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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル
第125話:彼女は母であり、総統であり
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魔王ダークソウルは、強力な四天王を従えている。
彼らはそれぞれ魔界大陸の一角を支配し、恐るべき力で君臨しているのだ。
________________________________________
キングスライム・グロムス=ザ=オメガ
──魔界大陸・湿地地帯の支配者。
巨大なスライムの王として、湿地一帯を支配する最強の粘体生物。
驚異的な再生能力を持ち、どんな攻撃も分裂で無効化。
その強酸性の粘液は鋼鉄すら一瞬で溶かし、触れるものすべてを「養分」に変える……!
________________________________________
クインフラワー・ベノムローズ=デライラ
──魔界大陸・森林地帯の支配者。
世界最大の妖花であり、森そのものを意のままに操る寄生の女王。
猛毒の花粉で敵を狂わせ、再生しながら絞め殺す。
寄生胞子で生き物を「傀儡」に変える能力は、魔王軍最強の戦力増産術だ。
________________________________________
ヴァンパイアロード・ノクターン・クロムウェル
──魔界大陸・平原の支配者。
吸血鬼の真祖として、永遠の夜を統べる闇の帝王。
不死身の肉体と超高速移動で、敵を一瞬で屠る。
魅惑の魔眼で相手を虜にし、吸血によって眷属へと堕とす。
________________________________________
万年亀・エンシェント・シェルガイア
──魔界大陸・高山地帯の支配者。
万年を生きる古竜。その巨体は、もはや山そのもの。
すべての攻撃を弾く甲殻と、大陸を揺るがす地震攻撃で敵を殲滅する。
ドラゴンブレスさえも放つが、真に恐るべきは──その体重で踏み潰す一撃だ……!
________________________________________
エンプラが投影した戦略資料が、暗い室内に青白く浮かび上がる。
ドクターと三将軍は、深刻な表情でその内容を見つめていた。
「これまでは各個撃破を考えたけど……」
ツバキが資料から顔を上げる。
「一か所を攻めれば、他の三天王が即座に支援に駆けつける。同時に複数戦線を維持しない限り、こちらが守勢に回ることになるわ」
破軍将軍アリストが重く口を開く。
「現状、将軍クラス一人で一天王を相手にするのが限界だ。一般の将官では、奴らにはまるで歯が立たない」
(ベノムローズ=デライラ……)
アリストの脳裏に、胞子に侵された部下たちの姿がよぎる。
サイボーグである自分は寄生を免れたが、救えなかった仲間を手にかけた記憶が、今も胸を締めつけた。
七殺将軍ミラージュが冷たく続ける。
「私はグロムスと交戦した。あの分裂体は一体でも逃せば復活する。標準装備じゃ分裂体にすら通用しないわ」
その戦いは長期化し、結果的に消耗戦に追い込まれた。
「吾輩は全員と戦ったことがあります!」
現貪狼将軍エンプラが胸を張る。
詳細なデータが得られたのは、彼女の奮闘によるものだ。だが、戦略的勝利にはまだ及ばない。
ドクターが資料をめくりながら呟く。
「なるほど……私にもう一体の天王を任せたいわけか」
帝国で四天王と対等に渡り合えるのは、今や三将軍のみ。
だからこそ、元貪狼将軍である彼が呼ばれた。
「だが、魔王ダークソウルは?」
ドクターは、資料中の黒いシルエットを指差す。
「戦場に奴が現れたら、戦局が崩壊する。能力も正体も不明……リスクが大きすぎる」
ツバキは目を伏せたまま、黙っていた。
その沈黙を破って、彼は一歩踏み込む。
「なぜ、今なのか。なぜ、そこまで焦る? 魔王ダークソウルの情報が揃うまで、待つべきだ。説明してくれないなら、これ以上は協力できない」
ツバキは、静かに帽子を外した。
「……わかった。話すわ」
彼女の声には、かすかな震えがあった。
「私は妊娠しているの」
沈黙が落ちた。
三将軍もドクターも、目を見開いた。
