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Chapter12 - Side:Other - D
186 > 決戦の日−05(張り子の虎、三浦家)
しおりを挟む志弦は少し寂しげに微笑んだ。
「彼は好色で、ただ1人の相手を生涯の伴侶としようとは思ってない人ですから、結婚相手としては私の方が好都合だった」
「ど、ういうことです?」
疑問に思った汐見が質問すると
「私は最初から隆が愛人を作ることを了承していたので」
「?!」
〝愛人を抱えることを妻が了承する?!〟
「まぁ、愛人が何人いたところで気にしないのが、こういう家系でもありますしね」
〝……繋がりは家と金だけだ、と……〟
一部上流階級の夫婦にはあることだと聞いたことはあったが、実際にそういうことを言う人物と会ったことはない。一般人ではありえない資産家のローカルルールに汐見は面食らっていた。
「あ、あの……それで、良かったんですか? その、隆さんに愛情は……」
「そんなものあるわけないでしょう? ふふ……汐見さんは、夫婦の間に必ず愛情があるとでも?」
「え、いや……その……」
志弦の夫と不倫していた紗妃の夫である自分の内が、見透かされたような気がした。
〝オレと紗妃の間にもあったかどうか……〟
「まぁ、不倫している男女にも愛情があるかどうかは微妙だと思いますけどね」
「?」
「それに。彼が私に吐いた数々の侮辱を私は忘れていませんから」
「え……」
〝侮辱? 妻に?〟
志弦は目を伏せて
「彼と男女の関係も一切ありませんでしたし」
「!!!」
志弦は新たに注がれたコーヒーカップを取り、ゆっくり飲む。そして、コトリ、とそのカップをソーサーに置いた。
「最初から夫婦というのは形だけで、向こうもそれは納得した上での【契約】だったので」
汐見と池宮には志弦が微かに笑っているように感じられた。
「彼と結婚するのは家同士の取り決めで……もう何年も前から決まっていたことでした」
「「……」」
〝【家同士の結婚】……結婚が、契約……〟
佐藤から聞いた情報を今更ながらに噛み締める。
目の前の優雅な年齢不詳の女性は、愛しいとも思わない、憎しみさえ抱いている男性と結婚し、会社の代表としての重責を担っている。それなのに、それを支えるべき夫が……
「夫はまぁ、見た目はああですが、我が夫ながら……仕事に関しては期待していなかったので。『吉永家の資産や系列会社に損害を与えない限りは放置しよう』と思ったんです。もし彼が外に子供を作ったら吉永家の一員として引き取るか、認知して養育費を支払っても良いと」
「! そ、そんなこと……」
この女性は、自分のような一般人では理解できない思考をしていると汐見は感じていた。
〝自分の子供でもない、憎しみさえ抱く夫がよそで作った子供を家のために育てる?!〟
汐見は志弦の言葉に引っ掛かりを感じて
「……仕事に関しては、とは?」
問いかけると
はぁ、と苦笑しながらため息をついた志弦が述懐した。
「……結婚前に夫が一足飛びにこの会社の取締役に就任したのは……彼の仕事での無能っぷりを他の社員に知られるわけにはいかなかったからです」
「えっ?!」
苦笑いするしかない、という表情の志弦が続けた。
「社長である私の夫ともあろう者が、あの見た目で仕事ができないとなると……会社の沽券にも関わりかねなかったので」
「こけん……」
一般社員の能力がないことがわかったところで、さほど問題はない。
だが【社長の夫が一般社員に混じって仕事をして能力の無さを露呈】し、そのことで【会社の悪評が立つことを忌避する】ために【夫をお飾りの取締役に抜擢した】と言っているのだ。この女性経営者は。
「ですが、勘違いした彼は自分にその能力があると錯覚し、それを吹聴して回るようになってしまいました。○区女子との合コンをセッティングするS氏と知り合って……まぁ、自分のルックスと会社取締役という肩書きを餌に何人もの女性を食い散らかしていたようですね」
まるで他人事のように述べる志弦は、表情も声音も淡々としていた。
「ああ、それと」
思い出したように志弦が ポン、と手を叩いた。
「彼、愛人関係に持ち込みたい女性を、両親がいない時に自分の家に招いたり、所有している山を見せるのが常套手段でしたね。自分の顕示欲と関係を確保するために」
「!!!」
汐見は思い出した───錯乱した紗妃が不倫相手の男、吉永隆の資産について
『地元に山を複数所有して』いて、
『たまたまご両親が不在』だった時に、
『日本家屋のすごい豪邸』に連れて行ってもらった、と───
「彼がそういう遊びを始める頃には既に全ての不動産に抵当権を設定していましたから……ゆくゆくは自分のものになるんじゃないかと錯覚した女性も多かったんじゃないかと思いますけどね……」
〝あの時、すでに……だから、被害者と……〟
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