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明亜と女装男子編

10-5めーあちゃんの行動原理

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翌日、悲壮な顔をしためーあちゃんが、よたよたと歩いていた。
「めーあちゃん、おはよ。大丈夫?」
「あ…あやにゃん…!」
今にも泣き出しそうなめーあちゃんを連れ出して、とりあえず広場のベンチに座る。
自動販売機で買った、あったかい紅茶を渡して暖を取ってもらった。
今は楓ちゃんが2限に出てるから、話を聞けるのが私しかいない。頼りにならない私1人で、めーあちゃんの不安を取り除けるだろうか。
めーあちゃんは紅茶を手でもてあそびながら、ため息をついている。
「大丈夫?」
「うん…1人でいると、悪い方向に考えちゃって、ずっとぐるぐるしちゃうんだ。」
「何かあったの?伊知地さんのこと?」
名前を出すとビクリと震え、そして目がうるうるになるほど涙がたまる。
「あやにゃーん…ううう…」
「えー!どうしたのー?何があったのー?言える?お茶、お茶飲む?チョコ食べる?」
バッグからボロボロとお徳用チョコレートを取り出す。
めーあちゃんはそれを受け取り、口に何個も含みながら、紅茶で流し込んだ。
「美味しい…。」
「良かったね。」
メソメソしながら、めーあちゃんがスマホを取り出した。
「あのね、昨日…帰ってから…」
「うん。」
画面をタップして渡してくるから、何かと思えば録音された音声のデータだった。
「伊知地さんから、電話が来たの…!」
「……録音したの?!」
「うん、気づいたら手が勝手に…」
「万引きの言い訳みたいだよ?!」
「もう、万引きだよ、万引きでいいよ…ううう自分が怖い。」
頭を抱えてめーあちゃんが唸る。
「え、これ…聞いていいの?」
「うん。でも伊知地さんには言わないで、嫌われたくない。」
「絶対言わない!」
周りを見渡し、人がいないのを確認してから再生した。



「もしもし」
柔らかくて優しい高めのハスキーボイス。
「は、はいっ!あっもしもし?!」
慌てるめーあちゃんが可愛い。
「クスクス、明亜ちゃんの電話番号ですか?」
「そっ…そそうです。」
「伊知地です。今日はありがとう、会えて嬉しかったわ。」
「こ、こちらこそ。」
「本当?迷惑じゃなかった?」
「そんなこと、ないです。」
「…良かった。」
ほっとしたのか、向こう側で吐息が漏れる。

一旦停止する。

「めーあちゃん、今の吐息、やばくない?!」
「やばいよ!!セクシー過ぎるよ!!あの綺麗な女装姿でため息とか!!」
めーあちゃんがジタバタしている。

再生。

「まだ、話していても大丈夫?」
「はっはい。一人暮らしなので、問題ないです。」
「あら、一人なの?」
「あっえっと、はい。」
「そう…帰りが一人なんて心配ね。」
「何でですか?」
「可愛いから変な男がついて行ったりするでしょ。」
「そんな!一度もないですよ。」
「それが危ないのよ!私みたいな男がついてったら、どうするのよ!」
「えっ、嬉しいですけど。」
「えっ?!」
「え?」

一旦停止。

「めーあちゃん、心の声がダダ漏れでは?」
「うっかり出たよね。自分で自分を殴りたくなったよ。どんなけ欲望に塗れてるのって感じでしょ。」
めーあちゃんがアチャーっと額に手を当てた。
私は、らしくて良いと思う。

再生

「本気で言ってるの?」
「あっえっとあのっそのっ」
めちゃくちゃ慌てているめーあちゃん、声がひっくり返っている。
「クスクス」
吐息の笑い声が、とってもセクシー。
「それでも、気をつけてね。段々暗くなってきてるし。」
「はいぃ!」
「あのね、聞きたいことがあって電話したの。」
「何ですか?」
「明亜ちゃんは、普段どんなところでお洋服を買ってるの?」
「大抵は、古着屋さんを巡ってます。あとは、ファストファッションで使えそうなものがあれば。」
「そうなのね。古着かぁ…私に似合うようなのって、売ってるかしら。行ったことないのよね。」
少し不安そうな声、庇護欲をそそられる。
「絶対ありますよ!ヨーロッパやアメリカのインポート物なら、サイズも大きめですし!」
「そうなの?」
「伊知地さんの普段のサイズって、女性物はLですか。」
「ええ。腕の長さが足りないから、Lになっちゃうけど。Mもギリギリいけるわ。」

一旦停止

「細くない?!Mって細くない?!」
「細いよね。」
「待って、私はLサイズだよ?!」
「あやにゃんは、胸があるから!」
ううう、辛いよお。

再生

「それなら、着られる服多いと思います!おすすめのお店、紹介しますよ。」
「本当?嬉しい!いつにする?」
「えっ?」
「紹介…してくれないの…?」

一旦停止

「なにこれ?!ねえ、なにこれ?!」
「いや、私も時が止まったから!意味わかんなかったから!」
「なにこの甘えた声…犯罪だよ…」
「もっとすごいから、先を聞いてほしい。」
「おっけー」
ワクワクする!

