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その6
しおりを挟む母屋のダイニングへ行くと、既にテーブルの上はご馳走でいっぱいだった。
「やあ、下山さん。どう、居心地は?」
研究室に籠ると言っていた西が、着席している。
「西くん、帰らないんじゃなかったっけ?」
「私が呼んだの。折角だし、紹介者もいた方がいいかと思って。さ、座って座って。」
お誕生日席に案内されて、ついペコペコしながら座ってしまった。
「さえちゃんも、ありがとね。」
ふるふると首を振り、空いた席に座る。
「父さんは?」
「お父さんは、そろそろ帰ってくると思うけど…冷めちゃうと勿体ないし、先に食べちゃいましょ!」
西母も席に着き、4人で手を合わせた。
「千歳ちゃん、ようこそ西家へー!実家だと思ってくれて良いからね。何かあったら、誰でもいいから相談してちょうだい。ここは、そういうスペシャリストが揃ってるんだから。」
「スペシャリスト…」
確かに、西母は下宿屋の女将さんだし、西は研究者である。西の研究内容は知らないけれど。
「そうねえ。生活のことは私で、大学のことは優雅で、困ったことはさえちゃんが良いわ。」
ハンバーグをリスのように頬張る美少女が、おかわりを取りに皿を持って立ち上がった。
ーそうだ、私もハンバーグ食べなきゃ。
フォークを刺すとじゅわりと肉汁がしたたり、スパイシーでジューシーで最高の香りが漂う。切り分けて口へ運ぶと、香りに負けない肉の味が口内を満たした。
「美味しいれす…」
「それは良かったわ。」
「下山さん、ずっとカレー生活だったよね。もっと肉と野菜を食べたらいいよ。さえちゃん先生は、食べ過ぎ。」
「美味いものは止まらない。」
お茶碗の中、ほかほかのお米の上に半熟の目玉焼きを乗せて、デミグラスソースを垂らし、スプーンで崩し始める。
「さえちゃん先生?」
天才的な食べ方に目を奪われつつ、西に聞き直した。
「そうだよ、さえちゃん先生。母さん、紹介してないの?」
「ん、そうね…顔合わせしかしてなかったかも。」
千歳の口の中は幸福でいっぱいだったが、話す為に仕方なく飲み込んだ。
「何の先生なんですか?」
美少女は、口の端に米粒をつけているのも気に留めず、大皿の唐揚げに箸を伸ばした。カリッと揚げられているから、美少女の口からはザクザクと素敵な咀嚼音が奏でられる。
ー美味しそう…!
「さえちゃんは、困ったことを解決してくれる人…?で良いのかしら?」
「あー、解決したりしなかったり、気が向いた時に活躍したり、ただ話を聞くだけって時もある。」
にんにく醤油の味がよく染みた、ザクザクジューシーな唐揚げを噛み締めながら、千歳は首を傾げる。
「どういうことですか。」
当の本人は、小皿に山盛りにしたタルタルソースたっぷりの海老サラダを、必死になって食べている。
「そうねえ、何でも屋さんって感じかしら。」
「何でもするし何にもしない屋さんかな。」
全く的を得ない。
「探偵。」
黙って食べてばかりだった美少女が、スプーンの先をこちらに向けた。
「安楽椅子探偵。」
「へ?」
「アガサクリスティーね!」
「それを言うなら、ジェーン・マープルだよ。」
千歳には縁のない言葉だった。
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