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第2話 悪のフェイスを借りて(2)
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3 暗殺
次の日、18時46分の日没前、2台の車が夕暮れの道路を走行している。
前の車両の後部席には、鬼頭が乗っていた。
「おい康、仗は準備しているんだろうな?」と助手席の康に問うた。
「ヘえ、既に準備完了、もうすぐ指定の位置に来ます」康は気弱そうに答え、隣では相変わらず赤シャツを着た五郎が運転を担当していた。
続いて鬼頭の横に座る上溝が、不満そうな顔で訊いてきた。
「ところで、何故私も一緒に行くんだい。遠くにいる方が安全じゃないか」
「いやあそこですがね、遠くてもアリバイ作りにはなりませんからね。それより吉永の側にいた方が先生も被害者扱いされるじゃないですか」と言って、奴はニヤリと笑った。
それを聞いては、上溝も感心したように、
「ほほう、つまり世間は誰が狙われたか知る訳もない。たまたま、吉永が撃たれる。さすが鬼頭さん、悪知恵が働きますな」と言った。
「ははは、これぐらい考えつかないと商売になりませんわ」対して高笑いで答える鬼頭。悪巧みだけは得意な奴らだった。
そうするうちに、2台の車は港に停船している豪華客船に到着した。既に200人以上の人々が船のデッキで楽しんでいる。
船に乗り込むため、鬼頭、上溝、そして子分たち、腕っ節が強そうな剛と、あまり極道向きとは思えない康と赤シャツの五郎が、桟橋の入り口受付に向かった。残りの子分たちは、車の駐車場で待機する手筈だ。
桟橋に近づいたら、ギリギリ2人が通れる幅しかない狭い入り口だった。
「いらっしゃいませ。招待状を拝見します」とすぐに秘書が声をかけてきた。
そこで鬼頭は、「こちらは吉永先生の資金パーティー会場ですね?」とわざとらしく尋ねる。
「そうでございます」
「それでは、これを招待状代わりということで、入れてもらえないでしょうかね?」と言うなり、今度は部厚い封筒を手渡した。
秘書は中身を見て、慌てた仕草で吉永の所へ走って行った。
次にその様子を真横で見ていた上溝が、「いくら入れた?」と訊いてきたので、鬼頭は指を5本とも開いて示す。
その後、暫くして秘書が戻って来ると、鬼頭たちは参加できることに。ただし、全身をハンディタイプ金属探知機で調べられた。当然銃など持ち込めない。
それでも鬼頭たちはデッキに向かって行った。デッキでは吉永が客たちの相手をして忙しそうだ。吉永の側には2人のSPが警護していた。
「今晩は、吉永さん」と上溝が挨拶した。
「やあ、上溝先生、今日はよく来てくれました」吉永は上溝と適当な会話を交わす。
それにしても周りを見渡せば、デッキは大勢の人々でごった返しだ。しかし屋根がない分、開放感があって大空には星も見え快適だった。
すると突然、「あっ、炎が見える」と女が上空を指差した。何かが燃えつつ上から近づいて来る。そしてその正体を知ったのか、「あれは……熱気球」と女は呟いた。
吉永も何となくその存在を認識していた。こんな夜に気球とはおかしな話だ、と思いながらもじっと凝視していた訳だ。しかも、気球のゴンドラから不審な棒が突き出ていることにも気づく。その形状から、判断すれば……えっ! あれは、ライフル?
突如! 1発の銃声音がした。思った通りライフルが火を噴いたのだ!
次の瞬間、銃声に驚いた船内の人々はパニックとなり、乗客の喚き声や金切り声、逃げ惑う足音が烈火のごとく充満した。同時に何発もの銃声も鳴り、2人のSPが応戦して気球に撃ち込んでいた。
そう、鬼頭たちの計画とは、気球から吉永を狙撃することだったのだ。
けれど、鬼頭たちの思惑は外れ、吉永は?――無事だ。彼は幸いにも、一瞬屈んだため当たらなかった。
「クソッ、失敗したか!」そうなると、鬼頭は悔しがるしかない。そのうえ上溝が、すぐに駆け寄ってきては「ど、どうする?」とおろおろするばかり……まるっきりお荷物となる。とはいえ、鬼頭の方も大混乱している客を目の前にして、次の一手を思いつかないでいた。そこで、取りあえず上溝だけでも逃がそうと考え、
「貴方は逃げな、後はわしらで何とかするわ」と伝えた。
上溝はその言葉を受け、乗客の声が耳を劈く、全く収拾のつかなくなった群集の中へ急いで飛び込んでいった。
一方、渦中の吉永は物陰に隠れていた。狙いが自分だと察したみたいだ。
そして船上では、益々人々の叫び声と銃声が渦巻き、大混乱に陥っていた。皆我先と逃げ惑い、陸への狭い桟橋を渡ろうとしていた訳だ。その結果、叫び声を出して海に落ちる音も聞こえてきた。この修羅場では、大勢の中を進むに進めず、桟橋から海に落ちる者や船から落ちる者もいたからだ。これはもう阿鼻叫喚の図と言うべきか。
それでも鬼頭は、そんな状況下に陥ろうとも、冷静にどうすべきか考えていた。
すると、思わぬ光景に出くわす。銃声音を鳴らし撃つことだけに気を取られた1人のSPが、不意に逃げる客に体当りされて床に転倒したのだ。無論その拍子に銃を落としたのは言うまでもなく、加えて奴にとっては幸運なことに、頭をぶつけたSPの打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
となれば、銃を奪い取る絶好の機会だ。鬼頭は躊躇うことなくすぐさま銃を手にする。続いてもう1人のSPの様子を窺ったところ、発砲音をさせてデッキの端で撃っているのが見えた。
奴はそのSPも排除しようと企て、ちょうど近くにいた五郎に合図を送る。
すぐに子分は、その要望に答えるべく、ゆっくりとSPに近づき、タイミングを見計らって、突き飛ばした!