再生

「し、しますけど!しますけれども!」
「ありがとう!おしゃれな明亜ちゃんが教えてくれるところなら、絶対に可愛いお洋服に会えるわよね。」
「そんな…!でも古着は色んなデザインがあるから、きっとコレって子に出会えると思います。」
「すごく楽しみ…ねぇ、明亜ちゃんもコーディネートを一緒に考えてくれる?」
「もちろん!」
めーあちゃんの声がすごく元気。
「嬉しい…!私、土曜日なら空いてるんだけど、どうかしら?」
「バイトないので大丈夫です。」
「じゃあ、13時に最寄駅で。」
「分かりました。」
「楽しみに待ってるわ。それじゃあ、おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
「あっ待って。」
「え?」
「チュッ」
「…っ!?」
「じゃあね!」
「は、は、はい。」
「クスクス…」
そこでプツッと電話が切れた。



思わず、頭を抱えた。
「ねえ、百戦錬磨の美女に振り回される童貞みたいじゃなかった?私が。」
「否定できませーん!」
スマホをめーあちゃんに返して、私もチョコを口に放り込んだ。甘さで落ち着きを取り戻そうとしたけれど、動揺が激しいです。
「最後、キス音してたよね?」
「うん、電話越しにキスされた…。意味がわかんない。一回死んだ。そして私は蘇ったのだ。」
めーあちゃんも混乱している最中なのかもしれない。
そして、一番聞きたいのが。
「あれよあれよと言う間に、デートの約束してない?」
「してた…断る隙もなかった。終わってからびっくりして、10回くらい音声を聞き直したんだけど、やっぱりデートの約束してた。」
「10回も聞いたの?!10回もキス音聞いたってこと?!」
「それを言わないで!!」
めーあちゃんが顔を覆って呻いている。
「どうしよう…死ぬしかない…」
「えっ!デートでしょ?!生きるしかなくない?!」
「いや、無理。あんな綺麗な人と並んで歩けない。無理。」
「めーあちゃんとっても可愛いよ!」
「ありがとう、でもそれとこれとは別の話なんだ。なんていうの…理想があるじゃん?」
「うん」
「急に目の前に現れて…私に好意があるなんて言われて…信じられる?ドッキリじゃないの?って思わない?」
「あー…そう言われると分かるかも。」
ぐったりしためーあちゃんが、チョコレートを口に含みモゴモゴさせる。
「気持ちを疑うなんて失礼なのは分かってるんだけどさ。私なんかのどこが?って思うし、自信ないし、会ったばっかりで…見た目しか知らないでしょ。私のことを知っていって、やっぱりつまんない奴だなって思われて、ごめんなさいって言われたら…」
どんどん涙声になっていく。
「もう、死ぬしかない。」
「死なないでー!!」
ぼたぼたと涙をこぼして項垂れる。
「所詮、私は陰キャなのよ…可愛い服は自分の為の武装なの…好かれる自信なんてない…」
めーあちゃんの朝の状態は、ここにつながってくるのね。

どうしよう、どうしたらめーあちゃんが元気になってくれるんだろう。
お徳用チョコを、めーあちゃんの膝の上に置きながら、空を眺めた。
「めーあちゃーん」
「…なに?」
グスグス言っているけれど、ちゃんと返事をしてくれるし、膝のチョコレートは少しずつ減っている。
「昨日、伊知地さんが言ってたこと覚えてる?自分を受け入れてもらえないって。」
「うん。あんなに綺麗なのに、かわいそう。」
みーちゃんがもし女装したいなら、びっくりするけど、受け入れられないことはない。でも、室内がいいなって思う。女装でえっちしたいって言われたら、多分盛り上がる。
でも、めーあちゃんは違う。全部を受け入れてるんだと思う。
「伊知地さんはさ、自分の内面が外見に現れてるんだろうね。好きなものを好きって言ってて、それをめーあちゃんなら受け入れてくれるって思ったから、こうやって好意を伝えてくれてるのかなって。」
「うん。」
「それが…嬉しかったんじゃ…ないのかなぁ。ほら、女装って面白がられるじゃん、好奇の目っていうかさ。」
「そうだね…。似合ってれば良いと思うんだけどな。」
「めーあちゃんは好奇の目じゃないでしょ?性癖でしょ?」
「直接的に言われると…そうだね。」
微妙そうな顔をして肯定する。
「えーと、だから何が言いたいかっていうと…伊知地さんも、めーあちゃんと同じくらい不安だと思う!」
昨日聞いたみーちゃんの話と、私達が見た伊知地さんは、全然違う。
きっと、伊知地さんの女装は、私達のように武装でもあるんだ。
めーあちゃんの前では、綺麗なお姉さんのままいたいんだと思う。
「めーあちゃんに、好きになって欲しいんだよ…。」
「もう…結構好きだよ…中身は知らないけど。」
「通話録音10回も聞いてるもんね。」
「うぐっ…あやにゃん、かえちゃんみたいになってきたね。」
涙目のまま笑っている。
「明日でしょ、デート。」
「そ、そうだけど…」
「泣くと顔が浮腫むよ!」
「うう、隣に並ぶの許されないよ。」
目を擦らないようにハンドタオルで押さえると、コンパクトミラーで確認する。
「真っ赤!」
「でも、泣き顔もそそるよね。」
「あやにゃんて、ちょいちょいオヤジ入るよね。」
「それ、みーちゃんにも言われる!」
ポケットに入れたスマホが鳴った。
「楓ちゃんが、今どこ?だって!ねえ、楓ちゃんにも通話録音聞かせてよ。」
「いいよー!あ、伊知地さんには秘密ね!!」
「もちろん!」
お徳用チョコのゴミでポケットをパンパンにしながら、二人で楓ちゃんを迎えに行った。


案の定、録音を聞いた楓ちゃんは大喜び。
崖から突き落とされる勢いで、めーあちゃんはデートに取り組むことになった。

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