最後の断罪者

広畝 K

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 【黒曜の聖地】


 黙祷を捧げているうちに、貴方は周囲を覆っていた環境の急激な変化を悟った。
 白い花たちが、風もないのに揺れている。
 花弁を彩る純白が、葉の生命たる濃緑が、徐々に眩い光沢をその内外に宿して、花畑全体を煌めかせ、厳かなる輝きを発してゆく。

 貴方は眼下の花ばかりでなく、視界の上からも光の波動を知覚した。
 被った帽子の鍔越しに、その白い光を見る。
 光の元は、月であった。広大なる白の大地が、大きく空から迫り出している。
 いつにも増して大きく、空を覆わんとばかりに巨大に歪んだ月の表面は、奇妙なくらいに平面でありながら凸凹に屈折し、平衡感覚を狂わせかねないほどの異常を発していた。
 視界から入り込む異常の感覚を振り払うべく、頭を二、三度振った貴方は、

「……もし?」

 脳髄の中枢を響かせるような、凛とした鈴の如き清澄な声音を耳にした。
 声の方に視線を向けると、いつの間に現れたのか、大樹の前に少女の姿が在る。
 髪も肌も服さえも、銀のように白く輝いている。ように思える。筈だ。見るからに特徴的である筈だが、正確に捉えて認識することができない。年恰好も性別も、顔の造形も、身体の大小も、何もかもが不明瞭でさえある。

 明らかにこの世の者とは思えぬ超常的な存在であろうと一目で理解できるのに、不思議と敵意や敬意といった、心の動きが生じない。空間に囚われているように、その身体もまた、奇妙なことに動きを取ることができない。

 少女はどこかで見たことのある微笑みを浮かべると、一歩一歩、緩やかな歩調をもって貴方に近付いてくる。その足取りは紛うことなく人間のそれであり、不審なところは一つも見受けられはしない。
 だからこそ異常なのだ、と貴方の脳髄は訴えるが、されど貴方の心身はその異常を正常として受け入れてしまっている。
 肉体が動かぬ貴方を前に足を止め、少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「貴方のことを、ずっと見守っておりました。人間として生を誇り、戦い、他者の罪業を断ち斬り、背負い、ずっとずっと……よくぞ、これまで挫けずに戦い続けてきてくれました」

 少女は胸の前で両手を組み、目を閉じ、祈るように言葉を詠う。

「今こそ貴方を、この黒曜たる使者として認めましょう。そして、遍く人々を導く担い手としての使命を与えたいと思います」

 その目を開いた少女の瞳は夜を詰めたように昏く、深く、貴方の心の奥底に在る原点を掬おうとして右手を伸ばし、貴方の装束を破らず貫き、心の臓を掴み取らんとして――、

「――ッ痛……!」

 眉を顰めて後方に跳び、右手首を見て呆気にとられた。
 少女の右手首より先が、ごっそりと綺麗に消失していたのである。鋭利な刃物によって切断されたかの如き断面が覗き、ゆっくりと、朱き液体がゆるゆると溢れて流れ、右手首の先から滴ってゆく。

「……そう、そうでしたか。サンソンよ、そして、異端の人々よ。貴方たちはどうあってもこの私に抗うというのですね……」

 少女は右手首を軽く振るうだけで負傷を無くし、髪をゆらりと逆立てる。
 夜よりもなお深い闇色の瞳が、感情の消失した表情が、貴方を冷たく見据えた。

「罪深き人の仔らよ。理知を手に入れ、欲望に浮かれ、神をも欲した咎人どもよ。罪業に塗れて自省するかと思ってみれば、与えてやった恩を忘れて、あろうことか更なる罪業で返しますか……本当に、救いようがない」

 少女がおもむろに片手を天に伸ばすと、その場の環境が変質してゆく。
 貴方の足下に咲いている白き花が輝きを増し、やがて無数の粒子と化して、宙に舞い散って落ちてゆく。粒子の落ちたその跡に、銀の砂地を残してゆく。