「うおーー!?」海面への衝突音が聞こえた。SPは海の底へ一直線だ。これで鬼頭にとって邪魔なSPたちは消えたという訳だ。
そうして後はお決まり通り、鬼頭は逃げ惑う客を無視して、ここぞとばかりにその銃を吉永へ向けた。
「何するんだ!」当然、吉永は驚いた様子だ。ただちに大声で叫んだが、客の喚き声や悲鳴、走り回る靴音が続く異常な騒音の中では、誰も彼の声など聞いていない。それをいいことに、即刻吉永を抱え込み口に猿ぐつわを噛ませた。
「ぐぐーがーごきゅさー」そして吉永が暴れようとも、構わず彼の両腕を抑え込み、鬼頭は子分ともども一塊となって、群集に紛れながら船の外へと連れ出そうとした。
「先生! 吉永先生、せん、せー!」そこに、秘書の呼ぶ声が聞こえてきたものの、「がぐーぎーばくがー」という虚しい音が響くのみよ……。雑踏に紛れて届きはしない。秘書も大混雑の暗夜にいては、吉村の居場所など分かるはずもなかった。
その間に、鬼頭たちは歩を進め、何とか岸壁まで辿り着く。ただし、逃げて来た多くの客で未だ混乱状態、悲鳴と騒音が止まない。それは、ある意味、悪党の一団にとって有利な状況だった。何故なら、怯える大衆は自分たちのことだけで悪党どもを見向きもしない、そのうえ暗闇でもあるため、結局奴らは難なく駐車場に着くことができたのだから。
後は、素早く吉永を車に押し込み、鬼頭も同乗したのち、子分たちの乗った別の車両へ無線で言い捨てた。
「お前ら、警察がすぐ来るからな、わしらが逃げるまで派手に暴れてポリを引きつけておけ」と。
そして奴の車は、あっという間に闇の中へと走り去っていった……
4 偽りのフェイス
ここは北港のドック。夜11時09分の薄暗い街灯の下で、5人の男たちが車から降りた。手を縛られ猿ぐつわされた男と、鬼頭たち4人の強面だ。奴らは吉永のうしろを暗黒の海にして、前を塞ぐ形で陣取った。加えて鬼頭は、SPが落とした銃を持ち、他にも銃を所持していたのは康と剛だった。それともう一人、飛び道具を持たないまま現れた、五郎の姿もあった。
「あんたには何の恨みもないが……わしらの商売の邪魔になるんでね。悪いがここで死んでくれ」と鬼頭が容赦なく切り出した。
対して吉永は、「あぐうがーくがぐー」と声にならない声を発し、うしろへジリジリ下がり始める。ただ、そうは言ってもうしろは冷たい海、逃げようがなかった。
続いて鬼頭は急ぐように、気弱な男に命令を出した。
「康、殺れ!」
しかし、当の康は突然の命令に戸惑いを隠せない様子。
「お、俺がですかぁ?」と腰が引けている。
その弱気な姿勢には、「何ビビってんだ! お前も度胸のつけ時だろうが」と鬼頭も一喝したが、今は時間がなく、無理強いさせるより早く終わらせることが先決だと思い、康は諦めてもう一度いかつい男へ命じた。
「仕方ね。剛、お前が殺れ!」
すると、ただちに請け負う剛。
「オッケー、ボス。俺が仕留めますわ」どうやらこの男は、血も涙もない根っからの悪党みたいだ。剛は躊躇することなく、ゆっくりと吉永に近づいて行った。
「うぐぎーばぷうー」忽ち吉永は声を荒げる。おろおろと後退しながら命乞いを始めた。
とはいえ、剛は全く意に介さない態度だ。既にトリガーへ指をかけ、今にも撃ちそう。
なおも吉永の方は、必死の形相で首を左右に振り掌を突き出す動作をして訴え続ける……も、結局、剛には通用しなかった。
そして遂に、奴は緊張した面持ちで、吉永の頭部を目がけ、引金をひいた?……
「待てー!」だが、その時、突如闇の奥深くから声が響いた!
