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第2話 悪のフェイスを借りて(1)
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1 狙撃
その深夜、仗は東が住むマンションを眺めていた。ちょうど道路を挟んで建っている、向かいのビルの屋上に潜んでいたからだ。無論、東の部屋が丸見えだ。しかも仗がいる屋上の端は、数十センチほどの高い段になっているだけでフェンスなどもなく、奴にとっては好都合なロケ―ションでもあった。
これで見晴らしがいいだけでなく、膝を折った体勢で構えられる。後は住人が帰って来るのを今か今かと待ち続けるのみよ、と奴は思いを巡らす。その手には既に組み立てられた――ライフルを持って! そう、スナイパー仗はプロの殺し屋。それが今、東の命を脅かそうとスコープで狙いをつけていたのだ。
それでも、彼の帰宅時間が分かりようがないため、暫くの間はじりじりとそのタイミングを待たなければならなかった。
……と、その時、やっと部屋の電気が点いたか? 同時に窓から男の姿も確認できる。薄いカーテンが少し閉められているものの、ガラス越しに見る限り東に違いない。間違いなく本人らしき男が帰ってきたようだ。
そこで仗は、急いでサイレンサー付きライフルを構える。相手の動きを注視してスコープ越しに照準を合わせた。当然ながら一気に殺るつもりだ!
ところが、東と思える男の方は部屋をウロウロと歩き回り、動きを止めないでいた。これだと狙いが定まらず、当てるのは至難の業だ。結局、何の一撃も加えられず、この苦境を切り抜けられてしまうのか? 否、最初からそんなことは、仗も重々承知の上だ。引き金に人差し指をかけ、1発で仕留められるチャンスを待つ。
するとその後、一瞬、東の顔が壁に隠れたかと思ったら、突然不用心にも、窓側に背もたれを向けたソファーの上へ腰かけた。まさしく仗に、上半身を晒した格好となる。
これは絶好の機会か! 相手は命を奪われるとも知らず、全くの無防備な状態でソファーにもたれかけた頭部をはっきりとスコープに映し出しているのだから……
すぐさま仗は、この機を逃さまいと狙いをつける。さあ、東にすれば最大の危機だ! もう目の前に死が迫っているぞ、逃げ切れるのか?――
そして仗は、決意の末、息を詰めてゆっくりと引き金を……引いた!
鈍い銃声音が鳴る! 続いてガラスの割れる音と重い着弾音が聞こえた。それとともに衝撃を受けた頭が、前方へ倒れこむ。……弾が、東に当たった? 確かに、窓ガラスを貫通して後頭部に直撃していた! そうして標的は、まるで傀儡のごとくピクリとも動かなくなったのだ。
何と、遂に東が、凶弾に倒れてしまったようだー!
「手ごたえあり」仗はこの結末に満足してすっくと立ち上がった。何とか大仕事をやり遂げたことでボスへの忠義が果たせた。大手を振って凱旋できそうだ。……だが、そう安心したのも束の間、突然うしろの出入口扉から開閉音がした! 仗のいる屋上のドアが大きく開けられたのだ。
「うっ?」これには一瞬、奴も驚く。思わず何が起こったのかと反射的に振り返った。
すると、奴の目に扉の側で佇む1人の男の影が映る。知らぬ間に男が現れたようだ。
