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2巻
2-2
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「えぇっ!? 私のエプロン買ってくれたんですかっ!?」
にこにこと笑う恭一郎に、メオはびっくりしたように耳を立てた。
夕食の片付けを終えて、テーブルを拭いていたメオの手が思わず止まる。
「はい。好きなもの買っていいと言われたので。僕の前掛けも買いましたよ」
微笑む恭一郎に、メオはぽかんと口を開けた。
好きなものを買ってと渡した金で、まさか自分にプレゼントされるとは思っていなかった。
嬉しいことは嬉しいのだが、何と言ったらいいか分からないまま、メオは恭一郎から綺麗な布を受け取る。
「わぁ。綺麗な色」
「でしょう。メオさん、この色好きそうですし」
真っ赤な布も美しいが、メオはその下に桜色の布があるのを見つけてぼっと顔を赤くした。さすがに、これを恭一郎が選んだ理由くらいは、鈍いメオにも分かる。
(デ、デートで着た服。覚えててくれたんだ)
いつかの日を思い出して、メオはかぁと頬を赤らめた。そして、ありがとうございますと、小さく呟く。
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
恭一郎はそう言って、満足そうに微笑んだ。喜んでくれてよかったですと言って去っていく。
自室に戻っていく恭一郎を、メオはぽうっとした瞳で見送った。
「……あっ」
恭一郎が居なくなってから、メオは指先に刺繍の存在を感じ取る。わざわざ頼んでくれたんだと、メオはますます頬を赤らめた。
「名前入れてくれて、るぅッ!?」
しかし、そこに入れられている文字を見て、メオは目を見開いてしまった。
どくどくと鼓動が早くなり、何故か辺りに誰も居ないのを確認する。
ぎゅっと、二枚の布を抱きしめた。
「え? ……えぇ?」
その頃、メオも恭一郎も、服飾店で羊頭の青年が彼らの様子に思いを馳せていたことを知らない。
『愛しのメオへ』
エプロンに入れた刺繍を思い浮かべながら、アランは愉快そうに恭一郎から貰ったクッキーを口に放り込んだ。
「そういえば、リュカちゃんは何買ったの?」
「んー、ほしかった魔法書。のこりは貯金したよー。リューにいちゃんに学費払ってもらってる身だぜー。無駄遣いはできんさー」
魔法書を読んでいるリュカの言葉を聞いて、恭一郎は自分の手元に視線を向けた。
そこには、アランの店を出た後につい立ち寄った武器屋で購入した、使う予定もない小振りの剣。
「お、大人っすね……リュカさん」
「おうよ」
恭一郎は参ったなと思いつつ、無駄遣いの証拠を眺めるのだった。
◆ ◆
「……もうやだ」
ぼそりと落ちたアイジャの声に、恭一郎はえっと驚いて振り向いた。
ばたーんとベッドに転がったアイジャは、ぽけっとした顔で天井を見つめている。
「もう無理。全然うまくいかん。もうやだ。腹減った」
ばたばたと両手を振り乱すアイジャに、恭一郎は苦笑する。
アイジャが電気の研究を始めて数ヶ月。研究は思ったより進んでいない。
いくら魔法の大天才といえども、科学は全く別の技術であり、専門外だ。それを体系化して一般に普及させることは、一朝一夕に出来ることではない。
「ピッツアでも焼いてきましょうか?」
当初抱いていた聡明でクールなアイジャの印象は、今ではすっかり変わってしまった。
上手く行かないとすぐにぐずつくし、そうかと思えばいきなり跳ね起きて、恭一郎の声すら届かない思考の迷宮に入り込む。
アイジャらしいと、恭一郎は微笑みながら大の字に寝転ぶセーラー服のエルフを見下ろした。今日はどうやら、だめな方の彼女のようだ。
「……やだ」
「え?」
こういうときは、ピッツアを食べて酒を飲ませれば大丈夫だと考えていた恭一郎の耳に、意外な言葉が飛び込んできた。確かに腹が減ったと言っていたのに、と首を傾げる。
「ピッツア焼きに行くと、キョーイチローが部屋から出ていく」
「ま、まぁ。石窯まで行かないと焼けませんからね」
