私が見た悪役令嬢の追放劇は、彼女自ら選びとったものだった

国府宮清音

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第四話 孤独を、選んだ?

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「――夏休みを使って、まさかその程度の論文しか書けなかったのですか?」
 ぐさり、と短剣か何かが突き刺さる音が聞こえたようだった。
 アストリッド・トリストシェルン公爵令嬢というお方は、ほとんどの場合、回りくどい言葉を用いない。相手を刺す場合など、いきなり正面から、最短距離で行く。
 貴族社会において、それは異端だった。

 本来、貴族というものは言葉に言葉を重ねて、本音を巧妙に隠して話すものだ。
 上手い例えではないが、今回の場合であれば「冬は何か、お忙しくて?」とか「体調を崩されていたのですか?」など、婉曲的な問い方をする。
 その心は、「その程度の論文しか書けないなんて、さぞかし時間がなかったのでしょうね」だ。
 
 そこで忙しかった、などと正直に答えれば察しが悪いと笑い者にされ、込められた意味を理解して心を乱せば、その反応を笑われる。
 なので、どのように対応するかが重要で、うまく返して相手を言い負かしたり、笑い話に変えたり。あるいは煙に巻いてうやむにするのが貴族のたしなみだ。その手腕こそが貴族としての評価に繋がる。
 
 しかし、アストリッド様はそれをしない。
 もちろん、彼女は貴族中の貴族。言葉遊びなど、基本中の基本として仕込まれている。実際、これまでに何度か貴族的会話で挑まれたようだが、そのたびに完膚なきまで叩き潰していた。

「……造語が多く見受けられますわね。造語の多用は確かに楽ですけれど、知性を後退させますわ。既存の言葉が使いこなせないのでしたら、もう一度基礎から勉強されては?」
「っ……!」
 顔を真っ赤にする男性生徒。確か、それなりに力のある伯爵家の令息だ。
 確かに、言っていることは間違っていない。造語を定義するのは、もっと理解を深め、専門的な分野に入ってからの話だろう。
 ばっさりやられた伯爵令息は、どうにか反論しようと視線を空にさまよわせて言葉を探すものの、出てこない。それを見たアストリッド様は小さく溜め息をついて、さらに追撃を行う。
「それと、『だろう』や『可能性がある』のような推測が多すぎますわ。曖昧な言葉を重ねただけでどうして確とした結論を導き出せましょう。論文の書き方そらご存じなくて?」
「――――っ!!」
 大きく目を見開き、顔を真っ赤にした彼はついに唇を噛みしめ俯いた。教師が口を挟もうとしても止まらない。
 冷静に、淡々と。感情を一切交えず、ひたすら“正論”と銘打たれたナイフで相手を突き刺し続ける。
 周囲は、彼女を憎々しく睨み付けた。そこまで恥辱にまみれさせる必要があるのか――そんな思いが、教室の中を漂っていた。
 
 確かに、彼女は幼い頃より多方面に渡る教育を受けている。将来の公爵として、広大な領地の主として、高位の淑女として。努力も、知識もその辺の令息令嬢とは圧倒的に違う。
 だからこそ、彼らに対して不満に感じるの、というは解らないでもない。
 だからといって、その巨大な棍棒で未熟な彼らを殴って良いかと言えばそれは別の話だ。
 立ち居振る舞いだってそう。小さな所作であってもミスがあれば容赦なく指摘し、公の場で恥をかかせる。
 
 なぜ、そこまで追い詰める必要があるのか。
 令息たちは将来、王子殿下に仕える武官文官となり、令嬢たちは自身のサロンを美しく飾り立てる華となる。
 そんな彼らの憎しみを買い続けてどんなメリットがあるというのか。
 このままでは早晩、王子殿下の心も離れ、婚約の破棄を言い渡されても不思議ではない。
 そうなれば名門トリストシェルン家とにとってこれ以上ない醜聞だ。
 本当に、これで良いと考えているのだろうか……。
 
