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本編
17・キセキのはじまり
しおりを挟む撮影が終わり、急いでいつもの店へ行く。閉店ギリギリの時間だったが、滑り込みで入店した。
「わっ、喜一くん!おお、どうした走って来た?」
「ユキさん、最近なかちゃん来ました?」
ゼエゼエと荒い息を整えながら、前のめりに聞く。
「来てないけど…連絡取れないの?」
「うん、取れてない。ちょっと色々事情があって…ユキさん、お願いがあるんだけど。」
ずいっと寄れば、ユキさんが驚きつつも頷いてくれた。
「いいけど、何?」
「なかちゃんに今すぐ電話して。」
「今?…まあ、仕事は終わってるだろうし。あ、ちょっと待ってね。」
レジカウンターから離れて、クローズの看板を出しに行く。
「これでよし。さ、邪魔者は来ないから、存分に電話しようか。」
どこかから脚立を持ち出して来て、俺に座るように渡してくれる。
電話が繋がったら、何て言うかなんて考えてない。でも、今すぐ話したい。できれば、会って話したい。
一度掛けた時は、着信画面を見なかったのか、妹と間違えて出ていた。お姉ちゃんだよーって、すっごく可愛かった。一瞬、弟になってもいいって思った。
きっと今度は画面を確認するだろう。俺の電話じゃ出てくれないんじゃないかって思ったら、この手段しか考えられなかった。
しばらく、ユキさんがスマホを耳に当てている。
心臓が加速する。
「んー、出ないかなー…おっ、あ、なかちゃーん!」
ユキさんが俺を見てウィンクをした。
よっしゃ、ユキさんありがとう!
「うんうん、そっかー!新しいワンピース入ったから見に来てよ!うん、待ってるね。あ、ちょっと電話変わるからそのまま待ってて!」
スマホをぐいっと押し付けて、ユキさんはそのまま店の外へ出て行った。
深呼吸をしてから、震えないように丹田に力を込めて声を出す。
「もしもし、なかちゃん?」
電話の向こうで、息を飲む音がした。
「は、はい…。」
「久しぶりだね、喜一だよ。」
「ご無沙汰、してます。」
今、細かいことはいい。
「会いたいんだけど、時間作ってもらえないかな。ちゃんと会って話がしたいんだ。」
「…えっ…話…ですか…」
電話口の声が震えている。
「お願い、会ってほしいんだ。明後日の夜8時にこの前のレストランで待ってるから。…なかちゃんに、会いたい。」
しばらく、沈黙が続いた。
この手はダメか…次はどうやって連れ出そうか、と考えていたら、か細い声が聞こえた。
「え?」
とても小さい声が、耳をすませてやっと聞こえる。
「…わかりました。」
瞬間、足先から血が駆け巡る。歓喜の歌が聞こえてくるようだ。
「ありがとう、待ってるね。」
通話を切って、店の外にいたユキさんにスマホを返す。
「ユキさん、ありがとう!」
「わお、早いね!その顔だと、うまく行ったみたいで、よかったよかった。」
「ほんと、ユキさんには感謝しかない。またたくさん服を買いに来ますね。」
ニッと笑って肩を叩かれ、大きく首を振る。
「それもいいけど、人の色恋沙汰見るの好きだから、これからも報告して。」
「ちょっ…色恋沙汰って…」
「違うの?」
耳の先が熱くなった気がする。
「間違ってないけど…」
「頑張れー!応援してるぞー!」
「…ありがとうございます。」
もう一度お礼を言って、店を後にした。
翌日の生放送。
沢谷くんと軽く打ち合わせして、番組共演者とスタッフさんに挨拶し、広めの楽屋で最後の自主リハーサルをする。
緊張しているけれど、心地の良い緊張感だ。
「うん、仕上がりいいんじゃない?」
「あとは、スタジオのセットにぶつからないように気をつけて、移動するくらいかな。」
「よっし!やるぞー!」
当初はトークだけの予定だったが、沢谷くんのリクエストで、一曲踊らせてもらえることになったのだ。
「サンキュウ!爪痕残すぞー!」
「おー!」
「ウェーイ!」
すぐに踊り出せるように、念入りにストレッチをしておく。
汗を拭き、改めて服に着替えて、メイクとヘアセットをする。基本、全部自分たちでやってきているから、手馴れたものだ。服はもちろん、この前買ったシャツを着ている。
「サンキュウ!さん、お願いしまーす!」
スタッフさんが呼びに来てくれたので、スタジオに移動する。
