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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル
第125話:彼女は母であり、総統であり
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魔王ダークソウルは、強力な四天王を従えている。
彼らはそれぞれ魔界大陸の一角を支配し、恐るべき力で君臨しているのだ。
________________________________________
キングスライム・グロムス=ザ=オメガ
──魔界大陸・湿地地帯の支配者。
巨大なスライムの王として、湿地一帯を支配する最強の粘体生物。
驚異的な再生能力を持ち、どんな攻撃も分裂で無効化。
その強酸性の粘液は鋼鉄すら一瞬で溶かし、触れるものすべてを「養分」に変える……!
________________________________________
クインフラワー・ベノムローズ=デライラ
──魔界大陸・森林地帯の支配者。
世界最大の妖花であり、森そのものを意のままに操る寄生の女王。
猛毒の花粉で敵を狂わせ、再生しながら絞め殺す。
寄生胞子で生き物を「傀儡」に変える能力は、魔王軍最強の戦力増産術だ。
________________________________________
ヴァンパイアロード・ノクターン・クロムウェル
──魔界大陸・平原の支配者。
吸血鬼の真祖として、永遠の夜を統べる闇の帝王。
不死身の肉体と超高速移動で、敵を一瞬で屠る。
魅惑の魔眼で相手を虜にし、吸血によって眷属へと堕とす。
________________________________________
万年亀・エンシェント・シェルガイア
──魔界大陸・高山地帯の支配者。
万年を生きる古竜。その巨体は、もはや山そのもの。
すべての攻撃を弾く甲殻と、大陸を揺るがす地震攻撃で敵を殲滅する。
ドラゴンブレスさえも放つが、真に恐るべきは──その体重で踏み潰す一撃だ……!
________________________________________
エンプラが投影した戦略資料が、暗い室内に青白く浮かび上がる。
ドクターと三将軍は、深刻な表情でその内容を見つめていた。
「これまでは各個撃破を考えたけど……」
ツバキが資料から顔を上げる。
「一か所を攻めれば、他の三天王が即座に支援に駆けつける。同時に複数戦線を維持しない限り、こちらが守勢に回ることになるわ」
破軍将軍アリストが重く口を開く。
「現状、将軍クラス一人で一天王を相手にするのが限界だ。一般の将官では、奴らにはまるで歯が立たない」
(ベノムローズ=デライラ……)
アリストの脳裏に、胞子に侵された部下たちの姿がよぎる。
サイボーグである自分は寄生を免れたが、救えなかった仲間を手にかけた記憶が、今も胸を締めつけた。
七殺将軍ミラージュが冷たく続ける。
「私はグロムスと交戦した。あの分裂体は一体でも逃せば復活する。標準装備じゃ分裂体にすら通用しないわ」
その戦いは長期化し、結果的に消耗戦に追い込まれた。
「吾輩は全員と戦ったことがあります!」
現貪狼将軍エンプラが胸を張る。
詳細なデータが得られたのは、彼女の奮闘によるものだ。だが、戦略的勝利にはまだ及ばない。
ドクターが資料をめくりながら呟く。
「なるほど……私にもう一体の天王を任せたいわけか」
帝国で四天王と対等に渡り合えるのは、今や三将軍のみ。
だからこそ、元貪狼将軍である彼が呼ばれた。
「だが、魔王ダークソウルは?」
ドクターは、資料中の黒いシルエットを指差す。
「戦場に奴が現れたら、戦局が崩壊する。能力も正体も不明……リスクが大きすぎる」
ツバキは目を伏せたまま、黙っていた。
その沈黙を破って、彼は一歩踏み込む。
「なぜ、今なのか。なぜ、そこまで焦る? 魔王ダークソウルの情報が揃うまで、待つべきだ。説明してくれないなら、これ以上は協力できない」
ツバキは、静かに帽子を外した。
「……わかった。話すわ」
彼女の声には、かすかな震えがあった。
「私は妊娠しているの」
沈黙が落ちた。
三将軍もドクターも、目を見開いた。