ぬぬっ? 思いもかけない、邪魔者の登場か? これには、鬼頭も驚く。同時に子分たちも動きを止めた。
すぐさま鬼頭は、気配のする方を顧みて叫んでいた。
「誰だ?」
途端に、遠くの方で靴音が聞こえる。それは闇夜の中を貫いて、どんどんと近づいてくるようだ。加えてこの力強い足音に、奴は何故か嫌な予感を抱く。
そして漸く姿を現した、1人の男こそ……
「仗!」と鬼頭は思わず叫んだ。……スナイパー仗? 確かに、硬い表情で現れたのは、仗であった。
「ボス、俺が殺りますよ」男は近寄るなり容易に申し出た。
その言葉に鬼頭は不審顔で訊いた。
「よくここが分かったな」と。
「上から見ていたんでね」人差し指でハットのツバを下にして答えていた。そのうえ、「こうなったのも、俺が吉永を撃ち損じたせいだ。俺の責任でやつを始末しますよ」と殺しのプロなら言いそうな言葉を吐いた。
それには鬼頭も少し迷ったが、その男をじっと見定めた後、
「いいだろう。仗、きさまに任せた」との承諾をした。
男は、了解を得たことで早々に吉永の方へ近づいていった。さしもの名手も、暗い場所で遠くの物を命中させるのは難しいようだ。
「…………」吉永は黙って膝をついたままだ。もう観念したかの様相に見えた。
男は坦々と「大丈夫だ、すぐ済む」と吉永に癒す言葉を言った。次にガンホルダーに手をかけ、ゆっくりと銃を抜く……
ところが、「そこまでだ!」と急に鬼頭が叫び声を上げた! しかも、本当に警戒していることを示すため、その男に銃を向けた。「剛、気を抜くな。お前たちもチャカで狙っていろ!」と子分にも指示を出す。
これは、どういうことだ? 仲間であるはずの仗に銃口を向けるとは……つまり、奴の直感だった。男の振る舞いにどことなく仗とは違う雰囲気を感じ取っていたからだ。
当然、男の方はそれを見て驚いた顔になり、
「ああっ? どういうことだい。ボス?」と即座に問いかけてきた。
とはいえ、鬼頭には彼の言い分など耳に入らない。
「銃を下に置け!」と命令するのみ。
ただ、それで男が納得する訳もなく、
「俺だよ、仗だよ! スナイパー仗だ」と再度の主張を続けていた。
それでも奴は退かない。「いいから、捨てろ!」今にも撃つぞという気構えで叫んだ。
こうなると、男も覚悟を決めたか。仕方なさそうに右手で銃のグリップを慎重に摘んだら、足元へ投げた。
それで漸く、鬼頭が話し始める。
「仗、いや、誰か知らないがお前は仗ではないな」と確信がある口振りで言った。
その声に、男の方は沈黙を通し、少し微笑んで聞いているかのよう。
なおも鬼頭は、「いいか人間てものはな、どうにか上手く化けても、体の輪郭だけは真似できないもんだ。暗がりの中、お前の輪郭は仗よりちょいと細くないか?」との指摘をしていた。
そこで確実に、彼は頬を緩めたか。
「それに今の拳銃の置き方……仗はなっ、左利きだ!」と言った途端、「わはははははー」その男が声高々に笑い出した。まるで悪党を蹴散らすように。
そうだ、鬼頭の推理は正しかった。 かくして、その正体は?
「お前は誰だ!」
ゆっくりと、顔から精巧に作られたマスクを剥がして声を発した!
「私か、私は警察署捜査一課第9班、東九吾だ!?」
やはりその実体は、東だったー!
東は仗のボイスチェンジャー付きフェイスマスクを被っていたのだ。そのマスクと言うのはアメリカのバイオテイク社の協力の下、警察技研班が科学の粋を集めて、声質と顔が瓜二つとなるがごとく人工皮膚で極秘に製作された物だった。
鬼頭が叫んだ。
「何! 東? 東は死んだはず」頭に血が上ってきている。「仗はどうした?」
「仗は死んだよ。屋上で私と争い、手を滑らせて落ちた。私は縁につかまって助かったがね」
「何だと!」どうやらあの時、屋上から落ちたのは東でなく仗だったという訳か。それを知らされ、改めて「ええい、ちくしょう!」と叫んだ。奴は本心から悔しがる。
ならば次に、他の警官もいるのでは? と急いで辺りを見回す。が、他には誰もいない様子だ。鬼頭は少し安心し、
「1人で来たとは度胸があるじゃないか!」と言ったところ、東の方は何故か余裕があるらしく堂々と言い返してきた。
「お前たちなど、私1人で十分だ」と。
「何を! 生意気なあ」怒り心頭だ。「ええい、こうなったら2人とも、殺っちまってやる!」と奴が2人に銃を向けた。
「先ず、お前だ!」しかも先に、東へと照準を合わせた。
さあ、まさに彼にとっては、絶体絶命の状況だ! 丸腰のまま9メートル離れた所から発射される鬼頭の弾丸を避け、数名の敵と戦わなければならないのだ。それに辺りは何もないガランと開けたドッグ、一旦弾から身を守ろうとしても、どこにも逃げられない……
東よ! この危機を避けられるのかー?
そしてとうとう鬼頭は、確りとSPの銃を握り、引金に指を乗せたなら、容赦なく……撃った?