 こうして、一年目の学園生活が終わる頃には、彼女は完全に孤立していた。
 グループには誘われず、望んで話かける人も私以外、誰もいない。
 私自身、その辺りを早めにフォローできていればよかったのだが、殿下と彼女の関係に気を配るあまり、そこまで気が回らなかった。
 さらに運の悪いことに、クラスには男爵家や子爵家の生徒が少なく、その中でも男子は私だけ。
 結果、クラスの雑用がほとんど私に回ってきたのだ。
 このままではまずいと思いながらも、早いスピードで孤立してゆくこの公爵令嬢と接する機会がなかったのだ……。


 
 ――そして、それは雪の舞うある日のこと。
 新学年の始まりを数日後に控え、早めに寮へと戻った私が偶然見かけたのは、小さな庭園の四阿で一人紅茶を傾けるアストリッド様だった。
 いつもの、普段着ておられる淡い青色のワンピースドレス。北国なだけに露出はないが、雪の中で過ごすには心許ない。肩掛けの一枚でも羽織ればよいものを、彼女は足りないままに、そこにいる。紅茶のぬくもりなどで、しのげるはずもないのに。
「アストリッド様」
 四阿の手前で跪き、毛皮製の肩掛けを差し出す。
 アストリッド様は私をちらり見て、さも当然のように肩掛けを受け取り、羽織った。その様子が懐かしい。昔はそれが当然の主従関係だったからだ。

 雪が静かに舞い落ちる。積もる雪ではなさそうだが、じわりじわりと身体の芯を冷やす。二年生を目前に体を壊すのはよくないが、かねてよりの心配事を伝える好機だったと思った。
「……昔はこうやって、色々と借りたものね。返していないものもありそうだわ」
「すべて、差し上げたものでございます」
「……そう」
 使用人も使わず、一人で紅茶を淹れているのは、趣味ではない。いつしか、こうなったのだ。彼女の周囲から人がいなくなったため、必要に迫られてそうしているのだ。

「二年生になりましたら、学友への干渉はお控えになられますよう」
「質を上げるためには仕方の無いことよ」
「でしたら言い方をお考え下さい。今のままでは逆効果です」
 アストリッド様は少しの間、目を閉じた。何か、思案しているようだった。
 
「……私がいないと、丸く収まるようになったわね。ここでも」
「……“も”?」
 私は、その言葉の意味を測りかねた。彼女がどこか、他でも同じように扱われているというのだろうか。
 私は、彼女の行動全てを把握している訳ではない。私が知らぬところで彼女はどこかに出かけていて、そこでも傲岸不遜に振る舞っているとでもいうのだろうか。
 
「お母様が亡くなってから……」
「えっ……?」
「勉学に励めば、お父様は喜んでくださったわ」
 話題が、変わった?
「……そうでしたね」
 アストリッド様は幼い頃から優秀だった。過酷なスケジュールをこなし、どの分野においても落ちこぼれることはなかった。お父上である公爵閣下も常に「我が跡継ぎは将来が楽しみだ」と自慢していたものだ。
 けれど、弟君が生まれてからというもの、公爵閣下の関心はそちらに移ってしまった。閣下の口から、アストリッド様の話は全く語られなくなった。
 
 はっとする。
「まさか……」
 その問いに、アストリッド様は儚げな微笑みを見せた。
「もう、いいのよ……」
 そう、言い残し、静かに去っ行った。

 誰もいなくなった四阿を眺め、私は立ち尽くす。頭の中で疑問が渦巻く。
 彼女は、わざと嫌われる言動を取っていた?
 弟君に向かってしまった公爵閣下の愛情を取り戻したかったから?
 荒れることで、取り戻せると思っていた?
 いや、そんなはずはない。幼い時より聡明だった彼女がその結論に至るとは思えない。
 万が一、始まりがそうであったとしても、そんなことに意味はないとすぐに気付くはずだ。

 では、なぜなのか。もういいとは何だ。
 解らない。
 もしかして、全ては何かのために、あえて泥を被っているのか――?
 
 初めてお目にかかったあの日からそうだ。御前に跪いた時から、アストリッド様は大きかった。当時の私より背丈は小さく、華奢であったが、纏う雰囲気が違った。
 強要されるまでもなく、私は自然に、臣下の礼をとっていたのだった――。
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