アイラと神のコンパス

ほのなえ

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海賊の楽園編

第20話 海賊ケーウッド

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 すっかり夜もけ辺りが真っ暗な中、サルマの船は再び海の上を進む。

 今日の海は荒れ模様で、船は激しく揺れている。

「夜の船旅は危険だし、早く次の島に着きてぇんだが……今日はやけに海が荒れてるな。おい、大丈夫か? 船酔いしてねぇか?」
「う、うん……大丈夫」
 アイラは船のへりにひっしとしがみつきながらも頷く。
「コンパスのとおりに進むといずれ闇の大穴にぶつかるとは思うが……とりあえず行けそうなところまで行くぞ」
「う、うん……うぷっ!」
 船のヘリにしがみついて下を向いているアイラの顔に、波がかかって濡れる。アイラは手で濡れた顔をぬぐう。何気なく水をぬぐった自分の手のひらを見たアイラは思わず息をのむ。

「……‼ サ、サルマさん……」
「何だよ。今船の操縦で手が離せねぇんだ。後にしてくれねぇか。波にとらわれて思ったように舵がきかなくてな…」
「……これ以上、北に……闇の大穴の方に近づかない方がいいと思うよ」
 それを聞いたサルマは眉をひそめる。
「何でだよ。今はまだ戦士島を出て北にちょっと進んだだけだし、さすがに闇の大穴まではまだまだ距離があるはず…」
「でも、海の水が……ちょっとだけ黒い色になってるよ!」
「⁉ なんだって⁉」
 サルマはアイラがこちらに向かって突き出している手を見る。その手は濡れていて……少し黒く汚れている。
「もしかして、舵がきかねぇのも……闇の大穴のせいか⁉ おい、コンパスを見せろ!」

 サルマに言われ、アイラは慌ててコンパスを取り出し、明かりを頼りにして針を見る。針は先程までは北北西を示していたが、今は――北西から西北西の間あたりを指している。それを見たサルマの顔が青ざめる。
「もしかして……流されてるのか? 暗くてよく見えねぇが……闇の大穴の渦はここまで来てるのか⁉」
「それって……闇の大穴が前に比べて広がってるってこと⁉」
 アイラがサルマの方に身を乗り出して叫ぶ。サルマは軽く首を横に振る。
「……それだけじゃねぇ。俺たちの乗ってるこの船は、今まさに……闇の大穴の渦に引っかかって、大穴の中心に向かって流されてるってことなんだよ!」
「ええええええええっ⁉」
 アイラは思わず立ち上がる。
「このままじゃ闇の世界に行っちゃうってこと? それってものすごくまずいんじゃないの⁉」
「んなこたわかってるよ! どうにかしてこの渦から抜け出したいところだが、一度引っかかっちまったら渦の勢いが強いうちは抜け出すのは難しい。……そうだ!」

 サルマは腰からロープを取り出し、いつかの時のように先端に大きな輪っかを作って、海から顔を出している近くの岩場に向かって投げつけ、船を繋ぎとめる。

「……とりあえずはこうやってやり過ごすしかねぇ。渦の勢いが増してロープが切れねぇ限りは、闇の世界に真っ逆さまなんて事態は防げるだろ。ただ……裏返して言えば、渦の勢いが弱まらねぇ限りはこの状態から抜け出すことはできねぇってことだがな……」
「そ、それって大丈夫なの……? 渦の勢いがいつかは弱まるって保証はないんじゃ……。それに、こんな状態で闇の大穴から出てきた闇の賊に出くわしたりしたら、絶対に逃げられないよ?」
「……それを言うな。そんな最悪な事態……想像したくもねぇ」
 サルマは暗い顔でそう呟く。

 アイラはそんなサルマから目をそらし、船の後方の海を見る。アイラの目が大きく見開く。
「……サルマさん……。あれって、もしかして…………」
「今度は何だよ」
 サルマは苛立っている様子で、アイラの目が釘付けになっている方を見る。すると……後ろから来ている黒い船体の大型帆船を見つけて、さっと顔を青くする。
「船だ……。それも、黒い船……! ヤツらだ……。あれは……闇の賊のヤツらの船だ‼」
「ど、どうしようサルマさん……!」
 アイラはおろおろした様子でサルマの顔を見上げる。
「……どうしようもねぇな。今ここから船を動かしても……大穴の渦ん中に真っ逆さまだ。闇の世界に落ちて、闇の賊がうようよいるところに行くよりは……ここでヤツらを迎え撃つ方がマシだろ。とりあえず、今はこの場で……成り行きに任せるしかねぇ」
「………わかった」
 おびえていたアイラはその言葉を聞いて、覚悟を決めたように、後方の黒い船をまっすぐに見て頷く。