いったい何者の登場だ? 訝しがりながらも奴は、ただちに「誰だ?」と訊いた。
途端に男は、隙のない動きで近づいてくる。次いで朗々とした声で名乗りも上げていた。
「私か、私は東九吾だ!」
……何? 全く想定外の返答を聞かされたのだ! まさか、今撃った相手が目の前にいるとは。然しもの仗も、戸惑うしかない。疑惑の目を向け無心でその男を凝視するのであった。
風が吹き抜ける屋上に2人の男たちがいた。煌々たる月明かりに照らされる中、荘重に対峙する東と不審な顔つきで身構える仗の姿があった。
「チッ、きさま!? 騙したな」東の登場に、仗は怒鳴った。どうやら奴の方でも、今回は東のトリックが先に仕掛けられ、自分より一枚上手を行く男だということに気づかされたみたいだ。
やはり東九吾は、それほどの兵。そう簡単に殺られはしない。
ただそうだとしても、仗の態度に引き下がる気配が見えない。もう一度素早く狙えば仕留められると感じたのか、即座にライフルを構え直そうとした……が、1発の銃声を響かせた! 無駄なこと、東の拳銃が先に火を噴いた! 奴のライフルを呆気なく弾き飛ばす。そして、
「無意味な悪足掻きは止めろ」と彼は言葉を投げた。
流石にこれで、奴には勝ち目がなくなったように思えた。仗は奥歯を噛み締める仕草を見せ、悔しそうに立ち尽くす。……とはいえ、どういう訳か、その後も周りを窺っている様子だ。
「ふふふ、どうかな、俺に一杯食らわせたと思ったら大間違いだからな!」と言ってから、何やら怪しそうな顔つきになり、徐々にうしろに下がりだした。
むむっ、奴はまだ抵抗するつもりなのか? ここは、高さが20メートルもあるビルの屋上だ。下には跳び下りられるようなめぼしい建物も存在しない。それなのに、どうやって逃げおおせるというのだ。
東は、不可能だと思いつつも、その不穏な動きに、
「おい、もう逃げられんぞ、諦めろ」と諭した。
ところが次の瞬間、何故か奴は、屋上の端へと走り出した!
「待て!」ただちに東は、叫んだ。いったい何を考えているんだと呆れながら。としても、今は奴に合わせて後を追うしか方法がなく、慌てて駆けだしたところ……げっ? さらなる奇行を目にする。仗は、全く躊躇も見せず、一気に屋上から外へ飛び出したのだ!
「な、何ということを……」東は仰天した。よもや、こんな結末を見せられようとは想像だにしない。すぐさま奴の飛び降りた場所へ駆け寄り、身を大きく乗り出して下を覗き込んだ。
すると……目の前にはとんでもない光景が展開されていた。
あろうことか、仗が、「かかったな」という得意げな声を発するとともに、ちょうど真下の壁にしがみついていたではないか!――奴は地表へ飛び降りたのではなく、両手で外壁の縁を掴み、ビルの側面にぶら下がっていただけだった――
しかも、その直後、驚愕する東の隙を突き、攻撃さえも仕掛けてきた! あっという間に東の首を左手で締め上げたなら、彼の上半身を屋上から突き出させたのだ。
〈うぐっ!?〉仕舞った、思わぬ危機に陥らされたぞ! このままでは、奴の容赦ない腕力を受けて、20メートル下の強固な地面へ引きずり落とされてしまう。
東は、焦った。必死に耐えるのみ……
しかし、仗の攻めは手強かった。なかなか凌ぎきれないのだ!
