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その19

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いつものリビングに通されて、食卓に着席する。
由美子の入れた紅茶の香りが、千歳の空腹を刺激した。
「夕飯の前だから、少しだけね。」
高級そうなクッキー缶から、数種類の焼き菓子が皿に並べられる。
千歳は喜んで手を伸ばした。
「由美子さん、元気?」
センター分けの前髪を揺らして、光大が首を傾げる。
「おかげさまで、とっても元気よ。可愛い下宿生も新しく来てくれたしね!」
「はは、確かに可愛いね。」
「んぐっ!ゲホゲホ!」
見ず知らずの人に明るい笑顔で肯定されると思わなかった。
紅茶で飲み下そうとして、熱くて舌を火傷する。
「あらっ、千歳ちゃん!はい、お水!」
「ひゃい、すみません。」
一連の行動を微笑んで見つめられて、居心地が悪くなる。
「光大くんは、今日どうしたの?」
「優雅に荷物を持って来いって頼まれたんだ。」
「そう、優雅にね。」
「うん、優雅に。」
光大がニコリと笑い、由美子が頷いた。
「光大くん、夕飯食べてく?」
「ううん、お気持ちだけ。これからちょくちょく寄ることになるし。」
「荷物を取りに?」
「そう。」
千歳は様子を見ていたが、自分は関係なさそうなので、もぐもぐとクッキーを食していた。
「じゃあ、優雅の部屋行くね。」
「ええ、どうぞ。悪いんだけど、千歳ちゃんも手伝ってあげてもらえるかしら。」
「ふぇ?はい。」
粉のついた手を払い、光大の後ろをついて優雅の部屋に入る。
中は機材が置かれていて、足を置ける部分は限られていた。これでは2人一度に入室することは不可能だ。
「ここで待っててもらえる?」
コクリと頷き眺めていると、部屋の奥にある扉を開けて大きな紙袋を取り出し始めた。四つほど持ったところで終了し、二つを千歳に渡した。
「少し重いんだけど。」
「大丈夫です。」
言うほど重くはない。チラリと見えた中身は服っぽかった。
「西くん、帰って来なさすぎて着替えが足りなくなったんですか。」
「そうみたい。近いんだから帰って来ればいいのにね。まあ、今は教授のレポート手伝ってて、それどころじゃ無いみたいだけど。」
ー西くんて、結構すごかったんだ。
千歳は感心した。
「またちょくちょく寄るから、千歳ちゃんと会うこともあるかもね。」
「あ、そうですか。えっと、よろしくお願いします?」
「ははは!こちらこそ。」
大きく口を開けて快活に笑う光大は、気持ちのいい青年という感じだった。
部屋を出て由美子に挨拶をして家を出る。千歳はその後を荷物を持ってついて行き、開いた門の手前で立ち止まった。
「あの、お手伝いここまででもいいですか?」
光大が振り返って頷く。
「うん、ありがとう。助かったよ。」
「でも…一人で四つも持てるんですか?」
「車に乗せちゃうから、大丈夫。」
「それなら良かった。」
紙袋を地面に置いた光大の手が、千歳の頭に伸びた。
「千歳ちゃん、優しいね。ありがとう。」
まるで子どもを褒めるように撫でられるから、千歳は困った。
「えっと、あの、はい、どうも。」
「じゃ、またね。」
四つの紙袋を持ち、光大が去って行った。門は勝手に閉まり始め、千歳の目の前で自動ロックされた。
「西くんて、ちゃんとした友達がいたんだ。」
千歳はくるりと反対に向き、由美子の手伝いをしようと母屋に戻って行った。

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