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第三部
Sky's The Limit・21-3
しおりを挟む深呼吸をして、通話開始ボタンを押す。
『もしもし』
聞きたいけど、聞きたくなかった。世界で一番好きな人の声が、耳元で囁く。
「もしもし…」
息を大きく吐き出した音は、私のものか、相手のものか。
『仕事中にごめんね』
「…うん」
ううん、とは言えなかった。だって、本当に業務時間中だし。
可愛げがないな。
『少しだけ、いいかな』
「…うん」
いつもなら、喜んで返事をしていた。今はどうしたらいいのか分からない。
『元気だった?』
大好きなのに、普段ならすぐ返せるのに。この質問をされること自体が苦しい。
『ごめん、元気じゃないよね。本当ごめん』
答えようとして口を開くけれど、言葉が出なければ、声も出ない。
『返事しなくていいから、このまま聞いて欲しい』
彼の声も、震えているように聞こえた。
『俺、どうしても叶えたい夢が、やりたいことがあって……一人で、自分の足で立ちたかったんだ』
膝下から力が抜けて、便座の蓋の上に座る。
『それは、今の状況だと難しくて…ずっと何年も考えてた。この年になって、今後の人生を真剣に考えた時、後悔したくないって思ったんだ』
自分の呼吸が浅くなっていくのが分かる。
『相談しないで、決めてごめん。話さなくてごめん』
苦しくて、やっと息を吸うと、引きつったような声が出た。
『ごめんね』
違う、謝らないで。そんなこと言わせたいんじゃない。
でも、苦しくて声も出せない。
『傷つけて、ごめん』
やめて、違うの。謝られてしまったら、私はどうしたらいいか分からない。
心がぐちゃぐちゃと掻き混ぜられていく。
『それでも、俺は俺で在りたかったんだ』
胸の中心を串刺しにされた。
息が止まる。
『何も言わなかったことを罵ってくれていい、怒ってくれていい。なかちゃんには、その権利があるから』
背中を冷たい手で撫でられたみたいに、目が覚めた。
彼は、パートナーとして私に呼びかけている。
『今夜、部屋で待ってるから。話をしよう』
私が返事をする前に、通話は切られた。
画面には通話時間が表示されていて、あれだけ長く着信が続いたのに、話はものの五分足らずだった。
ドクドクいっている心臓を慰めて、深く長く息を吐く。
泣かなくて良かった。
何も言えなかったけれど、泣き喚いて彼を傷つけなくて良かった。
でも、言われた言葉を振り返る限り、泣いて喚いて罵って欲しかったのかもしれない。
だけど、そんな女、絶対嫌だ。
彼が彼らしく在りたいように、私は私のプロ彼女像を壊したくない。仕事と私、どっちが大事なのよ!?なんて言う女は最低だ。
ゆっくりと息を吸って、長く長く吐き出す。
トイレの個室から出ると、手を洗ってフロアへ戻る廊下を歩いた。
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