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第十五章…「俺の願いをどうか」

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暗い空間。ぽっかり空いた大きな穴。
その側で剣撃の音と火花が散る。
一人の少年は怒りの剣を振るい、もう一人の少年は守るために振るう。

「邪魔をするな!」

「友達を守るために邪魔して何が悪い!」

「友達?お前が?ふざけるな!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ……ふざけるなって!」

二人の少年が叫ぶ。
そして再び始まる剣撃。
友のために戦うのは二本の鬼の角を額に持ち、二種類の色が混じった瞳を持つ少年ミエハネ。そして彼に相対するのはレイトの昔の友であるレト。
剣を振るうスピードを上げていく両者に対して、ミエハネは身体強化を一瞬だけ刀を持つ腕に集中させてレトの剣を壊す。
壊れた剣の柄をレトはミエハネに向かって投げた。少し後方に飛び下がって異空間を呼び出し、その中から新たな剣を取り出す。

「ねぇ、君はどれくらい武器を持ってるのかな?」

ミエハネがそう訪ねる。
レトは剣を構えてから口の端をつり上げ答える。

無限・・

「ひぇ~……まじか、耐えられるかな?」

レトの言葉を受け取ったミエハネの頬に汗が流れる。
今ミエハネの頭の中にあるのは時間稼ぎという言葉のみ。それ以外考える必要がないと思っているからだ。
別に死ぬ気はない。
穴の中に飛び込んだユリィとひなが戻ってくるまでの時間をとりあえず稼がなくてはならない。
ミエハネは軽く唇を噛んでから刀の柄を持ち直して駆け出した。

「君はどれくらい耐えられるかな?」

「さぁね、まぁ…時間は稼がせてもらうよ!」

短く交わされた会話はそれ以降なくなり、変わりに増えたのは剣撃と息づかい、足の音だけとなった。
ガシャンと再び壊れたレトの剣だったが、剣速が上がっていたからなのかレトは舌打ちをする。一歩足を下げるのと同時に後方に軽く下がり両手を広げた。
それに合わせて異空間がいくつも開き、剣や槍、短剣などが出現する。その出現は止まることを忘れたように増え続け、ミエハネに向かって襲いかかる。
ミエハネは体を捻ったり、刀で弾いたり壊したりしながら何とかそれを防ぐ。
はぁぁぁ!と気合いのように声を出しながらレトの心臓めがけて刀を突こうとしたとき、ガキャィンと下から新たな剣が邪魔をし、ミエハネの刀は後方へ飛ぶ。
武器がなくなったミエハネは裸同然となり、これを好機と見たレトは新たに大量に出現させた剣を先程のように操る。

「うわ、まじか……っ」

苦痛の表情をした後、深呼吸をして最初に襲ってきた剣を身を翻して交わし、避けられない剣は諦めて、せめてと頭や心臓など致命傷になるような所は避けた。たまに、襲ってきた剣の柄を握りまるで自分ののように次々に襲ってくる剣を弾いたり壊したりした。

「ぷはっ!」

何とか切り抜ける。
それを見たレトはパチパチと拍手を送る。

「すごーい、あれを切り抜けるなんて」

「そりゃあどうも……ついでにここからいなくなってくれると嬉しいです」

「レイトが一緒なら喜んで」

「そりゃあ無理だ………レトさん、何でそんなにレイトに拘るの?」

ミエハネが目を細めながら問う。
その問いにピクッと反応したレトの表情は、怒りや悲しみや喜び他などをうつさない無表情。その顔貌がミエハネを見つめる。
ミエハネはレトから目線をずらすことなく見つめ返した。

「………レイトは俺の光だ、ずっと側にいてくれた……だから貰っていく」

「それは、レイトの意志は関係ないの?自分勝手に決めていいことじゃないだろ?」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」