「夫、ティアノとの子よ。結婚して五年目……ようやく授かった命だった。でも──今は最悪のタイミングだった」
「魔王軍との戦線はすでに膠着している状態。私が数か月不在になるだけで、戦局は一気に崩れる」
「ならば、私がいる間にこちらから動くしかない。全面戦争を仕掛け、短期決戦で勝負を決めるしかないわ」
魔王軍との小競り合いが続き、いつ大戦に発展してもおかしくない状況。
女帝が産休に入れば、帝国の支配構造は揺らぐ。
「何度も考えた。子をおろすべきか、産むべきか……何度も病院に足を運んだ。でも、どうしても……その扉を開けることができなかった」
彼女の目に、覚悟と哀しみが宿っていた。
「私は、母になりたい。ティアノを愛しているから……彼との子を、この手に抱きたい。」
魔王はゆっくりと目を閉じ、溜め息をついた。
「……だから、産休に入る前に決着をつけたい。私に頼らざるを得なかったというわけか」
彼女を見つめながら、ドクターは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「買いかぶりすぎだな。私は軍神でも救世主でもない。単なる科学者だよ」
だが、胸の奥にひっかかるものがあった。
(ティアノ・ブラッドムーン。優秀な男だが……君主の器じゃなかった。だからツバキは、自分で帝国を支えるしかなかったのか)
ドクターの脳裏に、ふと浮かんだ言葉があった。
「子供が欲しい」
かつてモリアが彼にそう告げた日の、彼女のまなざし。
今、ツバキに重なるその影を前に、彼はその命を否定できなかった。
周囲の三将軍たちも、誰一人として口を開かなかった。
ドクターの指先が机を軽く叩く。
「わかった。できる限りのことはする。だが、無理な状況なら戦果を捨てて撤退だ」
彼の声は冷静だが、鋭い決意に満ちていた。
「兵士を無駄に死なせるわけにはいかない。最悪の場合……ミラージュにツバキの影武者として変化してもらおう」
「なら、今そうすればいいじゃない!」
ミラージュが不満げに唇を尖らせる。
ドクターはため息をつき、
「将軍の一人が長期不在になれば、魔王軍にとって絶好の侵攻機会だ。それに……」
目を細め、
「影武者がバレれば、ツバキへの不信が増すだけ。これはあくまで最終手段だ。子を産むなら、彼女の短期決戦策の方がまだましだろう」
(かつては自分がセリナに化け、"最強勇者伝説"を作ろうと考えたこともあったが……)
バレるリスクを考え、断念した過去が頭をよぎる。
「大丈夫さ! この全世界の美女たちの恋人である俺がいれば、ツバキちゃんとその未来の子を守るくらい造作もないことよ!」
アリストは親指を立て、爽やかな笑顔を見せる。
「まさか! 総統閣下の娘にまで手を出すつもりですか! 見境がなさすぎであります!」
エンプラが真っ赤になって抗議する。
「俺は幼女と人妻は対象外だよ。……で、なんで『娘』だとわかった?」
「吾輩の目には全てお見通しであります! アリスト少尉の性癖が脚フェチなことも――」
「へえ~、最近感じていた太ももへの視線はアリストからのものか」
ミラージュが悪戯っぽく笑い、
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
瞬く間に彼女の姿がジョロウグモへと変化。十本の黒い脚が不気味に蠢く。
アリストの表情が微妙に歪む。
「……これは、ちょっと……」
「吾輩が頑張れば、総統閣下はその子を諦めなくてもいいでありますか?」
エンプラの声には、どこか切実な響きがあった。
幾度も廃棄処分にされかけ、ドクターの反対で生き延びてきた彼女は――
ツバキの子供にも、同じ運命を味わわせたくない。
「やれやれ……せめて影武者だけはごめんだわ」
ミラージュは諦めたように肩を落とす。
「閣下を演じる? 一日どころか数時間でバレるわ。あの分単位のスケジュールを再現しろって? 残念だけど私は“将軍”であって、“完璧な役者”じゃないよ。」
ドクターは改めて全員を見渡し、
「いずれにせよ、大規模な戦いになる。軍糧、弾薬、燃料の準備。そして――私が鍛え直す新兵の練度。最低でも一か月は必要だ」
「それが待てないなら、私は降りる」
新世代の三将軍たちを呆れさせながらも、彼は既に堅実な作戦案を頭の中で練り上げていた。
