大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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56《阿佐津姫》

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  大泊瀬皇子おおはつせのおうじ遠飛鳥宮とおつあすかのみやの中を歩いていた。

  まだ大王が決まってない中、大和の皇族と大臣おおおみ達との協力で、今はこの国をまとめている。

  今日は彼の母親である忍坂姫おしさかのひめから、自分の部屋に来るよういわれていた。

「くそ、今のままでは母上の負担が多くなってしまう。もっとしっかりとした体制を整えていかなければ。
  そうしないと、いずれ母上の無理がたたってしまうかもしれない」

  大泊瀬皇子はそんな自身の母親のことを心配した。

  今大王が不在の上に、大臣も変わったばかりだ。そう考えると葛城円かつらぎのつぶらの存在は本当に大きかった。

  彼が今後の政り事をどうしていくべきか、あれこれと考えながら歩いていると、ようやく忍坂姫の部屋の前までくる。

(とりあえず、まずは母上の話を聞いてみよう)

  大泊瀬皇子はそう思って、部屋の外から声をかけた。

「母上、大泊瀬です。中に入っても良いですか」

  すると中にいた忍坂姫から返事が返ってくる。

「大泊瀬、やっと来たのね。良いからそのまま中に入ってきてちょうだい」

  大泊瀬皇子は忍坂姫にそう言われたので、そのまま何も言わずに中に入っていく。

  彼が中に入ると、忍坂姫とは別にもう一人女性がやってきていた。どうやらその2人は雑談をしていたようだ。

  大泊瀬皇子は、もう一人の女性の顔を見る。
  少しふわっとした髪を櫛等で優雅に纏めていて、顔立ちもとても整っている。そしてこの女性とは彼も面識があった。

「見覚えがあると思ったら、阿佐津姫あさつひめか。どうしてこちらに?」

  大泊瀬皇子はそう言いながら、2人の元にやってきた。

  彼女は亡き瑞歯別大王みずはわけのおおきみの唯一の皇女で、今は物部の元へ嫁いでいる。
  歳は大泊瀬皇子よりも10数歳年上だ。

  そして大泊瀬皇子とは従姉同士の関係になる。

「今日久々に阿佐津姫が私の所に会いにきてくれたの。最近大和も色々と物騒なことが続いてるから、彼女も少し気にしていたみたい」

  忍坂姫はそう大泊瀬皇子に説明する。

  彼女は阿佐津姫との会話でかなり盛り上がっていたようで、とても機嫌が良い。

「本当にそうなの。それで叔母様の顔を見るために、物部の者に連れてきてもらったわ」

  阿佐津姫は少し愉快そうにしながら、大泊瀬皇子につげる。

(この人はどうも上から目線で話しかけてくる所がある。見た目は割りと良いのだが、この性格はどうにかならないのか……)

  彼は自身の事を全く棚に上げておきながら、そのように彼女の事を思っていた。

  阿佐津姫はどうやら少し気の強い女性のようだ。

  だが忍坂姫と彼女は割りと話しが合うようで、頻繁とはいかないがたまに会うと、いつもこうやって雑談等をして楽しんでいた。


「それで叔母様から聞いたけど。大泊瀬、あなた最近葛城の姫の元に通ってるそうね」

  阿佐津姫はとても興味津々そうにして彼に聞いてきた。

  それを聞いて大泊瀬皇子は思った。

  今この2人がこれほど盛り上がっているのは、恐らく自分の話を話題にしていたのであろう。

「そうなの。これには本当に驚いたわ。だって、大泊瀬の恋がやっと報われたのだから」

  忍坂姫も自身の息子のことではあるが、余りに面白いのか、少し笑いを堪えながらそう話す。


「と言うより母上、どうして阿佐津姫にそのことを話したのだ。まだこの件については、余り話さないで欲しいといったはずだが……」

  大泊瀬皇子は少し苛立ちながらいった。

  草香幡梭姫くさかのはたびひめとの婚姻の件もあるので、彼的には余り騒ぎ立てはしたくなかった。

  だがその割りに、頻繁に韓媛からひめの元に通っているので、少々説得力にかける所はある。

「まぁ、それは悪いとは思ってるわよ。ただ今日は、阿佐津姫と最近あったことを色々を話していたら、ついついその話しをするはめになってね……
  でも私と阿佐津姫は気心しれた仲だから大丈夫よ。別に2人の邪魔をする気もさらさらないし」

  忍坂姫は少し申し訳無さそうにしながらいった。

「そうよ大泊瀬。私も特に周りにいいふらすなんてことはしないから、安心して」

  阿佐津姫もそう彼にいう。
  だが余り悪びれてる感じには見えない。

  大泊瀬皇子もそれを聞いて思わず肩を落とした。どのみちここまで話されていたのであれば、もうどうすることも出来ない。

  ここは阿佐津姫の言葉を信じるほかないだろう。


  それまで必死で笑いを堪えて話していた忍坂姫も、そんな彼を見て急に表情を変える。

「大泊瀬、前回の眉輪まよわの件に関してあなたが起こした行動について、今回は目をつぶることにしました。亡くなった2人に関しても、抵抗しなければあなたが殺されていたのだから。
  それに大王の暗殺を子供だからといって許していたのでは、また同じようなことが起きるかもしれない……」

  忍坂姫からすれば、亡くなった2人の皇子と大泊瀬皇子、どちらも大事な自身の息子である。どちらが亡くなったとしてもきっと同じように彼女は涙を流して、酷く悲しんでいたはずだ。

「でも、あなたも今は大切な姫が出来た。そんな彼女を守るためにも、今後は余り無茶なことはしないでちょうだい」

  大泊瀬皇子は母親である忍坂姫にそう言われて、思わず言葉が出なくなってしまった。

  韓媛は絶対に自分が守って幸せにする。彼女の前でそう誓っていった。

  それは彼女の父親を死なせてしまった償いと、そして彼女のことが他の誰よりも大切な存在だからだ。

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