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本編

7・三度目の…

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「こんばんは、ヒリカさん。」
にこやかに笑い、自然に私の隣に歩いてくる。
「…じょっ…じょじょ…じょっ」
「陽梨花、息を吐け、息を!」
危うく過呼吸を起こすところを、亜美ちゃんに助けられる。
フゥーフゥーとゆっくり息を吐いていると、クスクス笑ったジョージさんに顔を覗き込まれる。
「ちゃんとご飯食べてるのかなって心配してたんだけど…野菜ばっかりだね。お腹いっぱいになる?」
どうしてこの人は私に物を食べさせたがるんだ。
「お、お久しぶりです…ジョージさん…」
なんとかそこまで言い切ると、既に力尽きそうだった。
どうして、ここにいるんだ…
顔を見ただけで、ぶわりとあの日を思い出す。
ああ、走馬灯かな…さようなら…ありがとう…
「そちらは、お友達かな?」
「どうも、陽梨花の友人です。」
外面100%で亜美ちゃんが微笑む。これは、完全に見定める視線。
「こんばんは、ジョージです。あ、じゃないな。今日はプライベートで来てるから…」
ジョージさんがスーツのポケットを探って、皮のケースを取り出した。
「初めまして、三枝と申します。」
私と亜美ちゃんそれぞれに、名刺を渡してくれる。
そこには、会社情報と名前、「三枝丈治」と書いてあった。
ジョージって本名だったんだ。
「あっ、私…今、名刺持ってなくて。」
「ううん、いいのいいの。」
「三枝さん、サラリーマンなんですね。」
亜美ちゃんが名刺を眺めている。
「はい、サラリーマンやってます。」
「結構いいところに勤めてらっしゃるんですね。」
「そうですかね、ありがとうございます。」
そっかあ…だからスーツなんだ。
すごくかっこいい…
「あ、あれかな?ヒリカさんが言ってた、レンタルサイトを見つけてくれたっていうお友達ですか?」
「あっ、そうです。亜美ちゃんが誘ってくれたから。」
亜美ちゃんがなぜか肘鉄してくる。痛いよ!
「そうなんだ、アミさんのおかげで俺はヒリカさんに会えたんだね。ありがとうございます。」
爽やかな笑顔で、亜美ちゃんにお礼を言う丈治さんはとても素敵だなあ…と眺めていた。
なおも、亜美ちゃんの肘鉄が続く。
丈治さんからは見えない位置で。
「あの、三枝さんは今日、誰かに誘われていらしたんですか。」
「ああ、はい。友人から集まりがあるから一緒に来いと言われまして。お二人に会えるなんて思ってもみなかったから、来て良かったです。」
ご友人様、ありがとうございます。
「へえー、そうなんですか。」
肘鉄っていうか、もうグリグリ押し込んでくるんだけど!!亜美ちゃん!
コソッと亜美ちゃんに何?と聞くと、顎で前を示されて、背中を押された。
「わっ!」
つまずいて丈治さんにぶつかる。
「大丈夫?」
抱きとめられた腕が、あの日の体温を思い出させて、かあっと頬が熱くなった。
「ごめん、陽梨花!料理取ってこようと思ったら、ぶつかっちゃった!三枝さんごめんなさい。」
「いえ、全然。ヒリカさん軽いから。」
うそうそ、絶対嘘!軽い訳ないじゃん!!
「あ、じゃ私、料理取ってくるー!」
使っていたお皿を持って、ビュッフェコーナーに移動して行ってしまった。
「ヒリカさん、足挫いたりしてない?ヒール高いみたいだし。」
抱きとめられたまま問われて、思わずバッと離れる。
「ご、ごめんなさい!大丈夫です!!」
「良かった。ふふ、アミさんに、気を使われちゃったかな。」
途端、頬だけだった熱が耳まで広がった気がする。
そうか、私が話さないから、亜美ちゃんが二人にしてくれたのか。
だけど、覚悟が出来てないから、話せないよ!!
アーモンド型の目が、私を見て細まる。
「ヒリカさん、元気だった?」
「はい、おかげさまで。」
「おかげさまでって、ハハハ。」
だって、本当におかげさまなんだもの。思うだけでトロンと幸せな気持ちになる。
「三回も偶然が重なるなんて、俺たち縁があるね。」
胸が、キュウンっと鳴った。
「そ、そうですね…」
この前と違って、髪がしっかりセットされていて、スーツで決まってて、こっちもすっごくかっこよくて…どうしよう…