そして、益々力を込め、
「死ねぇぇ!?」と奴が叫んだ途端、遂に……
「うわぁーー!?」
2 逃げる男
――遡ること9時間前。
空が夕焼け色に染まる頃、繁華街に靴音が響き渡った。
赤いアロハシャツを着た男が、複数の人影に追いかけられていたからだ。
そして、「おい、待て、待たないか!」と叫びつつ追尾していたのは、警官たちだ。
対して逃走者の方は、その声を無視して街並みを滅茶苦茶に駆け抜けていた。まるでわざと目立つように、大通りから入り組んだ細い裏道へと行ったり来たりして逃げ回っていたのだ。
……が、そうした追跡劇の最中、あるビル裏を一気に走っていた時、不意に怪しげな者が前方に現れた。それから走る男に合図するかのごとく、しきりに右手の人差し指である場所を指し示す。そこは、目立たないありふれたバーだ。
ならばと、追われる男は迷うことなくドアを勢いよく開けてそのバーへ逃げ込んだ。
「はあはあはあ」
そうすると、すぐさま店主が反応を示す。
「こっちだ」と言って男を誘導したなら、カウンターのうしろにある小さな隠し部屋へすんなりと押し込め、後は何食わぬ顔でコップを拭き始める。どうやら事を理解しているようだ。
続いて間もなく、警官も入ってきた。
「はあはあ……今、男が来ただろ?」
店主はその問いに、つとめて自然な感じで答える。
「ああ、急に入ってすぐ裏のドアから出て行ったけど。何か、やばいことでもやったのかい?」と。
けれど警官は、それ以上何も言わず、カウンターの中を探してから、店内を隈なく見て回るのみ。
店には、訳あり男が3人ほど酒を飲んでいた。ただ、お目当ての男の姿が見えない。そうなると、警官たちも諦めるしかないのか。
「悪いな、裏から通るよ」とだけ伝えて、すぐに出て行った。
上手く追い払ったようだ。
そこで店主は、もう安全だと思ったのだろう、男を部屋から出した。
「どうした? 五郎」続いて話しかけた。彼は男を知っていた。
「いやあ、ポリはしつこいんだわ。それより大変なんだ。ボスに早く報告しないと。ボスは今どこにいるんだい?」と五郎と呼ばれた男は、含み笑いをするとともに言った。
それには、店主も当然だと言いたそうに返してきた。
「いつものアジトだ」
すると男は、一瞬考えるふりをしてから、程なくして、
「まだ、ポリがうろついているからな……。誰か俺を先導してくれないか」との要求を出した。
確かに、まだ危険かもしれない……店主も、そう踏んだに違いない。その声に応じて1人の男に命じていた。
「康、お前が連れて行け」
そうして、五郎と呼ばれる男は康の導きでアジトに向かうことになった。
うらびれたビルの一角に連れて来られた、赤が目立つアロハシャツの男。彼の目の前に怪しげなドアがあった。
次に、康がそのドアをノックすると、小窓がスライドし康の顔が確認された。それで何とか了解を得たか、扉が開き2人は中へ入る。
入り口にはボディガードが1人。細長い廊下を進むと10畳ぐらいの部屋が見えた。そして、奥のソファーにどっかりと座り葉巻を吸うメタボな中年、鬼頭厳造と、その前にリーゼントできっちりきめた紳士風の男が座っていた。取巻き3人が側に立っている。
「ボス、連れて来ました」康が鬼頭に向かって早々に言った。
「五郎、どうなった?」鬼頭が訊いてくる。
「はい、サブ兄いたちは捕まりました。俺は倉庫の屋根で隠れて見てやした」
「クソ、ポリコウめ! だいたいの話は聞いたが、誰がサブたちを捕まえた?」
「ええと、何でも東九吾とか言う奴ですわ」
「東九吾か……。捜査一課の、ちょっとは名の知れた警官だなあ。サブたちも最初にそれを見抜いていたら、臭い飯を食わなくて済んだものを……。それでやり手か?」
「はあ、拳銃の腕は結構いけてますわ、そらもう2人の拳銃をバッバアンと撃ち落としました……」
「そいつの住所は?」
「はい、分かってます」
ここで鬼頭は、渋い顔を見せ、
「次の大仕事の邪魔になるな。ねえ、上溝先生」と紳士風の男に話しかけた。
ただ、そう声をかけられた上溝の方は無心でテレビを見ている。どうやらこの男は政治家のようで、ちょうど画面に映る自分の姿にご満悦の様子だ。続いて画が変わり別の男が映ったところで、薄ら笑いを浮かべて言った。
「こいつが当選すると鬼頭さん、あんたの仕事はお手上げですよ」と。
