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旅立ち編
第4話 神のコンパス
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「おい、待てよ。さっきは勝手に話進めやがって……」
前を行くアイラを追いかけサルマが言う。アイラは立ち止まり、サルマの方を振り返る。
「あれ、もしかして……迷惑だったの?」
「いや……正直助かったけどよ。しかしこの俺がガキに借り作ったと思うとすっきりしねぇというか……。てか、ミンスとやらのりんごパイとか言ってたけど、誰なんだそのミンスってのは」
「えっと……なんていうのかな。わたしと一緒に暮らしてる人で……わたしをこれまで育ててくれた人……かな」
「……オマエ、親は?」
「……いない……というか、わからない。島の人たちもみんなわたしの親が誰だか知らないし……」
(……島の人も知らないって……なんかまた妙な境遇だな。ま、俺には関係ないけど…………ん?)
サルマはあることを閃き、顔を上げる。
「それなら、俺今からオマエん家行くぜ」
アイラは目を丸くし、思わず立ち止まる。
「ええっ⁉ なんで?」
「俺、ミンスってヤツのりんごパイに世話になるってことだろ。それならそのミンスとやらにお礼言わなきゃならねーからな」
「お……お礼?」
「なんかおかしいかよ」
「う、ううん……。こ、こっちだよ」
半信半疑の様子でアイラが先に歩いていくのをサルマは後ろから眺め、にやりと笑う。
(よし。これであいつの家に行く口実ができた。あとは俺さまご自慢の鼻を使って……あいつの家にあるであろうお宝を探し出してやるぜ!)
「ただいまー」
アイラが扉を開くと、後ろからサルマが家の中を覗き込む。
(! ニオう……ものすごくニオうぞ……! やはりこいつの家の中にお宝が……ッ!)
サルマは確信し、ニヤリと笑う。
向こうからパタパタと足音が近づいてきて、茶髪が肩の下あたりまである綺麗な女性が顔を出す。
「おかえり、アイラ。あら……後ろの方は?」
「ミンスさん。この人は……えーと、盗賊のサルマさん」
(な、なんだよこいつ……こんな田舎にいるには勿体ないくらいのなかなかの美人じゃねぇか。こいつがミンスってやつか?)
サルマは少し緊張した面持ちで、アイラの後ろからミンスを観察する。
「盗賊さん? そんな人がどうして家に?」
盗賊が家に来たとは思えないのんびりとした口調で、ミンスが首をかしげて尋ねる。
「えっと。なんかお礼が言いたいんだって」
アイラがそう言うと、サルマはミンスの前に進み出る。
「お、おう。俺の船が今朝難破して壊れちまって……それでログという大工に直してもらおうとしたんだが、持ち合わせがなくて困っているところをこいつに助けてもらって。それで修理と引き換えに、あんたの焼くりんごパイを持っていくって約束になっちまって……」
「まぁ。そういうことなの。それなら気にしなくていいのよ。りんごパイくらいお安い御用だわ」
ミンスはそう言ってサルマに微笑む。
(たかがりんごパイとはいえ、やけに気前がいいんだな……)
サルマがそう思っていると、アイラが突然大きな声をあげる。
「あっ! なんか香ばしい匂いするけど、もうりんごパイ焼けたんじゃないの⁉」
「まぁ大変! 焼いている途中なのにすっかり忘れてたわ!」
ミンスが急いでオーブンに向かう途中、ミンスの服から何かがコロリと転げ落ちる。
アイラは床に落ちたそれを拾う。
「これは……?」
アイラの拾ったものに、サルマの目が釘付けになる。
(……ニオう! 今、こいつが拾ったモノから……強烈なニオイがする‼ そ、それがお宝か……。後はなんとかしてそいつを奪えりゃ……)
サルマはそれが何なのか知ろうとアイラの手の中を覗き込もうとするが、アイラはそれを握り締めたままミンスの方に駆け寄っていく。
「ミンスさん。さっき何か落としたみたいなんだけど……これ、なぁに?」
「‼ それは……!」
ミンスがはっとした表情になる。
「……? どうしたのミンスさん。そんなに驚いて……」
アイラが不思議そうにミンスを見ると、ミンスは口を開く。
「……それはね……私のお守りなの。紐に通していつも首にかけて服の中にしまってたんだけど、紐が切れたみたいね」
「そうなんだ。ミンスさんがこんなのずっとつけてたなんて、知らなかったよ」
そう言うアイラの後ろから、サルマが覗きこんでそれを見る。
「……ん? これは……方位磁針みたいだが……針が半分しかねぇな。どうなってんだ? 針が折れたのか?」
サルマの言葉にミンスが頷く。
「そう、どうもコンパスみたいなの。以前この島に来た旅の人に貰ったんだけど……その人の話によるとね、このコンパスは特別で、針が片方しかなくて……コンパスを手に持った人の行くべき方向を、この針が示すみたいなの」
(……ほう、こりゃどうもお宝くさい話だな。なぜその旅人がそんなお宝手放したのかは気になるが……俺さまの鼻が強烈に反応してるんだから、すごいお宝には違いねぇ!)
