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第三章:汚された純白に、恋は咲く――旧友と公爵家の囁き
第57話:銀の花と隠された傷
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「あなたが、あの勇者セリナ様ですか? お噂よりずっと素敵な方ですね。実は僕……ひそかに、あなたのファンなんですよ」
――そう言って微笑んだ彼の名は、シエノ・クセリオス。
あのクセリオス・ヴェスカリア公爵の息子だった。
俺たちは彼の好意を断りきれず、彼の屋敷に招待されることになった。
「平民出身の英雄……そういう話、大好きなんです。
彼らは生まれに恵まれなくても、逆境に抗って立ち上がる姿勢……いやあ、心が震えますよ。あ、失礼。セリナ様は女性でしたね。“彼ら”というのは不適切でした」
「いえ、お気になさらず。シエノ様こそ、お褒めが過ぎます。私は“勇者”とはいえ、もとはただのメイドですから」
セリナはマリの件でまだ動揺していたが、頑張って笑顔を作りながら、シエノと丁寧に会話していた。
まあ、実はシエノ本人はただのいい人、あのタヌキ親父の息子とは思えないほどに。
*
シエノ・クセリオス。
王国最大の貴族、ヴェスカリア家の長男。
だが貴族的な傲慢さとは無縁で、誰にでも優しく接する……そんな“異端”だ。
彼は、異世界から来た父……いや、”カズキ王の民主思想に共鳴し、
奴隷解放や教育制度の改革に積極的に関わっていた。
そのせいで、貴族派の父親――公爵クセリオスの怒りを買い、
グラナールから離れたセルペンティナに左遷された、という経緯があるらしい。
舞踏会や貴族の社交界には一切興味を示さず、
代わりに学校の運動会やボランティア活動に足繁く通う。
……だからこそ男装の俺が、王女レンだとは気づいていない。
その点は、正直ちょっと助かってる。
「あなたが、“銀色の閃光”ユウキ殿ですか! 伝説の冒険者の一人ですよね?
その年でその腕前とは、いやあ……本当に尊敬します!
もしよければ、僕の剣の師匠になっていただけませんか? もちろん、報酬は弾みますよ!」
「いや、勘弁して。すでに弟子ひとりで手一杯だから。
……っていうか、近い。近い近い」
悪気はないんだろうが、この人……距離感バグってるよな。
「残念です。……でも、いつか機会があれば、ぜひ!」
そう言って、シエノは振り返った。
「マリ。お客様に、お茶をお出ししてくれ」
「はい、シエノ様――きゃっ!」
運ばれてきたお盆が、唐突に傾いた。
高く澄んだ音とともに、茶器が床に砕け散った。細かな破片が陽光を反射して、一瞬、銀の花のように広がった。
「マリさん!」
誰よりも早く駆け寄ったのは、セリナだった。
幸い、熱湯はかからなかったようだが、砕けた茶碗の破片がマリの手をかすめ、血がにじんでいた。
「マリ、大丈夫か!? 誰か、医者を――!」
シエノは焦った様子で、自分のスカーフを裂いて応急処置を施す。
「……私は大丈夫です。ごめんなさい、勇者様、シエノ様。
私が不器用なせいで、失礼しました。すぐに新しいお茶を――」
「もう動かないでください。お茶なら私が淹れます! 私、メイド学校で習ってましたから!」
「いけません、勇者様にそんなこと……!」
「マリ、もういい。これは命令だ。今日は僕が淹れよう。君は、少し休んでくれ」
その言葉に、ようやくマリは動きを止めた。
……でも、俺は見逃さなかった。
さっき、マリが茶を運んできたとき。
廊下ですれ違った使用人が――わざと、足を出していた。
こっそりと、だが確実に。
セリナも、シエノも気づいていなかった。
そしてもうひとつ――マリの手にあった傷。
