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本編

18・Catch Love

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いつもより、一層緊張しているのが見て分かる。
カタカタと手が震えているのを、ギュッと握って耐えているようだ。
席を立って、彼女の方へ周り、椅子を引く。
俺が近づけば、びくりと体が震えた。
「どうぞ、座って。」
「は、はい…。」
もたつきながら座ると、俯いてしまう。
気持ちが読めないな。怖がっているのか、萎縮しているのか、引いているのか。
席に戻ってメニューを渡せば、俯いたまま受け取ってしばらく眺めている。全然こっちを見ようとしない。
顔が見たいな。いつもみたいに、いっぱいの笑顔で嬉しそうにしている表情。
「なかちゃんの好きなもの、頼みたいんだけど。この前みたいに、前菜多めがいいかな?」
「…は、はい。あの、それでお願いします。」
消え入りそうな声の返事に、俺の胸が痛くなる。こんなに、俺に怯えるほど、酷いことをされたんだろうか。
何が最後の親切だよ。思い出してイラッとしてしまうけれど、あいつに心を動かされるのがとても嫌だ。これじゃあ、向こうの思う壺。
スタッフさんを呼んで、前菜を多めに、お肉、魚のメインと、パスタ。お酒は頼まず、ワインのような味のグレープジュースと、炭酸水を頼んだ。
前菜が運ばれてくるまで、しばし無言の時間が続いた。
この前までは、無言でも楽しかったが、この居たたまれなさはどうだ。もっと俺から連絡を取っていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
彼女は終始、ビクビクと怯えていて、悲しくなる。そんなに俺が怖いのだろうか。
どうしたらその不安を取り除ける?
出来る限りの優しい声を意識して、そっと語りかける。
「なかちゃん…今日、来てもらったのはね、話したいことがあって…えっ?!」
ボタボタと水滴がこぼれ落ちて、テーブルクロスを濡らしている。
初めて会った時以来だ。
なかちゃんが泣いている。
「どうしたの?俺のこと、そんなに怖い?」
以前も泣きそうになるのを耐えているってことはあったけど、嬉し泣き上戸なのかなって思っていた。
止まることのない涙が頬を伝い、顎から落ち続ける。
「…ごめんなさい…ごめん…なさ…ごめ…なさ…」
「なんで?なかちゃんは、何も悪くないよ。」
悪いのは、あいつ。
なかちゃんは、いつも配慮のある優しい子じゃないか。気を使いすぎなんじゃないかって思うくらいに。
「わ、わたし…もう…迷惑…かっ…かけない…ように…します…から…」
泣き過ぎて、言葉がうまく話せなくなっている。
「あっ…あわ…会わないので…もう…だっだ…だから…」
思わず席を立って、なかちゃんの手を握る。体がガクガクと震えて、俺の手を振り解こうとするけれど、それはさせなかった。
力が入り過ぎて白くなった冷たい手を、両手で包む。
「落ち着いて、なかちゃん。俺は、なかちゃんに迷惑をかけられたことなんて、一度もない。むしろ、俺のせいでなかちゃんが…ごめん。怖かったよね?ごめん、全部俺のせいだから。」
「ちっちが…わた…わたしがっ…」
しゃくり上げながら、首を振る。
このまま泣き続けたら、話し合うことも出来なさそうだ。
冷たくなっている体に、脱いだジャケットを羽織らせて、その上から震える体を抱きしめた。
またびくりと大きく震えたけれど、抵抗はされなかった。
女の子を抱きしめたのは、思い出せないくらい久しぶりだ。
随分と華奢だな…。
「なかちゃん。俺、何にも怒ってないし、迷惑だなんて思ったこともないよ。」
ぐすぐすと鼻をすすって、しゃくり上げている頭を、ゆっくりと撫でる。なかちゃんの髪からシャンプーの匂いがして、グッときたのを振り切った。
「落ち着いたら、俺とお話してくれる?」
ノックの音が響き、背後で開いた扉の向こうでスタッフさんと目が合うと、頷いて引き返していった。
回した手で背中をさすり、頭を撫で、胸の中に抱き込む。
「大丈夫だからね。俺、怒ってないからね。ただ、なかちゃんが心配なんだ。」
苦しそうに息をして、しゃっくりで背中がひくつく。手でトントンと柔らかく叩いていると、段々と呼吸が整ってきた。
ずっとこのままでも良いかなって思っていたら、腕の中で身動ぎをして、小さな手に胸を押された。
泣き腫らした顔と目が合うと、瞳が泳いで逸らされる。
背筋がゾクゾクして、もう一度強く抱きしめてみた。
「ちょっ、離してくださっひいい!」
冷たかった体が一気に熱を持ち、首から耳まで真っ赤に染まる。
ああ、これこれ。いつものなかちゃんだな、と思った。
「なんで?このままじゃダメなの?」
「えっ!?なんで?!えっ!?」
我ながら意地悪だなって思うけど、面白くて愛おしい。
これ以上からかうと、さっきとは真逆の状況で話ができなくなりそうだから、惜しみつつ体を離した。
よく言う茹でダコのような状態のなかちゃんが、恥ずかしがって顔を隠している。
「落ち着いた?」
「…落ち着いたかと言ったら…落ち着いてないですけど、はい。」
恥ずかしくて不服そうな顔をして頷いている。
ダメだ、笑ってしまう。これから真剣な話をしようとしてるのに、どうしても堪えられない。
「クックックッ…ごめ…ちょっと…ははは」
「なっ、なんで?!」
「ははっ…くっ…くふっはっ」
オロオロと困った顔をしているから、余計に笑いを誘う。
どうしてこの子は、こんなにも可愛いんだろう。
目尻に溜まった涙を拭って、自席に戻る。テーブルの上の水を飲んで、深呼吸をした。
「ごめん、なかちゃんが可愛くてつい。」
「かっ…かわっ…?!」
俺の発言に目を白黒させているから、いつまでもからかいたくなってしまうけど、我慢する。
「なかちゃん、お水飲んで。」
「…はい。」
あれだけ泣けば喉も乾くだろう。グラスの水を全て飲み干して、一呼吸ついた。
呼び鈴を押して、料理を運んできてもらい、飲み物と前菜、メインが揃った。水もデキャンタで用意してもらい、準備はできた。
さっきから顔を気にしているので、一声かける。
「可愛いから気にしなくて大丈夫だよ。」
「なっ…う…はい…」
前菜を取り分けて差し出し、先に料理を食べることにした。

