大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
35 / 78

35

しおりを挟む
  翌日韓媛からひめは小屋の中で目を覚ました。布を複数枚まとっていたとは言っても、この季節の朝は少し冷え込んでいる。

  とりあえず小屋から出てみると、大泊瀬皇子おおはつせのおうじは既に起きているようで、川から水を汲んできていた。どうもこの小屋に水を汲めれそうな入れ物があったみたいだ。

「あぁ、韓媛起きたか」

  大泊瀬皇子は小屋から出てきた韓媛に声をかけた。

「大泊瀬皇子、おはようございます。ずっと外で大丈夫でしたか?」

「あぁ、昨日お前が眠ったのち、小屋からそっと布を持ってきた。それから、焚き火の前でその布にくるまって休んでいた」

  そう言って彼は韓媛に水を渡した。

  皇子から水を受け取ると、その水を一気に飲み干した。水はとても冷えていたが、とてもすっきりとした飲み心地だ。

(皇子をずっと外にいさせる形になってしまって、本当に申し訳なかったわ……)

「大泊瀬皇子、本当に済みません。皇子を外で寝させるはめになってしまって」

  大泊瀬皇子は、自身も冷たい水を飲みながら、特に気にするふうにでもなくして言った。

「別に外で夜を明かす事にも慣れている。そこまで困る事もない」

  韓媛もそれを聞いてそう言うものかと思い、とりあえず納得する事にした。


  その後2人は、皆のいる所まで戻る事にした。大泊瀬皇子曰く、この小屋から離宮までの道のりは何となく覚えているとの事だったので、2人は歩いて戻る事にした。

  ただ山道で、所々危ない所もあるため、皇子は韓媛の手をしっかり握って進んで行く。彼女もそれには特に抵抗する事なく、素直にしたがった。

  そしてひたすら歩いていると、遠くに離宮りきゅうらしきものが見えてきた。

「韓媛、あそこを見ろ。 離宮が見えてきた」

  韓媛も遠くにある離宮を見つけて、思わず安堵した。今回は散々な目にあったが、これで何とかなりそうだ。

  そして、離宮が近付いて来ると、馬の走ってくる音が聞こえて来た。
  2人がその先を見ると、彼らと一緒に来ていた従者の者達のようである。

  そんな彼らも、大泊瀬皇子と韓媛を見つけたようで、馬に乗ったままやってきた。

「大泊瀬皇子、韓媛、ご無事でしたか!!」

「あぁ、大丈夫だ。心配かけて悪い」

  大泊瀬皇子は従者達にそう言った。きっと彼らも今まで2人を必死で探していたのであろう。

  そうしていると、また別の馬がこちらに向かって走ってくる。よく見るとそれは葛城円かつらぎのつぶらだった。

(お父様も、一緒に探されてたのだわ)

  葛城円は皇子と韓媛の前まで来ると、そのまま馬から降りてきた。

  彼の表情は少しやつれているように見える。きっと娘と皇子が突然いなくなったので、今まで気が気でなかったのであろう。


「大泊瀬皇子、韓媛無事だったか」

「あぁ、つぶら本当に迷惑をかけて済まなかった」

  葛城円は大泊瀬皇子からそう言われると、今度は韓媛の方を見た。

「お父様!  本当に心配をかけてごめんなさい!!」

  韓媛も頭を下げて謝った。

  すると円は彼女の肩をつかんで、顔を上げさせた。

(駄目、叩かれる……)

  彼女はそう思って、一瞬身構える。

  だが彼はそのまま彼女を突然に抱き締めると、その場で声を張り上げて言った。

「韓媛!  お前は何て心配を私にさせるんだ!!  危うく妻だけでなく、娘まで失ってしまうかと思ったんだぞ!!」

  それを聞いた韓媛は思わずぼろぼろと泣き出してしまった。

「お、お父様……本当にごめんなさい」

  葛城円はそんな彼女の頭を優しく何度も撫でてやった。そんな彼も目にうっすらと涙を浮かべている。

  そんな韓媛と円のやり取りを大泊瀬皇子も横で見ていた。
  何はともあれ、無事に彼女と戻ってこられて本当に良かったと彼は思う。

  その後、彼らは一端離宮に戻る事にした。

  離宮に戻る道中、大泊瀬皇子は葛城円に、これまでの経緯を馬を走らせながら説明した。

  彼もその話しを聞き、本当に驚いたようで、その後大泊瀬皇子にひたすら感謝を述べていた。彼は娘の命の恩人である。

  韓媛も円と同じ馬に乗っており、ふと横を走っている大泊瀬皇子を見つめた。

(そう言えば私、皇子が好きな事に気付いてしまったのよね……)

  だが彼はいずれ別の姫を正妃に娶り、またその姫とは別に本命の女性がいる。とても自分が想いを打ち明けられる相手ではない。

  そのため、韓媛はこの想いは内に秘めるしかないと思った。

(もう彼の事は、時間をかけて忘れるしかない)

  こうしてしばらく馬を走らせた後、韓媛達は無事に離宮に戻る事が出来た。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...