「夫、ティアノとの子よ。結婚して五年目……ようやく授かった命だった。でも──今は最悪のタイミングだった」
「魔王軍との戦線はすでに膠着している状態。私が数か月不在になるだけで、戦局は一気に崩れる」
「ならば、私がいる間にこちらから動くしかない。全面戦争を仕掛け、短期決戦で勝負を決めるしかないわ」
魔王軍との小競り合いが続き、いつ大戦に発展してもおかしくない状況。
女帝が産休に入れば、帝国の支配構造は揺らぐ。
「何度も考えた。子をおろすべきか、産むべきか……何度も病院に足を運んだ。でも、どうしても……その扉を開けることができなかった」
彼女の目に、覚悟と哀しみが宿っていた。
「私は、母になりたい。ティアノを愛しているから……彼との子を、この手に抱きたい。」
魔王はゆっくりと目を閉じ、溜め息をついた。
「……だから、産休に入る前に決着をつけたい。私に頼らざるを得なかったというわけか」
彼女を見つめながら、ドクターは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「買いかぶりすぎだな。私は軍神でも救世主でもない。単なる科学者だよ」
だが、胸の奥にひっかかるものがあった。
(ティアノ・ブラッドムーン。優秀な男だが……君主の器じゃなかった。だからツバキは、自分で帝国を支えるしかなかったのか)
ドクターの脳裏に、ふと浮かんだ言葉があった。
「子供が欲しい」
かつてモリアが彼にそう告げた日の、彼女のまなざし。
今、ツバキに重なるその影を前に、彼はその命を否定できなかった。
周囲の三将軍たちも、誰一人として口を開かなかった。
ドクターの指先が机を軽く叩く。
「わかった。できる限りのことはする。だが、無理な状況なら戦果を捨てて撤退だ」
彼の声は冷静だが、鋭い決意に満ちていた。
「兵士を無駄に死なせるわけにはいかない。最悪の場合……ミラージュにツバキの影武者として変化してもらおう」
「なら、今そうすればいいじゃない!」
ミラージュが不満げに唇を尖らせる。
ドクターはため息をつき、
「将軍の一人が長期不在になれば、魔王軍にとって絶好の侵攻機会だ。それに……」
目を細め、
「影武者がバレれば、ツバキへの不信が増すだけ。これはあくまで最終手段だ。子を産むなら、彼女の短期決戦策の方がまだましだろう」
(かつては自分がセリナに化け、"最強勇者伝説"を作ろうと考えたこともあったが……)
バレるリスクを考え、断念した過去が頭をよぎる。
「大丈夫さ! この全世界の美女たちの恋人である俺がいれば、ツバキちゃんとその未来の子を守るくらい造作もないことよ!」
アリストは親指を立て、爽やかな笑顔を見せる。
「まさか! 総統閣下の娘にまで手を出すつもりですか! 見境がなさすぎであります!」
エンプラが真っ赤になって抗議する。
「俺は幼女と人妻は対象外だよ。……で、なんで『娘』だとわかった?」
「吾輩の目には全てお見通しであります! アリスト少尉の性癖が脚フェチなことも――」
「へえ~、最近感じていた太ももへの視線はアリストからのものか」
ミラージュが悪戯っぽく笑い、
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
瞬く間に彼女の姿がジョロウグモへと変化。十本の黒い脚が不気味に蠢く。
アリストの表情が微妙に歪む。
「……これは、ちょっと……」
「吾輩が頑張れば、総統閣下はその子を諦めなくてもいいでありますか?」
エンプラの声には、どこか切実な響きがあった。
幾度も廃棄処分にされかけ、ドクターの反対で生き延びてきた彼女は――
ツバキの子供にも、同じ運命を味わわせたくない。
「やれやれ……せめて影武者だけはごめんだわ」
ミラージュは諦めたように肩を落とす。
「閣下を演じる? 一日どころか数時間でバレるわ。あの分単位のスケジュールを再現しろって? 残念だけど私は“将軍”であって、“完璧な役者”じゃないよ。」
ドクターは改めて全員を見渡し、
「いずれにせよ、大規模な戦いになる。軍糧、弾薬、燃料の準備。そして――私が鍛え直す新兵の練度。最低でも一か月は必要だ」
「それが待てないなら、私は降りる」
新世代の三将軍たちを呆れさせながらも、彼は既に堅実な作戦案を頭の中で練り上げていた。