〈うっー!?〉ところが次の瞬間、鬼頭がうずくまった! 唐突な衝撃のせいで、銃を落とし腹を押さえ苦しがる。不意に誰かの攻撃を受けたに違いない。
さらにこの時、東の方も好機と捉えたのか反撃に出た模様、素早く足元の銃を拾っては、瞬く間に2発の銃声を響かせ、剛と康の拳銃を撃ち落としていた!
全くの形勢逆転だ。今度は東が、鬼頭に銃を向ける番になったのだ。……とはいえ、いったい何が起こったというのだ? 鬼頭は明らかに打撃を貰っていた。加えて、頼りにしていたうしろの子分2人は、焦り顔を見せるだけで固まっている。
奴は驚愕と腹を殴られた苦痛で座り込んだ。それでも、誰が己を倒したのか確める必要があったため、即座に仰ぎ見る。
するとそこには――五郎と呼ばれた男が立っていた!――彼に見事な肘打ちを食らわされただと?
「き、きさま! 裏切ったなあ」鬼頭は痛みに耐え、烈火のごとく怒りを表した。
「…………」一方、赤シャツ男の方は気にも留めないでいる様子だ。
「クソッ! 剛、康、こいつらをやっつけろ!」と鬼頭が慌てて叫ぶ。
が、1発の発砲音が聞こえた! 東が剛に威嚇射撃したのだ。
その発砲で、「うわー! 逃げろ」剛は慌てて逃げ出した。康は既にどこにもいない。
「うっくー! あの馬鹿ども」鬼頭は子分の不甲斐無さに地団駄を踏んだ。次に我が身を殴った男をキッと睨んで、「お前は! 何者だ?」と吐き捨てた。
途端にその男は、待ちくたびれたと言いたそうに顔からマスクを取った。
「俺は、西村信二警部捕だ」何と、信二が五郎に成り済ましていたという訳なのだ。
それには、無論のこと鬼頭も驚嘆し、ゆっくりとうな垂れて、
「い、いつから入れ替わっていた?」と尋ねた。
然すれば、東の方が事の次第を話し始める。
「サブたちを捕まえた後、9番倉庫の屋根に五郎が隠れているのを見つけた。そこでお前のアジトの様子を探るために、その時点で西村警部捕が五郎に変装したのだ。そしてまんまとアジトに潜入した警部捕からの報告を受けて、仗に罠を仕掛けることにした。私の部屋にいたのは信二警部捕だ。彼が私に似せた人形を操作してライフルを撃たせている間に、こちらは仗のいるビルへ向かったという訳だ。それからのことは、お前も重々承知しているだろう。私が仗に成り代わっていたのだよ」
「最初から……」鬼頭は自分の注意のなさを悔いた。
東はその消沈した男を横目で見ながら、自信と生気に満ちた声で言った。
「鬼頭厳造、お前を殺人未遂、及び麻薬密輸罪で逮捕する」
その言葉に、肩をガクッと落とし両手を地面につけた鬼頭。全てが解決したみたいだ。
後は、どこからともなく数名の警官たちが出現した。東の指示で最初から潜伏して頃合を待っていたに相違なかった。
5 足掻き
警官たちが現場検証をするため、彼方此方に散らばった。それを目にしたところで、遂に終わったかと、信二は胸を撫で下ろした。続いて辺りを見回せば、東はうしろを向いて吉永を助けようとしていた。対して鬼頭の方は反撃する気力も失せている様子だ。奴は膝をついた状態で力なく顔を伏せている。――その姿は、これでやっと1つの麻薬組織が終焉したことを意味した。それは勿論、信二たち警察官にとっても喜ばしい結果だった。たった1つの抑止でも、如いては多くの人々の生命すら護ったことにもなり、それこそが警察の使命であるからだ。彼は今回のミッションが成功に終わり、心の内で誇らしく感じるのであった。
そんな思いに浸る中、次に信二は、鬼頭を署に連行しようと考えて奴の側へと近づいた。いつしかこの男も真っ当になることを祈りつつ。そうして、奴の伏せた態を立たせるため腕をつかんだ……
が、その時! 予想だにしないことが起こった。鬼頭が信二の手を振り払ったのだ。奴はまだ抗うつもりなのか? しかも、とんでもないことに、鬼頭の目前にはさっき落としたSPの銃がある。
仕舞った、見落とした! 信二の最大の誤算だ。
忽ち奴は、銃を拾い、目の前の東に照準を合わせた!――東の方はうしろ向きのままで気づいていない――
駄目だ、これでは東が撃たれてしまう! 信二は焦りながら必死に叫んだ。「あず!?……」
だが、もう間に合わない……
――銃声音が響いた!――
何と、この最終局面で、とうとう東が、撃たれてしまった?
彼は、もんどり打ってその場に倒れ込む……と思えど、えっ、違う。倒れていない! 否、それどころか東は、正面を向き直り、確りと悪党を見据え仁王立ちしていた。
弾は当たらなかったという訳か?
「っ……?」それには鬼頭も怪訝そうな顔を見せ、なおも構わず続けざまの銃声音! 容赦なく何発も東に撃ち続ける。
ところが、彼は平気だった!?