「……わかったわ」
ツバキが深く頭を下げた。
「みなさん、ありがとう」
その“母の顔”を見た瞬間、誰もが、彼女を守るべき理由を見つけていた。
*
暖かなランプの灯りが机を照らす。ドクターは昼間の作戦資料に目を通しながら、深く思考にふけっていた。
ルキエルとエンプラをベッドに寝かしつけた後、ようやく自分の時間が訪れたのだ。
その時――
「誰だ?」
突然、両手で彼の目が覆われる。いたずらっぽい声は、最も懐かしいあの音色だった。
「モリアか」
「あら、つまらない」
手を離すと、背後から現れたモリアはふんわりと彼の膝の上に座り、頭をその胸板に預けた。
「誰かが私に化けて、あなたを暗殺しに来たかもしれないのに……慎重なあなたらしくないわ」
ドクターは小さく笑う。
「モリアなら知っているはずだ。彼女は彼女の偽物を私の前に近づけたりしない。全知の彼女にとって、私の信頼を失うことほど悲しいことはないからな」
「ええ、そんなこと私は許さないもの」
モリアの声には、深い愛情がにじんでいた。
共に過ごした長い時間は、まるで魂が繋がっているかのような絆を二人に与えていた。それを冒涜する者は、誰であろうと許さない。
「珍しいわね」
モリアがふと口を開く。
「あなたがあの親しくもない娘のために、ここまで頑張るなんて……惚れたの?」
ふふっと笑うその声は、からかいながらもどこか本気の疑問を込めていた。
「茶化すな」
ドクターは一瞬言葉を切り、
「これはエンプラを取り戻すためだ。それと……」
少し間を置いて、
「あの子が我が子の誕生を待つ顔が、君を思い出させた。いたたまれなかった」
モリアの手が、そっとドクターの手の上に重なる。
「気にすることないのに……困ったものですわ」
彼女の声は、いつになく柔らかかった。
「私は自分にとって一番良い未来を選びました。でもそれは、あなたの可能性をいくつも潰した。私のわがままよ。」
指が絡み合う。
「だから、せめてあなたが幸せになるように動いた。あのバカ天使とあなたを合わせ、エンプラを作らせ、勇者セリナとの出会いを仕組み、王女レンと仲良くなるきっかけを作った……全部知っているわ」
しかし――
「それなのに……」
彼女の声に、かすかな不安が混じる。
全てを知るはずの彼女でも、抑えきれない感情があった。
「ありがとう、モリア。」
「知っているわ……だから、困るのよね、あなたは」
その言葉で、彼女はそれ以上を聞かず、そっと話を折った。
ドクターも、それが彼女なりのやさしさだと理解していた。
彼女がすべてを知っているのはわかっている。
だが――それでも、自分は彼女を嫌いになれなかった。
モリアは強がりながら、その手を強く握り返した。
「あなたがこれから何を言い、何をするか……全部知っている。むしろ、それを聞くために来たようなものよ」
「でも、知っていても、実際に聞いた方が気持ちが伝わるだろう?」
ドクターの声は優しく、
「君なら、知っているはずだ」
「ええ、知っているわ」
モリアの頬が赤く染まる。
「だから、言わせているの。ずるいでしょう……」
「いや、可愛いと思うよ」
全知の悪魔ですら予想外のその言葉に、モリアはこれまで見せたことのない表情を曝け出した。
そして――
「どの世界の誰よりも、君を愛している」
深いキスが、すべてを決めた。
いつも冷静沈着な全知の悪魔パイモリアも、今夜ばかりはただの恋する少女。
不器用な彼女は、全てを捧げて愛した。
だが、ドクターの無欲さは逆に彼女を不安にさせた。
たとえ相手の全てを知っていても、理性だけでは埋まらない部分があった――
だからこそ、今夜は「知っている未来」でも、実際の言葉と触れ合いが欲しかった。
そして今、その想いは確かに届いていた。
彼らはそれぞれ魔界大陸の一角を支配し、恐るべき力で君臨しているのだ。
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キングスライム・グロムス=ザ=オメガ
──魔界大陸・湿地地帯の支配者。
巨大なスライムの王として、湿地一帯を支配する最強の粘体生物。
驚異的な再生能力を持ち、どんな攻撃も分裂で無効化。
その強酸性の粘液は鋼鉄すら一瞬で溶かし、触れるものすべてを「養分」に変える……!