「……わかったわ」
ツバキが深く頭を下げた。
「みなさん、ありがとう」
その“母の顔”を見た瞬間、誰もが、彼女を守るべき理由を見つけていた。
*
暖かなランプの灯りが机を照らす。ドクターは昼間の作戦資料に目を通しながら、深く思考にふけっていた。
ルキエルとエンプラをベッドに寝かしつけた後、ようやく自分の時間が訪れたのだ。
その時――
「誰だ?」
突然、両手で彼の目が覆われる。いたずらっぽい声は、最も懐かしいあの音色だった。
「モリアか」
「あら、つまらない」
手を離すと、背後から現れたモリアはふんわりと彼の膝の上に座り、頭をその胸板に預けた。
「誰かが私に化けて、あなたを暗殺しに来たかもしれないのに……慎重なあなたらしくないわ」
ドクターは小さく笑う。
「モリアなら知っているはずだ。彼女は彼女の偽物を私の前に近づけたりしない。全知の彼女にとって、私の信頼を失うことほど悲しいことはないからな」
「ええ、そんなこと私は許さないもの」
モリアの声には、深い愛情がにじんでいた。
共に過ごした長い時間は、まるで魂が繋がっているかのような絆を二人に与えていた。それを冒涜する者は、誰であろうと許さない。
「珍しいわね」
モリアがふと口を開く。
「あなたがあの親しくもない娘のために、ここまで頑張るなんて……惚れたの?」
ふふっと笑うその声は、からかいながらもどこか本気の疑問を込めていた。
「茶化すな」
ドクターは一瞬言葉を切り、
「これはエンプラを取り戻すためだ。それと……」
少し間を置いて、
「あの子が我が子の誕生を待つ顔が、君を思い出させた。いたたまれなかった」
モリアの手が、そっとドクターの手の上に重なる。
「気にすることないのに……困ったものですわ」
彼女の声は、いつになく柔らかかった。
「私は自分にとって一番良い未来を選びました。でもそれは、あなたの可能性をいくつも潰した。私のわがままよ。」
指が絡み合う。
「だから、せめてあなたが幸せになるように動いた。あのバカ天使とあなたを合わせ、エンプラを作らせ、勇者セリナとの出会いを仕組み、王女レンと仲良くなるきっかけを作った……全部知っているわ」
しかし――
「それなのに……」
彼女の声に、かすかな不安が混じる。
全てを知るはずの彼女でも、抑えきれない感情があった。
「ありがとう、モリア。」
「知っているわ……だから、困るのよね、あなたは」
その言葉で、彼女はそれ以上を聞かず、そっと話を折った。
ドクターも、それが彼女なりのやさしさだと理解していた。
彼女がすべてを知っているのはわかっている。
だが――それでも、自分は彼女を嫌いになれなかった。
モリアは強がりながら、その手を強く握り返した。
「あなたがこれから何を言い、何をするか……全部知っている。むしろ、それを聞くために来たようなものよ」
「でも、知っていても、実際に聞いた方が気持ちが伝わるだろう?」
ドクターの声は優しく、
「君なら、知っているはずだ」
「ええ、知っているわ」
モリアの頬が赤く染まる。
「だから、言わせているの。ずるいでしょう……」
「いや、可愛いと思うよ」
全知の悪魔ですら予想外のその言葉に、モリアはこれまで見せたことのない表情を曝け出した。
そして――
「どの世界の誰よりも、君を愛している」
深いキスが、すべてを決めた。
いつも冷静沈着な全知の悪魔パイモリアも、今夜ばかりはただの恋する少女。
不器用な彼女は、全てを捧げて愛した。
だが、ドクターの無欲さは逆に彼女を不安にさせた。
たとえ相手の全てを知っていても、理性だけでは埋まらない部分があった――
だからこそ、今夜は「知っている未来」でも、実際の言葉と触れ合いが欲しかった。
そして今、その想いは確かに届いていた。
彼らはそれぞれ魔界大陸の一角を支配し、恐るべき力で君臨しているのだ。
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キングスライム・グロムス=ザ=オメガ
──魔界大陸・湿地地帯の支配者。
巨大なスライムの王として、湿地一帯を支配する最強の粘体生物。
驚異的な再生能力を持ち、どんな攻撃も分裂で無効化。
その強酸性の粘液は鋼鉄すら一瞬で溶かし、触れるものすべてを「養分」に変える……!