サルマは内心興奮しながらコンパスを眺める。ミンスは話を続ける。
「そして……持ち主がとどまるべき場所にいる時、針はくるくると回るらしいの。私が持つとくるくる回ったから、この島がいるべきところみたいね。私はこの島が好きだからそれを知ったら嬉しくて、こうしてお守りにして持ち歩いてるってわけなの」
「へぇー、そうなんだ」
そう言って何気なくコンパスを見たアイラの顔が、少し曇る。
「あれ……わたしは違うの? くるくる回ってないよ……?」
「…………!」
ミンスはアイラの方に駆け寄り、針を見る。
「……そっちの方角は……確かカモメ島のある方かしら……」
「そんなぁ。わたしもこの島が好きなのに……。わたし、ここにいたら駄目なの……?」
そう言って落ち込むアイラに、ミンスが笑いかける。
「そんなことないわよ。針は状況によって変わるみたいだし、一時的なものかもしれないわ。……そうね、アイラは島から出たことがないから、少し冒険してみてもいいかもってところじゃないかしら。あの仕事以外では森からさえも出ようとしないログさんだって、昔は他の島で大工の修行を積んでいたのよ」
「そうなんだ、意外だなぁ……今ではすっかり外者嫌いで有名なのに。でもわたし……今まで島の外に出るなんて、考えたこともなかったよ」
「じゃ、船が直ったら俺がちょっとばかり外に連れてってやろうか?」
「えー、そんな急には無理だよ」
サルマが何気なく言った一言をアイラは笑って受け流したが、ミンスはその言葉にはっとする。
「……いいかもしれないわね。船がある今のうちに行くべきなのかもしれないわ」
「ええっ何言ってるのミンスさん! 本気なの⁉」
「お、俺も冗談のつもりで……」
サルマもアイラと同じく驚いた様子を見せるが、ふと口をつぐんで考える。
(……これは……もしかしたらチャンスじゃねぇか? もしこのお宝がガキの手に渡ったら……)
サルマはゆっくりと口を開く。
「……なるほど、アリかもな。俺もりんごパイのお礼しなけりゃと思ってたし。オマエの行くべきところがどこなのか、知ってみるのもいいんじゃねぇか?」
「サ、サルマさんまで! 第一わたしの行くべき場所を知るにはミンスさんのコンパスが必要なんだし、そんな大事なもの借りていくわけにもいかないし……っ」
「いいわよ。私が持っていても針はくるくる回るだけで何も示さないんだし。アイラが持っていることでアイラの運命が開けるなら、喜んで渡すわ」
「ミンスさん……でも、わたしこの島で暮らしてて十分幸せだし……」
アイラは困ったような表情でミンスを見つめる。
「……アイラ。何もこれでお別れってわけじゃないのよ。帰りたくなったらいつでも帰ってきていいんだから。私は……一度あなたに外の世界も知って幸せになって欲しくて。だから……持っていて」
アイラは俯いて不安げにコンパスを見つめしばらく考えていたが……やがて顔を上げ、頷く。
「ミンスさんがそこまで言うなら……ちょっとだけ行ってみようかな。寂しくなったらすぐ帰ってきちゃうかもしれないけど」
ミンスはアイラににっこりと微笑み、サルマの方を向いて言う。
「……盗賊さん、本当にアイラを連れて行ってもらっても構わないかしら」
「ああ。平和ボケしたこの島のガキからすると厳しい旅になるかもしんねぇが……それでもいいってんなら連れてってやるぜ」
「ありがとう。じゃあ、早速旅の準備をしなきゃね」
その時、扉がバタンと開く音がする。皆が扉の方を見ると、ユタと呼ばれていた髪のハネた少年が、扉の近くに立っているのが見えた。
「あれ、ユタじゃない。どうしたの?」
「アイラ、これ……忘れもの」
ユタがややぶっきらぼうな様子で、持っていた編みかごをアイラの手に突きつける。
「あ、このかご海辺に置いたまま忘れてたっけ。ありがとう」
「……それと、ログのじーさんから伝言で、アイラと……そこのおっさんに、パイが焼きあがったら南の浜辺に持って来いって言ってたぜ」
ユタはそう言ってちらりとサルマの方を見る。
「ログさんが? わかった。いろいろありがと」
「……じゃな」
そう言ってユタは足早に去っていく。
「……ユタってばずいぶん急いで行っちゃったね。なんかちょっと不機嫌だったし……どうしたんだろ」
「あの様子…もしかして、今の話を聞いていたのかもしれないわね」
