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Chapter14 - Side:Salt - D
209 > 後日ー03(回顧ー前編)
しおりを挟む佐藤に対する、気持ちを───
◇◇◇◇◇
東北へは2泊3日の出張だった。
佐藤は新規案件の営業が1件で、オレは別件の開発部メインの案件だった。支店を構えたばかりの東北でシステムの完全リプレース版を導入したいと得意先から要望されたため、システムの納品と、その後の最終調整に現地に向かうことになったのだ。
当然、開発のプロジェクトマネージャー兼リードプログラマーだったオレが行くことになり、備え付けたばかりという市販のDBMSとの接続不具合の確認から始まった。コマンドからDBMSの起動と停止を繰り返し、SQLクライアントツールで抽出データを確認後、誤っていたテーブル設計の修正に2日費やすことになった。
〝……あれは初歩的なテーブルの設計ミスだった……やっぱDBA研修は再開しないとダメだと思ったんだよな……〟
当時から社内研修の慢性的な講師不足(いるにはいるが現役でフル稼働しているため研修講師としての人員として割けない)は深刻で、高度IT研修を外部委託するかどうか部署内でもずっと揉めていた。
納品後の現場での本番環境への導入が一番緊張する。今回は少し手間取ったものの、なんとか無事終えることができた。
佐藤の商談も成功したらしく、明日帰るというその日は2人して久しぶりに浮かれていた。
地酒の利き酒ができると聞いていた店に入り、オレと佐藤は久しぶりにうまい料理と勝利の美酒に酔い痴れた。
佐藤と違ってオレはそれほど酒に弱い方じゃない。飲んで酔うと眠くなるタイプのオレはその時の佐藤の酔いっぷりがすごく、さすがに心配になってペースを少し落としていた。
初めて見るくらい陽気になっていた佐藤は酔った勢いだったんだろう。珍しくオレの肩を組んでクダを巻き始めた。
『なぁ、紗妃ちゃんは美人だけどさ、嫁としてはどうなんだ?』とか
『まさか本当に結婚するとはなぁ』とか
『社内一の美人なんだぞ、ちゃんと大事にしろよ』とかだ。
言われなくてもわかってる、と言いたいところだったが、その笑顔になぜか哀愁が漂っていたのを覚えている。
肩を組まれたまま、オレは佐藤に酒を注いでいたが顔の紅さが首あたりまで来てるのを見て、いつだったかの〝日本酒は悪酔いする〟という佐藤本人の発言を思い出し、それ以上飲まないようにストップをかけた。
『おい、もう止めとけって。なんかお前、顔色? おかしいぞ?』
そう言って盃を取り上げると
『そんぁことらぃってぇ……ぁ~……れも、れむい……か、も……』
舌も回ってなかった。〝……大丈夫か?〟 そう思いつつ観察していた。
『ちょっと……ねる……』
そう言って佐藤はオレの隣で仰向けになって寝始めた。だが、みるみるうちに苦しそうな表情をし始めて
『佐藤?』
オレが話しかけても揺すってもつねっても反応をしなくなってしまい……
『おい! 佐藤?!』
慌てて佐藤の手を触るとさすがの東北でも7月後半の夏場なのに冷たく感じられた。
オレはちょっとどころじゃなく、激しく動揺した。
──あの時のことを思い出すだけで気分が悪くなる────
その症状は、数年前の新人歓迎会で遭遇したことがあったからだ。
急いで佐藤のネクタイを緩めてジャケットを脱がし、佐藤の体勢を横向けにすると大声で近くにいる店員を呼んだ。
『すみません! 救急車を呼んでください!』
『どうしました?!』
そこからはもう慌ただしかった。
救急車が来るまで佐藤を動かすことはできないため、オレはいつ吐いてもいいように店員に吐瀉物を入れる容器を用意してもらった。追加で持ってきてもらった毛布で佐藤をくるんで体を温めてそばで見守っていた。
そのうち、佐藤は激しく咳き込んだかと思うと嘔吐し始めた。