テーブルの上が粗方片付き、デザートを食べ終わった頃、様子を見計らって話し出すことにした。
「なかちゃん、ごめんなさい。俺のせいで、なかちゃんを危険な目に合わせました。」
誠意が伝わるよう、頭を下げる。
「えっと…えー?」
なかちゃんは全く理解ができないようで、顔に疑問符が張り付いている。
「どこから話せばいいかな…多分、なかちゃんは知ってるのかな。」
泣きそうな表情、目が泳いでいる。これは全部分かってるんだろうな。
「俺の元恋人が酷いことしたみたいで、ごめん。あいつがなかちゃんにしたのは、俺への当てつけで嫌がらせ。そこまでクズだと思ってなくて、なかちゃんが危険な目に合うのを助けられなかった。ごめん。」
もう一度、頭を下げて謝る。何度謝っても足りないくらいだ。
もっと連絡を頻繁にしていたら、もっと早く距離を縮めていたら、駆けつけられていたかもしれないのに。
「違う!ばんばんのせいじゃない!」
顔を上げると、しまったと口を手で覆っていた。
知らないはずの苗字。
その呼び方は、俺のファンの子、独特のあだ名。
「かばってくれて、ありがとう。でも、ごめん。」
「…いいんです、それは大丈夫です。」
また泣きそうな顔をしているから、迷ったけれど、どうしても聞いておきたかった。
「なかちゃん…嫌なことを思い出させて申し訳ないんだけど、あいつに何をされたの?」
「それは…その…喜一さんに迷惑がかかるから。」
「かからないからっていうか、かけてよ。そっちの方が嬉しい。」
なかちゃんの口がへの字に曲がって、より一層泣きそうになっているけれど、こっちは悲しいからじゃない。よく知ってる表情。
「俺、結構前から知ってるよ。なかちゃんの秘密。だから、話して。」
ああ、また泣かせてしまった。
きれいな涙が音もなく落ちた。
「えっと…あの人に…スマホの中身を見られて、あのそれは私が迂闊だったからなんですけど。」
うん、分かる。なかちゃんておっちょこちょいだよね。
「それで…あの…喜一さんのストーカーって勘違いされて、酷い言葉と…その…好きな相手の恋人に手篭めにされるのが見たいって…襲われそうに…」
「はあ?」
思わず出た低い声に、なかちゃんが体を震わせた。
「ごめん、なかちゃんに怒ってないから。クズに腹が立って。」
「いえ、大丈夫です。分かってます。私、本当に…本当に悔しくて。どうして…あんな人に幸せを委ねてしまったんだろうってすごく悔しくて…」
身を硬くして、なかちゃんが怒っている。
「幸せって?なかちゃんの?」
見当違いだったのか、なかちゃんが立ち上がってテーブルから身を乗り出した。
「ばんばんの幸せに決まってるじゃないですか!いつもいつもいつも、私を幸せにしてくれるばんばんが、好きな人と笑って楽しく過ごしてなきゃ…ダメなんです。だから、あの人がばんばんを幸せにするんだって思ってたのに…妻子はいるわ、ばんばんのこと大切にしないわ、あげく私に、脅して週刊誌に売るつもりか?って言ってきて…!売るわけないだろうが!ばんばんの仕事がなくなったらどうするんだ!こっちは10年以上担当やってんだよ、舐めんな!」
一息に吐き出して力尽きたのか、ヘナヘナと椅子に座った。
そして、頭を抱えてうずくまった。
「…やっちゃった…死にたい。」
「あはははは!」
ダメだ、笑いが止まらない。

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