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クインフラワー・ベノムローズ=デライラ
──魔界大陸・森林地帯の支配者。
世界最大の妖花であり、森そのものを意のままに操る寄生の女王。
猛毒の花粉で敵を狂わせ、再生しながら絞め殺す。
寄生胞子で生き物を「傀儡」に変える能力は、魔王軍最強の戦力増産術だ。
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ヴァンパイアロード・ノクターン・クロムウェル
──魔界大陸・平原の支配者。
吸血鬼の真祖として、永遠の夜を統べる闇の帝王。
不死身の肉体と超高速移動で、敵を一瞬で屠る。
魅惑の魔眼で相手を虜にし、吸血によって眷属へと堕とす。
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万年亀・エンシェント・シェルガイア
──魔界大陸・高山地帯の支配者。
万年を生きる古竜。その巨体は、もはや山そのもの。
すべての攻撃を弾く甲殻と、大陸を揺るがす地震攻撃で敵を殲滅する。
ドラゴンブレスさえも放つが、真に恐るべきは──その体重で踏み潰す一撃だ……!
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エンプラが投影した戦略資料が、暗い室内に青白く浮かび上がる。
ドクターと三将軍は、深刻な表情でその内容を見つめていた。
「これまでは各個撃破を考えたけど……」
ツバキが資料から顔を上げる。
「一か所を攻めれば、他の三天王が即座に支援に駆けつける。同時に複数戦線を維持しない限り、こちらが守勢に回ることになるわ」
破軍将軍アリストが重く口を開く。
「現状、将軍クラス一人で一天王を相手にするのが限界だ。一般の将官では、奴らにはまるで歯が立たない」
(ベノムローズ=デライラ……)
アリストの脳裏に、胞子に侵された部下たちの姿がよぎる。
サイボーグである自分は寄生を免れたが、救えなかった仲間を手にかけた記憶が、今も胸を締めつけた。
七殺将軍ミラージュが冷たく続ける。
「私はグロムスと交戦した。あの分裂体は一体でも逃せば復活する。標準装備じゃ分裂体にすら通用しないわ」
その戦いは長期化し、結果的に消耗戦に追い込まれた。
「吾輩は全員と戦ったことがあります!」
現貪狼将軍エンプラが胸を張る。
詳細なデータが得られたのは、彼女の奮闘によるものだ。だが、戦略的勝利にはまだ及ばない。
ドクターが資料をめくりながら呟く。
「なるほど……私にもう一体の天王を任せたいわけか」
帝国で四天王と対等に渡り合えるのは、今や三将軍のみ。
だからこそ、元貪狼将軍である彼が呼ばれた。
「だが、魔王ダークソウルは?」
ドクターは、資料中の黒いシルエットを指差す。
「戦場に奴が現れたら、戦局が崩壊する。能力も正体も不明……リスクが大きすぎる」
ツバキは目を伏せたまま、黙っていた。
その沈黙を破って、彼は一歩踏み込む。
「なぜ、今なのか。なぜ、そこまで焦る? 魔王ダークソウルの情報が揃うまで、待つべきだ。説明してくれないなら、これ以上は協力できない」
ツバキは、静かに帽子を外した。
「……わかった。話すわ」
彼女の声には、かすかな震えがあった。
「私は妊娠しているの」
沈黙が落ちた。
三将軍もドクターも、目を見開いた。
「夫、ティアノとの子よ。結婚して五年目……ようやく授かった命だった。でも──今は最悪のタイミングだった」
「魔王軍との戦線はすでに膠着している状態。私が数か月不在になるだけで、戦局は一気に崩れる」
「ならば、私がいる間にこちらから動くしかない。全面戦争を仕掛け、短期決戦で勝負を決めるしかないわ」
