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(まぁ、彼でも自身の子供となるとここまで驚くものなの?)
「大泊瀬、まさかあなたがそこまで驚くとは本当に意外だったわ」
そして尚もまだ動揺している彼だが、とりあえずこのことだけは聞かなければといった感じで思わず呟く。
「そ、それは俺の子だよな……」
それを聞いた韓媛は少し呆れてしまう。彼がそんなことを心配するとは、相当動揺したのだろう。
「当たり前です。もう、あなた以外に一体誰がい……」
韓媛がそういい終わる前に、彼は彼女を思いっきり抱きしめた。
「韓媛、嘘じゃないよな!ほ、本当に俺達の子が!」
それから何やらすすり泣きのような音がした。
(え、大泊瀬が泣いてる?)
これには韓媛も少し驚いたが、彼女はそっと彼の背中に腕を回していう。
「えぇ、そうよ。産まれるのは来年になりそうね」
とりあえず思わず泣くほどまでに彼が喜んでくれてるようなので、韓媛も安心した。そして彼の気持ちが彼女にも伝わってきたのか、韓媛も熱い思いが込み上げてくる。
そしてその後、やっと落ち着いてきた頃になって、彼は口を開く。
「俺は、自分の兄弟や従兄弟を殺してきた。そんな俺が自身の子供が出来たことを本当に喜んで良いのだろうか……」
彼は今でも、そのことをずっと忘れないでいた。
(やはり大泊瀬は、人の死というものをちゃんと分かっている)
「大泊瀬、確かに亡くなった命はもう返ってはきません。でもあなたは人の命の尊さを理解し、その罪も受け止めています。だから大丈夫です。今度はこれから生まれてくる命を大切にしていきましょう。亡くなった人達の分まで」
彼は韓媛のその言葉にとても救われた気持ちになったようで「確かにそうだな」といって、まだ目に少しだけ残っていた涙をふいた。
そして韓媛を離すと彼女の横に座り直し、優しく彼女のお腹辺りに触れる。
「だとすると、余計に産まれてくる子供の為にも、いずれはもっと近くに住めるようにしよう。まぁ俺的には、一緒に住めるようになるのが理想だが」
やはり彼はそこにかなりの拘りを持っているようだ。
「大泊瀬、無理にそんなことをしてあなたの立場が悪くなっても嫌です。それに通常は通い婚ですし、私はそこまで気にしてないですから……」
まだまだ豪族の力も強いので、葛城の自分だけが特別扱いされるとなると、反感を買うことになるかもしれない。
「まぁ、そうだが。どのみち妃はいずれお前一人になるからな」
「それはどういう意味ですか?」
(大泊瀬は何を考えているの?)
「草香幡梭姫はどちらかというと、俺の母親との方が歳が近い。なので寿命的には、俺達よりも彼女の方が早く亡くなるだろう?」
それを聞いた韓媛はひどく衝撃を受ける。
「お、大泊瀬。い、いって良いことと悪いことがありますよ!」
彼が正妃に草香幡梭姫を選んだ理由の1つが、きっとこのことなのだろう。
確かに絶対とはいいきれないが、自分達よりも年上である草香幡梭姫の方が先に亡くなる可能性は高い。
「大和がもっと豪族や倭国に強い影響力を持つようになれば、正妃は皇女じゃなくても良くなるかもしれないからな」
「まぁ、そうかもしれないですが……」
韓媛は少しふに落ちない気もするが、今は彼のいうことに従っておこうと思った。
「とりあえず、お前には丈夫な子供を生んで貰いたい。次の大王となる皇子を産めるのは、韓媛しかいないからな」
韓媛もそれは十分に分かっていた。だが産まれてくる子供が皇子でなかったらどうするつもりなのだろう。
「でも、私が姫ばかりで皇子を産めなかったらどうするつもりなのですか?」
「あぁ、そのことか。市辺皇子が亡くなった後、あいつの息子2人が姿を消したことはお前も聞いてるよな。
恐らく父親が俺に殺されたので、身の危険を感じて遠くに逃げることにしたのだろう」
それは恐らく億計と弘計のことだ。
「確かに、あの2人も大和の皇子だわ」
(あの2人は私よりも若いのに、本当に可哀想なことをしてしまったわ)
「俺は今後も、あの2人を追いかけるつもりはない。万が一のことを考えると、俺の近くにいない方があの2人は安全だ」
そして大泊瀬は韓媛の手を握っていう。
「だがまずは俺達の子供だ。俺達の子供が無事に産まれて、元気に育ってくれることを祈りたい。それにおれは正直姫も欲しい。きっとお前に似た綺麗な子だろうから……」