仰向けでも破壊力の変わらない胸の膨らみをちらりと見やりながら、アイジャの真意がわからずはてと恭一郎は考えた。
「お前さんが部屋を出ていくことは許さん」
「許さんって言われましても……」
アイジャの返事に、困った顔で恭一郎は頬を掻く。
あの日以降、アイジャの気持ちのぶつけ方はストレートだ。今も、恥ずかしそうに前髪をいじりながら、ちらちらと恭一郎の様子を窺っている。
動かない恭一郎に、アイジャは頬を染めてぷくっとそれを膨らました。
「つまらん。まったくもってつまらん。今日はもう、やけ酒するしかない」
がばりと、アイジャが起きあがる。ベッドの脇の酒瓶を手にとって、それを豪快に口に注いだ。
音が聞こえてくるほどのアイジャの飲みっぷりに、恭一郎がぱちぱちと拍手する。そんな恭一郎に、アイジャは立ち上がってふらふらと近づいた。
「っと、アイジャさん!?」
「いいじゃないかい。あたしを振るなんてひどいことしたんだ、これくらい我慢しな」
ぎゅうと、アイジャの胸と腕が恭一郎を包み込んだ。抱きつくアイジャの柔らかさに、恭一郎は驚いて心臓の音を鳴らす。
その高鳴りを聞いて、アイジャが満足そうにふふふと笑った。
「……それにしても。思ったより、難しいもんだねぇ」
「大丈夫ですよ、アイジャさんなら」
ぽつりと出た弱音に、ぽんぽんと恭一郎の手のひらがアイジャの背中を叩く。
それに頷いて、アイジャは恭一郎に身体を預けた。
「悪いね、いつも。助かってる」
「いいんですよ。俺、これくらいしかお手伝い出来ませんから」
撫でられる背中に心地よさを感じながら、アイジャはとくんと鼓動を刻む。
立ち止まるわけには行かない。その焦りが、恭一郎の手の温かな感触のおかげで和らいでいく。
「お前さんのこと、好きになってよかったよ」
「……ありがとうございます」
真っ直ぐな気持ち。それに対して歯切れが悪くなる恭一郎に、アイジャはしししと笑って歯を見せる。
その顔に、恭一郎は参ったと頬を掻いた。
「お前さんも、大変だねぇ」
「おかげさまで」
笑いながら頬をつついてくるアイジャに、恭一郎は困って眉を寄せる。
それを可笑しそうに見つめながら、アイジャはその暴力的な胸を恭一郎の腕にさらに押しつけた。
「ほれほれ。メオにはないもんだよ」
「それ、メオさんの前で言わないでくださいよ」
メオの雷が落ちる店内を想像して、恭一郎の背筋がぞっと凍りつく。
その顔を見たアイジャは良いことを聞いたと瞳を輝かせた。アイジャの様子に気づいた恭一郎の目が、うげっと濁る。
「そんなことを言うということは。キョーイチロー、あんたもメオのこと……」
「ご、誤解ですよ。それにほら、小さい胸には小さいなりの良さがですね」
恭一郎はそこまで言って、あっと口を手で覆った。しかし、もう遅い。アイジャの顔がにやぁと本当に楽しそうに歪んだ。
恭一郎を放り出して、アイジャは部屋を小躍りしながら飛び出していく。
「メオぉ、ちょいと聞いておくれよー。キョーイチローの奴がさー」
「ちょ、ちょっとアイジャさんっ!?」
追いすがる恭一郎を華麗にかわし、アイジャは客席の準備をしているメオのもとへと階段を下りていく。
数十秒後、ねこのしっぽ亭の天気は、曇り後大荒れへと変化していくのだった。
2 祭りの前に
「それにしても、今年もそろそろだなぁ」
「そうですねぇ。楽しみです」
すっかり出来上がった常連客のタイザが、グラスを傾けながらピッツアを摘みあげる。
メオも、皿を片付ける手を止めてにこりと笑った。
「そろそろって何がです?」
仕事が一段落し、タイザ達と一緒に飲んでいた恭一郎が首を傾げる。そういえば、ここのところ街が活気づいている気がしていた。
「お祭りですよ、お祭り。そろそろなんです」
メオが、楽しみだなぁと尻尾を振る。
恭一郎は祭りと聞いて窓の外を眺めた。
最近少し肌寒くなってきた風が、店の外を流れている。季節でいえば、秋に差し掛かっているのだろうか。確かに、日本でも祭りの多い季節だ。
「へぇ。お祭りですか」
どこの世界にもあるのだろう。街が祭りで盛り上がっている様子を想像して、恭一郎は胸を躍らせる。
「どんなお祭りなんですか?」