いまの破片ではつかない、古い痕が、うっすらと残っていた。
――これは、家事で付く傷じゃない。
この屋敷には、何かがおかしい。
何かが、静かに……歪んでいる。
――そう言って微笑んだ彼の名は、シエノ・クセリオス。
あのクセリオス・ヴェスカリア公爵の息子だった。
俺たちは彼の好意を断りきれず、彼の屋敷に招待されることになった。
「平民出身の英雄……そういう話、大好きなんです。
彼らは生まれに恵まれなくても、逆境に抗って立ち上がる姿勢……いやあ、心が震えますよ。あ、失礼。セリナ様は女性でしたね。“彼ら”というのは不適切でした」
「いえ、お気になさらず。シエノ様こそ、お褒めが過ぎます。私は“勇者”とはいえ、もとはただのメイドですから」
セリナはマリの件でまだ動揺していたが、頑張って笑顔を作りながら、シエノと丁寧に会話していた。
まあ、実はシエノ本人はただのいい人、あのタヌキ親父の息子とは思えないほどに。
*
シエノ・クセリオス。
王国最大の貴族、ヴェスカリア家の長男。
だが貴族的な傲慢さとは無縁で、誰にでも優しく接する……そんな“異端”だ。
彼は、異世界から来た父……いや、”カズキ王の民主思想に共鳴し、
奴隷解放や教育制度の改革に積極的に関わっていた。
そのせいで、貴族派の父親――公爵クセリオスの怒りを買い、
グラナールから離れたセルペンティナに左遷された、という経緯があるらしい。
舞踏会や貴族の社交界には一切興味を示さず、
代わりに学校の運動会やボランティア活動に足繁く通う。
……だからこそ男装の俺が、王女レンだとは気づいていない。
その点は、正直ちょっと助かってる。
「あなたが、“銀色の閃光”ユウキ殿ですか! 伝説の冒険者の一人ですよね?
その年でその腕前とは、いやあ……本当に尊敬します!
もしよければ、僕の剣の師匠になっていただけませんか? もちろん、報酬は弾みますよ!」
「いや、勘弁して。すでに弟子ひとりで手一杯だから。
……っていうか、近い。近い近い」
悪気はないんだろうが、この人……距離感バグってるよな。
「残念です。……でも、いつか機会があれば、ぜひ!」
そう言って、シエノは振り返った。
「マリ。お客様に、お茶をお出ししてくれ」
「はい、シエノ様――きゃっ!」
運ばれてきたお盆が、唐突に傾いた。
高く澄んだ音とともに、茶器が床に砕け散った。細かな破片が陽光を反射して、一瞬、銀の花のように広がった。
「マリさん!」
誰よりも早く駆け寄ったのは、セリナだった。
幸い、熱湯はかからなかったようだが、砕けた茶碗の破片がマリの手をかすめ、血がにじんでいた。
「マリ、大丈夫か!? 誰か、医者を――!」
シエノは焦った様子で、自分のスカーフを裂いて応急処置を施す。
「……私は大丈夫です。ごめんなさい、勇者様、シエノ様。
私が不器用なせいで、失礼しました。すぐに新しいお茶を――」
「もう動かないでください。お茶なら私が淹れます! 私、メイド学校で習ってましたから!」
「いけません、勇者様にそんなこと……!」
「マリ、もういい。これは命令だ。今日は僕が淹れよう。君は、少し休んでくれ」
その言葉に、ようやくマリは動きを止めた。
……でも、俺は見逃さなかった。
さっき、マリが茶を運んできたとき。
廊下ですれ違った使用人が――わざと、足を出していた。
こっそりと、だが確実に。
セリナも、シエノも気づいていなかった。
そしてもうひとつ――マリの手にあった傷。
いまの破片ではつかない、古い痕が、うっすらと残っていた。
――これは、家事で付く傷じゃない。
この屋敷には、何かがおかしい。
何かが、静かに……歪んでいる。
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