大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
53 / 78

53

しおりを挟む
  韓媛からひめはエサを持って子供の猪の前に行き「おいでーおいでー」といって誘導を続ける。

  一方大泊瀬皇子おおはつせのおうじはその子供の猪が逃げないよう、縛っている紐を必死で掴んで歩いている。

「これだとまるで本当に犬だな……」

  大泊瀬皇子は少し呆れながらいった。だが普通の犬と比べ、猪を飼い慣らすのは中々大変そうである。

「でもこの子本当に可愛いですね。段々とこつを掴んだようで、素直に歩いてくれるようになってきました」

  この子供の猪は韓媛が笑顔で何度も呼びかけてくれるので、もしかすると恐怖心が弱まったのかもしれない。また今は親の猪がいないので韓媛を頼っているようにも見える。

「まぁ変に暴れることなく歩いてるからそれは正直助かる。だがどうも余り楽しめた光景ではないな」

  大泊瀬皇子は今の韓媛を見て、自分にもこれぐらい愛想良くしてもらえたらと何とも皮肉なことを考える。

(きっとこの子も1人になって、本当に心ぼそかったのね……)

  韓媛はこの子供の猪を見て少し母性本能が刺激されているようだ。この子供は何としても親の元に返してあげたい。

  そしてしばらく歩き続けていると、韓媛が先ほど見た光景に似た場所に出くわした。

「大泊瀬皇子、私が見た光景は恐らくこの辺りです」

  すると少し離れた所から妙な声が聞こえてくる。2人がその場に行くと、木と木の間に一匹の猪が挟まって動けないでいるようだ。

(きっと、あの猪がこの子の親なのね)

「信じられない……先ほど聞いた話と同じように、大人の猪が動けないでいる。お前がいっていたことは本当だったようだ」

  2人は親の猪をできるだけ刺激しないようにして、少しずつ近づいて行くことにした。

「韓媛、俺が何とか大人の猪を動けるようにしてみる。親の猪が動けるようになったらすぐにこの子供を解放しろ」

  韓媛は「はい、分かりました」といって、皇子から子供の猪の首を縛っている紐を受け取る。

  それから大泊瀬皇子は猪の後ろから回り、一気に前に押し出すことにした。

「お願いだから、上手く前にいってくれよ」

  大泊瀬皇子はそう言って猪の後ろに行くと「せーのー」と言って猪を押し出す。だが1回では全部を押し出すことができず、3回程押してやっと猪が木の間から抜け出せた。

「韓媛、今だ!」

  韓媛は直ぐさま子供の猪を解放し、その場から少し離れた。

  すると子供の猪は親の猪をめがけて走りだした。親の猪の方も自分の子供に気が付いたらしく、特に暴れることなく子供に歩みよる。

(やった、成功だわ!)

  大泊瀬皇子もその様子を見とどけると急いで韓媛の元にかけより、猪の親子から静かに離れて行った。

  どうやら猪の方も韓媛達に向かってくる気はなさそうだ。

「大泊瀬皇子、上手く行きましたね」

「あぁ、そのようだな」

  それから2人は元いた場所に歩いて戻ることにした。




  その後は、しばらく葛城山かつらぎさんから見える光景を少し歩きながら見てまわり、2人は今回の遠出を満喫することができた。

  そしてそろそろ帰ろうかという話しになり、2人は馬に乗って葛城山を降りることにした。

  韓媛は馬に揺られながら大泊瀬皇子に話しかけてきた。

「皇子、今日は本当に有難うございました。とても楽しかったです」

  韓媛は笑顔で彼にそう答えた。彼女自身これ程楽しい日を過ごせたのはわりと久々だと思う。

  今の家での生活に不満はないが、やはりたまには羽を伸ばしたいものである。

「まぁお前がそんなに喜んでくれたら俺も連れてきた甲斐がある。それと今日お前が持っていた短剣のことだが」

「え、短剣のことですか?」

  韓媛はいったい何だろうと思い彼の顔を見る。

「先日の炎の中で見たことと、今日の件を見て思ったのだが。今までにもその短剣を使ったことがあるのではないか」

  大泊瀬皇子にそういわれて韓媛は一瞬「ビクッ」とする。

(どうしよう、これはもう素直に答えた方が良いかしら)

「はい、そうですね」

  それから韓媛はこれまでの経緯を順を追って彼に説明することにした。そうしないと彼もずっと気になったままだろう。

  そして韓媛が話しだすと、彼はとても興味深そうにしながら、彼女の内容を聞いていた。

  そして皇子は韓媛の話を聞き終えると、彼もようやく納得することができたようだ。

「なるほど。葛城能吐かつらぎののとは納得できるが、まさか軽大娘かるのの姉上までお前が関わっていたとは……」

  ただ彼はそのことに関して特に彼女を責めるつもりはないらしい。

「まぁお前の母親の形見だ。それは引き続き持っていたら良い。それに今聞いた話だと、お前はその剣を持つことによって自身を守ることができそうだ」

「はい、私もきっとそうだと信じたいです」

  韓媛からしてみれば、これは母親だけでなく、今は父親の円の形見でもある。


  それからしばらくして大泊瀬皇子はふとあることを思い出した。

「そういえばお前にこの話しはしていなかったが。葛城円かつらぎのつぶらの家が焼かれて無くなったあと、眉輪まよわと円の遺体は何故か見つからなかった」

「え、大泊瀬皇子。それは本当なのですか!」

  韓媛は皇子の話しを聞いて、思わず目を丸くしてとても驚く。

「あぁ、本当だ。それにあれだけの火を円1人で付けたとは中々考えにくい。恐らく彼に協力した者がいたのだろう。
  それと何人か逃げそびれた者もいたようで、その遺体も混ざってしまった。なので結局誰が誰の遺体かは分からずじまいだ」

  韓媛はそれを聞いてふと考えてみる。彼女の父親は、家の使用人や彼に支えていた者達からとても慕われていた。
  であれば彼を助けようと動く者がいてもおかしくはない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...