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クインフラワー・ベノムローズ=デライラ
──魔界大陸・森林地帯の支配者。
世界最大の妖花であり、森そのものを意のままに操る寄生の女王。
猛毒の花粉で敵を狂わせ、再生しながら絞め殺す。
寄生胞子で生き物を「傀儡」に変える能力は、魔王軍最強の戦力増産術だ。
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ヴァンパイアロード・ノクターン・クロムウェル
──魔界大陸・平原の支配者。
吸血鬼の真祖として、永遠の夜を統べる闇の帝王。
不死身の肉体と超高速移動で、敵を一瞬で屠る。
魅惑の魔眼で相手を虜にし、吸血によって眷属へと堕とす。
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万年亀・エンシェント・シェルガイア
──魔界大陸・高山地帯の支配者。
万年を生きる古竜。その巨体は、もはや山そのもの。
すべての攻撃を弾く甲殻と、大陸を揺るがす地震攻撃で敵を殲滅する。
ドラゴンブレスさえも放つが、真に恐るべきは──その体重で踏み潰す一撃だ……!
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エンプラが投影した戦略資料が、暗い室内に青白く浮かび上がる。
ドクターと三将軍は、深刻な表情でその内容を見つめていた。
「これまでは各個撃破を考えたけど……」
ツバキが資料から顔を上げる。
「一か所を攻めれば、他の三天王が即座に支援に駆けつける。同時に複数戦線を維持しない限り、こちらが守勢に回ることになるわ」
破軍将軍アリストが重く口を開く。
「現状、将軍クラス一人で一天王を相手にするのが限界だ。一般の将官では、奴らにはまるで歯が立たない」
(ベノムローズ=デライラ……)
アリストの脳裏に、胞子に侵された部下たちの姿がよぎる。
サイボーグである自分は寄生を免れたが、救えなかった仲間を手にかけた記憶が、今も胸を締めつけた。
七殺将軍ミラージュが冷たく続ける。
「私はグロムスと交戦した。あの分裂体は一体でも逃せば復活する。標準装備じゃ分裂体にすら通用しないわ」
その戦いは長期化し、結果的に消耗戦に追い込まれた。
「吾輩は全員と戦ったことがあります!」
現貪狼将軍エンプラが胸を張る。
詳細なデータが得られたのは、彼女の奮闘によるものだ。だが、戦略的勝利にはまだ及ばない。
ドクターが資料をめくりながら呟く。
「なるほど……私にもう一体の天王を任せたいわけか」
帝国で四天王と対等に渡り合えるのは、今や三将軍のみ。
だからこそ、元貪狼将軍である彼が呼ばれた。
「だが、魔王ダークソウルは?」
ドクターは、資料中の黒いシルエットを指差す。
「戦場に奴が現れたら、戦局が崩壊する。能力も正体も不明……リスクが大きすぎる」
ツバキは目を伏せたまま、黙っていた。
その沈黙を破って、彼は一歩踏み込む。
「なぜ、今なのか。なぜ、そこまで焦る? 魔王ダークソウルの情報が揃うまで、待つべきだ。説明してくれないなら、これ以上は協力できない」
ツバキは、静かに帽子を外した。
「……わかった。話すわ」
彼女の声には、かすかな震えがあった。
「私は妊娠しているの」
沈黙が落ちた。
三将軍もドクターも、目を見開いた。
「夫、ティアノとの子よ。結婚して五年目……ようやく授かった命だった。でも──今は最悪のタイミングだった」
「魔王軍との戦線はすでに膠着している状態。私が数か月不在になるだけで、戦局は一気に崩れる」
「ならば、私がいる間にこちらから動くしかない。全面戦争を仕掛け、短期決戦で勝負を決めるしかないわ」
魔王軍との小競り合いが続き、いつ大戦に発展してもおかしくない状況。
女帝が産休に入れば、帝国の支配構造は揺らぐ。