それには鬼頭も、すぐに返答した。
「分かってますって、貴方の対抗馬の吉永が市長になったら終わりだというのはね。あんなお堅い男ではブツは売り捌けないからな。それに比べて上溝先生は柔軟なお人柄だから必ず市長になってもらわないといけない」
「まあ、当選するにも金がいるからねえ」
「わははははー、それは任せてくださいと言ってますがな。……わしは必ず貴方を当選させますわ。当選の暁には、貴方の権力でドンドン稼かせがせてもらいますがね。そしてこの町を牛耳る」
だが上溝は、その言葉に怪訝そうな顔を見せて言った。
「けれど、このままでは無理だ。世論では奴の方が有利だからね」
すると、待ってましたとばかりに、
「だから……明日の資金集めの船上パーティーで死んでもら」と奴は言いかけるも、
「おいおい、物騒なことを。それ以上は聞いていないからな」慌てて上溝は否定する。
「おおと、そうでした」奴も話を合わせるのだった。
何やら近々、悪事を企てる算段のよう……そんな奴らを五郎と呼ばれる男が、黙って見据えていた。
次に鬼頭は、グラスに酒を注ぎつつ、
「ただ、東という奴が厄介だなあ」と呟き、ふてぶてしい顔でどうするか思案している風だったが、
「ボス、俺がそいつを殺りますよ」と奥の別室にいた男が、突然名乗りを上げた。
「おお、仗か、お前には大事な仕事があるしな」と鬼頭が反対する。
仗はそう言われても、頭に被ったハットを指で押し上げながら、
「ねえボス、俺以外誰がいる。腕が立つ男をやれるのは俺しかいないだろ。このスナイパー仗しか」と言った。
鬼頭は、少し間を置いて考えている素振りだ。続いて、
「よおし、いいだろう。東を殺ったらすぐ戻れ、準備の時間も必要だ」と認めていた。後は、そのやり取りを腕を組んでじっくり聞いていたアロハシャツの男に向かって、「仗を東の所へ連れて行け」と命令した。
その声で、2人の男たちはただちに出て行った。
奴らの計謀が始まったのだ。
…………………………
そして、
「死ね!」仗が、東を力任せに下へ落とそうとした。
東は懸命に堪えたものの……
「うわぁーー!?」
その深夜、仗は東が住むマンションを眺めていた。ちょうど道路を挟んで建っている、向かいのビルの屋上に潜んでいたからだ。無論、東の部屋が丸見えだ。しかも仗がいる屋上の端は、数十センチほどの高い段になっているだけでフェンスなどもなく、奴にとっては好都合なロケ―ションでもあった。
これで見晴らしがいいだけでなく、膝を折った体勢で構えられる。後は住人が帰って来るのを今か今かと待ち続けるのみよ、と奴は思いを巡らす。その手には既に組み立てられた――ライフルを持って! そう、スナイパー仗はプロの殺し屋。それが今、東の命を脅かそうとスコープで狙いをつけていたのだ。
それでも、彼の帰宅時間が分かりようがないため、暫くの間はじりじりとそのタイミングを待たなければならなかった。
……と、その時、やっと部屋の電気が点いたか? 同時に窓から男の姿も確認できる。薄いカーテンが少し閉められているものの、ガラス越しに見る限り東に違いない。間違いなく本人らしき男が帰ってきたようだ。
そこで仗は、急いでサイレンサー付きライフルを構える。相手の動きを注視してスコープ越しに照準を合わせた。当然ながら一気に殺るつもりだ!
ところが、東と思える男の方は部屋をウロウロと歩き回り、動きを止めないでいた。これだと狙いが定まらず、当てるのは至難の業だ。結局、何の一撃も加えられず、この苦境を切り抜けられてしまうのか? 否、最初からそんなことは、仗も重々承知の上だ。引き金に人差し指をかけ、1発で仕留められるチャンスを待つ。
するとその後、一瞬、東の顔が壁に隠れたかと思ったら、突然不用心にも、窓側に背もたれを向けたソファーの上へ腰かけた。まさしく仗に、上半身を晒した格好となる。
これは絶好の機会か! 相手は命を奪われるとも知らず、全くの無防備な状態でソファーにもたれかけた頭部をはっきりとスコープに映し出しているのだから……
すぐさま仗は、この機を逃さまいと狙いをつける。さあ、東にすれば最大の危機だ! もう目の前に死が迫っているぞ、逃げ切れるのか?――
そして仗は、決意の末、息を詰めてゆっくりと引き金を……引いた!