唖然とした表情を浮かべ、佇む鬼頭。マジマジと手にする拳銃を見ている。
そこに、東の一声が、高らかに聞こえてきたのだ。
「それは……空砲だ!」
次の日、18時46分の日没前、2台の車が夕暮れの道路を走行している。
前の車両の後部席には、鬼頭が乗っていた。
「おい康、仗は準備しているんだろうな?」と助手席の康に問うた。
「ヘえ、既に準備完了、もうすぐ指定の位置に来ます」康は気弱そうに答え、隣では相変わらず赤シャツを着た五郎が運転を担当していた。
続いて鬼頭の横に座る上溝が、不満そうな顔で訊いてきた。
「ところで、何故私も一緒に行くんだい。遠くにいる方が安全じゃないか」
「いやあそこですがね、遠くてもアリバイ作りにはなりませんからね。それより吉永の側にいた方が先生も被害者扱いされるじゃないですか」と言って、奴はニヤリと笑った。
それを聞いては、上溝も感心したように、
「ほほう、つまり世間は誰が狙われたか知る訳もない。たまたま、吉永が撃たれる。さすが鬼頭さん、悪知恵が働きますな」と言った。
「ははは、これぐらい考えつかないと商売になりませんわ」対して高笑いで答える鬼頭。悪巧みだけは得意な奴らだった。
そうするうちに、2台の車は港に停船している豪華客船に到着した。既に200人以上の人々が船のデッキで楽しんでいる。
船に乗り込むため、鬼頭、上溝、そして子分たち、腕っ節が強そうな剛と、あまり極道向きとは思えない康と赤シャツの五郎が、桟橋の入り口受付に向かった。残りの子分たちは、車の駐車場で待機する手筈だ。
桟橋に近づいたら、ギリギリ2人が通れる幅しかない狭い入り口だった。
「いらっしゃいませ。招待状を拝見します」とすぐに秘書が声をかけてきた。
そこで鬼頭は、「こちらは吉永先生の資金パーティー会場ですね?」とわざとらしく尋ねる。
「そうでございます」
「それでは、これを招待状代わりということで、入れてもらえないでしょうかね?」と言うなり、今度は部厚い封筒を手渡した。
秘書は中身を見て、慌てた仕草で吉永の所へ走って行った。
次にその様子を真横で見ていた上溝が、「いくら入れた?」と訊いてきたので、鬼頭は指を5本とも開いて示す。
その後、暫くして秘書が戻って来ると、鬼頭たちは参加できることに。ただし、全身をハンディタイプ金属探知機で調べられた。当然銃など持ち込めない。
それでも鬼頭たちはデッキに向かって行った。デッキでは吉永が客たちの相手をして忙しそうだ。吉永の側には2人のSPが警護していた。
「今晩は、吉永さん」と上溝が挨拶した。
「やあ、上溝先生、今日はよく来てくれました」吉永は上溝と適当な会話を交わす。
それにしても周りを見渡せば、デッキは大勢の人々でごった返しだ。しかし屋根がない分、開放感があって大空には星も見え快適だった。
すると突然、「あっ、炎が見える」と女が上空を指差した。何かが燃えつつ上から近づいて来る。そしてその正体を知ったのか、「あれは……熱気球」と女は呟いた。
吉永も何となくその存在を認識していた。こんな夜に気球とはおかしな話だ、と思いながらもじっと凝視していた訳だ。しかも、気球のゴンドラから不審な棒が突き出ていることにも気づく。その形状から、判断すれば……えっ! あれは、ライフル?
突如! 1発の銃声音がした。思った通りライフルが火を噴いたのだ!
次の瞬間、銃声に驚いた船内の人々はパニックとなり、乗客の喚き声や金切り声、逃げ惑う足音が烈火のごとく充満した。同時に何発もの銃声も鳴り、2人のSPが応戦して気球に撃ち込んでいた。
そう、鬼頭たちの計画とは、気球から吉永を狙撃することだったのだ。
けれど、鬼頭たちの思惑は外れ、吉永は?――無事だ。彼は幸いにも、一瞬屈んだため当たらなかった。
「クソッ、失敗したか!」そうなると、鬼頭は悔しがるしかない。そのうえ上溝が、すぐに駆け寄ってきては「ど、どうする?」とおろおろするばかり……まるっきりお荷物となる。とはいえ、鬼頭の方も大混乱している客を目の前にして、次の一手を思いつかないでいた。そこで、取りあえず上溝だけでも逃がそうと考え、
「貴方は逃げな、後はわしらで何とかするわ」と伝えた。
上溝はその言葉を受け、乗客の声が耳を劈く、全く収拾のつかなくなった群集の中へ急いで飛び込んでいった。
一方、渦中の吉永は物陰に隠れていた。狙いが自分だと察したみたいだ。
そして船上では、益々人々の叫び声と銃声が渦巻き、大混乱に陥っていた。皆我先と逃げ惑い、陸への狭い桟橋を渡ろうとしていた訳だ。その結果、叫び声を出して海に落ちる音も聞こえてきた。この修羅場では、大勢の中を進むに進めず、桟橋から海に落ちる者や船から落ちる者もいたからだ。これはもう阿鼻叫喚の図と言うべきか。
それでも鬼頭は、そんな状況下に陥ろうとも、冷静にどうすべきか考えていた。
すると、思わぬ光景に出くわす。銃声音を鳴らし撃つことだけに気を取られた1人のSPが、不意に逃げる客に体当りされて床に転倒したのだ。無論その拍子に銃を落としたのは言うまでもなく、加えて奴にとっては幸運なことに、頭をぶつけたSPの打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
となれば、銃を奪い取る絶好の機会だ。鬼頭は躊躇うことなくすぐさま銃を手にする。続いてもう1人のSPの様子を窺ったところ、発砲音をさせてデッキの端で撃っているのが見えた。
奴はそのSPも排除しようと企て、ちょうど近くにいた五郎に合図を送る。
すぐに子分は、その要望に答えるべく、ゆっくりとSPに近づき、タイミングを見計らって、突き飛ばした!
