大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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穴穂あなほのの兄上も生前に同じことをいっていた。皆考えることは同じなのだろうか」

  大泊瀬皇子おおはつせのおうじはこのことがどうも理解できていないようで、少し首を傾げる。

  そんな彼を見て韓媛からひめも少しクスクスと笑ってしまう。これはもう彼の性格のようなものだ。他の娘に変に手を出さないだけ彼はましな方だ。

  大泊瀬皇子はそんなふうに思って笑っている韓媛を見て、ふと彼女を自身に引き寄せた。

「とりあえずお前は、ずっと俺のことだけ好きでいろ」

  彼はとても真剣な目で韓媛にそういった。

  韓媛はそんな大泊瀬皇子を見て少し頬を赤くしながら頷いた。そしてそのまま彼の胸にそっと持たれてみる。

  すると大泊瀬皇子は、そんな彼女の頭を優しく撫でてくれた。

  韓媛は思った。この恋はまだ不安定なままであると。

  本当に彼と一緒になれるのか、そんな不安がどうしてもよぎってくる。
  そしてこの恋が、いつか儚く消えてしまうのではないかと。

(でもそんな想いを、私はずっと自分の身から離すことができないのだわ……)


  そしていると、大泊瀬皇子がふと彼女を少し上に向かせた。

(え、大泊瀬皇子?)

  そして彼は彼女の頬に優しく手を添えてきた。

  韓媛もそんな彼の仕草がとても心地よく思えて、そのままふと目を閉じてみる。

  そんな韓媛を見た大泊瀬皇子は、そのまま彼女の唇にそっと優しく口付ける。
  彼は性格的には少し傲慢だが、こういうことに関してはとてもていねいで優しい。

  だが今日はもう少し先に進めたいのか、彼はそのまま口付けを深くしてきた。

  韓媛もこれは少しやり過ぎに思え、少し彼から離れようと試みる。

「お、大泊瀬皇子。もうこれ以上は!」

  だが1度こうなってしまったら、彼はそう簡単に彼女を離そうとはしない。

「悪い、韓媛。もう少しだけ……」

  彼はさらに彼女を自分に近づけ、尚も口付けを求めてくる。

(一体皇子はどうするするつもりなの?)

  韓媛もさすがにこれはまずいと思った、丁度その時である。

  何やら周りからザワザワと音がしてきた。どうも何かが動いてる感じがする。

「一体、何なんだ!」

  大泊瀬皇子もさすがにこの音は気になり、仕方なく韓媛との口付けをやめる。
  そしてひどく気分を害されたまま、すぐに自身の剣を抜いた。

「大泊瀬皇子、これは何かの生き物の音でしょうか?」

  韓媛も大泊瀬皇子にしがみついて様子を伺う。

  そしていよいよその生き物が自分達の前に迫ってきた。
  2人は息を飲んでその謎の生き物を見る。

  するとそこに現れたのは何と猪の子供だった。
  子供が1人でいる所を見ると、親の猪とはぐれてしまったのだろうか。

「まぁ、猪の子供だわ。可愛い!」

  子供の猪は「ぷぎー、ぷぎー」と鳴いている。きっと親の猪を呼んでいるのであろう。

  韓媛は思わずその子供の猪に近づこうとしたが、大泊瀬皇子が慌ててそれをやめさせる。

「まて、韓媛。もしかすると近くで親の猪が子供を探しているかもしれない」

  もしここで親の猪に見つかれば、子供を守るため突進してくる可能性がある。

  そんな子供の猪を見て2人はどうしたものかと悩む。

「まぁここはそっとして離れた方が良いだろう」

  だが子供の猪は親がいないためか、尚も悲しそうに泣いていた。幼い子供のようだが、そこまで韓媛達に警戒心は持っていないようだ。

「でもこの感じだとお母さんがいなくなって、とても不安がってるのでしょうね」

  韓媛はそう思うとふと腰から短剣を取り出した。


「それは確かお前が炎の中で、持っていた短剣だな」

  大泊瀬皇子はあの時韓媛を探すのに余りに必死だったため、何かの幻を見ていたのだろうと思っていた。

「はい、これは元々母が持っていた物のようです。ただ母が既に亡くなった後だったので、代わりに父から受け取りました。何でも『災いごとを断ち切る剣』という意味があるそうです」

  そういって彼女は鞘から剣を取り出す。 
  彼から見ても特に変わった所はなく、至って普通の剣に見える。

「まさか、前回の炎を割ったのもこの剣のお陰なのか?」

「はい、そうです」

  大泊瀬皇子はそれを聞いてとても信じられないと思った。

  それから韓媛はその剣を握って祈ってみることにした。

(お願い、この子供の親がどこにいるか教えてちょうだい……)

  すると剣がまた熱くなり、不思議な光景が見えてきた。そこはこの葛城山の中で、大人の猪が木に挟まって動けないでいる様子だった。

(この場所は先ほど登ってくる時に見たような気がする)

  そこで韓媛はこの災いが消え、この猪の親子が無事再会できる事を願って、剣を振った。すると『パチッ』と音のようなものがしてその光景は終わり、彼女ははっと割れに返る。

  すると彼女の隣では大泊瀬皇子が少し不思議そうな顔をしていた。

「大泊瀬皇子、この子の母親は木に引っかかって今動けないみたいです。場所も私達がここまでくる途中の所のようでした」

  韓媛はそういって剣を再び腰に閉まった。この剣は使い方次第で色々使えそうだが、恐らくどんな災いでも切ってくれる訳ではなさそうだ。

(どんな災いでも切ってくれるなら、お父様も死なずにすんだはずだわ)

「韓媛、その剣はそのようなことまで教えてくれるのか?」

  大泊瀬皇子はそんなことがあるのかと、ただただ驚いてばかりだ。

「大泊瀬皇子、この子供を連れて親の猪がいる場所まで行きましょう!」

  皇子もとりあえず今は、韓媛のいうことに従うほかないと思った。

  子供の猪の体に紐を通すため、まずは木の実や雑草をおいてそちらに気を向けさせる。
  そして子供の猪がそのエサに意識を向けている隙に、皇子が紐を首輪のようにしてかけた。

「とりあえず紐はつけられたみたいだな」

  大泊瀬皇子はその紐を離さないように、しっかりと自身の手に巻いた。

子供の猪もこれには流石に驚いたようで「ぶぎぃ!ぶぎぃ!」といって暴れて逃げようとする。

  だがしばらくすると、その子供もどうやら諦めたようで割りと大人しくなった。

  それから2人は何とかこの子供を誘導しながら、親の猪がいるであろう場所に歩いて向かうことにした。
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