 それらの変質は貴方の周囲で、少女の周囲で、大樹をも含んだ周辺の一帯を残らず巻き込み、じわじわと侵食して異郷と化させてゆく。
 貴方が即応できぬ間に、黒曜の聖地は一面に渡って白銀の砂漠と成り果てた。
 草も花も風も無く、生命の色を失っている。無機質で静謐に満たされた、果ての世界だ。頭上の空に星々の煌めきは無く、白き大きな月も消えている。そこにあるのは、貴方が見たこともない、青き星が浮いているばかりだ。

「ここなら、邪魔は入りません」

 ――少しばかり、身の程を知って貰いましょう。

 脳髄の中枢に直接差し込まれてくるその言葉は、先の少女によるものだろう。
 されどその少女の姿は周囲の風景と同様に変質を始めており、銀髪が異様なまでに伸ばされ増やされ膨張し、その身を包んで受肉して、巨大な威容となって貴方の前に立ち塞がる。

 その容姿はさながら、巨大な蛇とでもいうべきものであった。
 全身の表皮は白銀の光沢に輝き、鱗も腹も純白に染められ、神聖の性質を備えている。その長大な全身は末端を見通すせず、かつて戦った巨狼を遥かに凌ぐ巨大さを有していることが窺い知れる。その口は貴方を丸呑みして余りあり、先に戦った巨大鼠など問題にもならないだろう。

 頭部に嵌め込まれた眼は紅く、朱く、宝玉の集合体のような複雑な光彩に満ちており、貴方に対する殺気などは見て取れぬほどに清らかだ。

 しかし、それは当然のことでもあるだろう。

 貴方の足下に気付きもできぬほどの小虫がいたとして、貴方はそのような矮小な存在に対して、わざわざ殺意を持ち出すだろうか。比較するにも烏滸がましい程の位階の差が、存在としての位格の差が、貴方と相手の間に横たわっているとすればどうだろうか。

 少なくとも、貴方の眼前に泰然として横たわっている白蛇は、貴方のことを討ち果たすべき敵として見てはいない。

 しかし、それは貴方にとっての勝機であり、逃すべきではない隙であるだろう。
 傲岸にして不遜たる白蛇の態度を気にも留めずに、貴方は為すべきことを為す。鉈と鋸剣の合わさった鋸鉈を手に取り、その機構を作動させて柄を伸ばし、刃身を整え、対大型怪物武装の巨大な斧槍と成さしめる。

 貴方は長柄を両手で握り込み、その切っ先を相手の正面へと向ける。腰と重心を落として、いつでも動けるような構えを取った。

 人類史に記されることのないこの戦いは貴方の人生で最も苦しく、厳しく過酷な試練である。貴方が人間として乗り越えるべき、立ちはだかる巨壁に他ならない。 ゆえに貴方は目の前の苦難に背を向けず、不退転と決死の意志を抱き、旧き神話に謳われたろう叡智の怪物に対峙する。


 【叡智の管理者――黒曜の白蛇】


 白蛇が鎌首をもたげると同時に、貴方は駆け出した。
 その踏み込みは深く、強く、銀砂を爆発させて粉煙を高く巻き上げ、貴方の姿を晦ますほどのものであったが、白蛇は動揺の素振りすら見せていない。一歩で貴方は白蛇の首元まで迫り、二歩でその目元まで跳躍し、眼玉に斧槍を振るうに秒すらかけぬ圧倒的な速攻を仕掛ける。

 が、結果は不発であった。
 白蛇の眼玉は剥き出しのままで斧槍を弾くほどの高硬性を有し、金属音に近しい鈍く重い響きを立て、攻撃を拒んだのである。無論、その一撃は貴方の全力を込めた会心の攻撃だったのだが、攻撃が最も有効な部位と思われた眼玉にすら傷の一つも付けられなかった事実は戦意の質に大きく響く。
 勝てないのでは、などと思う間もなく、白蛇による言葉が貴方に差された。

 ――次は私の手番ですね。

 言葉が終わるとともに繰り出された白蛇の攻撃に色はなく、目に見えず、敵意は感じず、そしてやはり、殺意すらもなかった。しかし、急速に迫りくる死の気配は濃密極まりなく、されど攻撃の正体を掴めぬ貴方は防御を固める間も与えられず、空中に跳んでいるその場で、全身に強い衝撃を受けた。

 指向性のある巨大な不可視の衝撃は貴方に直撃し、一瞬にして白蛇から遠くへと弾き飛ばす。空白が生じた貴方の意識が現状把握に追いついたのは、白蛇の不可視たる攻撃によって弾き飛ばされ、銀砂に叩きつけられる直前であった。