つまり大泊瀬大王は、何だかんだで自分の子供が産まれてくるのが嬉しいのだろう。
「そうですね。私も初めてのことですし、不安も大きいですが、頑張って産もうと思います」
それから韓媛は彼の胸に持たれ、彼女の方には彼の腕が回される。
そして2人は暫くぼーっと廻りの景色を眺めていた。
「私達はこうして今一緒にいられますが、皆が皆幸せになれた訳ではないんですよね」
「あぁ、そうだな。俺達だって一歩間違っていれば、そうなる可能性だってあったからな」
2人はこれまで度々生命の危険にさらされることがあった。また大和と豪族の間に亀裂でも入れば、婚姻事態が出来なくなっていたかもしれない。
「私、人の恋や想いはとても儚いものだと思います。人の心はとても繊細で、ちょっとしたことでも泡のように儚く消えてしまいそうで……」
それを聞いた大泊瀬は思わず彼女を見つめた。韓媛もそんな彼に優しく微笑みかけて、さらに続けていう。
「でも、それでも人はその想いを捨てることができない。まるで衣のようにその想いを自身の身にまとって……」
「それには俺達も含まれているのか?」
彼は少し心配そうにしながらいった。
「そうかもしれないですね。でもそれでも良いと思います。儚く消えてしまいそうな恋でも、私はその想いを身にまとって生きていきたい。だってそれはあなたへの想いだから」
それを聞いて彼も少し納得したのか、彼女を自分に向かせていった。
「あぁ、どんなに儚い恋だったとしても、俺もお前の想いを離すつもりは永遠にない」
「大泊瀬……」
そして彼女は思いっきり彼を抱きしめた。
この想いを絶対に離すまいとして。
この先、大和にどんな運命が待ち受けているのか、今の2人には分からない。
だが人の想いが続く限り、時代は時を巡っていくだろう。
その中で、いつかきっとその想いがむくわれることを願いたい。
それは儚くも美しい泡沫の恋をまとって
END
「大泊瀬、まさかあなたがそこまで驚くとは本当に意外だったわ」
そして尚もまだ動揺している彼だが、とりあえずこのことだけは聞かなければといった感じで思わず呟く。
「そ、それは俺の子だよな……」
それを聞いた韓媛は少し呆れてしまう。彼がそんなことを心配するとは、相当動揺したのだろう。
「当たり前です。もう、あなた以外に一体誰がい……」
韓媛がそういい終わる前に、彼は彼女を思いっきり抱きしめた。
「韓媛、嘘じゃないよな!ほ、本当に俺達の子が!」
それから何やらすすり泣きのような音がした。
(え、大泊瀬が泣いてる?)
これには韓媛も少し驚いたが、彼女はそっと彼の背中に腕を回していう。
「えぇ、そうよ。産まれるのは来年になりそうね」
とりあえず思わず泣くほどまでに彼が喜んでくれてるようなので、韓媛も安心した。そして彼の気持ちが彼女にも伝わってきたのか、韓媛も熱い思いが込み上げてくる。
そしてその後、やっと落ち着いてきた頃になって、彼は口を開く。
「俺は、自分の兄弟や従兄弟を殺してきた。そんな俺が自身の子供が出来たことを本当に喜んで良いのだろうか……」
彼は今でも、そのことをずっと忘れないでいた。
(やはり大泊瀬は、人の死というものをちゃんと分かっている)
「大泊瀬、確かに亡くなった命はもう返ってはきません。でもあなたは人の命の尊さを理解し、その罪も受け止めています。だから大丈夫です。今度はこれから生まれてくる命を大切にしていきましょう。亡くなった人達の分まで」
彼は韓媛のその言葉にとても救われた気持ちになったようで「確かにそうだな」といって、まだ目に少しだけ残っていた涙をふいた。
そして韓媛を離すと彼女の横に座り直し、優しく彼女のお腹辺りに触れる。
「だとすると、余計に産まれてくる子供の為にも、いずれはもっと近くに住めるようにしよう。まぁ俺的には、一緒に住めるようになるのが理想だが」
やはり彼はそこにかなりの拘りを持っているようだ。
「大泊瀬、無理にそんなことをしてあなたの立場が悪くなっても嫌です。それに通常は通い婚ですし、私はそこまで気にしてないですから……」
まだまだ豪族の力も強いので、葛城の自分だけが特別扱いされるとなると、反感を買うことになるかもしれない。
「まぁ、そうだが。どのみち妃はいずれお前一人になるからな」
「それはどういう意味ですか?」
(大泊瀬は何を考えているの?)