ミンスがユタの持ってきたかごの中身を取り出し、代わりに焼きあがったばかりのりんごパイを詰めながら言う。
「今の話って……わたしが島から出るって話?」
「そう。ユタくんアイラと仲良しだから、出て行くって聞いて淋しいんじゃない?」
「……ユタ……」
少し俯いてそう呟くアイラに、ミンスが声をかける。
「アイラ、またお使い頼めるかしら。りんごパイをかごに詰めたから、これをログさんによろしくね。あと……」
ミンスは編みかごと、もうひとつ別の布包みもアイラに手渡す。
「これは、アイラの分のりんごパイ。ユタくんと分けてもいいし……好きにしなさいな」
アイラは手渡された布包みをじっと見つめた後、サルマの方を振り返る。
「サルマさん、ちょっとユタを追いかけに行くから……先にログさんのいる島の南の浜辺の方に行っといて!」
アイラが扉に向かって駆け出し、扉を閉めるのを見届けると、ミンスはサルマの方に向きなおる。
「盗賊さん」
「な、何だ?」
「私は、あの子がまだ幼い頃に海辺に打ち上げられていたのを見つけて……色々あって育てることにしたんだけど、あの子の生まれた場所も、両親についても何もわからないの。だから、今回の旅で、コンパスの導きで……あの子が本当の親に再会できるかもしれないと思って……あの子を旅に出すことに決めたの」
「……わからねぇな。じゃあどうしてもっと早くに、コンパスを渡して旅に出そうと思わなかったんだ? 単に船がなかったからか?」
「それは……たぶん、私の決心がつかなかったからなの。……アイラを手放さなければならないという決心が。アイラの居るべき場所がここじゃないと知るのも怖くて、コンパスを見せたこともなかった。でも……」
ミンスはサルマを見て微笑む。
「……今日あなたが偶然船でこの島に来て、コンパスが偶然アイラの元へ落ちた。この二つの偶然が重なると、今がその時なんだって……ようやく決心がついたの」
「……いいのかよ。アイツが本当の親に会って、二度とここに帰って来なくなっても」
「……ええ。アイラが無事に本当の親と出会えて幸せに暮らせるのなら……嬉しいわ」
ミンスは少し寂しげな表情で笑って答えた。
「……思うんだけどよ。偶然船を持ってるってだけで、俺なんかに任せてもいいのか?」
「ええ。この偶然は、きっとコンパスが運んでくれた縁だと思うの。コンパスが選んだあなたに間違いはないはずよ」
何の迷いもなく言ってのけるミンスを、サルマは不思議に思う。
(信心深いっつーか……ずいぶんコンパスを信じてるんだな。針の示す方向が本当に正しい道なのかもわからねーのに。信じる根拠は一体どこに……)
「それにね、盗賊とは言っても、あなたの顔を見て悪人じゃないってことはわかったわ。あなたになら任せられる……直感だけどそう思ったの。だからアイラを……くれぐれもよろしくお願いします」
そう言ってミンスが頭を下げるのを、サルマは驚いた様子で見る。
(信じきってやがる……これから大事なコンパスを奪おうと企んでるこの俺をなぁ。なんて平和ボケした島なんだここは。ま、こっちには都合のいいことなんだけどさ……)
「……じゃ、俺も浜辺に行ってくるわ」
自分のことを信用しきって頭を下げるミンスを見ていると、少しいたたまれなくなって、サルマは慌てて家から出ていった。
それを見送った後、ミンスは部屋の壁にかかっている銀色の弓矢を下向きにしたような形の装飾の前に立ち、手を組んで装飾を見上げ……呟いた。
「神様……どうかあの子を、導きお守り下さい……!」
前を行くアイラを追いかけサルマが言う。アイラは立ち止まり、サルマの方を振り返る。
「あれ、もしかして……迷惑だったの?」
「いや……正直助かったけどよ。しかしこの俺がガキに借り作ったと思うとすっきりしねぇというか……。てか、ミンスとやらのりんごパイとか言ってたけど、誰なんだそのミンスってのは」
「えっと……なんていうのかな。わたしと一緒に暮らしてる人で……わたしをこれまで育ててくれた人……かな」
「……オマエ、親は?」
「……いない……というか、わからない。島の人たちもみんなわたしの親が誰だか知らないし……」
(……島の人も知らないって……なんかまた妙な境遇だな。ま、俺には関係ないけど…………ん?)
