まおうさまの勇者育成計画

第七章：椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル

第117話：エンタープライズCVN-6、出撃

王都の青空を、突然黒い影が覆い尽くした。数百もの帝国軍飛行艇が太陽を遮り、不気味な静寂をもたらす。
「な...何だあれは...!」
新兵ですら事態の重大さを悟るのに時間はかからなかった。
「全員、警戒態勢へ! 警報を──!」
長く響き渡る警報音が王都を包むが、時既に遅し。飛行艇群の轟音が急速に接近し、無数のパラシュートが空から降り注ぎ始めた。まるで逆さになった雨のように。
灰色の軍服に身を包んだ空挺部隊が次々と着地。その中心で、小さな将軍が凛とした声で指令を飛ばす。
「我々は帝国軍精鋭部隊であります! ただし民間人への無差別発砲は軍事法廷ものでありますぞ! 目標を定め、迅速に制圧せよであります!」
「Yes, Your Highness!」
エンタープライズCVN-6の合図と共に、さらに多くの兵士が飛行艇から飛び降りる。
王都の騒動に鋭い耳を傾けていた狩人ガルドは、警報と同時に愛用の弓を手に駆け出した。
「空からの侵攻か...上空は無防備のはずだ」
屋根に飛び乗り、弓を引き絞る。降下する帝国兵を狙い定めようとしたその瞬間──
バン！
鋭い銃声が響き、ガルドはとっさに身をかわした。だが弾丸は肩をかすめ、熱い痛みが走る。
「まさか...！」
千里眼を持つ彼ですら感知できなかった距離からの狙撃。血の気が引く感覚の中、遠くの塔の上に小さな人影が見えた。
「弓なんて前時代の武器で、吾輩に勝てるはずがないであります」
エンタープライズCVN-6が狙撃銃を構えたまま、得意げに言い放つ。銃口からはまだ青い煙が立ち上っており、その瞳には赤い光学サイトの光が不気味に揺れていた。
「次は必ず仕留めるであります。」
小さな将軍は再び銃を構え、完璧な狙撃姿勢を取る。その背後で、帝国軍の空挺部隊が次々と着地を終えていた。

王都から遠く離れた海上、帝国艦隊が静かに進軍していた。鉛色の海を切り裂くように、最新鋭戦艦ビスマルクを旗艦とする艦隊が悠然と航路を進む。
「カート・シュナイダー少将の狼群戦術は...海賊じみていて品がないわ」
ミラージュ将軍は艦橋のスクリーンに映し出された王都の映像を眺めながら、妖艶に唇を歪ませた。
「それに比べ、あの子の電撃戦は...スリルがあって素敵だわ」
紫色の巻き髪を揺らしながら、彼女は部下の報告に耳を傾ける。
「ミラージュ将軍、ミサイル発射準備完了しました」
「城門を狙いなさい。アリスト将軍の部隊もすぐ到着するでしょうから」
「Yes, Your Highness!」
命令と同時に、戦艦から次々とミサイルが発射される。最新型の巡航ミサイルが空を切り裂き、王都の城門へと一直線に飛翔していった。
轟音と共に、ようやく修復が終わったばかりの北門が木っ端微塵に吹き飛ぶ。爆風で飛び散った破片は、近くに建立されたばかりの勇者セリナの像を直撃。王国復興の象徴であったその彫像は、ゆっくりと崩れ落ちていった。
ミラージュはその光景を、紅い唇に笑みを浮かべながら眺めていた。
「あら...せっかくの像が。でもこれで、王国の方々も我々の本気がお分かりになったでしょう？」
海風が彼女の髪を優しく揺らし、戦艦ビスマルクはさらに王都へと接近していく。艦隊の影が、海面に不気味な影を落としていた。

北門の廃墟の向こうから、砂塵がもうもうと立ち上る。無数の戦車群が濁流のように押し寄せてきた。
先頭を疾走する軽戦車の上で、アリスト将軍の長い金髪が風になびいている。
「ミラージュちゃん、なかなかやるじゃないか。エンプラちゃんもほぼ制圧完了だというのに...わざわざ俺が出る必要あったかな？」
飄々と笑っていたその表情が、突然鋭く引き締まる。
「ただしな...婦女子に手を出した奴には容赦しないぞ。軍規違反者は...」
手にした散弾銃が太陽光を反射してきらめく。
「この銃身で脳天をぶち抜いてやる。狙いはドクターただ一人だ。いいな？」
「Yes, Your Highness!」
戦車の轟音と共に、帝国軍は北門の廃墟を蹂躙しながら王都深くへと侵攻していく。アリストの戦車は先頭を切り、その金色の髪が戦場に鮮やかな軌跡を描いた。


帝国軍の電撃戦は、まさに神速の如く王都を貫いた。エンタープライズCVN-6率いる精鋭部隊の侵攻は、まさに雷撃の如く迅速かつ苛烈を極めた。クーデターの傷跡がまだ生々しい王都の防衛ラインは、最新鋭の空挺戦術の前に脆くも崩れ去る。
「各隊、制圧完了であります！ 主要施設を確保したであります！」
無線から響くエンタープライズの甲高い声。エンプラの指揮する特殊空挺部隊は、文字通り三時間という驚異的速さで王都中枢を掌握した。
議会の荘厳な広間で、カズキ・アルセリオン王と首相勇者セリナは帝国軍の重鎮たちと対峙していた。重い扉が開かれ、ツバキ・ブラッドムーン女帝が優雅に入場してくる。
「お久しぶりでございます、お父様」
軍服姿の彼女は、かつての王女時代を思わせる仕草で、あたかもスカートがあるかのように両手で裾を掴む仕草を見せ、完璧な角度で礼をした。その動作には、計算尽くされた優雅さと、微塵の隙もない緊張感が同居していた。
「戯れ言は結構だ。単なる里帰りではないのだろう？」
カズキ王の声には疲労が滲んでいた。
「本音を申せば…」ツバキは手で口元を隠し、「この王国そのものが欲しいところですわ。ですが」と続けた。「産業革命の途上にある帝国が、未発達な貴国を併合する余裕などありません」
そう言うと、彼女はテーブルに一枚の写真を滑らせた。仮面を纏った謎の男が写っている。
「代わりに、この男を引き渡しなさい。元帝国三将軍の一人・貪狼将軍ドクター」
「知らぬ」
「いずれにせよ、彼はここにいますわ」ツバキの目が鋭く光った。「勇者セリナの経歴を拝見すれば明らかです」
「私ですか？」セリナが驚きの声を上げた。
「無理もありません」ツバキは指折り数え始めた。「戦闘経験ゼロの状態で、ゴーストタウン事件、不夜城の謎解き、最強戦士武闘会優勝、公海海賊掃討、そしてクセリオス公爵のクーデター鎮圧…あなたの優秀は認めますが、だけど速すぎ。これほどの実績を短期間で築けるのは」
セリナの脳裏に、あの仮面の男の姿が浮かんだ。
「マオウさんが…」
「ドクターです」ツバキがきっぱりと言い切った。「あなたをここまで鍛え上げたのは、間違いなくあの男。帝国が最も危険と認定した天才科学者です」
広間の空気が一瞬凍り付いた。セリナは自分の拳が震えているのに気付いた。彼女のこれまでの全てが、実は帝国の逃亡科学者による実験だったというのか？