さかなのみるゆめ

ruki

文字の大きさ
17 / 40

17

しおりを挟む
あまりにあっけらかんと言うので、僕の方が何も言えなくなってしまう。

「なんの問題もないよ」

にっこり笑ってそう言うけど、それでも僕はまだ、智明への思いを断ち切れていない。

智明の顔が頭に浮かんでくる。

困ってしまって下を向いた僕の頭を、木佐さんがそっと撫でてくれる。

「ごめん。困らせる気はないんだ。僕ももう少し時間をかけて君の心に近づきたいと思ってたんだけど、この子の存在を知ったら、もっと傍で助けてあげたくなったんだ」

木佐さんは少し遠慮がちに僕のお腹にそっと手をあてた。

「今日の様子を見ると悪阻が酷そうだし、だけど君は一人暮らしで傍には親しい人がいないみたいだし・・・僕が君の傍で支えてあげたいんだ」

僕の傍で・・・。
智明も、同じことを言った。

「どんな事情で君が一人なのかは分からないけど、君はまだ、この子の父親が好きなんだね」

その言葉に、僕は木佐さんを見る。

「でもね。僕は君が好きだよ。本気でパートナーになって欲しいと思うし、この子の父親になりたいと思ってる」

『好きだよ』

その言葉を言ってもらうのを、僕はずっと待ってた。ずっと待ってたけど・・・。

僕の目から涙が零れた。

この人は智明じゃない・・・。

「この涙は、僕に告白されてのうれし涙じゃないね」

そう言うと木佐さんは僕の涙を指で掬った。

「あなたは、僕が欲しくて仕方がなかった言葉をいとも容易く言うんですね」

10年かかっても言ってもらえなかったその言葉を・・・。

「簡単じゃないよ。これでも恥ずかしいくらい必死なのさ」

その余裕の笑顔のどこが必死なのか。

「これでもね、僕はもてたから恋人を切らしたことは無いんだよ。いつもそれなりに相手を好きになって、大事にしてきたつもりだ。でも、君に初めて会った時、僕の中で何かが起こったんだ。目が離せなかった。君のことは何も知らないのに、直感・・・というか、なんだろうね?僕にも説明できないけど、とにかく君は特別だった。君の経歴もデザインも見る前に、採用を決めてしまったくらいにね」

僕が木佐さんと初めて会ったのは会社の面接のときだ。その場で採用されたけど、そんなことを思われていたなんて・・・。

「君自身に惹かれて、そのあと見た君のデザインにも惚れた。君のデザインはとても良い。これは僕だけじゃなくて、社内みんなの意見も一致しているから、君を採用したのは僕だけの私見だけじゃないから安心してね」

茶目っ気たっぷりにそう笑うと、木佐さんはまた僕の頭を撫でた。その時、また涙が流れる。あまりにも止まらない涙に、木佐さんはハンカチを取り出して僕の頬を拭ってくれる。

「妊娠すると、涙脆くなるらしいよ」

そう言って丁寧に頬を拭いてくれると、そのまま目元にハンカチを当ててくれる。

今日泣いてばかりいるのは妊娠のせい?悪阻もだけど、こんなに突然?今日急に?涙脆くなって、ピザまんも食べられなくなっちゃうの?

「・・・ピザまん好きなのに・・・」

あの匂いを思い出して、また胸のむかつきが強くなる。

今日は朝から特に変わった日じゃなかった。
朝起きて、仕事に行ってお昼食べて、午後も普通に仕事して、そろそろ帰ろうかと言う時に残業を引き受けて、そして差し入れのピザまんを食べようとして・・・。

「僕は肉まんもピザまんも好きです。なのに食べられない」

胸のむかつきに口を手で押さえる。

すると、少し笑いを含んだ声が聞こえる。

「あれ?僕のために肉まんを取って置いてくれたんじゃないの?」

その言葉に横を向くと、目からハンカチが離れた。
ふわりと目を細めて笑う木佐さんの顔に、智明の笑顔が重なる。

やっぱり僕は智明が好きなんだ。

「ごめんなさい。僕は木佐さんの思いに応えられません」

笑顔の木佐さんに申し訳なくて、僕は視線を外して下を向いた。

「両方食べればいいよ」

「え?」

僕は木佐さんを見た。相変わらず笑ってる。

「肉まんもピザまんも好きなら両方食べたらいい。君は僕のこと嫌い?」

木佐さんを嫌い?

「いえ、嫌いじゃないです。好きです」

「じゃあ、両方食べちゃえばいいよ。お腹の子の父親も好き。僕のことも好き。両方好きでいいんじゃない?」

その突拍子も無い言葉に、僕はぽかんとしてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

会長様を手に入れたい

槇瀬陽翔
BL
生徒会長の聖はオメガでありながらも、特に大きな発情も起こさないまま過ごしていた。そんなある日、薬を服用しても制御することができないほどの発作が起きてしまい、色んな魔の手から逃れていきついた場所は謎が多いと噂されている風紀委員長の大我のもとだった…。

【完結】運命じゃない香りの、恋

麻田夏与/Kayo Asada
BL
オメガ性のリュカ・レバノンは、王国の第一王子ダイセルが見初めた、彼の運命の番だ。だが、ダイセル王子に無体な真似を働かれ、リュカは婚約の王命を断ろうとする。当然、王宮からの追っ手が来たところで──「そなた、何やら素晴らしい香りをしているな」。その声は、国一番の魔術師兼調香師のマシレ・グラースのものだった。調香師アルファ×不幸めオメガのラブストーリー。

運命のつがいと初恋

鈴本ちか
BL
三田村陽向は幼稚園で働いていたのだが、Ωであることで園に負担をかけてしまい退職を決意する。今後を考えているとき、中学の同級生と再会して……

名もなき花は愛されて

朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。 太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。 姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。 火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。 断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。 そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく…… 全三話完結済+番外編 18禁シーンは予告なしで入ります。 ムーンライトノベルズでも同時投稿 1/30 番外編追加

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

オメガな王子は孕みたい。

紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。 ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。 王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。

【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ
BL
神崎葵は、聖桜病院の特別病棟で静かな日々を送っていた。 Ω性特有の難病『フェロモン崩壊症』に冒された彼は、かつてイラストレーターとして活躍していたが、今では病室でひとり、スケッチブックに心を刻む。 余命わずかな時間の中、担当医・佐藤悠真との出会いが、閉ざされた白い病室に温かな光を灯す。 葵の海への憧れ、恋への憧憬が色鮮やかに花開くが、時間は無情にも迫ってくる。 限られた時間の中での、儚い恋のお話。

処理中です...