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第一章:帰郷
4話
しおりを挟む赤い絨毯の敷かれた廊下に人気はない。
時刻としては昼頃で、他の学生は食堂で昼を食べているか、校内外で昼休みを満喫しているか、といったところであろう。
(おや、あの人は……)
しかし、ソルトの前方には一人の女性が立っており、壁に背を預けていた。
どうやら学生ではないらしく、黒いローブを着ていない。
シンプルな上下の赤ジャージを着ていて、その上には汚れ避けのエプロンを掛けている。
それは誰あろう、この寮の管理人たる寮母であった。
彼女はソルトを視界の端で捉えると、勝気な笑みを見せながら、彼に歩み寄っていく。
「よ、ソルト。出るんだって?」
「……ええ、お世話になりました」
「いやいや、お世話になったのは私の方さ。
掃除とか洗濯とか、楽で仕方なかったよ。
あんたが良ければここで雇いたいくらいだが、どうだい?」
「……それは」
「あっはっは、冗談だよ。あんたならもっと良いところで働けるさ!」
「……ですかね」
背の低いソルトの頭を優しく撫でる寮母の顔は優しげで、先の勝気な表情とは遠い。
彼女は彼が就職活動に失敗し、故郷に戻ると決断したことを知っているらしい。
けれども必要以上の慰めや励ましの言葉などを口にせず、大人らしい口調でひとこと言った。
「ま、困ったらいつでも連絡しなよ。歓迎するからさ」
「……どうも」
ソルトは生来の口下手を遺憾なく発揮したが、されど寮母はそんなことを気にするでもなく、朗らかな笑みをもって彼を見送ったのだった。
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