「うおーー!?」海面への衝突音が聞こえた。SPは海の底へ一直線だ。これで鬼頭にとって邪魔なSPたちは消えたという訳だ。
そうして後はお決まり通り、鬼頭は逃げ惑う客を無視して、ここぞとばかりにその銃を吉永へ向けた。
「何するんだ!」当然、吉永は驚いた様子だ。ただちに大声で叫んだが、客の喚き声や悲鳴、走り回る靴音が続く異常な騒音の中では、誰も彼の声など聞いていない。それをいいことに、即刻吉永を抱え込み口に猿ぐつわを噛ませた。
「ぐぐーがーごきゅさー」そして吉永が暴れようとも、構わず彼の両腕を抑え込み、鬼頭は子分ともども一塊となって、群集に紛れながら船の外へと連れ出そうとした。
「先生! 吉永先生、せん、せー!」そこに、秘書の呼ぶ声が聞こえてきたものの、「がぐーぎーばくがー」という虚しい音が響くのみよ……。雑踏に紛れて届きはしない。秘書も大混雑の暗夜にいては、吉村の居場所など分かるはずもなかった。
その間に、鬼頭たちは歩を進め、何とか岸壁まで辿り着く。ただし、逃げて来た多くの客で未だ混乱状態、悲鳴と騒音が止まない。それは、ある意味、悪党の一団にとって有利な状況だった。何故なら、怯える大衆は自分たちのことだけで悪党どもを見向きもしない、そのうえ暗闇でもあるため、結局奴らは難なく駐車場に着くことができたのだから。
後は、素早く吉永を車に押し込み、鬼頭も同乗したのち、子分たちの乗った別の車両へ無線で言い捨てた。
「お前ら、警察がすぐ来るからな、わしらが逃げるまで派手に暴れてポリを引きつけておけ」と。
そして奴の車は、あっという間に闇の中へと走り去っていった……
4 偽りのフェイス
ここは北港のドック。夜11時09分の薄暗い街灯の下で、5人の男たちが車から降りた。手を縛られ猿ぐつわされた男と、鬼頭たち4人の強面だ。奴らは吉永のうしろを暗黒の海にして、前を塞ぐ形で陣取った。加えて鬼頭は、SPが落とした銃を持ち、他にも銃を所持していたのは康と剛だった。それともう一人、飛び道具を持たないまま現れた、五郎の姿もあった。
「あんたには何の恨みもないが……わしらの商売の邪魔になるんでね。悪いがここで死んでくれ」と鬼頭が容赦なく切り出した。
対して吉永は、「あぐうがーくがぐー」と声にならない声を発し、うしろへジリジリ下がり始める。ただ、そうは言ってもうしろは冷たい海、逃げようがなかった。
続いて鬼頭は急ぐように、気弱な男に命令を出した。
「康、殺れ!」
しかし、当の康は突然の命令に戸惑いを隠せない様子。
「お、俺がですかぁ?」と腰が引けている。
その弱気な姿勢には、「何ビビってんだ! お前も度胸のつけ時だろうが」と鬼頭も一喝したが、今は時間がなく、無理強いさせるより早く終わらせることが先決だと思い、康は諦めてもう一度いかつい男へ命じた。
「仕方ね。剛、お前が殺れ!」
すると、ただちに請け負う剛。
「オッケー、ボス。俺が仕留めますわ」どうやらこの男は、血も涙もない根っからの悪党みたいだ。剛は躊躇することなく、ゆっくりと吉永に近づいて行った。
「うぐぎーばぷうー」忽ち吉永は声を荒げる。おろおろと後退しながら命乞いを始めた。
とはいえ、剛は全く意に介さない態度だ。既にトリガーへ指をかけ、今にも撃ちそう。
なおも吉永の方は、必死の形相で首を左右に振り掌を突き出す動作をして訴え続ける……も、結局、剛には通用しなかった。
そして遂に、奴は緊張した面持ちで、吉永の頭部を目がけ、引金をひいた?……
「待てー!」だが、その時、突如闇の奥深くから声が響いた!
