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第49話
翌朝、沙彩が目覚めるとベッドにティルはおらず、既に朝食の支度をしていた。
「うっ…良い匂い!」
記憶の中の朝と重なる、懐かしい香りだった。
「サーヤ、起きたのですね。朝食ができていますよ」
キッチンから顔を覗かせたティルが、にっこりと微笑む。
「ありがとう。その前に部屋に戻って良い?服着たいんだけど」
「着替えならそこに置いてありますよ」
見れば、クッションの上に会社へ行くための着替えとバッグ一式が置いてあった。
「え、何で?」
「サーヤの部屋から持ってきたからですよ」
「いや、何で?鍵閉めてなかったっけ?」
「合鍵ですよ」
エプロンのポケットから取り出した鍵が、きらりと光った。
「いつの間に……」
下着やストッキングまであるから、既に部屋の中も把握されているのかもしれない。十数年も毎日監視されていた訳で、もはや沙彩に関して、ティルが知らないことを探す方が難しそうだ。
沙彩は身震いをしつつ、着替えを済ませた。
良いタイミングで朝食が運ばれ、二人で向かい合い食事を始める。
「一周回って新鮮かもしれない」
サクサクと焼きたてのクロワッサンを齧ると、中に挟んであるハムとチーズが適度な甘味を引き立てている。
「ふふふ、私は今までで今日が一番幸せです」
ティルは沙彩の為にリンゴの皮を剥いている。
「至れり尽せりで申し訳ないな」
「趣味の料理も、喜ぶ人がいる方がやりがいがありますし、それが愛している人なら尚更です」
「……どうも」
照れて上手く返せず、言葉に詰まった。
あの頃の自分だったら、もっと素直に好意を口にしていたし、ティルを喜ばせられただろう。だけど、今の自分は恥ずかしくて無理だ。
それでも、ティルは嬉しそうに微笑んでいる。
「サーヤ、今日は帰宅したら愛し合いましょう」
「は?なんて?」
ウサギの形に切ったリンゴを、沙彩の皿に乗せる。
「ですから、愛し合うのです。昨夜は一度しかできませんでしたし」
「……え、ちょっと頭おかしいんじゃない?」
「いいえ、正常ですよ。以前、馬の骨と猿みたいにしていたくせに、私とはできないなんて絶対に許せません」
どうやら、対抗意識を燃やしているようだ。
「いや、それは大学生だったし、若さっていうか相手がアホっていうか、私が断れなかっただけで。体力的にも今は無理」
くたびれた社会人には、一度が限界だし、毎日なんてもっと無理である。
「では、サーヤはマグロでいいですから」
「そういう問題じゃない。過ぎた過去に対抗しても意味ないよ。私達のことは、私達の中でちゃんと考えてこう?」
真剣に訴えかけているが、正論は時に拒絶される。
「嫌です。私は二十年以上我慢しました」
それを言われると、何も言えなくなる。
「……じゃあ、一回にして。仕事終わりの体に鞭打つのはちょっと……」
それでも不服そうなティルに畳み掛けた。
「分かった、週末は二回してもいい。でも平日は勘弁して!人生はセックスだけじゃないんだよ、ティル!一緒に料理したり、ピクニック行ったりしよう、ね?」
「ピクニックは良いですね!分かりました、我慢します」
沙彩はほっとして、朝食を済ませた。
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