大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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36《市辺皇子との遭遇》

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  韓媛からひめ達が離宮りきゅうに戻ってくると、何故だか宮が少し騒がしくなっていた。

(あら、人が増えてる。誰かが来られたのかしら?)

「うん、一体何事だ」

  大泊瀬皇子おおはつせのおうじも宮内から人の声が聞こえて来るので、少し不思議に思った。
  どうやら誰かが、この離宮にやって来ているようだ。

  大泊瀬皇子は、離宮につくなり馬から降りて、誰がここにやってきたのか確認する事にした。韓媛や葛城円かつらぎのつぶらも馬を降りて、そんな大泊瀬皇子の後に続いた。

  すると大泊瀬皇子は、1人とても見覚えのある青年がいる事に気が付いた。

「い、市辺皇子いちのへのおうじ。何でお前がここにいるんだ!」

  何と彼の前にいたのは、大泊瀬皇子の従兄弟である市辺皇子だった。

  急な市辺皇子の登場に、韓媛と葛城円も流石に驚く。彼は葛城の姫を妃にしているため、葛城とも縁がとても深い。

  市辺皇子は、大泊瀬皇子達がやって来た事を確認すると、ひとまず大泊瀬皇子に声をかけてみる。

「あぁ、大泊瀬、無事に戻ってこれたのか。先程この宮の人達から、お前と韓媛の姿が消えてしまったと聞いて、とても驚いていた所だ」

  だが市辺皇子は、驚いたと言っている割には平然としている。そして何となくだが、少し愉快そうにしているふうにも見えた。

  大泊瀬皇子は、そんな市辺皇子の態度を目にし、少し苛立った。

「あぁ、お陰さまでな。あいにく俺は悪運には恵まれてるようだ」

  彼は嫌みたらしくそう言って、市辺皇子を少し睨み付けた。

  元々この2人は仲が余り良くない。なので周りの者達は、このままだと一発触発してしまうのではないかと、一瞬不安がよぎった。

「これは、市辺皇子。お久しぶりです」

  この状況を見かねた葛城円が、大泊瀬皇子の後ろから出てきて、市辺皇子に声をかけた。

  すると市辺皇子は葛城円に対して答える。

「円久しぶりだね。何でもあなたの娘が川に入ってしまい、その後行方が分からなくなったと聞いていた。でもどうやら無事だったようで、安心したよ」

  市辺皇子はそう言って、円の横にいる韓媛を見て、にっこり笑った。大泊瀬皇子の方は分からないが、彼は少なくとも韓媛の事は気にしていたようだ。

「はい、最初はもう駄目かと思いましたが、大泊瀬皇子が助けてくれました。市辺皇子もお元気そうで何よりです」

  韓媛は、市辺皇子にそう答えた。

  大泊瀬皇子と市辺皇子は余り仲が良くないが、韓媛自身は市辺皇子とは普通に接している。それに彼の妃である荑媛はえひめと韓媛は親戚同士で、彼女達は元々仲が良かった。

「それで市辺皇子、今日は何故この宮に来ている」

  大泊瀬皇子は、そんな市辺皇子と韓媛が話しをしている事など、特に気にするふうでもなくして言った。


「あぁ君達と一緒で、久々に吉野に来てみたくなってね。それで数名を引き連れて狩りでもしようと思ったのさ」

  そう言われて大泊瀬皇子が見ると、少し離れた所に、彼の従者らしき者が数名立っていた。

「ふん、息子2人は連れてきてないのか」

「あぁ、先日2人が遊んでいた時に、弟の弘計をけが怪我をしてしまった。
  そこまで心配するものでもないが、それもあったので、兄の億計おけ共々連れてくるの控えさせた」

  彼の言う、億計と弘計は市辺皇子と荑媛の間に生まれた皇子である。

「まぁ、弘計が怪我をされたのですか?」

  韓媛もこの兄弟とは面識があるので、少し心配した。2人は韓媛より数歳年下の男の子達で、荑媛を介して仲良くしている。

「今回吉野に来れなかったから、弘計は今頃、宮で拗ねてるだろうけどね。その点億計は物分かりが良いから納得していたが」

  そう言って市辺皇子は少し愉快そうにしている。市辺皇子と荑媛の婚姻も言わば政略的なものではあったが、意外に2人は仲良くしていた。



  こうしてその後、市辺皇子は自分達はこれから狩りに行くと言って、従者らを引き連れて離宮を後にした。

  大泊瀬皇子と韓媛は、まだ朝食を取っていなかったので、ひとまず食事を取る事にした。

「でも、市辺皇子まで来られてたのは意外でした。荑媛も元気にしてるのかしら」

  荑媛の父親の蟻臣ありのおみと、韓媛の父親のつぶらが従兄弟同士の関係になる。よって荑媛と韓媛も必然的に昔から仲良くしていた。

「さぁな。特に悪い話しは聞かないから、問題はないだろう。もし何かあるなら市辺皇子が吉野になぞ来ない」

(まぁ、それはそうでしょうけど……)

  韓媛はそんな大泊瀬皇子を少し呆れながら見ていた。人間誰しも、性格の合う合わないはあるので、仕方ないのかもしれないが。

「市辺皇子と荑媛はとても仲が良いご夫婦ですからね」

  韓媛はそう言ってクスッと笑った。2人は政略的な婚姻とは聞いているが、それでも仲良く出来ているのはとても良い事だ。

「まぁ、あいつの場合は、俺の母上の影響が強いのだろう。昔から母上は、あいつに将来女性をちゃんと大事にするようにと良く言っていたそうだ」

「あの皇后様が、そのような事を言われていたのですか?」

「あぁ、前の大王であった父上は、母上を娶るまでは、結構色んな娘に手を出していたそうだ。そんな父上を見て、母上が市辺皇子に言い聞かせていたんだ。市辺皇子は母上の事をとても慕っていたから、その教えを忠実に守ってるのだろう」

  韓媛はそれを聞いて、思わず目を丸くした。彼の父親がそんな人だったとは全く知らなかった。

「確かに大王や皇子ともなれば、複数の姫を娶ったりします。なのでけして珍しい事ではありません。でも雄朝津間大王おあさづまのおおきみもそう言う事があったのは意外でした」

  大和の大王や皇子なら、どちらかと言えば普通の事なのだが、雄朝津間大王は皇后をとても大事にしていた印象だったので、これは少し意外な話しだと思った。
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