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5巻
5-2
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「ふにゃあ、部屋取れてよかったですぅ」
宿屋を後にしながら、メオはホッと胸を撫で下ろした。
「そうですね。まさかこんなに混んでるとは」
恭一郎も、驚いて前の通りを見回す。
宿探しは思った以上に難航してしまった。浜辺にあった宿屋はどこも満室で、ようやく二部屋空きのあるところを見つけたのだ。
先ほどの宿屋の主人によると、観光客は増えたものの、まだその需要に町が対応しきれていないらしい。そうポンポンと宿屋を建てられるわけでもないので、当然といえば当然のことだ。
「本当に観光地になってるんですねぇ」
メオは幼少期の記憶がある分、恭一郎よりも町の変化に戸惑ってしまう。以前は本当にただの漁師町だったのだが、こうして見ると、人の数は二倍どころではすまないかもしれない。
「考えてみれば、アキタリア皇国のサリア皇女もこの港に降り立つのですからね。賑やかになるわけですよ」
砂浜と違い、桟橋の辺りは忙しそうな船乗りたちで賑わっている。
アキタリアなどの外国船も多そうだ。繋がれている船の大きさは大小様々で、見上げるほどの大きさの船も中にはあった。
特に巨大な船は桟橋に着けることができないのか、沖の方に碇を下ろしている。そこまでわざわざボートのような小舟で向かうのだ。
下されている荷物も様々だ。果実酒の樽から、たくさんの粉袋、檻に入れられた動物なんかも見受けられる。
「ロプス家も何隻か船を持ってるらしいですよ。シャロンちゃんが言ってました」
「にゃわぁ、なんか世界の違う話ですね」
メオの言葉に恭一郎も同意する。異世界からやって来たのでよく分からないが、身分の差というのはやはりとても大きいのだろう。
本当に住む世界の違うお金持ちが、世の中にはいるのだ。
地球でも大航海時代は、こんな雰囲気だったのだろうか。そんなことに思いを馳せながら、恭一郎は異世界の港町の磯の香りを嗅ぐのだった。
◆ ◆
「うわぁ、これまた賑やかですね」
翌朝人出の多い魚市場を眺めながら、恭一郎は顔を輝かせた。
様々な色の魚や貝が並び、ぎっしりと樽に詰められているものもある。どうやら樽ごとでも買えるらしい。
「さすが港町だね。活気があるよ」
アイジャも笑みを浮かべながら、威勢のいい魚屋の店主をちらりと見た。たたき売りをしている店主に、恭一郎も頬を緩める。
それにしてもと、恭一郎は市場を見渡した。角の生えた魚。人が挟まれそうなほど大きい二枚貝。見たこともない異世界の食材が、所狭しと並べられている。
「お、これ。昨日の夜食ったけど美味かったよ」
アイジャが、その中の一つを指さした。赤色の貝だ。毒々しい攻撃的な色が、恭一郎の目に刺さる。
「……これ、ですか? 毒持ってそうな色してますね」
「いや、それが焼いたら美味いんだって。貝の中の汁が、また酒と合ってね」
ふーんと、恭一郎はアイジャの説明に耳を傾ける。まあ、こんなに堂々と売っているくらいだから毒はないのだろう。
「にゃうう。もうだめです、お腹空いちゃいました。この匂いはだめですう」
食材を吟味している恭一郎の横で、メオがひくひくと鼻を鳴らす。この海鮮の香りが満載の市場は、猫型の亜人のメオには耐え難いものがあるようだ。
「あー、だったら昼は俺が何か作りましょうか? 砂浜空いてましたし」
タイミングよく売られている網を指さして、恭一郎は一同を振り返った。せっかくの新しい食材との出会いだ。できるだけ味をみて帰りたい。
「キョーにいちゃん! これっ、リュカこれが食べたいっ!!」
目玉が飛び出している不細工な魚を掴んだリュカが、恭一郎のもとへ駆け寄ってくる。それにくすりと笑いながら、恭一郎は袖を捲り上げるのだった。
◆ ◆
「にょほぉお。いい匂いですぅううっ!!」
じゅうじゅうと音を立てる目の前の魚介類に、メオのテンションは最高潮になっていた。じゅるりと涎を垂らし、でき上がるのを今か今かと待ち構えている。