鈍い銃声音が鳴る! 続いてガラスの割れる音と重い着弾音が聞こえた。それとともに衝撃を受けた頭が、前方へ倒れこむ。……弾が、東に当たった? 確かに、窓ガラスを貫通して後頭部に直撃していた! そうして標的は、まるで傀儡のごとくピクリとも動かなくなったのだ。
何と、遂に東が、凶弾に倒れてしまったようだー!
「手ごたえあり」仗はこの結末に満足してすっくと立ち上がった。何とか大仕事をやり遂げたことでボスへの忠義が果たせた。大手を振って凱旋できそうだ。……だが、そう安心したのも束の間、突然うしろの出入口扉から開閉音がした! 仗のいる屋上のドアが大きく開けられたのだ。
「うっ?」これには一瞬、奴も驚く。思わず何が起こったのかと反射的に振り返った。
すると、奴の目に扉の側で佇む1人の男の影が映る。知らぬ間に男が現れたようだ。
いったい何者の登場だ? 訝しがりながらも奴は、ただちに「誰だ?」と訊いた。
途端に男は、隙のない動きで近づいてくる。次いで朗々とした声で名乗りも上げていた。
「私か、私は東九吾だ!」
……何? 全く想定外の返答を聞かされたのだ! まさか、今撃った相手が目の前にいるとは。然しもの仗も、戸惑うしかない。疑惑の目を向け無心でその男を凝視するのであった。
風が吹き抜ける屋上に2人の男たちがいた。煌々たる月明かりに照らされる中、荘重に対峙する東と不審な顔つきで身構える仗の姿があった。
「チッ、きさま!? 騙したな」東の登場に、仗は怒鳴った。どうやら奴の方でも、今回は東のトリックが先に仕掛けられ、自分より一枚上手を行く男だということに気づかされたみたいだ。
やはり東九吾は、それほどの兵。そう簡単に殺られはしない。
ただそうだとしても、仗の態度に引き下がる気配が見えない。もう一度素早く狙えば仕留められると感じたのか、即座にライフルを構え直そうとした……が、1発の銃声を響かせた! 無駄なこと、東の拳銃が先に火を噴いた! 奴のライフルを呆気なく弾き飛ばす。そして、
「無意味な悪足掻きは止めろ」と彼は言葉を投げた。
流石にこれで、奴には勝ち目がなくなったように思えた。仗は奥歯を噛み締める仕草を見せ、悔しそうに立ち尽くす。……とはいえ、どういう訳か、その後も周りを窺っている様子だ。
「ふふふ、どうかな、俺に一杯食らわせたと思ったら大間違いだからな!」と言ってから、何やら怪しそうな顔つきになり、徐々にうしろに下がりだした。
むむっ、奴はまだ抵抗するつもりなのか? ここは、高さが20メートルもあるビルの屋上だ。下には跳び下りられるようなめぼしい建物も存在しない。それなのに、どうやって逃げおおせるというのだ。
東は、不可能だと思いつつも、その不穏な動きに、
「おい、もう逃げられんぞ、諦めろ」と諭した。
ところが次の瞬間、何故か奴は、屋上の端へと走り出した!
「待て!」ただちに東は、叫んだ。いったい何を考えているんだと呆れながら。としても、今は奴に合わせて後を追うしか方法がなく、慌てて駆けだしたところ……げっ? さらなる奇行を目にする。仗は、全く躊躇も見せず、一気に屋上から外へ飛び出したのだ!
