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第4話 もう1つの宿命(1)

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        1 脅威の代物

 1人の男が岩陰に隠れ、様子を窺いながら何かを一心に見ていた。その場は小高い荒地で、目の前には広大な海が広がり、うしろは丘が連なっている。
 所謂いわゆる、ここは小さな中島という無人島だ。昔は人が住んでいたが、今は廃墟だけが残る、鬱蒼うっそうとした林だらけの全長1キロメートルの孤島。
――頃田牟ころたむ市がある本州の海岸線から約50キロメートル、市の中心街までなら100キロメートルほど離れていた――
 そんな辺ぴな場所で男が目にしていたのは、港の岸壁に接岸していた砂利運搬船だった。側に大型トレーラーが横づけされ、船のクレーンで何かを積み替えている。それもやけに長い積荷で、全長13メートルはありそうな、その他の縦横幅は1メートル強の細長い木箱だ。それを注意深くトレーラーに乗せ、走り去ろうとしていた。
 そしてその動向を注視していた男の方も、後を追うように雑草の奥へと姿を消したのであった。

 警察署内の大部屋では、ちょうどテレビが点けられ速報が流れていた。それを警視と他数名の署員が何気なく見ている。
 そこには頃田牟市の新市長になった吉永が、報道陣の前でインタビューを受ける姿があった。そのすぐ隣に、金光の顔も見える。
 次に記者が質問を投げかけた。
「それで新市長、今回の警察の不祥事はどう御考えですか?」
「そうですね、真に遺憾としか言いようがない不手際ですね」と吉永が言う。だが、それを聞くや否や、突如金光が割りこんで捲し立てた。
「もう警察何ぞ信用できん、わしらは自分の生活を自分で守らんと、わしはここに宣言する。自警団を組織するぞ。庶民の皆さん、治安は安心してわしらに任せなさい」と。
 全く唐突な、民衆への訴えが聞こえてきたのだ! それには、報道陣もざわついていた。けれど、本当に唖然としたのは警官たちの方か。信じられないという面持ちで全員が画面に食い入った。
 その後、すぐに1人の署員が、疑念の顔を見せて言った。「自警団を作る?」
 同様に警視も、浮かない表情で切実に独り言を呟いた。
「確かに警察に対する市民の風当たりは強い。厳鬼げんきというならず者の勢力を拡大させる要因にもなってしまった」と。
 続いて、彼のぼやきに呼応するように他の署員からも声が上がった。
「そう、そうですよ。今は裏社会で厳鬼と名乗るだけで、震え上がるらしいですよ。警察署を襲った凶悪非道な猛者として恐れられているみたいですね。……それに、何なんでしょうかね。近所の子供たちまでもまるでヒーロー扱いですわ。厳鬼大王とか言って、仮面つけて遊んでるんですから」   
 やはり、警察の受けたダメージは深刻なようだ。逆に彼らが得た情報と言えば、保護した上溝から聞き出した2か所のアジトぐらい――残念にも、既にもぬけの殻ではあったのだが――上溝も肝心なところの、厳鬼の素性までは知らなかった。結局は何の成果もないうえ、自警団という対抗組織さえ作られようとしていたのだ。
 それでも警視は、金光の話など受け入れられるはずもなく、
「自警団か? 皆が別の集団を充てにする訳も分かるが、治安を維持する権限を持つのは警察だけだ」と口にした。
 画面では、金光が吉永に話しかけている。
「市長、よろしいですね。後は市の発展のために例の件を……」
「はい、私は新たに市内でカジノを解禁……」
 不意に別の署員が、希望的観測とも思えることを言った。
「お互い協力できるのでは?」
 その声に、警視の方は首をかしげる。
「そうなれば良いが、権威争いで混乱を招くか? それとも別に」と否定的な返答をした。
 画面の中の吉永が続けている。
「カジノ解禁を議会に提出して条例に加えてい……」
 警視は、テレビに映った金光たちの顔を見ながら、唯々嫌な予感を抱くばかりだった。