魔王軍との小競り合いが続き、いつ大戦に発展してもおかしくない状況。
女帝が産休に入れば、帝国の支配構造は揺らぐ。
「何度も考えた。子をおろすべきか、産むべきか……何度も病院に足を運んだ。でも、どうしても……その扉を開けることができなかった」
彼女の目に、覚悟と哀しみが宿っていた。
「私は、母になりたい。ティアノを愛しているから……彼との子を、この手に抱きたい。」
魔王はゆっくりと目を閉じ、溜め息をついた。
「……だから、産休に入る前に決着をつけたい。私に頼らざるを得なかったというわけか」
彼女を見つめながら、ドクターは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「買いかぶりすぎだな。私は軍神でも救世主でもない。単なる科学者だよ」
だが、胸の奥にひっかかるものがあった。
(ティアノ・ブラッドムーン。優秀な男だが……君主の器じゃなかった。だからツバキは、自分で帝国を支えるしかなかったのか)
ドクターの脳裏に、ふと浮かんだ言葉があった。
「子供が欲しい」
かつてモリアが彼にそう告げた日の、彼女のまなざし。
今、ツバキに重なるその影を前に、彼はその命を否定できなかった。
周囲の三将軍たちも、誰一人として口を開かなかった。
ドクターの指先が机を軽く叩く。
「わかった。できる限りのことはする。だが、無理な状況なら戦果を捨てて撤退だ」
彼の声は冷静だが、鋭い決意に満ちていた。
「兵士を無駄に死なせるわけにはいかない。最悪の場合……ミラージュにツバキの影武者として変化してもらおう」
「なら、今そうすればいいじゃない!」
ミラージュが不満げに唇を尖らせる。
ドクターはため息をつき、
「将軍の一人が長期不在になれば、魔王軍にとって絶好の侵攻機会だ。それに……」
目を細め、
「影武者がバレれば、ツバキへの不信が増すだけ。これはあくまで最終手段だ。子を産むなら、彼女の短期決戦策の方がまだましだろう」
(かつては自分がセリナに化け、"最強勇者伝説"を作ろうと考えたこともあったが……)
バレるリスクを考え、断念した過去が頭をよぎる。
「大丈夫さ! この全世界の美女たちの恋人である俺がいれば、ツバキちゃんとその未来の子を守るくらい造作もないことよ!」
アリストは親指を立て、爽やかな笑顔を見せる。
「まさか! 総統閣下の娘にまで手を出すつもりですか! 見境がなさすぎであります!」
エンプラが真っ赤になって抗議する。
「俺は幼女と人妻は対象外だよ。……で、なんで『娘』だとわかった?」
「吾輩の目には全てお見通しであります! アリスト少尉の性癖が脚フェチなことも――」
「へえ~、最近感じていた太ももへの視線はアリストからのものか」
ミラージュが悪戯っぽく笑い、
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
瞬く間に彼女の姿がジョロウグモへと変化。十本の黒い脚が不気味に蠢く。
アリストの表情が微妙に歪む。
「……これは、ちょっと……」
「吾輩が頑張れば、総統閣下はその子を諦めなくてもいいでありますか?」
エンプラの声には、どこか切実な響きがあった。
幾度も廃棄処分にされかけ、ドクターの反対で生き延びてきた彼女は――
ツバキの子供にも、同じ運命を味わわせたくない。
「やれやれ……せめて影武者だけはごめんだわ」
ミラージュは諦めたように肩を落とす。
「閣下を演じる? 一日どころか数時間でバレるわ。あの分単位のスケジュールを再現しろって? 残念だけど私は“将軍”であって、“完璧な役者”じゃないよ。」
ドクターは改めて全員を見渡し、
「いずれにせよ、大規模な戦いになる。軍糧、弾薬、燃料の準備。そして――私が鍛え直す新兵の練度。最低でも一か月は必要だ」