「な、何ということを……」東は仰天した。よもや、こんな結末を見せられようとは想像だにしない。すぐさま奴の飛び降りた場所へ駆け寄り、身を大きく乗り出して下を覗き込んだ。
すると……目の前にはとんでもない光景が展開されていた。
あろうことか、仗が、「かかったな」という得意げな声を発するとともに、ちょうど真下の壁にしがみついていたではないか!――奴は地表へ飛び降りたのではなく、両手で外壁の縁を掴み、ビルの側面にぶら下がっていただけだった――
しかも、その直後、驚愕する東の隙を突き、攻撃さえも仕掛けてきた! あっという間に東の首を左手で締め上げたなら、彼の上半身を屋上から突き出させたのだ。
〈うぐっ!?〉仕舞った、思わぬ危機に陥らされたぞ! このままでは、奴の容赦ない腕力を受けて、20メートル下の強固な地面へ引きずり落とされてしまう。
東は、焦った。必死に耐えるのみ……
しかし、仗の攻めは手強かった。なかなか凌ぎきれないのだ!
そして、益々力を込め、
「死ねぇぇ!?」と奴が叫んだ途端、遂に……
「うわぁーー!?」
2 逃げる男
――遡ること9時間前。
空が夕焼け色に染まる頃、繁華街に靴音が響き渡った。
赤いアロハシャツを着た男が、複数の人影に追いかけられていたからだ。
そして、「おい、待て、待たないか!」と叫びつつ追尾していたのは、警官たちだ。
対して逃走者の方は、その声を無視して街並みを滅茶苦茶に駆け抜けていた。まるでわざと目立つように、大通りから入り組んだ細い裏道へと行ったり来たりして逃げ回っていたのだ。
……が、そうした追跡劇の最中、あるビル裏を一気に走っていた時、不意に怪しげな者が前方に現れた。それから走る男に合図するかのごとく、しきりに右手の人差し指である場所を指し示す。そこは、目立たないありふれたバーだ。
ならばと、追われる男は迷うことなくドアを勢いよく開けてそのバーへ逃げ込んだ。
「はあはあはあ」
そうすると、すぐさま店主が反応を示す。
「こっちだ」と言って男を誘導したなら、カウンターのうしろにある小さな隠し部屋へすんなりと押し込め、後は何食わぬ顔でコップを拭き始める。どうやら事を理解しているようだ。
続いて間もなく、警官も入ってきた。
「はあはあ……今、男が来ただろ?」
店主はその問いに、つとめて自然な感じで答える。
「ああ、急に入ってすぐ裏のドアから出て行ったけど。何か、やばいことでもやったのかい?」と。
けれど警官は、それ以上何も言わず、カウンターの中を探してから、店内を隈なく見て回るのみ。
店には、訳あり男が3人ほど酒を飲んでいた。ただ、お目当ての男の姿が見えない。そうなると、警官たちも諦めるしかないのか。
「悪いな、裏から通るよ」とだけ伝えて、すぐに出て行った。
上手く追い払ったようだ。
そこで店主は、もう安全だと思ったのだろう、男を部屋から出した。
「どうした? 五郎」続いて話しかけた。彼は男を知っていた。
「いやあ、ポリはしつこいんだわ。それより大変なんだ。ボスに早く報告しないと。ボスは今どこにいるんだい?」と五郎と呼ばれた男は、含み笑いをするとともに言った。
それには、店主も当然だと言いたそうに返してきた。
「いつものアジトだ」
すると男は、一瞬考えるふりをしてから、程なくして、
「まだ、ポリがうろついているからな……。誰か俺を先導してくれないか」との要求を出した。
確かに、まだ危険かもしれない……店主も、そう踏んだに違いない。その声に応じて1人の男に命じていた。
「康、お前が連れて行け」
そうして、五郎と呼ばれる男は康の導きでアジトに向かうことになった。
うらびれたビルの一角に連れて来られた、赤が目立つアロハシャツの男。彼の目の前に怪しげなドアがあった。
次に、康がそのドアをノックすると、小窓がスライドし康の顔が確認された。それで何とか了解を得たか、扉が開き2人は中へ入る。