 中島の内陸側には、比較的平らな土地に雨風に晒されて廃墟と化した、何棟かの建物が存在する。そこは、言わばコンクリート剥き出しの壁面に、所々穴さえ散見できるうえ、窓も一部壊れているような所だ。
 そんな廃屋の中で、全く似つかわしくないことが、着々と進んでいた。最新のハイテク電子機器が、廃れた建物の一角に並べられていたのだ。要は何台ものコンピューターを連ねたマシン施設が、3階まで吹き抜けになった20畳の部屋に設置されていた。しかも何人かの白衣姿や、ヘルメットに作業服の人たちが機械装置を前に忙しく働いている。
 これはいったいどういうことだ? 誰も知りうるはずもない……が、唯一分かるであろう族がこの中にいた。
――仮面男、厳鬼の姿だ!
 奴は白髪の老人に問いかけていた。
「博士、準備は整ったの?」
「もうすぐです。後、微妙な調整をコンピューターに修正プログラムを入れて」
「分かった、できるだけ早くお願いするわ」
 すると、そう言われた老人は、モニター画面を見ると同時にキーを打ち込み始める。そして、ちょうどその画面に映し出されていたのは、ビル群が連なる繁華街だ。どうやらそこは頃田牟ころたむ市の中心地のよう……と思いつつ、射るような目で見詰める男がいた。つまり、この男が終始奴らの様子を窺っていたという訳だ。できるだけ作業員を装い、この異常な光景について仔細を確かめるために2階の崩れた窓から顔半分だけを出して盗み見していた。
 続いて彼は、次の場所へと移動することにした。自分のいる廃屋からそっと出て、草木を掻き分けること50メートル、隣の建物が辛うじて見える地点まで進んだ。そこには、先ほどのトレーラーが建造物の入り口を横柄に陣取っていた。
 さらに彼は、身を隠して覚られない所まで近づく。そして樹木に紛れつつ双眼鏡で探ったところ、ちょうど作業員数名が木箱を下ろし、側面の蓋をバールで抉じ開けているのが見えた。次いで作業員たちは、クレーンを使ってかなり長い物体を取り出そうとしていたのだが……その中身を垣間見た途端、彼は己の目を疑った!
「えっ! あれは……。どうしてあんな物が?」と思わず声を詰まらせる。
 彼が、一見して身震いするほどおののいた物体とは?――
 と、その時! 「動くな!」突然、マシンガンを持った厳鬼の子分がうしろに現れた。
 これには、彼も焦るしかない。即座に振り返り、
「う、撃つな!? 武器は持っていない」と簡単に両手を上げ降参していた。まさか見つかるとは予想もせず、すぐに自分はただの民間人だと必死に説明した。だが、子分の方は訝しげに覗き込むだけで、そう簡単には承知してくれなかった。
「よし、ゆっくりと前に進め、変な動きをしたら撃つからな」と次に子分の指示が飛ぶ。
 彼は仕方がないと観念して、言われるまま基地の中へ連れて行かれたのであった。

        2 強者

 深夜の或るビル、全身黒いレザーのスーツを身にまとい、華麗なステップで非常階段を上る人影が見えた。続いて早々にビルの中へ忍び込んだかと思えば、小さな懐中電灯を片手に最上階の部屋を物色し始めた。そして、上手くお目当ての部屋を見つけ出したらしく、釘状の細い棒を使って難なく鍵を開ければ、いとも簡単に暗い部屋の中へ入っていった。中には大型金庫が鎮座しており、その賊は当然のごとく金庫の扉に耳を当てダイヤルを回しだす。
 ところがその直後、いきなり電気が点いた! それには盗人も驚いた仕草で、すぐさま周りを警戒し身構えたが……もう、後の祭りだった。何故なら、張り巡らされたセンサーで賊の侵入は感知済み、全てお見通しのうえで、奥の隠し部屋から3人の強面こわもて男を引き連れた、このビルのオーナである、金光の登場となったからだ。
 流石にこうなると、盗人の方も分が悪いと思ったのだろう、急いで後退りしかけたものの、いつの間にか侵入口も別の男によって遮られていた。これで前後に囲まれた盗人は、どうすることもできなくなった訳だ。後は、2人の屈強な男の出番となる。有無も言わせず賊の両脇を押さえつけ、頭からスッポリと被ったニットマスクを剥ぎ取った。
 そうして現れたその顔は……おっ! 花崎桃夏? 盗人は彼女だった。
「おやっ、女か? やけに度胸があるの。金光権郎のビルと知っての物取りか?」それを見ては、金光も意外だという思いで訊いた。
 対して桃夏は、あまり慌てた様子もなく、「ええ、お金持ちで有名ですもの」と平然と答える。
 だがここで、金光は桃夏の顔を覗き込み、何となく見覚えのある気がしたため、「どこかで会った面だな」と言った。
 すると桃夏は、「そうね、私も結構顔が広いので。それより放してもらえません、か弱い女なんですから。それにもう逃げれませんし」と弱々しく体をくねらせ、言葉を返してきた。
 確かに、女1人に5人の男たち、勝負はついていた。
 ならばと、金光は首を振り部下に合図した。部下は桃夏の腕を放してうしろに下がる。
 次に金光は、この女をまじまじと見て、どうあしらうべきか迷った。
 ただそれを逸早く察したか、桃夏が先に牽制した。
「金光さん、許して。つい出来心なの」
「…………」その言葉に、金光は黙ったままだ。
 なおも桃夏の方は、畳みかけるように言った。
「そうそう、お詫びにプレゼントするから、いいでしょ?」と首まで上げていたファスナーを胸元まで下ろし、胸の谷間を見せたのだ。
 それには、金光の方もニヤついた顔になった。彼女の豊満な胸の谷間を見せつけられたからには、「プレゼントを? わしにか」とだらしなく訊いた。
 桃夏は、そんな中年に向かって、「ええ、ちょっと待ってね。今渡すから」と徐に胸から何かを取り出す。そして……唐突に投げた!
――手榴弾!――
 うっ、何!? 金光たちは目を見張り、すぐさま飛び退く。こんな反撃を仕掛けられようとは、想像すらできず……
 けれど、仕掛けた方の桃夏はこの隙を見越していたのであろう、間髪入れず出口へ走った。続いてドアにいた部下の頭部に跳び蹴りを食らわせ、忽ち排除した。
……と、そこに――大爆音が轟いた!――手榴弾が煙を噴き上げ爆発したのだ。凄まじい破壊のエネルギーの放出だ。こうなると、桃夏も扉を突き破り廊下へ投げ出された。……それでも、無事なよう。すぐに立ち上がりビルの外へと逃げていった。
 片や金光の方は、「あいつめ……なめたマネをっ」と唸るように声を上げ、煙を払い除けつつ奥の部屋から姿を現した。何とか生きている。瞬時に避難したのが幸いしたか。部下たちも、大したことがないみたいだ。とはいえ、部屋は窓がなくなり、壁には大穴が開いてしまい、物も滅茶苦茶に散乱して酷い有り様だ。
 この状況を目にしては、金光も怒り心頭に発する。
「おい! あの女を追えー」と物凄い剣幕で言い放っていた。
 その言葉で、部下たちは急いで後を追いかけるのであった。