 貴方は武器持つ手の片方を地に添えると、推力を横方向に転換させ、飛ばされる勢いを殺すこと無く飛び石のようにそのまま砂面を十数回以上跳ねて転がり、身に受けた衝撃の多くを砂地へと逃がした。

 貴方の身体が転がり終わったのは、両者の攻撃地点から三百メートル程も離れた地点である。戦闘の開始された場と代わり映えのしない場所であり、一面に白銀色の砂漠が広がり、空は黒の一色に染められ、小さく丸い蒼の星が変わらずぽつりと浮かんでいる。

 戦闘開始時と唯一の違いがあるとすれば、貴方の身体に生じている、無視できぬ程の鈍痛だ。全身の各所が千切れていると錯覚しかねない痛痒を訴え、立ち上がるだけでも難儀する。
 幸いにして手足の欠けたところはなく、斧槍もあり、戦闘の続行は可能だ。が、口腔に溜まった鉄臭い血の味がどうにも不味く、貴方はそれを足下に吐き捨てる。それは白い色でなく、黒い色でもない。鮮烈たる焔の如き紅の、紛うことなき赤き色の血液だ。
 瑞々しいほどに鮮やかなその色は、先のサンソンとの戦いにおいて刻まれた胸部の傷口からも滲み、ゆっくりと漏れ出している。貴方は無意識のうちに、傷口から流れる血液へと手を伸ばし、粘性のそれを手の平で溜めつつ拭い取り、己の武器に塗布し始めた。
 それこそまさに、原初の神が獣たちに施した白き血の呪縛と同様のものである。黒曜が自身の涙をもって人に与えた、黒き血と同種のものでもある。

 貴方は自らの血液を用いて、愛用の武器を自らの色に染め上げたのだ。
 赤き血液に塗れた武器は、装いを改めて形状を僅かに変化させ、より貴方の取り扱い易い武装の型へと変化した。朱き斧槍を手にした貴方は、鎌首をもたげて目を細め、こちらを見ている白蛇に向かう。

 全身の重みと痛みは変わらずあるが、それでも貴方は先よりもずっと速く砂地を駆けた。三百メートルにも及ぶ距離を十歩に収め、身を一層低く、重心を落として斧槍に速度の力と重みを移動させ、振り上げる際に刃の先端へと集約させる。

 力の化身となった斧槍は容易に白蛇の鋼体を切り裂き、硬質の鱗を割り断って、黒々とした赤き血液を撒き散らす。瞬間、白蛇の目が僅かに見開き、纏う雰囲気が一変した。

 ――この人間は、私を殺し得る。

 そう、直感したのだろう。
 それまでの泰然とした態度を捨て、白蛇は貴方を完全に敵対者と看做して甲高い咆哮を上げ、煌めく紅眼で睨め付けた。

 しかし白蛇のそうした態度は、遅きに失していたと言うべきだろう。
 貴方は当初から白蛇を討滅するべく行動しており、白蛇が殺気を発する間にも、その筋肉と鱗を断ち斬り、赤黒い血を流出させていたのだから。

 とはいえ、白蛇の胴体部を斬り続けていてもきりがなく、流出する血液がすぐに凝固を始め、傷口の回復と修復を促している。
 ゆえに貴方は白蛇を見返す。白蛇を殺し切るには胴体部を攻撃するのではなく、やはり頭部にある脳の中枢を破壊するより他にないのだと。白蛇の頭部へと視線を移した貴方は、しかし即座にその場から離脱する。背を見せずに三歩四歩と跳んで退き、直前まで立っていた場所の爆発をぎりぎりのところで回避する。

 それは先にも貴方が受けた、不可視の攻撃による衝撃だ。
 その攻撃の予兆は掴み難く、貴方の直感によってでしか避けられていない攻撃であり、避け得る明確な判断基準を持たない。然れども、物理的な衝撃や爆発が引き起こされていることから鑑みるに、超常的な攻撃でなく、何かしらの要素が働いていることは間違いないと貴方は視る。