「来てよかったですぅ。新鮮な海の幸なんて、エルダニアでは食べれませんもん」
メオの幸せな表情を見て、恭一郎がくすりと笑う。確かに、エルダニアで鮮度の高い海鮮を手に入れることは難しい。グランドシャロンでも、よほど運が良くなくては入ってこないのが現状だ。
馬車で片道二日。冷蔵庫もないこの世界では、海鮮というのは内地において滅多に食べられないご馳走である。
「浜辺で網焼きってのもオツなもんだね」
「でしょう? バーベキューって言うんですけどね。あ、リュカちゃん、もうちょっと火を強めに」
網の上で焼かれている貝を見ながら、恭一郎は傍らのリュカに声をかける。「おうよ」と呟いたリュカの口から出る炎の勢いが増した。
「ありがとうリュカちゃん。……それにしても、いいですね、これ。石窯ばっか使ってましたけど、網もアリだなぁ。一度にたくさん焼けるし」
その言葉に、リュカが得意げに鼻を鳴らす。本来、網焼きの火加減をうまく調節するのは難しい。炎の魔法が達者な妹竜さまに感謝して、恭一郎は木の枝で魚をつついた。
「あれ、そういえば塩は振らないのかい?」
我慢できずに酒を飲み始めていたアイジャが、恭一郎の手元を見て首を傾げる。塩を振って焼くのが、この世界の海鮮のオーソドックスな楽しみ方だ。
「それが、面白いものを見つけましてね。地元の食べ方でやろうかと」
ぐつぐつと焼ける貝の口が開いたのを確認すると、恭一郎は用意していた調味料を取り出す。
テーブルに置かれたバターとガラスの小瓶を見て、一同が不思議そうに眉を寄せた。
「よっと」
恭一郎が貝の中にバターを投入し、周りの面々が「えっ?」という顔をする。しかし、次の瞬間に漂ってきた香りを嗅いで、一斉にお腹を鳴らした。
「ぎゃうう。いい匂いっ。もう食べていいの!?」
「もうちょっと待ってね。最後にこいつを入れまして……」
我慢できないとばかりに尻尾を振り乱すリュカを、恭一郎は微笑みながら眺める。仕上げに、用意した小瓶の中身を貝に流し入れた。
じゅばあと、バターと黒い液体の混ざり合う音がして、香ばしい匂いが辺りに漂う。何とも懐かしく、暴力的な匂いだ。恭一郎自身、早く食べたいとごくりと喉を鳴らしてしまった。
「にゃうぅうっ! 美味しぃですっ! っほ、あふふっ。あふっ」
猫舌なのに、熱々の貝柱にかぶりついたメオが、ほふほふと必死に口の中の熱さを外に逃がす。そんなメオを愉快そうに眺めながら、一同は海の幸を存分に楽しんでいた。
「いや、ほんと美味いね。何だいあの小瓶の中身」
「これですか? 町の人はシーユとか言ってましたけど。俺の地元じゃあ醤油……いや、魚醤かな? 故郷の料理には欠かせない調味料でしてね」
初めて食べた醤油バターの味に、アイジャが目を丸くする。この世界ではかなり特殊な味なので受け入れられるか心配だったが、皆美味しそうに食べているので恭一郎はほっとした。
「魚醤もいいもんですね。海鮮に合うなぁ。……アイジャさんの言ってたこの貝も、ほんと美味しいですね」
さすがは飲み助のアイジャが推薦した食材である。味は、ちょっと淡泊なホタテといったところだ。日本育ちの恭一郎からしても、十分美味しい。貝自体の味の物足りなさは、魚醤バターが見事に補完してくれていた。
「はぁ。酒が進む。いいね。この旅行は正解だよ」
ぷはぁと酒を飲み干しながら、アイジャは幸せそのものといった表情で天を仰ぐ。まだ昼間だし、エルダニアに帰る前にもう少し遊べそうだ。
「せっかく海に来たんですから、ちょっと泳ぎたいですね。見る限り誰も泳いでないですけど」
恭一郎は、きょろきょろと砂浜を見渡す。あれだけ観光客がいるにもかかわらず、砂浜にいるのは自分たちだけだ。他に一組くらいはいてもいいと思うのだが。
「そりゃあ、わざわざ海に入る人はいませんよ。服も濡れちゃいますし」
メオの言葉に、なるほどと恭一郎は手を叩いた。裸で泳ぐわけにもいかないし、海水浴の概念がなければ汚れるだけという感覚だろう。暑さをしのぐにしても、昼ならば砂浜よりは屋内のほうが断然涼しい。