「何度も考えた。子をおろすべきか、産むべきか……何度も病院に足を運んだ。でも、どうしても……その扉を開けることができなかった」
彼女の目に、覚悟と哀しみが宿っていた。
「私は、母になりたい。ティアノを愛しているから……彼との子を、この手に抱きたい。」
魔王はゆっくりと目を閉じ、溜め息をついた。
「……だから、産休に入る前に決着をつけたい。私に頼らざるを得なかったというわけか」
彼女を見つめながら、ドクターは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「買いかぶりすぎだな。私は軍神でも救世主でもない。単なる科学者だよ」
だが、胸の奥にひっかかるものがあった。
(ティアノ・ブラッドムーン。優秀な男だが……君主の器じゃなかった。だからツバキは、自分で帝国を支えるしかなかったのか)
ドクターの脳裏に、ふと浮かんだ言葉があった。
「子供が欲しい」
かつてモリアが彼にそう告げた日の、彼女のまなざし。
今、ツバキに重なるその影を前に、彼はその命を否定できなかった。
周囲の三将軍たちも、誰一人として口を開かなかった。
ドクターの指先が机を軽く叩く。
「わかった。できる限りのことはする。だが、無理な状況なら戦果を捨てて撤退だ」
彼の声は冷静だが、鋭い決意に満ちていた。
「兵士を無駄に死なせるわけにはいかない。最悪の場合……ミラージュにツバキの影武者として変化してもらおう」
「なら、今そうすればいいじゃない!」
ミラージュが不満げに唇を尖らせる。
ドクターはため息をつき、
「将軍の一人が長期不在になれば、魔王軍にとって絶好の侵攻機会だ。それに……」
目を細め、
「影武者がバレれば、ツバキへの不信が増すだけ。これはあくまで最終手段だ。子を産むなら、彼女の短期決戦策の方がまだましだろう」
(かつては自分がセリナに化け、"最強勇者伝説"を作ろうと考えたこともあったが……)
バレるリスクを考え、断念した過去が頭をよぎる。
「大丈夫さ! この全世界の美女たちの恋人である俺がいれば、ツバキちゃんとその未来の子を守るくらい造作もないことよ!」
アリストは親指を立て、爽やかな笑顔を見せる。
「まさか! 総統閣下の娘にまで手を出すつもりですか! 見境がなさすぎであります!」
エンプラが真っ赤になって抗議する。
「俺は幼女と人妻は対象外だよ。……で、なんで『娘』だとわかった?」
「吾輩の目には全てお見通しであります! アリスト少尉の性癖が脚フェチなことも――」
「へえ~、最近感じていた太ももへの視線はアリストからのものか」
ミラージュが悪戯っぽく笑い、
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
瞬く間に彼女の姿がジョロウグモへと変化。十本の黒い脚が不気味に蠢く。
アリストの表情が微妙に歪む。
「……これは、ちょっと……」
「吾輩が頑張れば、総統閣下はその子を諦めなくてもいいでありますか?」
エンプラの声には、どこか切実な響きがあった。
幾度も廃棄処分にされかけ、ドクターの反対で生き延びてきた彼女は――
ツバキの子供にも、同じ運命を味わわせたくない。
「やれやれ……せめて影武者だけはごめんだわ」
ミラージュは諦めたように肩を落とす。
「閣下を演じる? 一日どころか数時間でバレるわ。あの分単位のスケジュールを再現しろって? 残念だけど私は“将軍”であって、“完璧な役者”じゃないよ。」
ドクターは改めて全員を見渡し、
「いずれにせよ、大規模な戦いになる。軍糧、弾薬、燃料の準備。そして――私が鍛え直す新兵の練度。最低でも一か月は必要だ」
「それが待てないなら、私は降りる」
新世代の三将軍たちを呆れさせながらも、彼は既に堅実な作戦案を頭の中で練り上げていた。
「……わかったわ」
ツバキが深く頭を下げた。
「みなさん、ありがとう」
その“母の顔”を見た瞬間、誰もが、彼女を守るべき理由を見つけていた。