恭一郎にとっては、祭りといえば出店や花火だ。それに神輿といったところか。しかし、この世界での祭りがどんなものかはまったくわからない。
「神様をお迎えするんですよ。西の山と東の山にそれぞれ祠があって、年に一度神様が住み移るんです。この街は、その通り道なんですよ」
メオが聞きなじんだ昔話をするように、恭一郎に説明した。
「それはもう盛り上がるんだぜ。道の端に出店が並んでよ。全部ってわけにゃいかねぇが、土地神様が街を練り歩くんだ。通った道には御利益があるし、このしっぽ亭の前も通るはずだぜ」
タイザも、ぐいっとグラスの中身を飲み干して説明を付け足した。
祭りはどこも一緒だなと、恭一郎はなんだか懐かしい気分で満たされる。
「うわ、楽しそうですね。故郷を思い出しますよ。地元の祭りも、神輿っていう神様の乗ったものを皆で肩に背負って練り歩くんです。出店とかもたくさんあって……」
恭一郎の口から珍しく故郷の話が出たことに、タイザは少し驚いた。しかし横にいるメオの耳が動いたのを見て、そのまま恭一郎の話を黙って聞くことにする。
「やっぱり豊穣祈願とかなんですか? うちのところは海が近いのもあって、大漁祈願もかねて魚料理を食べるんですよ」
地元の喧噪を思い出しながら、恭一郎は久しぶりに故郷へと想いを馳せる。未練があるわけではないが、やはりもう一度あの賑やかな場所に行きたい気はしてしまうのだ。
「ここらへんはポアン粉農家が多いからな。そういう意味ももちろんあるぜ。ただ、メインは土地神様に安寧を願うって感じかな。天災とか疫病とか、そういうのが起こりませんようにって」
「あー、なるほど。大事ですねそれは」
科学が発達した現代の日本に育った恭一郎としては、そういう非科学的な願いというものを素直には信じられなかった。ただ、やはり信仰は大切なことだし、もしかしたらこの世界なら本当に神様が見てくれているのかもしれない。こっちに移り住んで、そう思えるようになった恭一郎である。
「それよりも、祭りの間しっぽ亭はどうするんだい? ここの通りは結構賑わうし、稼ぎ時だぜ」
のんびりと異世界の祭りを想像していた恭一郎に、タイザがピッツアを一切れ持ち上げて問いかける。それを見て、恭一郎はメオに話を振った。
「以前はどうしてたんです?」
「うーん。お父さんがいたころは、普通に営業って感じでしたね。お客さん自体が増えますから、呼び込むために特別に何かするってことはなくて」
メオが、こめかみに指を当てて当時を思い出す。
まぁ、無理に出店を出す必要性も特になかったのだろう。
ただ、何となく恭一郎は出店に挑戦したい気持ちになっていた。幼稚園の頃の夢は、出店で焼きそばを作る人になることだったのだ。何とか祭りに参加したい。
そこで、提案してみることにした。
「そういえば、今年は組合から何か作ってくれって頼まれてるんですよね。ピッツアとサンドイッチだけでもいいですが、いい機会ですし新商品開発しちゃいましょうか」
しっぽ亭の料理を街の名物料理として他店に広めたお返しとして、組合からは色々と援助してもらっている。
恭一郎にはよく分からないが、リュカが言うには随分と税金とかを優遇されているらしい。店のためにも、ここは腕の見せどころだろう。
「祭りなら、街の外の人もたくさん来るでしょうしね。アピールするには絶好のチャンスですよ」
「そうですねぇ。美味しいものいっぱい食べて帰って欲しいです」
指をくわえながら、メオがよだれをじゅるるとすすって我慢する。
メオの言うことはもっともだ。飯が美味いということは、その土地を好きになってもらう上で、これ以上ない武器になる。
「特産品で作る料理がやっぱりいいですかね。乳製品以外に何かないかな?」
恭一郎は目を瞑って日本の料理を思い浮かべた。
乳製品を使った料理はもちろん色々とあるが、あんまりそれ一辺倒でも芸がない気がする。加えて、今回は祭りを見ながら食べられるものでなくてはいけない。
「うーん。ピッツアとサンドイッチ以外でか。せっかくだから歩きながら食べれる料理だよな。それだけでも売れると思うぜ。まぁ、あんまり重くないもんの方が客としてはいいな」
タイザが残ったピッツアを四等分にする。
