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第一話(続き)『まずは畑を借りたい ~初日の夜~』
カエおじちゃんと、畑と、土の匂い
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「こっちこっちー! ユウトおじちゃん、はやくー!」
ティナは大きなカゴを抱えながら、村の小道を元気に駆けていく。
村の外れ、少し坂を登った先に、段々畑のような土地が見えてきた。
草をかき分け、石をどけて、鍬を振るう人影がひとつ――
「おーい! カエおじちゃーん!」
「んだ……んだよ、ティナ。こっちは忙しいっつのに……」
姿を現したのは、がっしりとした体格の中年男だった。
髪はボサボサ、顎には無精ヒゲ、腕まくりからのぞく筋肉に土がびっしりこびりついている。
鍬を肩にかついだまま、こちらを睨むように見てきた。
「おまえ、誰だ?」
「……えっと、ユウトって言います。最近、村に来たんです」
「ふーん。最近の若いもんは、手だけは出すくせに腰は出さねぇからな。で、何しに来た?」
「畑を……やりたくて。もし、使わせてもらえるなら……」
カエは目を細めた。しばらく無言のまま、鍬をくるりと一回転させ、地面にガンッと突き立てた。
「ほう。畑を“やる”……ねぇ。おまえ、土触ったことあんのか?」
「……理科の授業で、ジャガイモ植えたくらいです」
「理科? ……なんだそりゃ」
「えっと……まあ、“ちょっと勉強しただけ”です」
「……ふん。そいつは立派な経歴だな」
皮肉か本気か、判断に困る声色。
だがその目は、ほんの少しだけ――笑っていた。
⸻
「よし。じゃあ、ちょっと掘ってみろ」
そう言ってカエが差し出したのは、見るからに年季の入った木製の鍬。柄はささくれて、土の匂いが染みついている。
ユウトは受け取ると、真似事のように腰を落とし、目の前の土を掘り始めた。
ザク、ザク……ゴリ。
「う、うわっ、固っ!」
「ははっ。石だらけだもんな。そりゃ鍬も泣くわ」
カエは大笑いした。ティナも「がんばれー」と手を振っている。
ユウトは額の汗をぬぐいながら、ひと呼吸ついた。
「……なんで、こんなに土が固いんですか?」
「理由は簡単。誰も手入れしてねぇからだ」
「……あ」
「つまりはな、やろうと思えば“おまえの土地”だってことだよ。誰も文句は言わねぇ」
「……ってことは」
「その分、全部自分でやらにゃなんねぇけどな」
カエはふっと煙草のような葉巻をくわえて火をつけた。ふわりと青い煙が立ちのぼる。
「やってみな。三日で逃げたら、そん時は笑ってやる」
そう言って、鍬をもう一本、地面に突き立てた。
⸻
「よーし……俺の大根は、でっかくなるぞ~」
「また言ってるー!」
ティナが笑いながら地面に転がった。
「バカだなあ、ユウトおじちゃん! 大根って、でかくなくてもおいしいんだよ?」
「いや、俺の大根は……でっかいんだよ」
「なにそれ~、へんなの~」
どこかで、風が吹き抜ける。土の匂いと、草のさざめき。
ユウトは、自分の手が、少しずつ“この世界の人間”になっていくような感覚を覚えていた。
ティナは大きなカゴを抱えながら、村の小道を元気に駆けていく。
村の外れ、少し坂を登った先に、段々畑のような土地が見えてきた。
草をかき分け、石をどけて、鍬を振るう人影がひとつ――
「おーい! カエおじちゃーん!」
「んだ……んだよ、ティナ。こっちは忙しいっつのに……」
姿を現したのは、がっしりとした体格の中年男だった。
髪はボサボサ、顎には無精ヒゲ、腕まくりからのぞく筋肉に土がびっしりこびりついている。
鍬を肩にかついだまま、こちらを睨むように見てきた。
「おまえ、誰だ?」
「……えっと、ユウトって言います。最近、村に来たんです」
「ふーん。最近の若いもんは、手だけは出すくせに腰は出さねぇからな。で、何しに来た?」
「畑を……やりたくて。もし、使わせてもらえるなら……」
カエは目を細めた。しばらく無言のまま、鍬をくるりと一回転させ、地面にガンッと突き立てた。
「ほう。畑を“やる”……ねぇ。おまえ、土触ったことあんのか?」
「……理科の授業で、ジャガイモ植えたくらいです」
「理科? ……なんだそりゃ」
「えっと……まあ、“ちょっと勉強しただけ”です」
「……ふん。そいつは立派な経歴だな」
皮肉か本気か、判断に困る声色。
だがその目は、ほんの少しだけ――笑っていた。
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「よし。じゃあ、ちょっと掘ってみろ」
そう言ってカエが差し出したのは、見るからに年季の入った木製の鍬。柄はささくれて、土の匂いが染みついている。
ユウトは受け取ると、真似事のように腰を落とし、目の前の土を掘り始めた。
ザク、ザク……ゴリ。
「う、うわっ、固っ!」
「ははっ。石だらけだもんな。そりゃ鍬も泣くわ」
カエは大笑いした。ティナも「がんばれー」と手を振っている。
ユウトは額の汗をぬぐいながら、ひと呼吸ついた。
「……なんで、こんなに土が固いんですか?」
「理由は簡単。誰も手入れしてねぇからだ」
「……あ」
「つまりはな、やろうと思えば“おまえの土地”だってことだよ。誰も文句は言わねぇ」
「……ってことは」
「その分、全部自分でやらにゃなんねぇけどな」
カエはふっと煙草のような葉巻をくわえて火をつけた。ふわりと青い煙が立ちのぼる。
「やってみな。三日で逃げたら、そん時は笑ってやる」
そう言って、鍬をもう一本、地面に突き立てた。
⸻
「よーし……俺の大根は、でっかくなるぞ~」
「また言ってるー!」
ティナが笑いながら地面に転がった。
「バカだなあ、ユウトおじちゃん! 大根って、でかくなくてもおいしいんだよ?」
「いや、俺の大根は……でっかいんだよ」
「なにそれ~、へんなの~」
どこかで、風が吹き抜ける。土の匂いと、草のさざめき。
ユウトは、自分の手が、少しずつ“この世界の人間”になっていくような感覚を覚えていた。
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