 視覚に頼れないのなら聴覚で試し、それでも駄目なら皮膚感覚で試し、不可視の攻撃予兆を出来うる限り把握し、回避の判断基準を持つ必要がある。でなければ、白蛇を殺し切るよりも前に、自身が先に殺されてしまうであろうからだ。

 が、何も突っ立ったまま攻撃の予兆を判断するということでは勿論ない。意識の大半を回避と予兆の把握に割き、残る意識で白蛇の首へと攻撃を仕掛ける。余裕があれば、頭部に仕掛ける動きも見せておく。頭部に仕掛ける様子を見せられれば、その分だけ攻撃の頻度が上がることが予想されるためである。

 現時点で対処できない攻撃であったとしても、その頻度が上がれば観察が可能となる。観察が可能となれば、対処の方法を考えることができる。幾通りもの対処を試行し、遂には討滅を果たし得る。

 戦いは常に迅速で冷静な思考と判断、そして行動力が必要だ。まして敵性存在はこの上なく強大であり、人間よりも遥か格上の怪物であるのだから。
 先手、不意打ち、卑怯、工夫、等を考えられる限り行い、たとえそれらの行動で全身が死に瀕しようとも、死なずに済むなら、そして最終的に勝てるのであれば、安いものだと貴方は断じる。

 人間に入れ込んでいるこの白蛇を現在の時点で始末しなければ、人間はこれより過去も、未来も、永劫に縛られ続け、飼い殺しの生を歩まされることが目に見えているためだ。貴方が託された使命と道も、絶たれることになるだろうからだ。

 ゆえに貴方は白蛇に挑む。突き進み、死と生の狭間を征く。
 白蛇からの視線を定められる直前、貴方は強く足を踏み込むことで、砂塵を多く巻き上げた。

 これは不可視の攻撃を可視化できないかという試しの一手である。
 もし、白蛇が空間を無視して直接貴方に攻撃を与えられるのならば、巻き上げた砂の幕は乱れることが無いだろう。そして空間を無視した攻撃が可能であるなら、正直なところ、貴方にはほとんど防ぐ術がない。
 しかし空間を通して攻撃を伝えているのであれば、この砂の防御幕は攻撃方向に乱れて舞い、視覚によって把握することが可能となる。

 されど、砂の防御幕を利用したのは貴方だけでなく、白蛇もまた同様であった。
 ほんの僅かの間、砂塵による幕が広がる視界の遮断に乗じて、その巨体を瞬時の間もなく銀砂の下へと潜らせたのである。地上から姿が掻き消え、音も気配も微かも立たず、辺りには不気味な静けさが漂う。

 この時点で貴方が最悪の可能性として考慮したのは、白蛇が貴方を放置することである。この銀の砂漠に捨て置いたまま、聖地へと帰還することであった。

 なにしろ、貴方は此処が何処であるのか、薄々とであるが気付きつつあったためである。そして気付きからの推測が正しければ、貴方は白蛇の力が無ければ、元の場所に帰れない公算が高い。ゆえにその一手は、白蛇も当然のように考慮していると貴方は考えたのだ。

 そんな貴方の逡巡は、幸いにして杞憂となった。
 されど貴方の僅かな逡巡は白蛇にとって、大きな隙として見出されていた。

 貴方の足下にある砂地が微かに震えだし、全方位から突如として壁が突き出し、空へと伸び始めたのである。否、それはただの壁などではなく、白蛇の巨大な口腔による飲み込みであった。

 動きを止めた貴方の下方から口を開いて急上昇し、周辺ごと丸呑みにするという算段である。白蛇の肉体修復力の強さから考えると、内部に飲み込まれてしまったが最後、貴方に脱出する手段は無いだろう。

 貴方は咄嗟に斧槍を口腔の先端へと狙いを定め、片側の口腔壁に投擲する。赤く染め上げられた斧槍は易々と口腔壁を貫き、されど閉じてゆく口腔の勢いを僅かも鈍らせることができない。

 しかし貴方は落ち着き払い、斧槍の柄尻から伸びる鋼糸を手繰りながら跳躍し、白蛇の口腔が閉じられるよりも速く、口の端を斬り拓いて脱出を果たした。
 くぐもった空気の響きと赤黒い鉄の臭いとを浴びた貴方は、白蛇の鼻先に立ってみせ、紅眼の睨みと対峙する。

