REN~性悪王子と夏色の推理室(アトリエ)~

天那 光汰

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第4話

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「――え?」

 頭上に聳えるタワーマンションを見上げ、利香は困惑しながらただただ口を開けていた。
 30階? それ以上だろうか。いかにも高級ですといわんばかりの外装の奥には、これまた高級感あふれる内装がお出迎えしてくれていた。

(なんか凄い絨毯敷いてある……。)

 オートロックの自動ドアを抜ければ、どこからともなく花の香りが漂ってくる。
 訳が分からないままに、利香は慣れた手つきでエレベーターのボタンを押している速水へ声をかけた。

「えっと、その……速水くん、ここに住んでるの?」
「……? 当たり前だろ」

 不思議そうな顔で返された。そりゃそうだ。
 けれどもはや別世界に迷い込んだアリスのように、利香は緊張で固くなった身体でエレベーターへと乗り込んだ。

「俺の部屋は33階だ。覚えておけ」
「へ? そ、そーなんだ。高いね」

 利香の精一杯の感想を「?」な顔で聞きながら、速水はエレベーターの壁にもたれ掛かる。
 高層マンションを上がる高速エレベーターは、それでも気まずい沈黙を密閉された空間に与えた。

(な、なんで私こんなことになってんだろー!)

 半泣きで利香は自分の境遇に思いを馳せた。
 親友をこっぴどく振り、そしてガツンと殴られた張本人。そんな男の自宅に今、なぜか足を運んでいる。

 話は単純で、彼女は頼まれれば断れない性格だということだ。

(まずいよね!? これ色々とまずいよねーッ!?) 

 美しいなんて初めて言われた。正直なところ少しドキっとしたのは事実だが、こうして来るとこまで来ているのは偏に性格が原因である。
 あれよあれよという間に手を引かれ、気がつけばタクシーに乗ってここまで来ていた。

(なにされるの!? なにされちゃうの私!?)

 ちらりと速水を覗き見る。相変わらずお美しい顔立ちで、黙って立っている姿は確かにイケメンだ。
 覗いたつもりが、ばっちり速水と目が合った。じっと見つめられていることに気がついて、慌てて利香が顔を背ける。

(どゆこと!? もしかして速水くん、私のこと好きなの!?)

 いやいやそれはないと利香は首を振った。百歩譲ってナンパだ。女癖が悪い噂は聞かないが、なにせあの顔面だ。女遊びの一つや二つ趣味にしていても不思議はない(偏見。

「は、速水くん! 悪いんだけど私そういうことはーー!!」
「ついたぞ」

 はっきりと断ってやる。そう拳を握りしめた瞬間、軽やかな音と共にエレベーターが目的の階に着いたことを報告した。


 ◆  ◆  ◆ 


「うわっ……」

 思わず声を出していた。

「少し散らかってるけど、入ってくれ」

 招き入れられた部屋。そこに広がる惨状に、利香は眉を寄せていた。
 広い。それはいい。タワーマンションの高層階に相応しい、お広い空間だ。

 センスもいい。大きな窓や電灯、壁紙の至る所まで金をかけただけではない、確かなセンスが伺える。
 しかしそれでも目の前に広がる凄惨な光景を、利香は一言で表した。

「……汚い」

 単純明快に、ただ一言。
 利香のつぶやきに、速水が小首を傾げて案内する。

「言っただろ。少し散らかってる。男の一人暮らしなんでな、勘弁してくれ」
「少し?」

 そんなわけあるわけない。これが少しなら、辞書の意味を書き換えなくてはいけないところだ。

 なにせダイニングと思われる部屋にはペットボトルやカップ麺の容器が散乱し、脱ぎ散らかした上着やズボンがこれでもかと椅子の背に掛けられている。
 当然キッチンは食器類で埋まり、チラシや読み終わった本が足の踏み場もないほどに床の上を占拠していた。

「俺の部屋はどうでもいいだろ。こっちだ」
「いや、どうでもいいって……」

 正直、少し意外だと利香は前を行く速水を見つめた。
 彼の整った顔からは想像もできないほどに散らかった部屋を見回し、先ほどの些細なつぶやきを思い出す。

(――そういえば、一人暮らしって)

 確かに速水はそう言っていた。
 両親は? 下宿してるの? 高校生なのに? 様々な疑問が利香の脳裏を過ぎるが、それを聞く暇もなく速水は先に進んでいく。

 散らかったリビングを抜け、ひとつ隣の扉を開けた先――その光景に、利香は思わず息を呑んだ。

「え?」

 そこは油臭かった。
 まず、独特な匂いが鼻をついた。嫌な匂いではないが、不思議な香り。

 それが油絵の具が持つ香りだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。部屋の至る所には木枠のキャンパスがかけられていて、中央に置かれた椅子とイーゼルは、素人の利香の目にも「画家っぽい」と思わせてくれたからだ。

 その空間はお世辞にも整っているとは言い難かったが、けれど先ほどのリビングの惨状とは一線を画していた。

「ここも散らかってるだろ?」
「ううん」

 相変わらずぶっきらぼうな表情のまま、どこか照れくさそうに笑った気がする声に、利香はゆっくりと首を振った。

「ここは大丈夫。大切にされてるから」

 利香のこぼした声を聞いて、速水は軽く驚いた顔をした。
 きょとんと見つめる速水に振り返り、利香は意外だと口にする。

「速水くん……絵、描くんだね」

 一見散らかっているように見えて、この空間は優しさと暖かさに満ちている。
 道具はきちんと手入れされていて、雑に置かれているものなど存在しない。使いやすいように、手の届く範囲で、いろいろな試行錯誤の果てにこの空間が存在している。

 それは、先ほどの惨状とは似て非なるもの。

「佐藤……だったか?」

 どうやらタクシーの中でした自己紹介は覚えてくれていたらしい。
 速水の問いかけにこくりと頷いて、利香はなんだろうと顔を上げた。

 背も高い。180以上はあるだろう。女子の中でも小柄な利香は「背、高いなぁ」なんてそのまんまなことを思いながら速水を見上げた。

「お前、やっぱいいな。お前なら……ヤれそうだ」
「へ?」

 利香が間抜けな声をあげると同時、速水が一歩近づいた。
 いつの間にやら迫っていた壁に、とんと利香の背中が着く。逃げ場のない空間で、速水との距離が更に少しだけ縮まった。

「えと……速水くん?」

 なんだか嫌な予感がして、利香はたらりと汗を流す。
 迫ってきた速水の顔は相変わらず綺麗なもので、それが却って危ないような気がすると、利香は体重を壁に預けた。

「――脱げ」

 そう言いながら速水の右腕が、顔のすぐ横の壁に着かれて――



 ぱんと心地よい音が、油の匂いに包まれた部屋にこだました。
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