ぬぬっ? 思いもかけない、邪魔者の登場か? これには、鬼頭も驚く。同時に子分たちも動きを止めた。
すぐさま鬼頭は、気配のする方を顧みて叫んでいた。
「誰だ?」
途端に、遠くの方で靴音が聞こえる。それは闇夜の中を貫いて、どんどんと近づいてくるようだ。加えてこの力強い足音に、奴は何故か嫌な予感を抱く。
そして漸く姿を現した、1人の男こそ……
「仗!」と鬼頭は思わず叫んだ。……スナイパー仗? 確かに、硬い表情で現れたのは、仗であった。
「ボス、俺が殺りますよ」男は近寄るなり容易に申し出た。
その言葉に鬼頭は不審顔で訊いた。
「よくここが分かったな」と。
「上から見ていたんでね」人差し指でハットのツバを下にして答えていた。そのうえ、「こうなったのも、俺が吉永を撃ち損じたせいだ。俺の責任でやつを始末しますよ」と殺しのプロなら言いそうな言葉を吐いた。
それには鬼頭も少し迷ったが、その男をじっと見定めた後、
「いいだろう。仗、きさまに任せた」との承諾をした。
男は、了解を得たことで早々に吉永の方へ近づいていった。さしもの名手も、暗い場所で遠くの物を命中させるのは難しいようだ。
「…………」吉永は黙って膝をついたままだ。もう観念したかの様相に見えた。
男は坦々と「大丈夫だ、すぐ済む」と吉永に癒す言葉を言った。次にガンホルダーに手をかけ、ゆっくりと銃を抜く……
ところが、「そこまでだ!」と急に鬼頭が叫び声を上げた! しかも、本当に警戒していることを示すため、その男に銃を向けた。「剛、気を抜くな。お前たちもチャカで狙っていろ!」と子分にも指示を出す。
これは、どういうことだ? 仲間であるはずの仗に銃口を向けるとは……つまり、奴の直感だった。男の振る舞いにどことなく仗とは違う雰囲気を感じ取っていたからだ。
当然、男の方はそれを見て驚いた顔になり、
「ああっ? どういうことだい。ボス?」と即座に問いかけてきた。
とはいえ、鬼頭には彼の言い分など耳に入らない。
「銃を下に置け!」と命令するのみ。
ただ、それで男が納得する訳もなく、
「俺だよ、仗だよ! スナイパー仗だ」と再度の主張を続けていた。
それでも奴は退かない。「いいから、捨てろ!」今にも撃つぞという気構えで叫んだ。
こうなると、男も覚悟を決めたか。仕方なさそうに右手で銃のグリップを慎重に摘んだら、足元へ投げた。
それで漸く、鬼頭が話し始める。
「仗、いや、誰か知らないがお前は仗ではないな」と確信がある口振りで言った。
その声に、男の方は沈黙を通し、少し微笑んで聞いているかのよう。
なおも鬼頭は、「いいか人間てものはな、どうにか上手く化けても、体の輪郭だけは真似できないもんだ。暗がりの中、お前の輪郭は仗よりちょいと細くないか?」との指摘をしていた。
そこで確実に、彼は頬を緩めたか。
「それに今の拳銃の置き方……仗はなっ、左利きだ!」と言った途端、「わはははははー」その男が声高々に笑い出した。まるで悪党を蹴散らすように。
そうだ、鬼頭の推理は正しかった。 かくして、その正体は?
「お前は誰だ!」
ゆっくりと、顔から精巧に作られたマスクを剥がして声を発した!
「私か、私は警察署捜査一課第9班、東九吾だ!?」
やはりその実体は、東だったー!
東は仗のボイスチェンジャー付きフェイスマスクを被っていたのだ。そのマスクと言うのはアメリカのバイオテイク社の協力の下、警察技研班が科学の粋を集めて、声質と顔が瓜二つとなるがごとく人工皮膚で極秘に製作された物だった。
鬼頭が叫んだ。
「何! 東? 東は死んだはず」頭に血が上ってきている。「仗はどうした?」
「仗は死んだよ。屋上で私と争い、手を滑らせて落ちた。私は縁につかまって助かったがね」
「何だと!」どうやらあの時、屋上から落ちたのは東でなく仗だったという訳か。それを知らされ、改めて「ええい、ちくしょう!」と叫んだ。奴は本心から悔しがる。
ならば次に、他の警官もいるのでは? と急いで辺りを見回す。が、他には誰もいない様子だ。鬼頭は少し安心し、
「1人で来たとは度胸があるじゃないか!」と言ったところ、東の方は何故か余裕があるらしく堂々と言い返してきた。
「お前たちなど、私1人で十分だ」と。
「何を! 生意気なあ」怒り心頭だ。「ええい、こうなったら2人とも、殺っちまってやる!」と奴が2人に銃を向けた。
「先ず、お前だ!」しかも先に、東へと照準を合わせた。
さあ、まさに彼にとっては、絶体絶命の状況だ! 丸腰のまま9メートル離れた所から発射される鬼頭の弾丸を避け、数名の敵と戦わなければならないのだ。それに辺りは何もないガランと開けたドッグ、一旦弾から身を守ろうとしても、どこにも逃げられない……
東よ! この危機を避けられるのかー?
そしてとうとう鬼頭は、確りとSPの銃を握り、引金に指を乗せたなら、容赦なく……撃った?