オレはそれをあらかじめ用意していた容器に入れるように佐藤を支えながら吐かせる。苦しそうに吐き出した後は少し沈静化したが今度は体温の低下が著しくなり、オレは激しくなる動悸に襲われていた。
『佐藤! 佐藤っ!』
真っ青になりながら救急車の到着を今か今かと待っていたが、苦しそうな顔をしている佐藤の頭を自分の膝の上に乗せると、毛布の上から佐藤の背中をずっとさすっていた。祈るように……
〝あの時は本当に……〟
救急隊が到着する直前、意識のない佐藤は失禁してしまい、オレはそれを店に平謝りした上で飲食料金の5倍ほどを迷惑料として支払って、その店を後にした。
救急車の中でも佐藤の顔色は良くならず、〝まさかこのまま……〟一瞬、頭をよぎった最悪の事態に戦慄した。
救急隊員にオレ自身の体調を聞かれたが、佐藤が心配すぎてもうそれどころじゃなかった。
病院に到着すると即、救急処置室に運ばれ急性アルコール中毒の診断を受けて、そのまま点滴処置されることになった。意識を失っている佐藤の下半身が汚れて異臭を放ち始めていたため、オレは処置室に入った佐藤を処置の準備をしている看護師に託して、急いで購買まで行き、下着とトレーナーの上下セットを購入して戻ってきた。
すでに左腕の袖をめくりあげての点滴が始まっていたからYシャツはそのままにして、近くにいる看護師にお願いして体を拭くタオルを持ってきてもらった。
佐藤には悪いと思いつつ勝手にズボンと下着を脱がして……まぁ、その……初めて見る佐藤の息子の大きさにちょっと〝平常時でこれかよ……〟と若干ビビったがそれ以上は何も考えずに清拭し終えた。
その後、看護師がやってきて、排尿の可能性があるので尿器をセットする旨を告げられたので処置をお願いした。
少し楽になったのか、それとも応急処置の諸々が効いてきたのか、佐藤の顔色が目に見えて色づいてきて、心なしか握っていた手も暖かくなり始めているのを感じて……泣きたくなるくらい、ホッとしたのを覚えている。
〝あの時……〟
佐藤を永遠に失うんじゃないかと思った瞬間の衝撃を、心境を、オレは覚えている────
突然、背中を押され、真っ黒い底無しの穴に突き落とされたような感覚────
今でもあの時のことを思い出すと吐き気がする。
〝それほど、の……〟
あまりにも現実感を伴わない漆黒の闇の只中にいる感覚に、眩暈を感じた。
その時のオレの頭の中には、妻である紗妃の存在は一欠片もなく。
ただただ、佐藤がいなくなる瞬間、佐藤の存在しない世界を想像して────
〝絶望、を感じたんだ……〟
この世に神や仏がいるなら、これほど、存在そのものに価値がある佐藤を見放すはずがない。きっと大丈夫、大丈夫だ、絶対に、と考えながら……我知らず佐藤の手を握りしめていた。
冷静さを失う寸前だったオレは、やるべきことを頭の中で整理し、明日の飛行機の便に間に合わないことに思い至った。電池切れしそうになっているスマホから、佐藤と自分の分の飛行機の便の予約をずらし、翌日の夕方の便で東京に帰ることにしたんだ。
そして。
疲労のあまりオレは佐藤の手を握ったまま突っ伏して寝てしまった。
翌朝、佐藤に揺り動かされて起きた時は腰に激痛が走って、どうなることかと思った。
意識を取り戻した佐藤は赤面しながら平謝りに謝り、替えた上下のトレーナーの代金などをちゃんと払うと言ってごねた。
それに笑ったオレが
『イケメンの失禁は前代未聞だからな。口止め料として飲み屋の代金は貰っとくかな』
そう答えると、泣きそうな表情の佐藤が
『わかった。ありがとう、汐見』
心の底から言った礼に、心底安心したのも覚えてる。
〝……こいつを……失いたくない……って……思った、んだ……〟
その後の、悲劇を──知ることも、なく────
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