サルマはあることを閃き、顔を上げる。
「それなら、俺今からオマエん家行くぜ」
アイラは目を丸くし、思わず立ち止まる。
「ええっ⁉ なんで?」
「俺、ミンスってヤツのりんごパイに世話になるってことだろ。それならそのミンスとやらにお礼言わなきゃならねーからな」
「お……お礼?」
「なんかおかしいかよ」
「う、ううん……。こ、こっちだよ」
半信半疑の様子でアイラが先に歩いていくのをサルマは後ろから眺め、にやりと笑う。
(よし。これであいつの家に行く口実ができた。あとは俺さまご自慢の鼻を使って……あいつの家にあるであろうお宝を探し出してやるぜ!)
「ただいまー」
アイラが扉を開くと、後ろからサルマが家の中を覗き込む。
(! ニオう……ものすごくニオうぞ……! やはりこいつの家の中にお宝が……ッ!)
サルマは確信し、ニヤリと笑う。
向こうからパタパタと足音が近づいてきて、茶髪が肩の下あたりまである綺麗な女性が顔を出す。
「おかえり、アイラ。あら……後ろの方は?」
「ミンスさん。この人は……えーと、盗賊のサルマさん」
(な、なんだよこいつ……こんな田舎にいるには勿体ないくらいのなかなかの美人じゃねぇか。こいつがミンスってやつか?)
サルマは少し緊張した面持ちで、アイラの後ろからミンスを観察する。
「盗賊さん? そんな人がどうして家に?」
盗賊が家に来たとは思えないのんびりとした口調で、ミンスが首をかしげて尋ねる。
「えっと。なんかお礼が言いたいんだって」
アイラがそう言うと、サルマはミンスの前に進み出る。
「お、おう。俺の船が今朝難破して壊れちまって……それでログという大工に直してもらおうとしたんだが、持ち合わせがなくて困っているところをこいつに助けてもらって。それで修理と引き換えに、あんたの焼くりんごパイを持っていくって約束になっちまって……」
「まぁ。そういうことなの。それなら気にしなくていいのよ。りんごパイくらいお安い御用だわ」
ミンスはそう言ってサルマに微笑む。
(たかがりんごパイとはいえ、やけに気前がいいんだな……)
サルマがそう思っていると、アイラが突然大きな声をあげる。
「あっ! なんか香ばしい匂いするけど、もうりんごパイ焼けたんじゃないの⁉」
「まぁ大変! 焼いている途中なのにすっかり忘れてたわ!」
ミンスが急いでオーブンに向かう途中、ミンスの服から何かがコロリと転げ落ちる。
アイラは床に落ちたそれを拾う。
「これは……?」
アイラの拾ったものに、サルマの目が釘付けになる。
(……ニオう! 今、こいつが拾ったモノから……強烈なニオイがする‼ そ、それがお宝か……。後はなんとかしてそいつを奪えりゃ……)
サルマはそれが何なのか知ろうとアイラの手の中を覗き込もうとするが、アイラはそれを握り締めたままミンスの方に駆け寄っていく。
「ミンスさん。さっき何か落としたみたいなんだけど……これ、なぁに?」
「‼ それは……!」
ミンスがはっとした表情になる。
「……? どうしたのミンスさん。そんなに驚いて……」
アイラが不思議そうにミンスを見ると、ミンスは口を開く。
「……それはね……私のお守りなの。紐に通していつも首にかけて服の中にしまってたんだけど、紐が切れたみたいね」
「そうなんだ。ミンスさんがこんなのずっとつけてたなんて、知らなかったよ」
そう言うアイラの後ろから、サルマが覗きこんでそれを見る。
「……ん? これは……方位磁針みたいだが……針が半分しかねぇな。どうなってんだ? 針が折れたのか?」
サルマの言葉にミンスが頷く。
「そう、どうもコンパスみたいなの。以前この島に来た旅の人に貰ったんだけど……その人の話によるとね、このコンパスは特別で、針が片方しかなくて……コンパスを手に持った人の行くべき方向を、この針が示すみたいなの」
(……ほう、こりゃどうもお宝くさい話だな。なぜその旅人がそんなお宝手放したのかは気になるが……俺さまの鼻が強烈に反応してるんだから、すごいお宝には違いねぇ!)