 サルマはそんなアイラを驚いた様子で見た後、ぼそりとアイラに呼びかける。
「……アイラ」

 アイラは驚いた目でサルマを見る。
「なぁに⁉ 急にわたしのこと名前で呼んだりして……。思えば初めて名前呼ばれた気がするよ? サルマさん……いつもは、おい、とかオマエ、って呼ぶから……」
 サルマは少し照れくさそうに、ぶっきらぼうな様子でアイラから目をそらす。
「そこに突っ込むんじゃねぇよ。いつも通り素直に返事しな」
「うん……どうしたの?」
 アイラは思わずにやけそうになる顔を抑えながら、首をかしげてサルマを見る。
「……恨んでるか? 俺を。こんなちっこいボロ船で無理やり旅に連れ出したせいで、今、絶体絶命のヤバイ状態になってるからな。リーシのでかい帆船で旅に出てたら、今頃こんなことにはならなかっただろうよ」
「ううん。サルマさんと一緒にまた旅に出るってことは、私が決めたことだよ。後悔なんてしてない」
「そうか。……楽しかったぜ。オマエと旅に出て……お宝探しっていう夢を見させて貰ってよ」
「うん。わたしも……サルマさんとの旅、楽しかったよ」
 二人はまるでこれが最期の時かのようにそんな会話をかわし……後ろから近づいてくる船をじっと見据える。

 闇の中から徐々にその大型帆船の姿が浮かび上がってくる。船体は黒く……しかしよく見ると、船の船首には金色のたかの飾りがついており、帆はたかと剣の模様のエムブレムが描かれていて、白い色をしている。

 サルマはそれに気がつくと目を丸くして、横にいるアイラにぼそりと言う。
「……アイラ。死の覚悟までさせといて悪いが……あの船、俺見覚えあるわ」
「……え?」
 アイラはぽかんとした表情でサルマを見る。

 その大型帆船はだんだん近づいてきて、サルマの船の横にとまる。
 船の上から、黒い海賊帽をかぶり、白いシャツに黒い海賊コートを羽織っている赤髪の青年が、サルマの船を見下ろす。

「あっれー? そのちっぽけな船に乗って、薄汚れた緑色のターバンを頭に巻いた黒髪のキミは……サ~ルマくんじゃないか! こんな海のど真ん中の岩場にしがみついて、一体どーしたのさ?」
「……ケーウッド……」
 サルマは苦々し気な顔でその男を見上げる。

 ケーウッドと呼ばれたその青年は、にやっと笑う。遠目にも白い歯が輝くのが見える。
「ははん、なるほどね……。おマヌケにも、闇の大穴の渦に引っかかってしまった訳か。今日の昼あたりから大穴のヤツ、急に大きくなりやがってさ……。近海の海が渦巻きだしていたのに、気がつかなかったのかい? 確かにこの状態が続くようなら、そのちっぽけな船じゃあこの先の航海は難しいかもね……よーし」
 サルマが口を挟む暇もなくケーウッドは一気に喋り、自分の胸をぽんと叩いて続ける。
「この勇敢な海賊……ケーウッド様が、キミを助けてあげよう! 見たところ、闇の大穴の渦に引っかかって抜け出せずに困っているんだろう? 大丈夫、この心優しく頼もしいケーウッド様が来たからにはもう安心さ! 僕の船は大きいから、この程度の渦に流される心配もないしね!」
「……ああ…………頼む」
 サルマは苦々しい顔のまま、そう呟く。アイラはほっと胸をなでおろしてサルマを見る。
「よかったね! サルマさん…………あれ、なんでそんな冴えない顔してるの?」
 アイラは不思議そうに首をかしげる。サルマはため息をついて、横目でケーウッドの方をチラリと見る。
「アイツに助けられるってのは……本意じゃねぇというか。なんつーか……どうも苦手なんだよな、アイツのこと……」
「この際、贅沢言ってられないよ。行こう!」

 アイラはケーウッドの船から下ろされた縄ばしごを手に取り、縄をサルマの船と繋いで自分から先にのぼってゆく。その行動力と手際の良さにサルマは目を丸くする。

 そしてケーウッドの船を見上げてもう一度ため息をついた後、岩場から自分の腰とつながっているロープをはずし、アイラに続いて縄ばしごをのぼってゆく。
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