悪役令嬢はアクマでテンシだけどタイヨウにもなれる

みやっこ

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回想その4

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 寒い寒い冬空の日。
 婚約者候補たちが住む青い屋根の家を囲む塀を乗り越えようとする少女が居た。
 主人公イファンだ。

「やぁっ」

「っ!?」

 降り積もった粉雪と共に落ちてくるイファンを、たまたま下に居たエイラスが受け止めようとして足を滑らせ。
 二人して倒れ込む。

 というのが王道ルートである二人の出会いだ。

 赤い髪の少年王と金色の髪を持つ少女が、朝日に輝く白銀の絨毯の上で暫し見つめ合うスチルは大変美しい。
 凍えそうな寒さの中でも、ずっと見て居たいと思えるほーー

「さむっ」

 無理だ。もっと厚着してくるべきだった。

 このときリリファリアはというと。
 青い屋根の家へ入居してすぐ、妖精の器の大きさが並外れていることが判明して、妖精王エイラスの婚約者としてほぼ確定状態。余裕しゃくしゃく、取り巻きを連れて庭を散策していたところでその様子を目撃してしまい。

 妖魔王に嫉妬心を操られ、憎悪に満ちた瞳でイファンを睨みつけている。

 本来ならばだけど。

 私はというと、こっそり二人の様子を見ながら、舞台袖で出番待ちをしているドッキドキ状態である。
 すぐに出番というわけではないが、ここからゲーム本編が始まるのだと思うと……。

 段取り。やれば出来る子。大丈夫。段取り。深呼吸。

 私は、気持ちを落ち着けるため、冷たい空気を吸い込んで、白い息を吐いた。



『たかが乙女ゲーム。されど乙女ゲーム。
 たかが恋愛。されど恋愛』

 頭の中に住み始めたハムスターが、小さな前足でハートマークを作った

『妖精一族にとって気持ちーー中でも愛や恋というものが、ものすごく重要なことだというのはご存じだろうか。

 人々の生活を豊かにし、妖魔を浄化する炎を生む妖精の力は、彼らの精神と直結している。
 妖魔王の正体というのも、妖魔憑きの女性に攫われ、大いなる力を悪意に染められたかつての妖精王だ。
 巷の噂では、駆け落ちしてふられ、自暴自棄になったとか。とにかく彼らの恋愛模様はこの世界に住む人々にとっては他人事ではない』

 ハムスターが両腕で大きなハートマークを作った。



 例え夢でも妄想でも、暖かい生身の人間と接してしまったら最後、バカバカしい設定だろうがなんだろうが、真剣に受け止めざるを得ない。
 ゲームで見たバッドエンドのように、朝日が昇らなくなり、酸の雨が降り、空気は汚染され、妖魔獣が跋扈する世界なんて嫌だ。

 とまあ。主役じゃない私がそこまで気負う必要ないか。どちらかというと邪魔する役目だし。

 邪魔……私邪魔……―ー



 もっふぁ

 まだ消えてなかったらしいハムスターが両手を上げ、私のネガティブをふわふわの腕毛で擦り消した。何を詰め込んでいるのかほお袋がパンパンだ。



 脳内の小動物にフォローされるとは。
 私は、もう一度冷たい空気をいっぱいいっぱい肺に入れた。
 弱気はいかん。しゃんとしなければ。



 寒くて腰を曲げたままな私の代わりに、ハムスターがもふしゃんとした。たゆんと揺れるほお袋が触れられそうなほどリアルだ。



 あくまで想像のはずなのだけれども。

 死んでからこっち、何か考えごとしたり、情報整理しようとすると、脳内に映像がありありと浮かぶようになった。主にハムスターが居て、考えを補足してくれたり、いきすぎて邪魔だったりっていう映像だ。

 最初は混乱しているからだと思っていたけど、毎度のこととなると。

 あのモフモフマリモがリセットやセーブや指針だとしたら、このハムスターはメニュー画面とか。

 なんて仮説をたててみた。

 といっても正解を教えてくれる人なんて居ない。
 この謎はここで打ち止め。

 今考えるべきは。
 妖魔王プロデュース、リリファリアを使った妖魔王復活理論についてだろう。
 ループはごめんだが、死ぬのもごめんだ。物語に流されすぎないためには、予習復習をかかさず、タイミングを逃さないように務めなければ。
 モフモフマリモとの話し合いの場は未だにもてていないが、伯父さんは死ななかったわけだし、変えられる部分もきっとあるはず。

 もちろんそうこうしてるうちに夢オチだったっていうのも大歓迎だ。ほんと大歓迎だよ。盛大に迎え入れるからね。



 ハムスターがコクっと頷き。頭を揺らしながら口を開けて、フガフガ歌いだした。

『乙女ゲームだけあって、攻略キャラ達はみんなイファンを好きになーる。
 そんなイファンを追い詰めれば、エイラスも他の王子たちもみな心を痛めーる。
 王子たち仲違いし始めーる。
 セリエンディに不穏な空気漂ーう。
 なんやかんやでエイラス王が妖魔王になーる。
 そしたら世の中に妖魔が増えーる。
 旧妖魔王の力が増ーす。
 旧妖魔王復活すーる。
 妖魔王タッグで世界ほろぼーっ』