サルマは内心興奮しながらコンパスを眺める。ミンスは話を続ける。
「そして……持ち主がとどまるべき場所にいる時、針はくるくると回るらしいの。私が持つとくるくる回ったから、この島がいるべきところみたいね。私はこの島が好きだからそれを知ったら嬉しくて、こうしてお守りにして持ち歩いてるってわけなの」
「へぇー、そうなんだ」
そう言って何気なくコンパスを見たアイラの顔が、少し曇る。
「あれ……わたしは違うの? くるくる回ってないよ……?」
「…………!」
ミンスはアイラの方に駆け寄り、針を見る。
「……そっちの方角は……確かカモメ島のある方かしら……」
「そんなぁ。わたしもこの島が好きなのに……。わたし、ここにいたら駄目なの……?」
そう言って落ち込むアイラに、ミンスが笑いかける。
「そんなことないわよ。針は状況によって変わるみたいだし、一時的なものかもしれないわ。……そうね、アイラは島から出たことがないから、少し冒険してみてもいいかもってところじゃないかしら。あの仕事以外では森からさえも出ようとしないログさんだって、昔は他の島で大工の修行を積んでいたのよ」
「そうなんだ、意外だなぁ……今ではすっかり外者嫌いで有名なのに。でもわたし……今まで島の外に出るなんて、考えたこともなかったよ」
「じゃ、船が直ったら俺がちょっとばかり外に連れてってやろうか?」
「えー、そんな急には無理だよ」
サルマが何気なく言った一言をアイラは笑って受け流したが、ミンスはその言葉にはっとする。
「……いいかもしれないわね。船がある今のうちに行くべきなのかもしれないわ」
「ええっ何言ってるのミンスさん! 本気なの⁉」
「お、俺も冗談のつもりで……」
サルマもアイラと同じく驚いた様子を見せるが、ふと口をつぐんで考える。
(……これは……もしかしたらチャンスじゃねぇか? もしこのお宝がガキの手に渡ったら……)
サルマはゆっくりと口を開く。
「……なるほど、アリかもな。俺もりんごパイのお礼しなけりゃと思ってたし。オマエの行くべきところがどこなのか、知ってみるのもいいんじゃねぇか?」
「サ、サルマさんまで! 第一わたしの行くべき場所を知るにはミンスさんのコンパスが必要なんだし、そんな大事なもの借りていくわけにもいかないし……っ」
「いいわよ。私が持っていても針はくるくる回るだけで何も示さないんだし。アイラが持っていることでアイラの運命が開けるなら、喜んで渡すわ」
「ミンスさん……でも、わたしこの島で暮らしてて十分幸せだし……」
アイラは困ったような表情でミンスを見つめる。
「……アイラ。何もこれでお別れってわけじゃないのよ。帰りたくなったらいつでも帰ってきていいんだから。私は……一度あなたに外の世界も知って幸せになって欲しくて。だから……持っていて」
アイラは俯いて不安げにコンパスを見つめしばらく考えていたが……やがて顔を上げ、頷く。
「ミンスさんがそこまで言うなら……ちょっとだけ行ってみようかな。寂しくなったらすぐ帰ってきちゃうかもしれないけど」
ミンスはアイラににっこりと微笑み、サルマの方を向いて言う。
「……盗賊さん、本当にアイラを連れて行ってもらっても構わないかしら」
「ああ。平和ボケしたこの島のガキからすると厳しい旅になるかもしんねぇが……それでもいいってんなら連れてってやるぜ」
「ありがとう。じゃあ、早速旅の準備をしなきゃね」
その時、扉がバタンと開く音がする。皆が扉の方を見ると、ユタと呼ばれていた髪のハネた少年が、扉の近くに立っているのが見えた。
「あれ、ユタじゃない。どうしたの?」
「アイラ、これ……忘れもの」
ユタがややぶっきらぼうな様子で、持っていた編みかごをアイラの手に突きつける。
「あ、このかご海辺に置いたまま忘れてたっけ。ありがとう」
「……それと、ログのじーさんから伝言で、アイラと……そこのおっさんに、パイが焼きあがったら南の浜辺に持って来いって言ってたぜ」
