大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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21《軽大娘皇女の恋》

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  軽大娘皇女かるのおおいらつめは自身の部屋にいた。

  彼女はこの1週間の間、木梨軽皇子きなしのかるのおうじの事でただただ泣き続けた。彼女自身こんなに泣き続けたのは、恐らく生まれて始めての事であろう。

「お兄様は今頃どうされてるの?もう向こうにつかれたのかしら」

  彼女もこれが許されない恋なのは分かっている。でも彼に惹かれていく想いをどうする事も出来なかった。

  自分達はたまたま血が繋がっていただけなのだと。

「お兄さま、お会いしたいわ……」

  軽大娘皇女が、そんな事を考えている時だった。誰かの足音がこちらに近付いて来ている。

(あら、一体誰かしら?)

  彼女がそう考えていると、部屋の前で足音が止まり、外から声が聞こえた。

かるの姉上、俺です、大泊瀬おおはつせです。今中に入っても良いですか」

(え、大泊瀬が?)

  軽大娘皇女は、何故弟がここに来たのか、さっぱり理由が分からない。
  こんな所に滅多に来ない彼が来たとなると、何か急な用件でも出来たのだろうか。

「大泊瀬一体どうしたの?とりあえず部屋の中に入ってちょうだい」

  姉の軽大娘皇女にそう言われたので、大泊瀬皇子おおはつせのおうじはそのまま中に入ってきた。

  そして彼の後ろに、もう1人誰かがいる事に軽大娘皇女も気が付いた。
  彼女が一体誰だろうと見ると、相手は少し自分の見覚えのある顔だった。

「あ、あなたは、もしかして葛城の韓媛からひめ?」

  軽大娘皇女は意外な人物の訪問にとても驚いた。どうして葛城の彼女がここに来たのだろうか。

  韓媛は軽大娘皇女に名前を呼ばれたため、軽くお辞儀をして、挨拶した。

「軽大娘皇女、どうもご無沙汰しております。葛城の韓媛です」

  軽大娘皇女も予想外の訪問者にとても驚いたが、彼女とは久々の再会だったので、とても嬉しく思った。

「まぁ、韓媛。本当に久しぶりね。お父様は元気にされてるの?」

  韓媛は「はい、お陰さまで」と答えて、軽大娘皇女の側にやって来た。

  そして、軽大娘皇女に座るように言われたので、大泊瀬皇子と一緒に彼女の前に座った。

「あなたと会えて本当に嬉しいわ。今日はこの宮に泊まって行かれるの?」

  軽大娘皇女は、韓媛の訪問ですっかり上機嫌になっていた。

  大泊瀬皇子もそんな姉を見て、何はともあれ、今日ここに彼女を連れてきて良かったと思った。

「あぁ、そのつもりだ。姉上が最近塞ぎ込んでいるのを聞いて、彼女が心配して会いたいと俺に言ってきた」

  それを聞いた軽大娘皇女は、少し驚きはしたものの、そんな彼女の心遣いにとても感謝した。

「韓媛、それは本当にありがとう。最近はあなたのような若い子と話しをする機会がなかったので、今日は色々と楽しくお話ししてみたいわ」


  それからしばらくして、大泊瀬皇子は彼女ら2人で話しをさせた方が良いと思い、一旦部屋を退出する事にした。

  その際に「また後で、迎えにくる」とだけ韓媛に伝えた。



  それから2人は、それぞれの近況や雑談等をして、会話をとても楽しんだ。

(とりあえず、軽大娘皇女がお元気そうでなによりだわ)

  韓媛は、自分と楽しそうに話しをする彼女を見てそう思った。

  昨日見た光景だと、軽大娘皇女が木梨軽皇子の元に会いに行ってからの心中のようだ。そうすると彼女は、この後伊予国いよのくにに行こうとしてるのだろうか。

  だが韓媛が見る限り、彼女が周りの目を盗んで皇子に会いに行こうとしている気配は、余り感じられない。

「それにしても、軽大娘皇女がお元気そうで本当に良かったです」

「私も、元気そうなあなたを見れて本当に何よりだわ。大泊瀬おおはつせが最近葛城に度々行っているのは聞いていたの。だからてっきり、弟はあなたに会うために行ってるのだと思ってたわ」

  韓媛はそれを聞いてとても驚いた。彼が葛城に来ているのは、父の葛城円かつらぎのつぶらに会うためで、自分はそのついでだ。

  だが彼が彼女に会いに来ているのは事実なので、そんな噂がたっていても不思議ではない。

(確かに、はたから見ればそう思われてもおかしくないわ……)

「大泊瀬皇子が葛城に来られてるのは父に会うためです。私はきっとそのついでなのでしょう」

  韓媛は、とりあえず彼女の誤解は解いておこうと思った。今後さらに変な噂がたって、大泊瀬皇子に迷惑がかかっては申し訳ない。

「まぁ、恐らくはそうなんでしょうけど。でも昔から弟とあなたは仲が良かったから、そう言う可能性もあるのかと思って」

(駄目だわ、軽大娘皇女は完全に私と皇子の仲を疑われてる……)

「軽大娘皇女、皇子と私はそう言う関係ではありません。それに私の相手は、父が探すはずですから」

  韓媛もこれは嘘ではないと思うので、とりあえず大泊瀬皇子との関係だけは否定しておきたいと思った。

「まぁ、そうなの。最近葛城の娘が大和に嫁ぐ事が多かったから、当然あなたも大和に嫁ぐものだと思っていたわ」

  確かに軽大娘皇女が言っているのは本当だった。過去に葛城の磐之媛いわのひめが大和の大王に嫁いで以降、葛城からは何人もの妃を大和に送り出している。

  そして最近、大泊瀬皇子が度々葛城に来ており、自分にも会っているとなれば、普通はそう考えるだろう。

(そ、そうだったわ。もしかするとお父様も、私の嫁ぎ先を大和の皇子にと考えられてるかもしれない……)

  韓媛はその事に初めて気が付き、余りの衝撃に言葉を失った。

  そんな韓媛を見て、軽大娘皇女は慌てて言った。

「ま、まぁ、それはそれで良いかもと私も思っていただけよ。余り気にしないでね」

  軽大娘皇女は、自分の発言で固まってしまった彼女を見て、この件はもう触れないでおこうと思った。

(大泊瀬は、多分その事を分かって葛城に行っているはずだわ。あの子も中々大変そうね)

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