 ひまわりの種が口から飛び散った。ハムスターはそれを拾い集めるために歌を止めた。



 私は、思考を止めた。というよりメニュー画面を閉じた。
 このメニュー画面、ときに自分の意志関係なく出て来て、なかなか閉じられないときがある。
 時間が止まってくれたりっていう便利機能もないため、ボーっとしている間に物語が進んでしまうこともある。

 考えるばかりではなく、目の前で起こっている出来事もきちんと見ておかなければ。


「わっすみませんっ!」

 慌てて飛びのくイファンの背中が見えた。立ち上がったエイラスが、ほんのり頬を染めている。

 エイラスを見たのはこれが初めてではないが。
 外国人って感じの顔立ちではない、かといって東洋人でもない。緑色の瞳に、赤い髪。派手な配色がなぜか高貴に見えるファンタジック美男子は目の保養になる。
 藍色のマントも、白い軍服に似た王子っぽすぎる服も、似合いすぎて半端ない。

 ああ。せめて私の役割が霊爵令嬢その1とかだったらなぁ。純粋に楽しめただろうなぁ。

「リリファリア。覗き見?」

「っ!?」

 驚いて振り向くと、すぐ真後ろで友人が心底気持ち悪いって顔をしていた。鼻水をすすりながら壁に張り付いている姿はそりゃ爽やかではないだろうけれど。
 この世界においてただ一人の友人にそんな顔されるとちょっとやるせない。

「顔色悪いわよ。中へ入らない?」

 クイっと親指をたて、建物を指さした彼女……ミーキアは、この世界において、今のところ、そう、今のところただ一人の友人……。

 うう。

 なんということでしょう。
 私ったら、ゲーム開始までまあまあ時間があったというのに、リリファリアの悪事に必要不可欠である取り巻きを作ることが出来ていないのです。

 なぜかというと。 
 なぜだろう。 

 幸い、ここに居る霊爵令嬢たちは、各国ありとあらゆる地域から来ているため、それぞれのお国柄などあったりして、気品とかマナーとか、そういったことは問題にならなかった。
 そもそも妖精一族は人間のマナーなど気にしないそうだ。

 がしかし。

 お互いの腹の内を探り合いながらも徒党を組む彼女らの中に溶け込むのは、普通に難しかった。もうほんと普通に、クラスで友達作るとか、会社の人とコミュニケーション取るとか、そういうのと同じ感じで難しかった。

 これもう異世界とか関係ないじゃん。

 前世で苦労したことが、生まれ変わったからとてそう簡単に出来るはずなかった。
 どこへ行ってもコミュ力というものは必須なのである。

 時間が経つごとに焦りはじめたけれど、モフモフマリモにやり直しを要求されることもなく。

 私と同じようにぼっちでいたミーキアに話しかけてみたら、なんだか気が合って、こうしてときどき一緒にいるようになり、そのままするーんとここまで来てしまった。



『ミーキアは、北国の狩猟民族ウールゥの姫で、家族以外に素顔をさらしてはならないという決まりから、鼻と口以外を毛皮や布のマスクで覆い、狼の毛皮に木で作った耳付きの頭巾をかぶっている』


 ハムスターがミーキアの情報を話し出したが、それはつい最近私が直接彼女から聞いたことである。
 彼女はいつも民族衣装のような服を着ており。今日は動物を模した刺繍が細かくびっしりされている麻布のワンピースに。鳥の羽が大量に縫い付けてあるゴツイブーツだ。全体的にもっさりしているが、引き締まった長い手足が出ていることでバランスが取れている。



『ミーキアの年齢は十九歳。現在のリリファリアの三つ上だ』



 頭巾の中に納まっている髪は黄緑色をしている。緩やかなウェーブがかった長い髪だ。



『えっとえっと……』



 いやごめん。情報バトルはもういいから。ハムスターさらば。



『っ!?』



 ショックを受けたらしい、ハムスターは薄くなって消えていった。なんだか少し可哀想な気もするが、私には向き合わなければならない現実というものがあるのだ。

「覗き見してな……ませんわ。大丈夫ですわ。ありがとう」

 私は、ズズっと鼻水をすすり、拳を握りしめた。

 気合を入れておかなければ。

 このイベントのすぐ後に、イファンがリリファリアの妹であることがバレてしまい、なぜ妹の書類だけ提出しなかったのかとエイラス陛下に問われる、第一の試練がやってくるのだから。


「ごめんなさいっ粉雪がたくさんついてしまったわっ」

 イファンが、ぼんやり立ち尽くすエイラス王の服や髪についた粉雪を払いのけている。王だと気付いていないからこそできる行為だ。


 あんな可愛い笑顔で頭の上の雪を払ってもらったらそりゃ一目ぼれするわな。

「浮気ものっーーって殴り込みに行くんなら。カメラを持ってくるけど。面白そうだし」

 ミーキアが、青い屋根の家の壁に這う蔦をグイっと引っ張り、壁に足をかけた。
 彼女は、その身体能力の高さから、ときどき蔦で壁を上り、窓から自室へ入ったりしている。数日前も、セリエンディを見渡したいと、ロープ一本で屋根の上へあがり、古株の霊爵令嬢に注意されたばかりだ。

「フィルムが無駄……じゃなくてそんなことしませんわ」

「いいの?」

「いやまあ…………よくはないですわね。うん。嫉妬がメラメラですわね」

「棒読みだけど」

「すっげーむかつくっ」

「なにそれっ」

 感情込めたつもりが、ミーキアに笑われた。
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