ユタはそう言ってちらりとサルマの方を見る。
「ログさんが? わかった。いろいろありがと」
「……じゃな」
そう言ってユタは足早に去っていく。
「……ユタってばずいぶん急いで行っちゃったね。なんかちょっと不機嫌だったし……どうしたんだろ」
「あの様子…もしかして、今の話を聞いていたのかもしれないわね」
ミンスがユタの持ってきたかごの中身を取り出し、代わりに焼きあがったばかりのりんごパイを詰めながら言う。
「今の話って……わたしが島から出るって話?」
「そう。ユタくんアイラと仲良しだから、出て行くって聞いて淋しいんじゃない?」
「……ユタ……」
少し俯いてそう呟くアイラに、ミンスが声をかける。
「アイラ、またお使い頼めるかしら。りんごパイをかごに詰めたから、これをログさんによろしくね。あと……」
ミンスは編みかごと、もうひとつ別の布包みもアイラに手渡す。
「これは、アイラの分のりんごパイ。ユタくんと分けてもいいし……好きにしなさいな」
アイラは手渡された布包みをじっと見つめた後、サルマの方を振り返る。
「サルマさん、ちょっとユタを追いかけに行くから……先にログさんのいる島の南の浜辺の方に行っといて!」
アイラが扉に向かって駆け出し、扉を閉めるのを見届けると、ミンスはサルマの方に向きなおる。
「盗賊さん」
「な、何だ?」
「私は、あの子がまだ幼い頃に海辺に打ち上げられていたのを見つけて……色々あって育てることにしたんだけど、あの子の生まれた場所も、両親についても何もわからないの。だから、今回の旅で、コンパスの導きで……あの子が本当の親に再会できるかもしれないと思って……あの子を旅に出すことに決めたの」
「……わからねぇな。じゃあどうしてもっと早くに、コンパスを渡して旅に出そうと思わなかったんだ? 単に船がなかったからか?」
「それは……たぶん、私の決心がつかなかったからなの。……アイラを手放さなければならないという決心が。アイラの居るべき場所がここじゃないと知るのも怖くて、コンパスを見せたこともなかった。でも……」
ミンスはサルマを見て微笑む。
「……今日あなたが偶然船でこの島に来て、コンパスが偶然アイラの元へ落ちた。この二つの偶然が重なると、今がその時なんだって……ようやく決心がついたの」
「……いいのかよ。アイツが本当の親に会って、二度とここに帰って来なくなっても」
「……ええ。アイラが無事に本当の親と出会えて幸せに暮らせるのなら……嬉しいわ」
ミンスは少し寂しげな表情で笑って答えた。
「……思うんだけどよ。偶然船を持ってるってだけで、俺なんかに任せてもいいのか?」
「ええ。この偶然は、きっとコンパスが運んでくれた縁だと思うの。コンパスが選んだあなたに間違いはないはずよ」
何の迷いもなく言ってのけるミンスを、サルマは不思議に思う。
(信心深いっつーか……ずいぶんコンパスを信じてるんだな。針の示す方向が本当に正しい道なのかもわからねーのに。信じる根拠は一体どこに……)
「それにね、盗賊とは言っても、あなたの顔を見て悪人じゃないってことはわかったわ。あなたになら任せられる……直感だけどそう思ったの。だからアイラを……くれぐれもよろしくお願いします」
そう言ってミンスが頭を下げるのを、サルマは驚いた様子で見る。
(信じきってやがる……これから大事なコンパスを奪おうと企んでるこの俺をなぁ。なんて平和ボケした島なんだここは。ま、こっちには都合のいいことなんだけどさ……)
「……じゃ、俺も浜辺に行ってくるわ」
自分のことを信用しきって頭を下げるミンスを見ていると、少しいたたまれなくなって、サルマは慌てて家から出ていった。
それを見送った後、ミンスは部屋の壁にかかっている銀色の弓矢を下向きにしたような形の装飾の前に立ち、手を組んで装飾を見上げ……呟いた。
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