司会の方に紹介されて、いつも通りの自己紹介。沢谷くんが色々話を広げてくれて、俺たちのキャラを楽しんでもらう。やっぱり悠斗がキャッチーだから、そこを強めに押して、見てくれている人に印象付けていく。
ダンスタイムになり、曲紹介を沢谷くんがしてくれたら踊り出す。
トークは緊張するけれど、ダンスは息を吸うように自然と踊り出せるから、どんな時でも自分でいられる。
照らすスポットライト、流れるミュージック、刻むリズム、全てが自分のものだ。
カメラ目線でウィンクすれば、テレビの向こう側にいるファンの子が見える。
すごく、楽しい。
ダンスが終わると、拍手をもらえた。
深々とお辞儀をし、舞台の告知をする。
「サンキュウ!のみなさんでした、ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
手を振ってスタジオを後にした。
控え室に戻る道、反省会が始まる。
「ダンスは良かったけど、トークが難しいな。磨かないと。」
「沢谷くんにたくさん助けてもらったよな。」
「いつものラジオじゃないからなー、知らない人が見てくれてるし。もっと頑張らなきゃ。」
控え室で着替えをしてメイクを落とし、挨拶をしてから帰る。
「おつかれー!」
「おつ」
「おつかれい!」
普段だったらこの後に大反省会で呑みに行くのだが、俺はまだ準備があるので今回は解散にしてもらった。
今夜、久しぶりに会う。
昨日用意したお詫びの品というか渡したいものというか、と、ここぞって服を準備してから、稽古に向かった。
稽古は小道具やセットを使いながら場面ごとに演じたり、歌の練習もしている。ミュージカルの歌い方と普段の歌い方が全然違うから、慣れなくて難しいけれど、楽しい。
「伴、もっと抑揚をつけて!」
「はい!」
歌で感情を表現することの難しさは、ダンスとも似ている気がする。
自分がこの舞台を通して、成長していっているのを確かに感じている。俺は、この仕事が好きだ。
早く見せたい、いろんな人に見て欲しい。俺を見て元気を出してくれたら、一番嬉しい。みんながいるから、頑張れる。それを、俺も伝えていきたいんだ。
休憩中、なんだか嬉しくなってしまって、床に這いつくばっていた悠斗の写真を撮る。
「おおう?」
「連載に載せるね。」
「よーし!任せろ!」
仰向けになって大の字になり、変顔をし始めた。
「えっ、それ載せろって?!」
「そうだ!」
「あっはっは、キテんな悠斗。」
横で有現が大笑いする中、悠斗が気合いを入れてるから写真を撮る。それも一緒に連載ページに送る。
「悠斗ファンが喜びそうだな。」
「そうだね、悠斗ファンて、悠斗のこと孫だと思ってるところあるよね。」
「俺はおばあちゃんがいっぱいいるってこと?!」
ゲラゲラ笑っていれば、あっという間に休憩が終わった。
今日の稽古もそこそこハードで汗だく。
一回家に帰ってからシャワーを浴びて、撮影でもするの?ってぐらい気合いを入れてヘアセットをした。
服は黒地に光沢のあるダークグレーのボタニカル柄刺繍、中のシャツはブルーグレー、ヴィンテージのループタイ、九分丈の黒いボトムスで靴下は白。靴は艶のある革靴。
あの子の好みそうなシックでレトロなコーディネートにした。
さあ、俺の誠意を見せていこう。
前回と同じ、レストランには30分ほど早く入っておく。
各方面への対策っていうのもあるけど、俺は待つのも嫌いじゃないんだ。
脳内で作戦会議をしようかと思ったけど、変に考えておいて失敗するのも嫌だし、あの子の表情を見なくちゃ言いたい言葉なんて出てこないだろうからやめた。
ひたすら、前回までの楽しかった記憶を思い出す。ポジティブに持っていけるように、楽しく過ごせるように。
今日は、どんな服を着てくるんだろう。スレンダーで何を着ても似合うからな。
コンコン、ノックをされる。
返事をすればガラリと開いて、スタッフさんの後に待ち人が来た。
「こんばんは…」
ガチガチに緊張している待ち人は、少し震えた声で挨拶をすると、テーブルの側まで歩いて来た。
あの日、会った時に試着していた服。腰紐をキュッと締めて、ふわりとスカートが揺れる、赤いワンピース。
赤は、俺の色だ。
「来てくれてありがとう。待ってたよ、なかちゃん。」
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