大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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  韓媛からひめはエサを持って子供の猪の前に行き「おいでーおいでー」といって誘導を続ける。

  一方大泊瀬皇子おおはつせのおうじはその子供の猪が逃げないよう、縛っている紐を必死で掴んで歩いている。

「これだとまるで本当に犬だな……」

  大泊瀬皇子は少し呆れながらいった。だが普通の犬と比べ、猪を飼い慣らすのは中々大変そうである。

「でもこの子本当に可愛いですね。段々とこつを掴んだようで、素直に歩いてくれるようになってきました」

  この子供の猪は韓媛が笑顔で何度も呼びかけてくれるので、もしかすると恐怖心が弱まったのかもしれない。また今は親の猪がいないので韓媛を頼っているようにも見える。

「まぁ変に暴れることなく歩いてるからそれは正直助かる。だがどうも余り楽しめた光景ではないな」

  大泊瀬皇子は今の韓媛を見て、自分にもこれぐらい愛想良くしてもらえたらと何とも皮肉なことを考える。

(きっとこの子も1人になって、本当に心ぼそかったのね……)

  韓媛はこの子供の猪を見て少し母性本能が刺激されているようだ。この子供は何としても親の元に返してあげたい。

  そしてしばらく歩き続けていると、韓媛が先ほど見た光景に似た場所に出くわした。

「大泊瀬皇子、私が見た光景は恐らくこの辺りです」

  すると少し離れた所から妙な声が聞こえてくる。2人がその場に行くと、木と木の間に一匹の猪が挟まって動けないでいるようだ。

(きっと、あの猪がこの子の親なのね)

「信じられない……先ほど聞いた話と同じように、大人の猪が動けないでいる。お前がいっていたことは本当だったようだ」

  2人は親の猪をできるだけ刺激しないようにして、少しずつ近づいて行くことにした。

「韓媛、俺が何とか大人の猪を動けるようにしてみる。親の猪が動けるようになったらすぐにこの子供を解放しろ」

  韓媛は「はい、分かりました」といって、皇子から子供の猪の首を縛っている紐を受け取る。

  それから大泊瀬皇子は猪の後ろから回り、一気に前に押し出すことにした。

「お願いだから、上手く前にいってくれよ」

  大泊瀬皇子はそう言って猪の後ろに行くと「せーのー」と言って猪を押し出す。だが1回では全部を押し出すことができず、3回程押してやっと猪が木の間から抜け出せた。

「韓媛、今だ!」

  韓媛は直ぐさま子供の猪を解放し、その場から少し離れた。

  すると子供の猪は親の猪をめがけて走りだした。親の猪の方も自分の子供に気が付いたらしく、特に暴れることなく子供に歩みよる。

(やった、成功だわ!)

  大泊瀬皇子もその様子を見とどけると急いで韓媛の元にかけより、猪の親子から静かに離れて行った。

  どうやら猪の方も韓媛達に向かってくる気はなさそうだ。

「大泊瀬皇子、上手く行きましたね」

「あぁ、そのようだな」

  それから2人は元いた場所に歩いて戻ることにした。




  その後は、しばらく葛城山かつらぎさんから見える光景を少し歩きながら見てまわり、2人は今回の遠出を満喫することができた。

  そしてそろそろ帰ろうかという話しになり、2人は馬に乗って葛城山を降りることにした。

  韓媛は馬に揺られながら大泊瀬皇子に話しかけてきた。

「皇子、今日は本当に有難うございました。とても楽しかったです」

  韓媛は笑顔で彼にそう答えた。彼女自身これ程楽しい日を過ごせたのはわりと久々だと思う。

  今の家での生活に不満はないが、やはりたまには羽を伸ばしたいものである。

「まぁお前がそんなに喜んでくれたら俺も連れてきた甲斐がある。それと今日お前が持っていた短剣のことだが」

「え、短剣のことですか?」

  韓媛はいったい何だろうと思い彼の顔を見る。

「先日の炎の中で見たことと、今日の件を見て思ったのだが。今までにもその短剣を使ったことがあるのではないか」

  大泊瀬皇子にそういわれて韓媛は一瞬「ビクッ」とする。

(どうしよう、これはもう素直に答えた方が良いかしら)

「はい、そうですね」

  それから韓媛はこれまでの経緯を順を追って彼に説明することにした。そうしないと彼もずっと気になったままだろう。

  そして韓媛が話しだすと、彼はとても興味深そうにしながら、彼女の内容を聞いていた。

  そして皇子は韓媛の話を聞き終えると、彼もようやく納得することができたようだ。

「なるほど。葛城能吐かつらぎののとは納得できるが、まさか軽大娘かるのの姉上までお前が関わっていたとは……」

  ただ彼はそのことに関して特に彼女を責めるつもりはないらしい。

「まぁお前の母親の形見だ。それは引き続き持っていたら良い。それに今聞いた話だと、お前はその剣を持つことによって自身を守ることができそうだ」

「はい、私もきっとそうだと信じたいです」

  韓媛からしてみれば、これは母親だけでなく、今は父親の円の形見でもある。


  それからしばらくして大泊瀬皇子はふとあることを思い出した。

「そういえばお前にこの話しはしていなかったが。葛城円かつらぎのつぶらの家が焼かれて無くなったあと、眉輪まよわと円の遺体は何故か見つからなかった」

「え、大泊瀬皇子。それは本当なのですか!」

  韓媛は皇子の話しを聞いて、思わず目を丸くしてとても驚く。

「あぁ、本当だ。それにあれだけの火を円1人で付けたとは中々考えにくい。恐らく彼に協力した者がいたのだろう。
  それと何人か逃げそびれた者もいたようで、その遺体も混ざってしまった。なので結局誰が誰の遺体かは分からずじまいだ」

  韓媛はそれを聞いてふと考えてみる。彼女の父親は、家の使用人や彼に支えていた者達からとても慕われていた。
  であれば彼を助けようと動く者がいてもおかしくはない。
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