大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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74《終章》

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  大泊瀬皇子おおはつせのおうじが新たな大王として即位してから3年程が経過していた。

  彼は大王に即位後に新たに宮を立てて、その宮は泊瀬朝倉宮はつせのあさくらのみやと呼ばれるようになる。


  そして彼は今、大泊瀬大王おおはつせのおおきみと呼ばれている。
  彼は皇子時代はとても恐れられていたが、大王即位後は順調に政りごとを始めていた。その甲斐もあって、その有能さを家臣達からもとても評価されている。

  そして彼は周りの豪族に頼ることなく、大和そのものを強くし、協力な体制を作り上げることを目指していた。

「倭国も大事だが、宋や半島の動きも注意が必要だな。いざとなれば兵を向こうに送ることも考えなければ……」

  彼は大王になって以降、いつも政りごとばかり考えるようになった。

「だが民あっての国だ。まずは農民達のことも考えないといけない……あとは遠方の豪族の動きにも注意が必要だろう」

  彼は確かに優秀ではあるのだが、どうも変な所で不器用さがあるようだ。

  だがそんな彼でも妃の元にはきちんと通っていた。即位から3年経った今も相変わらず韓媛からひめだけを寵愛している。

  そんな大王が、色々と考えている時である。彼に1人の男性が声をかけてきた。

「大王、こんな所におられたのですか?」

  大泊瀬大王は一体誰だろうと思って、その人物を見る。

「何だ、誰かと思えばじゃないか」

  そう彼に呼ばれたのは、今大和の大連おおむらじである物部目もののべのめだった。

「はい、少し政り事のことで大王に相談したいことがあったので、この宮に寄りました」

「ふん、相変わらずお前は本当に真面目だな。なのにどうしてお前の息子の荒山あらやまは、ああも自由奔放なのだろうな……」

  物部目には荒山という息子がおり、彼は政り事にも無関心で、割りと好き勝手に日々を過ごしていた。

「まぁ、息子は大王とは昔から悪友でしたな。その影響を大王が受けなかったのが本当に幸いでした……」

  荒山と大泊瀬大王は昔からの悪友達ではあったが、大王にしてみれば彼は数少ない気心知れた友人である。

「おい、目。お前も自身の息子なのだから、やつをもう少し何とかしろ。これでは物部の将来が心配になる」

「大王本当に申し訳ない。何とか努力致します……」

(本当に大丈夫なのだろうか)


  その後大泊瀬大王は物部目とその場で色々と話しをした。
  大和をもっとさらに強力な国にしたいという大王の思いに、彼もとても共感している。
  そして彼らはその目的のために日々、力をそそいでいた。

  そしてその話がやっと終わりになると、大王は彼とはその場で別れることにした。


  そして再び大王が歩いていると、近くから誰かの話し声が聞こえてくる。
  どうやらこの宮に仕えている男達のようだ。

「おい、聞いたか。例の吉備の姫を」

「あぁ、あれだろ。吉備上道田狭きびのかみつみちのたさの妻の稚媛わかひめのことだろ」

(うん、吉備の姫?一体何の話をしてるんだ)

  吉備は大和と並ぶ程に大きな力をもった地方豪族で、彼もこの豪族のことは少し警戒していた。

  とりあえずその男達の話しが少し気になったので、彼は少し隠れて盗み聞きをしてみることにした。

「そう、その稚媛のことだ。何でもたいそう美しい姫だそうで、夫の田狭がかなり自慢しているんだと。本当に羨ましいかぎりだな……」

「本当に全くだ。吉備といえば、かつて大和に嫁いだ黒日売くろひめもかなり美しい姫だったそうだ。またその姪の姫も大王の妃になっている。吉備は本当に美しい姫に恵まれているな」