〈うっー!?〉ところが次の瞬間、鬼頭がうずくまった! 唐突な衝撃のせいで、銃を落とし腹を押さえ苦しがる。不意に誰かの攻撃を受けたに違いない。
さらにこの時、東の方も好機と捉えたのか反撃に出た模様、素早く足元の銃を拾っては、瞬く間に2発の銃声を響かせ、剛と康の拳銃を撃ち落としていた!
全くの形勢逆転だ。今度は東が、鬼頭に銃を向ける番になったのだ。……とはいえ、いったい何が起こったというのだ? 鬼頭は明らかに打撃を貰っていた。加えて、頼りにしていたうしろの子分2人は、焦り顔を見せるだけで固まっている。
奴は驚愕と腹を殴られた苦痛で座り込んだ。それでも、誰が己を倒したのか確める必要があったため、即座に仰ぎ見る。
するとそこには――五郎と呼ばれた男が立っていた!――彼に見事な肘打ちを食らわされただと?
「き、きさま! 裏切ったなあ」鬼頭は痛みに耐え、烈火のごとく怒りを表した。
「…………」一方、赤シャツ男の方は気にも留めないでいる様子だ。
「クソッ! 剛、康、こいつらをやっつけろ!」と鬼頭が慌てて叫ぶ。
が、1発の発砲音が聞こえた! 東が剛に威嚇射撃したのだ。
その発砲で、「うわー! 逃げろ」剛は慌てて逃げ出した。康は既にどこにもいない。
「うっくー! あの馬鹿ども」鬼頭は子分の不甲斐無さに地団駄を踏んだ。次に我が身を殴った男をキッと睨んで、「お前は! 何者だ?」と吐き捨てた。
途端にその男は、待ちくたびれたと言いたそうに顔からマスクを取った。
「俺は、西村信二警部捕だ」何と、信二が五郎に成り済ましていたという訳なのだ。
それには、無論のこと鬼頭も驚嘆し、ゆっくりとうな垂れて、
「い、いつから入れ替わっていた?」と尋ねた。
然すれば、東の方が事の次第を話し始める。
「サブたちを捕まえた後、9番倉庫の屋根に五郎が隠れているのを見つけた。そこでお前のアジトの様子を探るために、その時点で西村警部捕が五郎に変装したのだ。そしてまんまとアジトに潜入した警部捕からの報告を受けて、仗に罠を仕掛けることにした。私の部屋にいたのは信二警部捕だ。彼が私に似せた人形を操作してライフルを撃たせている間に、こちらは仗のいるビルへ向かったという訳だ。それからのことは、お前も重々承知しているだろう。私が仗に成り代わっていたのだよ」
「最初から……」鬼頭は自分の注意のなさを悔いた。
東はその消沈した男を横目で見ながら、自信と生気に満ちた声で言った。
「鬼頭厳造、お前を殺人未遂、及び麻薬密輸罪で逮捕する」
その言葉に、肩をガクッと落とし両手を地面につけた鬼頭。全てが解決したみたいだ。
後は、どこからともなく数名の警官たちが出現した。東の指示で最初から潜伏して頃合を待っていたに相違なかった。
5 足掻き
警官たちが現場検証をするため、彼方此方に散らばった。それを目にしたところで、遂に終わったかと、信二は胸を撫で下ろした。続いて辺りを見回せば、東はうしろを向いて吉永を助けようとしていた。対して鬼頭の方は反撃する気力も失せている様子だ。奴は膝をついた状態で力なく顔を伏せている。――その姿は、これでやっと1つの麻薬組織が終焉したことを意味した。それは勿論、信二たち警察官にとっても喜ばしい結果だった。たった1つの抑止でも、如いては多くの人々の生命すら護ったことにもなり、それこそが警察の使命であるからだ。彼は今回のミッションが成功に終わり、心の内で誇らしく感じるのであった。
そんな思いに浸る中、次に信二は、鬼頭を署に連行しようと考えて奴の側へと近づいた。いつしかこの男も真っ当になることを祈りつつ。そうして、奴の伏せた態を立たせるため腕をつかんだ……
が、その時! 予想だにしないことが起こった。鬼頭が信二の手を振り払ったのだ。奴はまだ抗うつもりなのか? しかも、とんでもないことに、鬼頭の目前にはさっき落としたSPの銃がある。
仕舞った、見落とした! 信二の最大の誤算だ。
忽ち奴は、銃を拾い、目の前の東に照準を合わせた!――東の方はうしろ向きのままで気づいていない――
駄目だ、これでは東が撃たれてしまう! 信二は焦りながら必死に叫んだ。「あず!?……」
だが、もう間に合わない……
――銃声音が響いた!――
何と、この最終局面で、とうとう東が、撃たれてしまった?
彼は、もんどり打ってその場に倒れ込む……と思えど、えっ、違う。倒れていない! 否、それどころか東は、正面を向き直り、確りと悪党を見据え仁王立ちしていた。
弾は当たらなかったという訳か?
「っ……?」それには鬼頭も怪訝そうな顔を見せ、なおも構わず続けざまの銃声音! 容赦なく何発も東に撃ち続ける。
ところが、彼は平気だった!?
唖然とした表情を浮かべ、佇む鬼頭。マジマジと手にする拳銃を見ている。
そこに、東の一声が、高らかに聞こえてきたのだ。
「それは……空砲だ!」
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