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第2話
しおりを挟むそうこうしている内に平凡な一日は終わり、利香はホームルーム終了を告げる教師の声を聞いていた。
今日はいい一日だったと利香は振り返る。特にこれといった出来事はなかったが、数学の小テストが満点で返ってきたのは過去の自分が努力したおかげだ。
鞄を持ち上げてこちらを見つめてきている加奈に目配せして、利香は荷物を詰め込むと立ち上がった。
親友は下校の支度だけは早い。授業の準備はだらだらしているのにと少しだけ思いながら、利香は慌てて加奈の元へと駆けていく。
「加奈ちゃん、今日の数学の小テストどうだった?」
「あ? 2点よ2点。マークが一個当たってただけ」
きょとんと返答されて利香は言葉に詰まってしまった。この分だとまた追試の手伝いをしないといけないぞと思いながら、相変わらずな友人に乾いた笑いを浮かべる。
「そんなことより利香、駅前に新しいお店が……」
数学の成績をそんなことと流しつつ、加奈は言いかけて続きを止めた。
教室を出たところで立ち止まる加奈を不思議そうに利香は見つめる。顔は歪んでいて、不機嫌さを隠し切れていない。ちらりと視線を追ってみると、一人の青年が数人の女生徒に囲まれていた。
「あ、速水くん」
「こっちから行こ、利香」
促され、加奈の雰囲気に利香は頷くしかなかった。親友の機嫌が悪くなったのは背中だけ見ても明らかで「あちゃー」と利香は青年に振り返る。
端正な顔の造形にすらりとした長身。にこやかに笑っている青年は「ああ、こういう男の子がモテるんだろうな」というのを体現しているようだった。
名を速水蓮太郎。何を隠そう、前を行く内海加奈の想い人だった男である。
「……相変わらず、女の子におモテのようで」
「もうほんと、思い出したら腹立って来た!!」
廊下を遠回りするハメになった加奈は言葉通りに拳を握りしめた。熱い手のひら返しに、それも仕方ないかと利香は聞き役に回るしかない。
親友の口から彼の青年の名前が出ない日などはなかった。
要は目の前の内海加奈も、あの速水蓮太郎に恋する少女の一人だったのである。
彼がいかにイケメンでかっこいい男かを散々聞かされ続けた利香としては今の彼女には幾分か違和感を覚えることもあるが、それも例の一件を知っている身からすれば納得できる話だ。
「あいつ、ちょっと自分がモテるからってぇええ!! あんな奴に熱上げてた自分が恥ずかしわマジ!!」
頭を抱えて悶える加奈。それをどう返したもんかと悩みながら、利香は先ほどの青年の顔を思い出す。
(――まぁ、モテるのは仕方ないかな。)
顔面偏差値たるや東大どころの騒ぎではない。利香はもう少し可愛い感じの造形が好みだが、それでも実際あの顔で迫られればどぎまぎしてしまうだろう。
それだけではなくスタイルもあの痩身。加えて成績もトップクラスとなれば、お前は恋愛ゲームの攻略キャラかといわんばかりのステータスだ。
ただひとつ問題があるとすれば――
「性格! 性格がゴミ! もうほんとゴミ!」
利香が思い浮かべる前に親友が代弁してくれた。
「私も聞いたときショックだったもん。あんなこと言うんだって」
「でしょ!? ほんと、聞いてみたらあいつ大抵あんな感じみたいじゃない!? なのになんであんな取り巻きがいるか不思議でしょうがないわ!」
喚く加奈だが、親友の気持ちは分かると利香は頷く。
一月前、内海加奈は勇気を出して速水少年に告白した。それは恋愛ベタだった彼女の一世一代の大勝負であり、勝算は低いと気づいていながらも、本人も利香も当たって砕けろと盛り上がったものだった。
結果としては砕けろどころか大爆発で、ダイナマイトかこいつはという台詞と共に内海加奈の人生二回目の恋は終わりを告げた(ちなみに一回目は小学校のときである)。
その台詞をそのまま文章に起こせば「お前、自分で鏡見たことある? 審美眼が無い奴とはちょっと付き合えないな」であり、その瞬間に彼女の右アッパーが速水の顎に直撃した。
結果として内海加奈は「速水蓮太郎を殴った女」として学園の有名人となるのだが、そのおかげで色んな女性グループに目を付けられるといった不名誉な特典が付きまとうことになってしまったのだ。
「おかげで周りの女がイチャモンつけてくるしさぁ! あたしが悪いのこれ!?」
「いやまぁ、殴った加奈ちゃんも悪いよ」
昔から手の早い親友ではあるが「アッパーはまずいよアッパーは」と利香は困った顔で呟いた。
「せめて平手だよ」
「ビンタかー。しまったなー」
素振りをしながら加奈は悔しそうに顔を作った。
と、まぁこんな感じであの速水少年とは色々と因縁があるのである。
「クラス違ってよかったよほんと」
「それね。毎日顔合わせるとかごめん被るわ」
これがつい先月まで「なんで同じクラスじゃないんだろ」と物憂げな表情をしながら、神に向かって呪詛まで吐いていた少女の台詞であるが、これには利香も笑って返すしかない。
「でも、速水くんってよく分かんないよね。変な噂多いし」
「ふん。あれもどこまで本当だか。自分で流してるんじゃないの?」
親友の興味なさげな声に利香はおいおいと思い出す。なにせ連日のように聞かされ続けた彼の噂だ。興味が無くても覚えてしまった。
曰く、もの凄い高級マンションの最上階に一人で住んでいる。
曰く、赤いスポーツカーに乗った美人なお姉さんの恋人がいる。
曰く、親は海外の石油王で金を唸るほど持っている。
「いやいやいや」
どこのゲームキャラだと利香は本日二度めの突っ込みをした。
そりゃあ、あの顔だから二つ目の恋人はあり得たとしても、ひとつ目と三つ目は顔は関係ない。
あったとしても少しお金持ちのボンボン程度だろうと利香は思っている。まぁ、普通の高校生の少女からすればそれでも高嶺の花になるのは十分で、そういう噂が似合う程には彼の見た目が麗しいということだ。
「加奈も気をつけなさいよ」
「いや、私はさすがに大丈夫だよ」
なにせ親友の尊い犠牲により彼の本性を知っている。実のところ少しだけ「いいな」と思っていたのだが、あの告白シーンを知ってなお「それでもよし」と思えるほど耄碌してもいない。
「速水くんはないよ」
そう呟く親友を少しむっとしながら見下ろす加奈に、利香は「おいおい」と恋心の複雑さを思い知るのだった。
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