恭一郎も、祭りで売るなら一枚ではなく一切れずつだと思っていたので、その意見には賛成だ。
ピッツアもサンドイッチもどちらかというと主食で重めだし、タイザの言う通りに新商品は摘めるような軽めのものがいいだろう。
「だったら、新しい酒の肴って感じですか。でも正直な話、干し肉やテーズ類に勝てる料理ってなかなかないんですよね」
ここらへんは仕方がないところとはいえ、恭一郎としては少し悔しい。
日本でもビーフジャーキーやチーズは定番のツマミだが、この世界では似たようなものがそれらに勝るクオリティで安価に売られている。
ピッツアくらいしっかりした料理でないと、干し肉などに勝つのは厳しいだろう。
「難しいもんだな。まぁ、他に名産って言えばこれもだが。……こいつぁなぁ。いや、もちろん大事な特産品だが。名物って言うにゃあ地味すぎるぜ」
そう言って、タイザはピッツアの上の具材の一つを指でつついた。
何げなしに使っていた食材に、恭一郎は目を留める。
「俺も、金がないころはこればっかり食ってたもんさ。安いし腹膨れるし、頼れるやつだよ」
タイザが、スライスされてピッツアに載せられているそれをひょいと摘み上げる。
それを見て、恭一郎の胸にすとんと何かが落ちた。
「……それですよ、タイザさん。まじグッジョブです」
なんで気づかなかったのかと、ほくそ笑む。
きょとんとしているタイザを尻目に、恭一郎は椅子から立ち上がった。
◆ ◆
「うぅうう。うぉおおおおおおおおおん」
しっぽ亭の店内に、猛獣のような唸り声が響き渡った。
ばりばりと一心不乱に口に獲物を運ぶその姿は、飢えた野獣にも見える。
「うまい。うまいよぉおおおおおおおおおおおおお」
酒をがぶがぶ飲みながら、アイジャは滝のような涙を流していた。
「そうですか? 気に入ってもらってよかったです」
恭一郎はにこりと笑って、幸せそうに口を動かすアイジャを見つめる。そして、手元の鍋へと視線を戻した。ぷつぷつと浮き上がる気泡が、だんだんと少なくなる。そろそろ揚げ上がりだ。
「いや、それにしても……こいつぁ」
「ほんと。美味しいです」
新商品の感想を聞くために呼ばれたタイザも、その隣のメオも目を見開いて驚いている。アイジャのように美味しさを表現したいのは山々だが、驚く身体がそれを許してくれない。
「新食感、ってやつだな。いや、ほんとうめぇよキョーちゃん」
タイザがテーブルの上から一枚を摘み上げて、ぱりっと丁寧に噛み砕く。軽く割れるその食感は、心地よさとともにタイザの舌を楽しませた。
「美味しいもんでしょ。ポテトチップっていうんですよ」
新たに出来上がったものをテーブルに運びながら、恭一郎は満足そうににかっと笑う。
「これ、元はガガイモですよね? 安い食材の代表みたいなのに。すごいです」
「おう。注目すべきはそこよ。俺も、ポアン買う金も惜しい貧乏時代はガガイモばっか食ってたぜ。けどよ、決してまずいわけじゃねぇんだよな」
タイザが、懐かしいぜと遠い目をした。
実際は油を使うし、そこまで原価を抑えられているわけではないが、それでも商品化は十分可能な原価率だ。ガガイモに感謝ってところだろう。
「……いや、注目すべきはそこじゃないさね」
それまで泣いていたアイジャが、ごとんと酒瓶をテーブルに叩きつける。じろりと恭一郎を睨むその迫力に、そこにいる誰もが背筋を凍らせた。
「キョイチロー。お前さん、このガガイモ料理どうやって作った?」
凄むアイジャにつられて、タイザとメオも恭一郎に目を向ける。
そういえば、どうやって作ってるんだとタイザが首を捻った。
「どうやってって。ガガイモをスライスして、水気切って、ちょっと乾燥させて……そのまま揚げただけですけど」
恭一郎は少し緊張しながらアイジャに手順を話す。
何てことはない、簡単な調理法だ。ポテトチップの発想そのものは大発明だが、作り方は見れば分かりそうなものだが。
「あげる? ……こうか?」
恭一郎の説明を聞いていたタイザが、テーブルに置いていた生のガガイモをおもむろに持ち上げた。違うよなぁとタイザ自身も思いつつ、ポテトチップに変わるのを夢見て高々と掲げる。