首を振りながら耳を塞ぐ。
レトの目には涙が溜まっていたのをミエハネは気づいた。

「こうでもしないとレイトが俺の側から離れて行く!なら!博士と組んでレイトを捕まえるしかないじゃないか!俺は一度死んでる!博士は俺を蘇生した!」

涙を流しながらレトは叫び続ける。

「レイトだけが!俺の光だ!あいつにしかできないことなんだ!だから俺は!レイトを手に入れて、消してもらわないといけない!」

「そうやってレイトに背負わせるつもりなのか!」

ミエハネがそう告げると、レトはあっと小さく呟く。
まだレトが生きていたとき、始末したのはレイトだった。深く傷つきユリィにはその事を話してはいたが、ダマテやミエハネ、エリオにひなですら始末したのがレイトだとは教えてもらっていないから一度目だと思っているが、レトは違った。生きていた頃の最後はレイトに背負わせてしまっていることを知っている。
また背負わせてしまったら、レイトは立っていられるだろうか……。
そう考えれば考えるほどに恐ろしくなっていく。

「俺は………俺……は」

宙に浮いていた武器が床に落ち、一歩また一歩と後ろに下がっていく。背筋がぞくっとすると、突如床から飛び出す様々な刃にミエハネは対処ができず、ふくらはぎと腕そして横腹に刺さり貫通する。

「__うぐっ」

痛みを堪えるが口から血が垂れる。
貫通した箇所から夥しい血が溢れている。下手に動くことすらできずにミエハネはレトの方を見た。
レトは両手で顔を覆っている。
回りの方にはモヤモヤとした何かがレトを縛るように浮遊していた。

「………何なんだ、あれは」

そう呟いたとき、飛び出していた刃が床に引っ込みミエハネの体に激痛が走る。
立っていられなくなったミエハネはそのままうつ伏せで倒れた。

「うっ、くぅ…はぁ」

床に広がっていく血を見つめ、冷えていく感覚を感じながらもミエハネはレトの叫びを聞いた。

「うぁぁぁあぁぁぁ!!!!」

「………レ…………ト」

手を伸ばそうとしたが体が動いてはくれなかった。
意識が薄れていく中で、少し離れた場所から足音が聞こえた。ミエハネの目に涙が溜まる。仲間が来たと理解したから。

「あと……は……頼んだ…………よ」

誰にも聞こえない声で最後に呟くと、ブツリと意識は途絶える。


階段から上がってきてすぐにミエハネが倒れていることに気づいた四人はすぐに駆け寄る。
傷から溢れ出す血は地面に徐々に広がっていく。ユリィとひなが即座に【回復ヒール】と【回復リフレッシュメント】をかけ始めた。回復魔法を使っている間ユリィとひなは無防備になるため、本調子ではないがレイトとエリオが黒いモヤモヤとした何かに包まれたレトを警戒する。

「………レト」

小さく呟いたレイトは、チラッと後ろで回復魔法を使っている二人を見た後にミエハネを見つめる。
ボロボロな体。
回復魔法をかけても回復が遅く、ユリィとひなは少し手こずっているようだった。レイトは目に魔力を集めてミエハネの傷口を見れば、ほんのわずかに残っているレトの魔力がまとわりついている。恐らくその魔力が回復を遅らせているのだろう。

「ユリィ、ひな……魔力が傷口にある、それが回復を遅らせている原因だ」

レイトの指摘にはっとしたユリィとひなはすぐに目に魔力を集めながら回復魔法を持続させる。
それを見てからレイトは一人、前に出る。
エリオも前に出ようとしたがレイトに静止された。

「え、何考えてるの?」

「俺にやらせてくれ」

「でも」

「大丈夫だから」

食い下がるエリオにレイトは寂しげな視線を向ける。そんな視線を向けられてしまえば何も言えなくなった。
ふぅと息を吐いてから後ろにいるユリィとひなそしてミエハネを見てからもう一度レイトを見る。

「___っ、わかったわよ……三人は私に任せて」

「ありがとうエリオ……三人を頼んだ」

優しく微笑んでから前を向いて、一歩また一歩と迷わず躊躇わずに歩き始める。レイトが歩き始めたのと同時に床から刃が飛び出し始めるが、その刃はまるでレイトを避けるように回りにしか飛び出さない。
そのおかげでレイトは無傷でレトとの距離を縮めていく。
レトに近づくにつれ、刃の威力が上がっていくがやはり刃がレイトのことを傷つけることは無かった。