恭一郎は、ちらりとメオとアイジャを見やる。
「ふむ。……ところで、ここにアランの奴に作ってもらった水着があるんですが。どうです、泳ぎますか?」
恭一郎は背負っていた荷物袋を胸に抱き寄せた。アイジャとメオが、聞き慣れない単語に眉をひそめる。
「ミズギぃ? 何だいそりゃ?」
「泳ぐための衣装ですよ。普通の服を着ていたら泳ぎにくいでしょう」
恭一郎の言葉を聞き、なるほどとアイジャが頷く。メオも、袋の中身に興味津々だ。
「わぁ、いいですね。私も海に入ってみたいです」
楽しそうに見つめてくるメオに、恭一郎もそれならばと袋を手渡す。
「じゃあ、これに皆の分が入ってるので。大きさで誰のかは分かると思います」
「……はは。そうですよね。違いますもんね……主に胸が」
袋を受け取ったメオが、切なそうに顔を伏せる。地面を見つめるメオに、恭一郎はどう声をかけたらいいものか迷った。
ともあれ、せっかくの海である。水着の女の子は必要不可欠というものだろう。
ちなみに水着は、恭一郎が描いた絵をもとに、服飾屋のアランが不眠不休で二日で仕上げてくれた。
「……楽しみだなぁ」
実に、色々と楽しみな恭一郎であった。
◆ ◆
「にゃうぅ。ちょっと恥ずかしいですけど……どうですか?」
そう言いながら岩陰から出てきたメオは、ほんのりと頬を赤く染めながら恭一郎の顔を見つめた。
「……か、可愛いです」
やっと絞り出せた声は、乾いた喉のせいで掠れ気味だ。それを聞いたメオが、照れたようににゃははと笑う。
セパレートというのだろうか。上下に分かれた水着の間から、可愛らしいメオのお臍が顔を出している。ホルターネックの上半身の水着は、淡いピンク色で染められていた。ビキニのように過激ではなく、胸全面にあしらわれたピンク色のフリルが何とも可愛らしい。
しかも、それによって胸の小ささを誤魔化せるという特典付きだ。メオのために工夫されたであろう作りに、流石は頼りになる悪友だと恭一郎はアランに感謝した。
ただ、スカート部分が短いのが気になるらしく、メオはしきりにお尻の辺りを見ている。どうやらスカートの下には紐パンツ型の水着を穿いているようだが、アイジャと違いメオは下着を穿き慣れていない。尻尾を動かすたびに、健康的な太股がちらちらとスカートの下から見えてしまう。
「ぎゃうう。キョーにいちゃん、みてみてー! リュカ可愛い?」
「ゴシュジン。アツイ。ハヤクハイロ」
ぼけーっと恭一郎がメオの生足に見とれていると、はしゃぐお子さま二人組の声が聞こえてきた。駆け寄ってきたリュカとヒョウカは、その愛くるしい姿を恭一郎に見せつける。
「おおー。二人とも可愛いよ。サイズもぴったりだ」
へへへーと笑うリュカを、恭一郎は頷きながら眺めた。こちらもセパレートタイプだが、スカートが中でズボンのようになっているらしい。キュロットというやつだろうか。リュカもヒョウカも、水着にちょこんと添えられた胸のフリルがとても可愛らしい。色も、赤と水色で二人によく似合っている。
「リュカねー、貝殻拾うの! 綺麗なの見つけたら、にいちゃんにあげるね!」
「うわ、そりゃあ楽しみだな。応援してるからね」
がんばるぜーと意気込むリュカの頭を、恭一郎は優しく撫でる。最近はヒョウカのおかげもあってか、随分とお姉さんらしくなったように思えるリュカだが、実際はまだまだ遊びたい盛りの女の子だ。勉強を忘れて羽を伸ばすのも、大切なことだろう。
「あれっ。アイジャさんは?」
ふと違和感に気がつき、恭一郎が顔を上げる。すり寄るヒョウカのひんやりとした髪をさすりながら、恭一郎は辺りを見渡した。一番に自信満々で出てきそうな人が、何故かいない。
「アイジャさんなら、なんか先に行っといてくれって叫んでましたよ。どうしたのかな?」
フリルでやや大きく見える胸を満足そうに見つめながら、メオが首を傾げる。
何かあったとは思えないが、少々心配な恭一郎である。
「恭さん、見に行ってみたらどうですか? 恭さんなら、アイジャさんも話しやすいでしょうし」
アイジャがいるはずの岩陰の方を見つめる恭一郎に、メオが声をかける。