「それが待てないなら、私は降りる」
新世代の三将軍たちを呆れさせながらも、彼は既に堅実な作戦案を頭の中で練り上げていた。
「……わかったわ」
ツバキが深く頭を下げた。
「みなさん、ありがとう」
その“母の顔”を見た瞬間、誰もが、彼女を守るべき理由を見つけていた。
*
暖かなランプの灯りが机を照らす。ドクターは昼間の作戦資料に目を通しながら、深く思考にふけっていた。
ルキエルとエンプラをベッドに寝かしつけた後、ようやく自分の時間が訪れたのだ。
その時――
「誰だ?」
突然、両手で彼の目が覆われる。いたずらっぽい声は、最も懐かしいあの音色だった。
「モリアか」
「あら、つまらない」
手を離すと、背後から現れたモリアはふんわりと彼の膝の上に座り、頭をその胸板に預けた。
「誰かが私に化けて、あなたを暗殺しに来たかもしれないのに……慎重なあなたらしくないわ」
ドクターは小さく笑う。
「モリアなら知っているはずだ。彼女は彼女の偽物を私の前に近づけたりしない。全知の彼女にとって、私の信頼を失うことほど悲しいことはないからな」
「ええ、そんなこと私は許さないもの」
モリアの声には、深い愛情がにじんでいた。
共に過ごした長い時間は、まるで魂が繋がっているかのような絆を二人に与えていた。それを冒涜する者は、誰であろうと許さない。
「珍しいわね」
モリアがふと口を開く。
「あなたがあの親しくもない娘のために、ここまで頑張るなんて……惚れたの?」
ふふっと笑うその声は、からかいながらもどこか本気の疑問を込めていた。
「茶化すな」
ドクターは一瞬言葉を切り、
「これはエンプラを取り戻すためだ。それと……」
少し間を置いて、
「あの子が我が子の誕生を待つ顔が、君を思い出させた。いたたまれなかった」
モリアの手が、そっとドクターの手の上に重なる。
「気にすることないのに……困ったものですわ」
彼女の声は、いつになく柔らかかった。
「私は自分にとって一番良い未来を選びました。でもそれは、あなたの可能性をいくつも潰した。私のわがままよ。」
指が絡み合う。
「だから、せめてあなたが幸せになるように動いた。あのバカ天使とあなたを合わせ、エンプラを作らせ、勇者セリナとの出会いを仕組み、王女レンと仲良くなるきっかけを作った……全部知っているわ」
しかし――
「それなのに……」
彼女の声に、かすかな不安が混じる。
全てを知るはずの彼女でも、抑えきれない感情があった。
「ありがとう、モリア。」
「知っているわ……だから、困るのよね、あなたは」
その言葉で、彼女はそれ以上を聞かず、そっと話を折った。
ドクターも、それが彼女なりのやさしさだと理解していた。
彼女がすべてを知っているのはわかっている。
だが――それでも、自分は彼女を嫌いになれなかった。
モリアは強がりながら、その手を強く握り返した。
「あなたがこれから何を言い、何をするか……全部知っている。むしろ、それを聞くために来たようなものよ」
「でも、知っていても、実際に聞いた方が気持ちが伝わるだろう?」
ドクターの声は優しく、
「君なら、知っているはずだ」
「ええ、知っているわ」
モリアの頬が赤く染まる。
「だから、言わせているの。ずるいでしょう……」
「いや、可愛いと思うよ」
全知の悪魔ですら予想外のその言葉に、モリアはこれまで見せたことのない表情を曝け出した。
そして――
「どの世界の誰よりも、君を愛している」
深いキスが、すべてを決めた。
いつも冷静沈着な全知の悪魔パイモリアも、今夜ばかりはただの恋する少女。
不器用な彼女は、全てを捧げて愛した。
だが、ドクターの無欲さは逆に彼女を不安にさせた。
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