*
暖かなランプの灯りが机を照らす。ドクターは昼間の作戦資料に目を通しながら、深く思考にふけっていた。
ルキエルとエンプラをベッドに寝かしつけた後、ようやく自分の時間が訪れたのだ。
その時――
「誰だ?」
突然、両手で彼の目が覆われる。いたずらっぽい声は、最も懐かしいあの音色だった。
「モリアか」
「あら、つまらない」
手を離すと、背後から現れたモリアはふんわりと彼の膝の上に座り、頭をその胸板に預けた。
「誰かが私に化けて、あなたを暗殺しに来たかもしれないのに……慎重なあなたらしくないわ」
ドクターは小さく笑う。
「モリアなら知っているはずだ。彼女は彼女の偽物を私の前に近づけたりしない。全知の彼女にとって、私の信頼を失うことほど悲しいことはないからな」
「ええ、そんなこと私は許さないもの」
モリアの声には、深い愛情がにじんでいた。
共に過ごした長い時間は、まるで魂が繋がっているかのような絆を二人に与えていた。それを冒涜する者は、誰であろうと許さない。
「珍しいわね」
モリアがふと口を開く。
「あなたがあの親しくもない娘のために、ここまで頑張るなんて……惚れたの?」
ふふっと笑うその声は、からかいながらもどこか本気の疑問を込めていた。
「茶化すな」
ドクターは一瞬言葉を切り、
「これはエンプラを取り戻すためだ。それと……」
少し間を置いて、
「あの子が我が子の誕生を待つ顔が、君を思い出させた。いたたまれなかった」
モリアの手が、そっとドクターの手の上に重なる。
「気にすることないのに……困ったものですわ」
彼女の声は、いつになく柔らかかった。
「私は自分にとって一番良い未来を選びました。でもそれは、あなたの可能性をいくつも潰した。私のわがままよ。」
指が絡み合う。
「だから、せめてあなたが幸せになるように動いた。あのバカ天使とあなたを合わせ、エンプラを作らせ、勇者セリナとの出会いを仕組み、王女レンと仲良くなるきっかけを作った……全部知っているわ」
しかし――
「それなのに……」
彼女の声に、かすかな不安が混じる。
全てを知るはずの彼女でも、抑えきれない感情があった。
「ありがとう、モリア。」
「知っているわ……だから、困るのよね、あなたは」
その言葉で、彼女はそれ以上を聞かず、そっと話を折った。
ドクターも、それが彼女なりのやさしさだと理解していた。
彼女がすべてを知っているのはわかっている。
だが――それでも、自分は彼女を嫌いになれなかった。
モリアは強がりながら、その手を強く握り返した。
「あなたがこれから何を言い、何をするか……全部知っている。むしろ、それを聞くために来たようなものよ」
「でも、知っていても、実際に聞いた方が気持ちが伝わるだろう?」
ドクターの声は優しく、
「君なら、知っているはずだ」
「ええ、知っているわ」
モリアの頬が赤く染まる。
「だから、言わせているの。ずるいでしょう……」
「いや、可愛いと思うよ」
全知の悪魔ですら予想外のその言葉に、モリアはこれまで見せたことのない表情を曝け出した。
そして――
「どの世界の誰よりも、君を愛している」
深いキスが、すべてを決めた。
いつも冷静沈着な全知の悪魔パイモリアも、今夜ばかりはただの恋する少女。
不器用な彼女は、全てを捧げて愛した。
だが、ドクターの無欲さは逆に彼女を不安にさせた。
たとえ相手の全てを知っていても、理性だけでは埋まらない部分があった――
だからこそ、今夜は「知っている未来」でも、実際の言葉と触れ合いが欲しかった。
そして今、その想いは確かに届いていた。
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異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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