「えっ、いや。だったらメオさんが……」
恭一郎はさすがにまずいだろうと思いメオを振り向くが、メオは泣きそうな顔で自分の胸をぽちょんと寄せて上げた。
「ふふ……。もう少しだけ、この余韻に浸っていたいのです。あのおっぱいお化けを見てしまえば、何もかも吹き飛んでしまうので」
「そ、そうですか」
これ以上は言ってはいけない。そう感じ取った恭一郎は、仕方なしに岩陰へと足を向ける。大きな岩の前から、裏側にいるはずのアイジャに向かって声をかけた。
「アイジャさーん! 大丈夫ですかー?」
その直後、慌てたような物音が聞こえてくる。とりあえず倒れてたりはしていないようだと、恭一郎はほっとしながら反応を待った。
「きょ、キョーイチローかい!? ちょ、ちょっと。そのっ。……き、来とくれっ」
なにやら要領を得ない返事に、恭一郎は眉を寄せる。アイジャにしては珍しい。
恭一郎はとりあえず言われた通りに岩の裏へと回り込んだ。
「なかなか出てこないから心配しましたよ……って、どうしたんです?」
裏に回った瞬間、恭一郎はその奇妙な姿に目を細める。
アイジャは、まるで照る照る坊主のようにマントで身体を覆っていた。それでも暴力的な凹凸が布越しに分かるのは流石だが、アランの作った水着を着ているのだろうか。
「そのっ。あ、あたしの水着だけなんか変なんだが。……こ、これでほんとに全部なんだよな?」
何故かとんがり帽子を頭に載せたまま、もじもじとマントをいじるアイジャ。その様子に、恭一郎は合点がいった。
恭一郎は、思いつく限りの水着の形を絵に起こしていた。アランに提出したものの中には、当然あの水着も存在する。
ビキニである。
確かに、異世界人のアイジャからすれば、下着姿のようなものだろう。いや、ここではブラジャーをする文化すらないのだ。下手をすれば、裸より恥ずかしいのかもしれない。
「あー。確かに、メオさんたちの水着に比べれば露出は多いですけど。大丈夫ですよ。俺の世界では、若い女の子はよく着てますから。アイジャさんスタイルいいですし、ぜったい似合いますよ」
というより、恭一郎としても是非見たいところだ。どう考えても、破壊力抜群だろう。恭一郎の期待を込めた眼差しに、アイジャがううぅと顔を赤らめる。
「お前さんがそう言うなら……。で、でもこれで皆のところに出てったりはしないからな! お前さんに見せるだけだからな!」
よっぽど恥ずかしいのか、アイジャがしつこく念を押す。恭一郎は、そんなアイジャが可愛らしくて思わずくすりと笑ってしまった。
「うぅ……。こ、これなんだが。に、似合ってるかい?」
おずおずと、アイジャがマントを両手で広げていく。そういえば、アイジャがマントの前を閉じているのを見るのは初めてだ。ゆっくりと視界に広がっていく肌色に、恭一郎は思わず声を出した。
「……うわっ」
変な声が響く。恭一郎は、目の前の光景に脳の処理が追いついていないのを感じた。
「えっ? えっ? な、なんだいっ。やっぱり変かいっ?」
恭一郎の反応を見て、アイジャがびくんと身体を震わせる。その瞬間、大きな胸が上下に揺れた。
はっきり言って、水着が小さすぎだ。いや、水着自体は普通のサイズの白ビキニなのだが、アイジャの胸が大きすぎてとんでもないことになっている。
こぼれそうというよりも、もう大部分がこぼれていた。かろうじて、大事な部分が布に収まっている状況だ。
下半身も、言ってしまえば紐パンツとそう違いはない。アイジャの腰回りの肉が紐の部分で上下に分かれ、むっちりとした太股と長い足の全てが、白日の下に晒されている。
「やっ、やっぱり変なんだろ!? も、もうおしまいっ!!」
あまりの衝撃に鼻を押さえて少し前傾姿勢になった恭一郎に、アイジャは自分の格好がどんなものなのかを悟った。かあっとエルフ耳の先まで真っ赤にして、涙目で恭一郎に背を向ける。
「お、お前さんでもやっぱだめだっ!!」
その瞬間、恭一郎はアランに心底感謝することになった。
勢いよくアイジャがターンをした際に、ひらりと広がったマントの下。むちりと見えたアイジャのお尻を、恭一郎は決して忘れないだろう。