入り口にはボディガードが1人。細長い廊下を進むと10畳ぐらいの部屋が見えた。そして、奥のソファーにどっかりと座り葉巻を吸うメタボな中年、鬼頭厳造と、その前にリーゼントできっちりきめた紳士風の男が座っていた。取巻き3人が側に立っている。
「ボス、連れて来ました」康が鬼頭に向かって早々に言った。
「五郎、どうなった?」鬼頭が訊いてくる。
「はい、サブ兄いたちは捕まりました。俺は倉庫の屋根で隠れて見てやした」
「クソ、ポリコウめ! だいたいの話は聞いたが、誰がサブたちを捕まえた?」
「ええと、何でも東九吾とか言う奴ですわ」
「東九吾か……。捜査一課の、ちょっとは名の知れた警官だなあ。サブたちも最初にそれを見抜いていたら、臭い飯を食わなくて済んだものを……。それでやり手か?」
「はあ、拳銃の腕は結構いけてますわ、そらもう2人の拳銃をバッバアンと撃ち落としました……」
「そいつの住所は?」
「はい、分かってます」
ここで鬼頭は、渋い顔を見せ、
「次の大仕事の邪魔になるな。ねえ、上溝先生」と紳士風の男に話しかけた。
ただ、そう声をかけられた上溝の方は無心でテレビを見ている。どうやらこの男は政治家のようで、ちょうど画面に映る自分の姿にご満悦の様子だ。続いて画が変わり別の男が映ったところで、薄ら笑いを浮かべて言った。
「こいつが当選すると鬼頭さん、あんたの仕事はお手上げですよ」と。
それには鬼頭も、すぐに返答した。
「分かってますって、貴方の対抗馬の吉永が市長になったら終わりだというのはね。あんなお堅い男ではブツは売り捌けないからな。それに比べて上溝先生は柔軟なお人柄だから必ず市長になってもらわないといけない」
「まあ、当選するにも金がいるからねえ」
「わははははー、それは任せてくださいと言ってますがな。……わしは必ず貴方を当選させますわ。当選の暁には、貴方の権力でドンドン稼かせがせてもらいますがね。そしてこの町を牛耳る」
だが上溝は、その言葉に怪訝そうな顔を見せて言った。
「けれど、このままでは無理だ。世論では奴の方が有利だからね」
すると、待ってましたとばかりに、
「だから……明日の資金集めの船上パーティーで死んでもら」と奴は言いかけるも、
「おいおい、物騒なことを。それ以上は聞いていないからな」慌てて上溝は否定する。
「おおと、そうでした」奴も話を合わせるのだった。
何やら近々、悪事を企てる算段のよう……そんな奴らを五郎と呼ばれる男が、黙って見据えていた。
次に鬼頭は、グラスに酒を注ぎつつ、
「ただ、東という奴が厄介だなあ」と呟き、ふてぶてしい顔でどうするか思案している風だったが、
「ボス、俺がそいつを殺りますよ」と奥の別室にいた男が、突然名乗りを上げた。
「おお、仗か、お前には大事な仕事があるしな」と鬼頭が反対する。
仗はそう言われても、頭に被ったハットを指で押し上げながら、
「ねえボス、俺以外誰がいる。腕が立つ男をやれるのは俺しかいないだろ。このスナイパー仗しか」と言った。
鬼頭は、少し間を置いて考えている素振りだ。続いて、
「よおし、いいだろう。東を殺ったらすぐ戻れ、準備の時間も必要だ」と認めていた。後は、そのやり取りを腕を組んでじっくり聞いていたアロハシャツの男に向かって、「仗を東の所へ連れて行け」と命令した。
その声で、2人の男たちはただちに出て行った。
奴らの計謀が始まったのだ。
…………………………
そして、
「死ね!」仗が、東を力任せに下へ落とそうとした。
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『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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