何度も、会いたい。
さっきまで思い出だけで生きていけるって、思ってたのに。
本人に会ったら、また会いたいって…気持ちが止まらない。
「あの、丈治さん…」
「なあに?」
背が高いから、少し屈んで目を合わせてくれるところ、前と一緒。
「丈治さんの次のレンタル日って、いつですか?!」
「えっ…アハハハ!うん、ちょっと待ってね。」
スマホを見てフリックしている。
あ、私物だ。
「今月末なら、空いてるよ。」
「予約します!!」
「ふっくくっ…ありがとう。じゃあ今、サイトに出すよ。」
やったー!!
「すぐ予約します!!」
言った通り、レンタルサイトに丈治さんの写真が現れた。
早速、お散歩コースを選択する。うーん、何時間コースを選ぼう…オプションは…
私のスマホを覗き込んだ丈治さんが、お散歩コース1時間を選択して決定を押してしまった。
「あっ!」
1時間しか一緒にいられない!! 
心で嘆いていると、耳元でこっそりと囁かれた。
「午後の予定、全部空けておくね。ヒリカさんが良いなら、次の日も。」
熱くなった耳元を押さえて、丈治さんを見上げると、いたずらっぽく楽しそうに笑っていた。
「…あ、…空いてますう…」
「ふふふ、楽しみだね。どこへ行きたい?」
「…丈治さんと…一緒ならどこでも…」
ふわふわ、脳が溶けてるみたい。
好き…好きしかない…
「じゃあ、今度は俺が考えておくよ。」
「はい…」
何このかっこいい人…好き…
「とりあえず、食べさせたいからホテルビュッフェに連れて行こうかな。」
「えっ?!」
どれだけ食べさせたいのよ!?本当はやっぱり体格が良い方がお好きなのでは?!
「おーい、三枝ー!」
向こうからご友人らしい方が呼んでいる。
丈治さんが声の方を振り向いて、手を挙げた。
「探しておくね。また、連絡するよ。」
「はいっ!」
去り際にチラッと視線を寄越されて、サクッと弓矢が刺さった。
だ、だめえ…
過呼吸になっちゃう…
全部とろけてぐずぐすになっていると、亜美ちゃんが戻って来て背中を叩いた。
「良い雰囲気だったじゃん!うまくいった?!」
「亜美ちゃん…ありがとう…おかげで、またレンタルさせてもらえることになったの…」
「はあ?!」
亜美ちゃん怒りの鉄拳。
「うっ…痛い!」
「おい、陽梨花、私が何のために二人っきりにさせたと思ってんだ…!レンタルさせてもらえるじゃないだろうが!」
「でもでも、レアキャラだから、全然サイトに載らないんだよ??」
亜美ちゃんの可愛いお顔が、怒りによって歪んでいる。
「せめて、連絡先交換したんでしょうねえ?お互いスマホ出してたんだから。」
よく見てるなあ、亜美ちゃん!
「ううん、その時にレンタルの予約してたの。」
「マジで、何やってんの?バカなの?向こうも何なの?こっちはセックスまでさせてやってんのに?何レンタルされてんの?金が大事なの?殺してくる?」
あっ、亜美ちゃんがブチ切れしてる!やばい、これは止めなくては!
「亜美ちゃん、違うの!レンタル予約したけど、それは1時間で…あの…その後…次の日まで一緒にいる約束したから…その…」
ジト目で見てくるので、頭を上下にコクコク振ると、あまり納得はしていなさそうだけど一旦引いてくれた。
「なんか…新手の風俗みたいじゃない?」
「そうかな?」
「陽梨花の好きな人を悪く言うの嫌なんだけど…納得いかないっていうか…向こうから連絡先聞いて来たっていいじゃん。腑に落ちない。一回殴らせてほしい。」
「…そんなにか。私は一夜の夢だと思ってたから…また会えるって嬉しくなっちゃって。」
手に持ったグラスをクッと煽って、亜美ちゃんが私の肩を抱く。
「陽梨花さ…幸せならいいんだけどさ…他にも女がいそうな気がするよ…」
「…やっぱりそう思う?」
私もずっと、そう思ってたんだ。だから、一夜の夢で良かったんだけど…欲が出ちゃった。
「ホストの枕営業じゃないけどさ、ダメだなって思ったら、沼に落ちる前に戻って来てよ。」
「…そうだね。」
それからもう少しだけ飲んで、二人で帰った。
丈治さんは、知らない間に会場からいなくなってた。





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