  どうやらその男達は、吉備の姫を面白楽しく話題にして話しているようだ。

「吉備の稚媛か……確かに吉備から嫁いできた姫は皆美しいと聞いている」

  彼らは吉備の話しをしてはいるみたいだが、単なる吉備の姫の話しだけのようだ。

  であれば彼もこれ以上話しを聞く必要もないと考え、そっとその場を離れることにした。

「まぁ、政り事のことはこれぐらいにして、早く韓媛の元に行くとしよう。最近少し体調を崩しやすいと聞いているからな」


  それから大王は、馬に乗って韓媛の元へと向かうことにした。




  韓媛は大王の妃となったのち、元々父親と住んでいた場所から割と近い所に、新たな住居を立ててもらい、今はそこで暮らしている。

  そして大王が韓媛の元に着くなり、彼女は久々に例の大きな木の下に行かないかと提案を持ちかける。

  これに対し彼も特に反対する気はなかったので、2人は歩いてそこに向かうことにする。


  そして2人は今、その木の根元に座ってのんびりしている状態だ。季節も9月に入り、これからどんどん涼しくなるだろう。

  大王は韓媛の膝に寝そべったまま、最近政りごとでかなり忙しくしていたので、今日は韓媛とゆっくり過ごそうと考えていた。

  韓媛もそんな彼を思って、そっと頭を撫でてやる。それが意外に気持ち良いのか、彼はなすがままになっていた。

「なぁ、韓媛。最近考えていたのだが、俺の宮の側に再度住居を建てて、そこに住んでみないか?ここもたまになら俺が連れてきてやれる」

「え、大泊瀬の宮の近くに?」

  韓媛もこの提案に少し驚く。彼女は彼の正妃ではない。正妃の草香幡梭姫でさえ、一緒に住んでいないのに、自分が彼の近くに住んで大丈夫なのだろうか。

  また彼女は大王の妃なって以降は、彼のことを名前で呼ぶようになった。
  これは韓媛本人がそうしたかっというよりかは、大王たっての希望だった。

  本人曰く、それ以前から皇子とかではなく、本当は名前で呼んで欲しかったのだそうだ。

「あぁ、俺としては出来れば自身の宮で一緒に暮らしたい。だが草香幡梭姫くさかのはたびひめの手前、彼女は文句はいわないだろうが、それは中々やりにくい……そこで、それなら俺の宮の側で暮らすようにすれば、いつでも会いに行けるだろ?」

「まぁ、一緒に住むことに比べればまだ可能なのかしら……」

  大泊瀬大王的には、自身の親がそうだったように、それが本来やりたかった彼の家族の在り方のようだ。

「そうですね。でも私暫くは馬に乗っての移動が難しいので、来年以降になるかしら」

  大泊瀬大王は、何故彼女が馬に乗れないのかと、ふと疑問に思った。

(韓媛は一体何をいっているのだ……)


「なぁ韓媛、どうして今は馬の移動が難しいんだ?」

  彼はふと起き上がって、彼女にそう尋ねる。

  すると彼女は、少し話しにくそうにしながら彼にいう。

「そのですね、実は私……」

(もう、早く彼にいわないと!)

  しかし韓媛は、中々次の言葉が出てこない。

  彼の方もそんな彼女を見て、一体何なんだと少し首を傾げる。

「おい、韓媛一体何があったんだ?」

  彼は彼女がいおうとしていることが何のか、全く察しがつかない。

(まぁ、男性ってそういうものよね)

  韓媛はついに覚悟を決めたようで、そのまま彼に歩み寄る。そしてその事実を告げた。

「あ、あのね、大泊瀬。実は、私どうも子供が出来たみたいなの……」


  彼女はそういって恐る恐る彼の顔を見る。

  大泊瀬大王の方も、その関連のことは全く予想してなかったようで、一瞬体が固まったようだ。だが直ぐに彼はその場で叫んだ。

「な、なんだって、子供だと!!」

  彼は韓媛がこれまで見たことがない程の慌てっぷりを見せる。

  実の兄弟や親戚すら殺した彼が、自身の子供が出来たぐらいでここまで動揺するのかと、韓媛も少し意外に思った。
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