 睨み合いは刹那に終わり、白蛇も貴方も即座に動いた。
 白蛇は可聴域外の超音波を広域に響かせて空間を強く軋ませ、貴方の足を撃ち、腹を穿ち、片腕を削ってゆく。されど貴方は足を止めず、怯みもせず、ひたすらに前へと駆け上がる。
 引き摺った斧槍を振るって白蛇の鼻頭を裂き上げながら跳び、見開かれた紅眼に向かって、己の武装を力の限りに振り下ろした。

 紅き結晶体が粉々に砕け散り、赤黒く煌めく血の結晶が噴霧となって四散する。
 白蛇の悲鳴で空間に亀裂が入り、その超音響に耐えられず、貴方の耳から血液が噴き溢れる。音が聞こえぬ世界の中で、朱に染まった視界の中で、それでも貴方は眉一つすら動かさず、斧槍を白蛇の眼底へと突き立てたまま、足場の感覚を頼りにして激震を耐え忍ぶ。

 固く耐え忍んで、機を待つ。
 それほど遠くない待ちの中、不意に貴方は宙へと飛んだ。
 手には斧槍を持ち、焦点には白蛇の頭部を定める。

 白蛇もまた、残った一つの紅眼で貴方を見定め、そして斧槍を突き立てられた。
 渾身の力によって投擲された斧槍は音速を超えて飛翔し、白蛇の頭部表面を陥没させて粉砕しながら、なおも侵攻を継続する。中枢たる脳の直前で頭蓋による守りが斧槍の進みを阻んだものの、続く貴方の踏み込みによって頭蓋の守りに割き入ると、脳の内部へと押し入った。

 白き髄液が舞い、黒き涙液が飛沫を上げる。
 白蛇は頭部を粉砕された衝撃でふらつき、その首を銀砂の地へと叩きつける。

 次いで貴方は砂地に降り立ち、構えを取って残心する。
 が、流石に白蛇は虫の息であった。頭部を半分以上破壊されて意識を保っているという事実は凄まじいものがあるが、その意識も微かなものであろう。

 白蛇は暫し、原形も留めぬ眼窩の底から貴方のことを静かに見つめていた。が、しかし形ある言葉を、思念を発することは無かった。
 貴方との戦いの中で、何かしらの納得を感じたのだろう。
 ついに一言の音も発することなく、白蛇は静かにその生を閉じた。

 ――断罪執行《GODDESS SLAYED》――

 巨大な気配が周辺に広がりながらも薄まってゆくとともに、貴方の知覚が空間の揺らぎを感じ取る。辺りの銀砂が黒ずんでいきながらも眩き白の光に満ち、貴方の視界をゆっくりと白に染め上げてゆく。


 『白蛇《黒曜》』


 天上の楽園に住んでいた人類に叡智を授けた神の一柱。
 彼女が教えを与えると同時に、人類は己の罪を自覚した。
 人類の得た智慧は、生れながらの罪を認識させる。
 それは、人が獣から脱却する進化への道であり、人が神へと至る導でもある。
 けれども結局、人は獣から脱却することなく、神へと至ることもなかった。
 彼女の与えた恵みは、人を獣とも神とも異なる、半端な生物へと堕した。
 それゆえに人は『人間』――獣と神との間に属する生物だと称される。
 彼女は人間を増上させぬため、獣へと堕させぬため、人間と共に楽園を去った。
 人間に対する抑止力となるために。
 或いは神をも超える獣が如き怪物を、決して生み出させぬために。


 白蛇との死闘を終えた貴方は、大樹の幹に背を預けていた。
 暈ける視界の中で、白き花たちが可憐に、そして強く咲き誇っている。
 頭上に白き月は無く、淡く輝く極小の星々を散りばめた藍色の空が広がり、薄い黄金を帯びた小さな星がぽつりと浮かんでいるばかりだ。

 黒曜の象徴たる白き月は墜ち、これよりは信仰厚き人類の苦難が幕を開ける。
 しかしそれは同時に、人類自身の手による模索の旅路が始まることと同義だ。
 永かった宵闇の時代が終わり、新たな夜明けが産声を上げる。

 貴方は何を思うでもなく、ゆっくりと昇る赤き太陽をぼんやりと眺めていた。


 了.
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