大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
57 / 78

57

しおりを挟む
  そんな忍坂姫おしさかのひめの話を横で聞いていた阿佐津姫あさつひめも、とても共感した感じで聞いていた。

「私もお母様が亡くなった時、お父様は私のことをとても心配していた。私はお母様の実家の吉備とは縁が薄く、とても頼れる様子ではなかったそう」

  阿佐津姫は少し悲しそうな表情をしながら話した。あの強大な豪族吉備の血を引いていると言っても、彼女には何の繋がりも持ち合わせていない。

「そこでお父様は、物部筋の伊莒弗いこふつのお祖父様にお願いされたみたい。自分にもしものことがあったら、どうか娘を助けてやって欲しいと……」

  阿佐津姫の話では、彼女の母親は物部伊莒弗もののべのいこふつの娘であった。なので唯一頼れたのが物部筋だったのだ。

「あの時はお母様が亡くなったこともあって、お父様も相当必死だったのでしょうね」

  阿佐津姫はそう言うと少し涙目になる。

  彼女は10代の時にたて続けに両親を亡くしている。それは当時の彼女にとっても酷く悲しい出来事だったはずだ。

  それを聞いた大泊瀬皇子おおはつせのおうじは、阿佐津姫のいいたいことを理解し、静かに口を開いていった。

「もちろん、俺もそう簡単に命を粗末にするつもりはない」

  大泊瀬皇子は阿佐津姫の話しがまるで自分のことのように感じられた。韓媛からひめが自身の父親を失った時に自分に見せた表情は、一生忘れることはできないだろう。

  大泊瀬皇子がそういうと、部屋の中は一瞬とても重たい空気に包まれた。


  すると忍坂姫は、その空気を壊すかのようにしていった。

「はい、この話はもうここまでにしましょう!大泊瀬、あなたはとにかく韓媛を大事にしなさい。要はそれがいいたかったの」

  忍坂姫はわざと明るくして2人にそういった。もう亡くなってしまった人達のことを悔やんでも仕方ない。彼女はきっとそういいたかったのだろう。


  そして忍坂姫は急に話しを変えるようにして、別の話しを始めることにした。

「ねぇ、最近良くないことばかり続いていたことだし、少し気分転換してみない?」

「え、気分転換ですか?」

  阿佐津姫は忍坂姫にそういわれて、少し不思議そうな顔をする。

「そう、私は子供の頃ずっと息長おきながに住んでいたのだけど、久々に息長に帰ってみようかと思ってね。
  それに近くでは狩りも出来るから、大泊瀬、あなたは誰かを誘ってそっちに行ったら良いわ」

  それを聞いて大泊瀬皇子は思った。どうやら忍坂姫は、自分も息長に同行させようと考えているようだ。

「あら、叔母様。それは楽しそうですね。私は息長には行ったことがないので、私も是非行ってみたいわ……あ、それなら大泊瀬、あなたは韓媛も誘ってみたらどう?」

「はぁ!?」

  大泊瀬皇子は思わず、叫んでいった。

「私は彼女とは会ったことがないから一度見てみたいわ。あなたがここまでのめり込んだ相手なのだから」

  阿佐津姫はそういって急にニヤニヤし出した。どうやら彼女は韓媛に興味があるようだ。

(どうして、韓媛をこんなことのために誘わないといけないんだ……)

  大泊瀬皇子は明らかに嫌そうな表情をして見せた。


「あぁ、それは良いわね。大泊瀬、是非そうしなさいよ。私も韓媛とは一度じっくり話してみたいと思っていたの。それにあなたが相手となると、彼女も色々と気苦労を抱えてるかもしれないし……」

  忍坂姫も阿佐津姫に同調してそういった。

  だが大泊瀬皇子はそれに対して、少し異議をとなえる。

「そんなことをしたら、むしろ韓媛の方が、母上達に対して気を遣わせて大変だ」

  それを聞いた忍坂姫は思わず腹を立てる。そして彼に怒鳴り声を上げていった。

「大泊瀬、あなた母親に向かってなんて口の聞き方をするのよ!!あなたがそんなだから韓媛が心配になるのでしょう!!
  もう良いから、つべこべいわずに彼女を誘いなさい。これは私の命令です!!」

  大泊瀬皇子もそんな母親の気迫に思わず怖じけついてしまう。
  ここまで彼女にいわれてしまうと、彼もよう逆らうことが出来ない。

(しまった。うっかり母上を怒らせてしまったようだ。これはもう諦めるしかないか……)

  大泊瀬皇子は韓媛に対して心の中で詫びた。こうなってしまっては韓媛を誘わないと、母親の機嫌はとても収まりそうにない。

「はぁー仕方ない……では韓媛に声をかけてみる。母上それで良いのだな」

  大泊瀬皇子は少しため息をついていった。

  自身の夫である雄朝津間大王が亡くなったと言うのに、どうして彼女はこんなにも元気なのかと彼は少し呆れた。

  と言うより、女性とは元々こういう生き物なのだろうか。

「でも、叔母様。それなら狩りは誰を誘うべきかしら。大泊瀬の周りにそんな気軽に誘える人がいるようには思えないわ」

  阿佐津姫は横から話しかけてきた。阿佐津姫から見ると大泊瀬皇子は従弟になるが、彼女も彼が昔かなりの問題児だったことは知っている。

「そうよね、誰が良いかしら……あ、そうだわ。大泊瀬と阿佐津姫がいるのだし、誘うのは市辺皇子いちのへのおうじにしましょう!!」

  忍坂姫はふと閃いていった。

「はぁ、市辺皇子!!」

  大泊瀬皇子と阿佐津姫は途端に酷く嫌そうな表情をして叫んだ。

  市辺皇子の父親と、大泊瀬皇子や阿佐津姫の父親は兄弟になる。よってこの2人と市辺皇子も従兄同士の関係だ。

「あら、良いじゃない。昔から知っている仲なのだから。いい加減大人になりなさい2人とも」

  忍坂姫は何ら悪気もなく2人にそういった。彼女からしてみれば市辺皇子は自身の甥で、昔長らく一緒に住んでいた。

  また彼は、そんな彼女の大のお気に入りの青年でもある。

  大泊瀬皇子と阿佐津姫は一瞬互いに顔を見合わせた。そしてこれはどうしようもないといった表情を見せる。

(これはきっと母上が考えた配慮なのだろう……こうやって交流を図ることで、互いのわだかまりをなくすために。だが市辺皇子と仲良くするなど俺には到底無理な話だ)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...