49 / 53
第49話
しおりを挟む翌朝、沙彩が目覚めるとベッドにティルはおらず、既に朝食の支度をしていた。
「うっ…良い匂い!」
記憶の中の朝と重なる、懐かしい香りだった。
「サーヤ、起きたのですね。朝食ができていますよ」
キッチンから顔を覗かせたティルが、にっこりと微笑む。
「ありがとう。その前に部屋に戻って良い?服着たいんだけど」
「着替えならそこに置いてありますよ」
見れば、クッションの上に会社へ行くための着替えとバッグ一式が置いてあった。
「え、何で?」
「サーヤの部屋から持ってきたからですよ」
「いや、何で?鍵閉めてなかったっけ?」
「合鍵ですよ」
エプロンのポケットから取り出した鍵が、きらりと光った。
「いつの間に……」
下着やストッキングまであるから、既に部屋の中も把握されているのかもしれない。十数年も毎日監視されていた訳で、もはや沙彩に関して、ティルが知らないことを探す方が難しそうだ。
沙彩は身震いをしつつ、着替えを済ませた。
良いタイミングで朝食が運ばれ、二人で向かい合い食事を始める。
「一周回って新鮮かもしれない」
サクサクと焼きたてのクロワッサンを齧ると、中に挟んであるハムとチーズが適度な甘味を引き立てている。
「ふふふ、私は今までで今日が一番幸せです」
ティルは沙彩の為にリンゴの皮を剥いている。
「至れり尽せりで申し訳ないな」
「趣味の料理も、喜ぶ人がいる方がやりがいがありますし、それが愛している人なら尚更です」
「……どうも」
照れて上手く返せず、言葉に詰まった。
あの頃の自分だったら、もっと素直に好意を口にしていたし、ティルを喜ばせられただろう。だけど、今の自分は恥ずかしくて無理だ。
それでも、ティルは嬉しそうに微笑んでいる。
「サーヤ、今日は帰宅したら愛し合いましょう」
「は?なんて?」
ウサギの形に切ったリンゴを、沙彩の皿に乗せる。
「ですから、愛し合うのです。昨夜は一度しかできませんでしたし」
「……え、ちょっと頭おかしいんじゃない?」
「いいえ、正常ですよ。以前、馬の骨と猿みたいにしていたくせに、私とはできないなんて絶対に許せません」
どうやら、対抗意識を燃やしているようだ。
「いや、それは大学生だったし、若さっていうか相手がアホっていうか、私が断れなかっただけで。体力的にも今は無理」
くたびれた社会人には、一度が限界だし、毎日なんてもっと無理である。
「では、サーヤはマグロでいいですから」
「そういう問題じゃない。過ぎた過去に対抗しても意味ないよ。私達のことは、私達の中でちゃんと考えてこう?」
真剣に訴えかけているが、正論は時に拒絶される。
「嫌です。私は二十年以上我慢しました」
それを言われると、何も言えなくなる。
「……じゃあ、一回にして。仕事終わりの体に鞭打つのはちょっと……」
それでも不服そうなティルに畳み掛けた。
「分かった、週末は二回してもいい。でも平日は勘弁して!人生はセックスだけじゃないんだよ、ティル!一緒に料理したり、ピクニック行ったりしよう、ね?」
「ピクニックは良いですね!分かりました、我慢します」
沙彩はほっとして、朝食を済ませた。
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる