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俺が最初に好きだったんだ

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 (誰なんだこいつは)

 久しぶりに会った伊東輝はまるで別人のようだった。


 長いようで短い少年時代はあっという間に過ぎていく。
 輝という『親友』は居てもやはりどこか浮いた存在の叶は爪弾きにされる事が多かった。それはもしかしたら人気者の輝を占領する事が多い叶に対してのやっかみも含まれていたかもしれない。
 いじめと言い切れるような決定的な出来事は無かったが、ちょっとした嫌がらせに対するストレスは溜まっていた。そんなふさぎ込む叶の姿に祖父母は心配してか少し離れた中学を進めてきた。叶は輝と離れるのは嫌だった。嫌だったが、しかし…。自身の身も心も弱いのだと、叶は自覚していた。

「てっちゃん」
「…?なんだ?」
「ぼく、…中学違う所に通うかも」
「えー、そっか。でも引っ越す訳じゃないんだろ?」
「…うん」
「なんだ、それなら直ぐ遊びに行けるじゃん!ちょっと寂しいけどまた遊ぼーぜ!」
「……うん!そうだね!…てっちゃん、ぼく……おれ、強くなるよ」
「なんだよそれ!似合ってねー!」
「へへ…。俺、強くなって、てっちゃんに並べるように頑張る」
「頑張れよ!叶!」

 そうして進学してからばらくは連絡を取ったり、遊んだりしていたが少しづつその頻度は減っていった。
 それは叶が強くなろうと入部した剣道部が忙しかったり、輝が学業についていけなくなったり、叶の高校受験だったり、輝があまり良くない人達とつるみ出したり、お金が無かったり…色々な状況からだった。
 特に幼少期では自覚的で無かった自身の置かれている現状を認識し始めたという所が大きかったのかもしれない。
 悪い方へ、悪い方へと進んで行く輝を止める人は少なかった。


 部活終わりに1人練習を行い、片付けて下校しようと門を出た所だった。金髪の制服を着崩した人物が話しかけてくる。叶は不審人物に警戒しつつ目線を向けた。

「よ。久しぶり。あんまり変わってないなー」
「……?」
「俺だよ俺!伊東輝!てっちゃん!」
「…は?」

 叶の通っている高校に突然現れたその男が誰なのかはじめは全然わからなかった。
 キラキラとかがやいていた彼の笑顔は澱んで、瞳は腐って濁っていた。染めた金色の髪は安っぽくて、日に焼けて色の抜けた髪の方がよっぽど美しくて彼に似合っていたと叶は思った。
 かろうじて高校は通っているらしいが、その現状はあまり良くないのが見て取れた。
 
「…本当に?…てっちゃん?」
「そうそう!いやー、顔とか雰囲気は変わってないけど身長は伸びたなぁ!俺と同じくらい?え、嘘もしかして俺より高いんじゃね?悔し~」
 
 ヘラヘラ笑うその男の顔から懐かしい少年の面影を感じて、叶の中の幻想がガラガラと崩れていく。あまりのショックに声は出なかった。ただ茫然と目の前の現実を見つめ続けた。

 ヘラヘラ笑って。落ち着かなげに身体を揺すって、濁った目でこちらの様子を伺っている。軽薄な声がペラペラと何か機嫌をとるような事を言っていたがまるで耳に入ってこなかった。

「それでさぁ、お願いがあってさぁ……お金貸してくんない?」
「は?」

 ハッキリとその声が耳に届いた。

 そうして、伊東輝と名乗るこの男はてっちゃんとは別人なのだと、ああ、てっちゃんは死んだのだと叶は思った。

「本当にちょっとヤバくって…1万、あと1万円だけ足りなくってさぁ…。本当、悪いと思ってる!でもマジで頼れるのは叶だけなんだよ!お願い、お願いします!1万!1万だけ!」

 ペコペコと金髪が揺れるたびに叶の心は冷めていく。義務的に合わせられた手はあまり日に当たらなくなったせいか、もとの肌の色に戻っていた。
 輝の顔の作り笑いなどもう見ていたくなくて目を伏せて叶は財布を取り出した。
 早くこの男に去って欲しかった。
 叶は財布から一万札を抜く。これは叶がアルバイトをして稼いだ金だった。部活と勉強の間に稼いだお金だ。
 これは部活代だったり、食事代だったり…いつか強くなった叶が輝に会いに行って、遊ぶはずだった、お金。

 それを差し出した。

「!?…ありがとうぉ!!マジ助かった!恩にきる!本当にありがとう!返すから!絶対返すからな!やっぱ俺達親友なんだな!ありがとなぁ…!」
「………」

 お札ごと手を握られてブンブンと腕が上下した。その勢いでお札がくちゃくちゃになる。そのシワの入った紙幣は叶の手から抜き取られていった。
 お金を手に入れると輝は慌てたように走り出した。何かにせき立てられるように。それでも何度も振り返り手を振る。

「ありがとなぁ!叶!助かったよ!返すからなあ!絶対返すから!ありがとうなあ!」

 何度も、何度も、何度も…

 その嬉しそうな笑顔も、帰り際の名残惜しそうなその姿も昔の輝そのものだった。
 
 握られた手が熱く脈打つ。心は冷えているのに、触れられたそこだけは熱くて。

「てっちゃん…」

 悲しくて寂しくて懐かしくて…叶の頬を水滴が落ちていった。


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