「ねぇレト……」

「うう……あぁぁあ!」

レイトは囁き、レトは頭を抱える。

「今お前を縛る物を俺が消してあげる」

「うぐ……っ、うぁ」

「だから……また俺と話をさせてくれ」

「___っ」

「だからまた、笑顔を見せてくれ」

「……あ」

あと少しで手が届く。
頭を抱えていたレトがゆっくりと顔を上げる。涙を流していた。

「また、あんな悲しい別れ方は嫌だからさ」

「……………お…れも、あんな……別れは」

レトが手を伸ばし、レイトはその手を包むように両手で取る。
レトの回りを浮遊していた黒いモヤモヤとした何かが薄れていく。

「今度はきちんとした別れを言お」

「……んっ」

レイトの言葉に涙を拭いながら頷いて見せたレトの回りに浮遊していたモヤモヤは今は完全に消えていた。
その事に気づいたのと同時にユリィの声が聞こえてくる。

「終わった~!」

「治ったみたいだ……レト、きちんと紹介させてくれ」

「え、でも俺はレイト達にひどいことをした」

「まぁ、大丈夫だろ」

軽い口調で言うときゅっとレトの手を取り四人がいる方へと歩いていく。
レイトが戻ってくる毛とに気づいた三人のレトに視線が集中すると、ビクッと反応すると素早くレイトの後ろに隠れる。
その姿にきゅんとする三人に対して、レイトは無理矢理レトを前に引っ張り出しては「ほら」と言って背中を押す。

「えっと……俺の事情があるからと言って傷つけてごめん…なさい」

目一杯に頭を下げる。
ユリィとエリオは息を1つ吐く。
ひなはレトに近づいていき、平手打ちを一発。いい音が部屋一杯に鳴り響き、一同は目を白黒させて愕然としている。
性格の変わっていないときにこういった行動するのがとても珍しかったからだ。
意外と痛かったのか、涙目で痛みにこらえているレト。

「今度からは!こんなことをしないでくれますか!」

「え、え?」

戸惑うレトに鋭い目付きでひなが声を荒げる。

「約束して!」

「へ、あ、は、はい…約束します」

ひなに押されてレトは約束する。
レトの言葉を聞いたひなは、今度は平手打ちした頬に優しく触れて治す。
すぐに痛みは引く。
少しずつ落ち着き始めた頃にミエハネが目を覚ます。

「ん………」

「あ、目覚めた?」

「あまり……無理に、動かない……でね」

先程までの荒げた声を出していたひなは、いつものひなに戻っていた。

「え、あ、はい」

仲間の顔を見てからレイトの隣に申し訳なさそうな表情をしているレトに気づく。目が合うとレトとミエハネはあわあわとし始める。
その行動にほんわりしてから、こほんとレイトが一回咳払いをする。
話題の本題に移るために。

「ミエハネも起きたことだし、ここからは本題だ」

「本題……」

「これから俺はこの建物全てを消す・・・・・・・・

レイトの言葉にユリィ以外が驚く。
質問は受け付けないと言うようにレイトは続ける。

「建物を消すのは未来のため、そして何より、レトの願いと一致しているからだ」

「レトの」

「願い……と」

「………一致?」

打ち合わせでもしたかのように呟くミエハネ、エリオ、ひなに微かに笑いが込み上げるがここは無視することにする。
ユリィは後ろを向いてケホッと誤魔化していた。

「レト……本当にいいんだな?」

レイトがそう訪ねるとき、声も表情も悲しみが混ざっていた。
その事から何となく察した四人。
レトも悲しい表情を向けながら、そっと頷いた。

「頼むよ……俺の願いを……俺を殺してくれ」

レトはそう静かに、しかし全員に聞こえる声で囁いた。
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