「はは、さすがにそれじゃ……って、あぁあああああああ!!」
突如叫び声を上げた恭一郎に、一同はびくりと身体を震わせた。
恭一郎は右腕を上げたタイザをちらりと見て、何度思うか分からない自分の迂闊さ加減に頭を抱える。
「……すいません。この街の料理って、揚げ物なんかは?」
「あげもの? あげるものか? 土産用なら、それなりにあるが。キョーちゃんとこのサンドイッチとかが、一番流行ってると思うぜ」
ようやく降ろした右手でガガイモをいじりながら、タイザが答えてくれる。
恭一郎は仮説が確信に変わり、がくっと肩を落としてしまった。
「……なるほど。当分は新商品開発しなくてもお店は大丈夫そうですね」
恭一郎の呟きに、タイザとメオが不思議そうに顔を見合わせた。
アイジャは神妙そうにチップを一枚口に運んでいる。
ポテトチップというのは、単純な調理法ながらも料理界の大発明だ。
しかし、それ以前。もっと根本的なところ。
油で揚げるという調理法がそもそも革新的な技術であることに、現代の日本で育った恭一郎は気がついていなかった。
「ま、まぁいいです。色々と、祭りは新商品が出せそうなので。今はガガイモチップに集中しましょう」
どっと疲れが出たものの、揚げ物の存在に気がついたこと自体は上出来だ。唐揚げにポテトフライ、少し考えるだけでも強力な布陣が頭の中に思い浮かぶ。
というより、何故今まで気がつかなかったのかが不思議だ。おそらく、この世界に来てそれだけ石窯を使いこなすのに必死だったということだろう。
「そのまま塩だけで食べても美味しいんですがね。せっかくなんですから、色々とアピールしていきましょう」
気を取り直した恭一郎が、そこでこんなもん用意しましたと言って、大きな瓶をテーブルに置いた。中には白い粉のようなものが詰まっている。
「なんだいこりゃ? ……ポアン粉じゃなさそうだね」
アイジャがじとりと瓶の中を見つめる。どうやら中身は分からないようだ。
恭一郎は種明かしとばかりに瓶の蓋を開けた。
「この匂いは……テーズですか?」
蓋を開けた瞬間に広がった獣の匂いに、メオがくんくんと鼻を鳴らす。
恭一郎はにやりと笑って、瓶の中の粉テーズをガガイモチップに振りかけた。
「正解です。ほんと、これ作るの大変だったんですよ。一晩中、がりがり削ってたんですから」
ざざっと、塩と粉テーズを揚がったガガイモに混ぜ合わせる。腕に残る筋肉痛は、昨夜ヤスリで硬いテーズと格闘したせいである。
「テーズをわざわざ削ったのかい? なんでまたそんな面倒なこと……」
「まぁまぁ。形が変われば味も変わるってね。そこらへん、まだまだ攻めれそうなんで」
まずは食べてみてくださいよと、恭一郎は混ぜ合わせたガガイモチップをアイジャに差し出した。アイジャが、ごくりと喉を鳴らしてそれを受け取る。
数秒後、アイジャの雄叫びがしっぽ亭に響き渡った。
◆ ◆
「美味いねぇ。最近、ほんと酒が進むよ」
部屋で満面の笑みを浮かべてガガイモチップスを摘んでいるアイジャを眺めて、恭一郎はくすりと微笑んだ。
もぐもぐと酒のツマミを口に運ぶアイジャに、少し呆れたように視線を向ける。
「お酒、控えたんじゃなかったんですか?」
「んぐっ。……おいおい、お前さんがそれを言うかね。こんないけないもの作っておいて」
恭一郎に唇を尖らせながら、アイジャはガガイモチップを二枚口にくわえる。クチバシのように突き出したそれを、アイジャは恭一郎の方に向けてぴこぴこと動かした。
「……っぷ」
「あっ、わらっひゃね」
その様子がアイジャのイメージとかけ離れていて、思わず恭一郎は噴き出してしまった。アイジャも、慣れないことをしたと自覚しているのか、恥ずかしそうにそっぽを向いてチップをばりばりと噛み砕く。
「もう二度とせんぞ」
「あぁ、ごめんなさいっ。……可愛いかったですよ?」
ふてくされるアイジャに、恭一郎は慌てて言葉を付け足した。
それを聞いたアイジャの頬が、ほんのり染まる。どうやら満更でもなかったようだ。アイジャはもう一枚チップスを口に運ぶ。
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