そういえば、とりあえず描いておいたなぁと思い出す。
Tバック。とても偉大な、人類の英知の結晶である。
「お前さんの世界の男は、変態しかいないのかい!?」
アイジャの叫びを聞きながら、すみませんと恭一郎は地球を代表してお詫びするのだった。
◆ ◆
「海、気持ちよかったですぅ。アイジャさんも泳げばよかったのに」
ニルスから戻った一行は、旅の疲れをしっぽ亭の客席で癒していた。
強行軍であったが、体力的にはともかく気分はリフレッシュできたと恭一郎も腕を伸ばす。
メオに笑いかけられたアイジャは、ふんっとそっぽを向いてグラスを呷った。
「すみません。アランの奴が」
恭一郎は全ての責任を悪友へ押しつけ、申し訳なさそうにアイジャの空いたグラスに酒を注ぐ。ただ、恭一郎に声をかけられたアイジャの表情は満更でもなさそうだ。
「ま、まあ。別にいいさね。お前さんには見せれたんだし」
恥ずかしそうに前髪をいじるアイジャに、恭一郎はほっとして肩の荷を下ろす。
結局、あの後アイジャはいつものセーラー服姿に戻ってしまった。水遊びをする面々を見ながら、退屈そうに電子タバコをふかしていたのを思い出して、恭一郎は申し訳なく思う。
「まぁ、でも行ってよかったですね。メオさんも、ありがとうございます」
テーブルに突っ伏して爆睡しているお子さま二人を見つめながら、恭一郎はメオへと微笑みながら感謝した。
「また行きましょうね」
そう言って笑うメオの声を聞きながら、アイジャも笑みを浮かべている。
こうしてねこのしっぽ亭の慰安旅行は大成功のうちに幕を下ろしたのだった。
2 ほんわかぱっぱな日の下で
オスーディア王国に存在する、地方都市エルダニア。
王都に次いで活気に満ちたその街の夜空を、恭一郎は見上げた。
「それにしても、ほんと明るくなりましたねぇ」
肌寒さが増し、日が短くなった今では夜営業が始まる前に日が沈む。
看板を表の通りに置きながら、恭一郎は目映い街灯の明かりを見つめた。
魔力発電。
かつて大戦の英雄と呼ばれた魔法使いが創り上げた、文明の灯火。
意外にも照れ屋なところのある彼女の黒いとんがり帽子を思い出して、恭一郎は街灯に向かって微笑んだ。
アイジャのおかげで、この異世界に電灯の輝きが生まれたのだ。
今もこの夜空の下、彼女は世界を見続けているだろう。
今でこそ一部の地域だけだが、いずれエルダニア全て、そしてオスーディア全域にこの煌めきは届けられることになるはずだ。
自分も頑張らなくては。誓いを静かに胸に抱き、恭一郎はネコ耳の店長の待つ『ねこのしっぽ亭』の店内に向かった。
遠くの夢を追おうとも、目の前の仕事を忘れてはいけない。
◆ ◆
びぃいいいんと強烈な音がする倉庫で、アイジャはふむと顎を上げた。
「どうです? 少しはましになったでしょ?」
腕を組むアイジャの横では、鎧甲冑に身を包んだ騎士が、顔は見えずとも明るい声を上げる。
「さすがだね。今は二人で回してんのかい」
ちらりと、アイジャは巨瓶に魔力を込めている二人の魔法使いを見やった。赤いローブの男に、ネズミ耳を持つ眼帯の男だ。
巨瓶は、倉庫の天井に届くかというくらいに大きい。中に水を満たせば、泳いで遊べるであろうほどの瓶を、アイジャは誇らしげに見上げた。
アイジャ瓶。アイジャが開発した、魔法と科学の結晶。魔法を動力とする、発電装置である。
魔力を燃料として生まれたエネルギーを電気に変換する巨瓶は、エルダニアの一部の通りへと煌めきを届けている。
「二時間ごとに休憩を挟むより、二人態勢でローテーションしたほうが楽でした。これだと一日中稼働できるし、発電力はざっと一・五倍くらいにはなったかも」
「そこまでいくと、ちょい余るくらいだねぇ。まあ、来月から範囲広げるし、それくらいで丁度いいか」
当初はしっぽ亭がある通りだけだった電灯も、来月には区画をさらに広げることが決まっている。そのためにも、今は効率のよい発電体制を整えておきたい。
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