まない。韓媛はちゃんと責任をもって、ここまで送り届けるようにする」

  大泊瀬皇子は彼にそう言った。
それに心なしか、皇子が少し嬉しそうにしている感じもする。

  だが逆に、葛城円は少し悲しそうな目をしていた。

  韓媛はそんな彼らを見て、どうして2人の表情がこんなに違うのか不思議に思った。
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