「草香幡梭姫はどちらかというと、俺の母親との方が歳が近い。なので寿命的には、俺達よりも彼女の方が早く亡くなるだろう?」
それを聞いた韓媛はひどく衝撃を受ける。
「お、大泊瀬。い、いって良いことと悪いことがありますよ!」
彼が正妃に草香幡梭姫を選んだ理由の1つが、きっとこのことなのだろう。
確かに絶対とはいいきれないが、自分達よりも年上である草香幡梭姫の方が先に亡くなる可能性は高い。
「大和がもっと豪族や倭国に強い影響力を持つようになれば、正妃は皇女じゃなくても良くなるかもしれないからな」
「まぁ、そうかもしれないですが……」
韓媛は少しふに落ちない気もするが、今は彼のいうことに従っておこうと思った。
「とりあえず、お前には丈夫な子供を生んで貰いたい。次の大王となる皇子を産めるのは、韓媛しかいないからな」
韓媛もそれは十分に分かっていた。だが産まれてくる子供が皇子でなかったらどうするつもりなのだろう。
「でも、私が姫ばかりで皇子を産めなかったらどうするつもりなのですか?」
「あぁ、そのことか。市辺皇子が亡くなった後、あいつの息子2人が姿を消したことはお前も聞いてるよな。
恐らく父親が俺に殺されたので、身の危険を感じて遠くに逃げることにしたのだろう」
それは恐らく億計と弘計のことだ。
「確かに、あの2人も大和の皇子だわ」
(あの2人は私よりも若いのに、本当に可哀想なことをしてしまったわ)
「俺は今後も、あの2人を追いかけるつもりはない。万が一のことを考えると、俺の近くにいない方があの2人は安全だ」
そして大泊瀬は韓媛の手を握っていう。
「だがまずは俺達の子供だ。俺達の子供が無事に産まれて、元気に育ってくれることを祈りたい。それにおれは正直姫も欲しい。きっとお前に似た綺麗な子だろうから……」
つまり大泊瀬大王は、何だかんだで自分の子供が産まれてくるのが嬉しいのだろう。
「そうですね。私も初めてのことですし、不安も大きいですが、頑張って産もうと思います」
それから韓媛は彼の胸に持たれ、彼女の方には彼の腕が回される。
そして2人は暫くぼーっと廻りの景色を眺めていた。
「私達はこうして今一緒にいられますが、皆が皆幸せになれた訳ではないんですよね」
「あぁ、そうだな。俺達だって一歩間違っていれば、そうなる可能性だってあったからな」
2人はこれまで度々生命の危険にさらされることがあった。また大和と豪族の間に亀裂でも入れば、婚姻事態が出来なくなっていたかもしれない。
「私、人の恋や想いはとても儚いものだと思います。人の心はとても繊細で、ちょっとしたことでも泡のように儚く消えてしまいそうで……」
それを聞いた大泊瀬は思わず彼女を見つめた。韓媛もそんな彼に優しく微笑みかけて、さらに続けていう。
「でも、それでも人はその想いを捨てることができない。まるで衣のようにその想いを自身の身にまとって……」
「それには俺達も含まれているのか?」
彼は少し心配そうにしながらいった。
「そうかもしれないですね。でもそれでも良いと思います。儚く消えてしまいそうな恋でも、私はその想いを身にまとって生きていきたい。だってそれはあなたへの想いだから」
それを聞いて彼も少し納得したのか、彼女を自分に向かせていった。
「あぁ、どんなに儚い恋だったとしても、俺もお前の想いを離すつもりは永遠にない」
「大泊瀬……」
そして彼女は思いっきり彼を抱きしめた。
この想いを絶対に離すまいとして。
この先、大和にどんな運命が待ち受けているのか、今の2人には分からない。
だが人の想いが続く限り、時代は時を巡っていくだろう。
その中で、いつかきっとその想いがむくわれることを願いたい。
それは儚くも美しい泡沫の恋をまとって
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