 無心で1人の女が逃げていた。停めていた車へと即座に乗り込み、その場から走り去った。そして宛てもなく、ただひたすら車を走らせる。今は深夜の道路、それほど車両も多くはなかった。
「チッ!」彼女は流れる街頭の光を受けながら舌打ちをした。今日の計画は失敗に終わったような、詳細は分からないがそれらしき予感がした。彼女は消沈した気持ちでハンドルを握っていた。
……だがその時、不意に、バックミラーから強烈なライトが左右に大きく振られつつ迫ってくるのが見えた!
 ハッ、これはもしや、敵の車両か? 桃夏の顔に緊張が走る。思わず足に力を入れスピードを上げた。
 すると、その後続車も同じくスピードを上げピッタリとうしろについて来た。
 やはり追手だ! それを見定めたからには、甲高いタイヤ音を鳴り響かせ、桃夏は一気にアクセルを踏み込んだ。センターラインをはみ出し後輪を滑らせ爆走させたのだ。
 一方、その突然の激走に、後続車も慌てた様相で一心について来ようとした。……が、奴らは耐えられなかった模様、カーブでスピンした。それでも、諦めるということを知らないのか、再度エンジン音をけたたましく吹かせ、タイヤから白煙を出し猛ダッシュで追尾してきた。とうとう2台の逃亡追跡劇の始まりだ。
 必死で走る桃夏と、後を追う男たちの攻防。……そのうち、段々と差が縮まり始めた。続いて大通りに出た途端、何と2台が並んでしまった。桃夏の華麗なハンドル捌きをもってしても、後続車はしぶとく食らいつくとは。奴らの方が上を行くのか? このままでは桃夏の行く手を阻みそうだ。
 そうして遂に、後車が最後の追い込みをを仕掛けてきた! 桃夏が抜かれようと……
――突如、衝突音が鳴った!――いいや、彼女も負けていない、捨て身の反撃に出た。ちょうど敵車が真横から抜き去ろうとするのを見計らったところで、強烈な体当たりをかましたのだ!
 されど強く当たり過ぎたのか、2台は接触した状態で離れることなく走り出した。
 これでは、桃夏の方も危険だ! そこで彼女は、もう一度思い切りハンドルを切った!
 大きな摩擦音がした。車は外れる……。とはいえ、その反発力は意外にも大きかったのだろう、敵車は勢いづけられた挙句、道を逸れて……おっと、奴らの真正面には障害物!
――途轍もない衝撃音が鳴り響いた!――道路脇の電話ボックスへ突っ込んでいったのだ。一瞬で車のボンネットは拉げ、運転席も破壊されガラスまみれとなった。もはや追跡不可能か。奴らの車はボックスの残骸に阻まれ身動きもできないのだから。
 何と彼女の強引な力技が、敵車を完全に大破させたのだ! 実にこの女、ただ者ではない、訓練を受けた強者だ。
 桃夏はその車を横目にし、一安心で運転していた。どうにか危機を避けられたようだと感じつつ。

 が、その時――突如、巨大物の激突音が轟いた!――まさか、まだ終わっていなかった? 桃夏の車がトラックからの激烈な衝突を横っ腹に貰ったのだ! 十字路に入った直後の暴挙、車体は一気にくの字に潰され、さらにそれ以上の非情な末路が彼女の身に降りかかった――金属の擦り切れる強音を伴い、車は怒涛の強力でトラックに引き摺られ、最後には身の毛もよだつほどの破壊音が響き渡る――強固な壁に激突させられていた!
 車体はグシャグシャに拉げ、金属片が四方八方に飛び散り、原形すら留めない無残な塊になってしまった。
 そして、肝心の運転席では……桃夏がハンドルに覆い被さる形で倒れていた! しかも頭からは血を流して、ピクリとも動いていない。
 まさに、最悪の結末! 彼女の生死すら、危うくなったのだ……
 それから間もなく、緩々と静けさが満ちてきた。
 恰も全てを飲み込むかのように、沈黙の闇がその場に訪れたのであった。

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