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私は飛べる

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 野菜の皮をむいて、ジャガイモをゆでて、玉ねぎ切って、具材炒めて、などなど一人でやるにはどう見ても量が多くて、見かねたおばちゃんが、私に指示を求めながら手伝ってくれた。
 その間客は一切こず。
 
「お昼過ぎっていつもこんな感じなんですか?」

 コロッケを丸める段階になるとようやく話をする余裕が出来たので聞いてみた。

「ああ。今日はね、広場で魔瘴消毒の儀式があるからね」

「……消毒の儀式……」

 聞き覚えあるようなないような。浄化ではなく消毒。それに儀式って。
 首を傾げておばちゃんを見たら、またも顔を顰められた。

「あんた。どんだけ田舎から来たんだい。儀式を知らないなんて」

「ははっ……」

 城の近くで商売している人たちは、魔法使い相手にすることも結構あるからあまり偏見はないと聞いているけれど。
 森の中に居たと言っていいものかどうか。

「昨日、スエの消毒が決まってね」

「……?」

「南の方にある小さな集落さ。消毒ってのは……魔瘴が広がり過ぎてどうしようもなくなった土地と人を……天へ送ることで。そこに出向く魔法使いたちに神子が神命を下すってのが消毒の儀式……」

 天へ送る。
 それって……。
 胸が痛んだ。思い出せない……けれど覚えている。いつかの痛みが蘇る。

「出向くっ魔法使いって! ヴィニアスさんもですか!?」

 卵液に丸めたジャガイモが落ちて黄色が飛び散った。
 おばちゃんは、傍にあったフキンでテーブルを拭きながら。

「そうさ。なんだいアンタヴィニアスのファンかい? じゃあこのコロッケってのもヴィニアスに?」

「それは違うんですけどっどうしよっそれは止めなきゃっ!」

 私は、卵とパン粉にまみれた両手で、顔を覆いそうになり、慌てて引っ込め、足をバタバタさせた。

「どっどどこですか!? まだ街に居ます?」

「儀式は広場でやってるんじゃないかい? 城が見える中央広場」

「早く知らせなきゃ……っちょおばちゃんっちょっとだけ行ってすぐ戻ってくるんで、これ置いておいて貰えますか?」

 これ。
 と言って気付いた。料理初心者の私と、コロッケを知らないおばちゃんが四苦八苦した台所はかなり散らかっていた。
 お客さんが来たらどうしよう。この状態でちょっと待っててとか、借りてる分際でよろしくない。
 
「隅っこに寄せておいても良いですか? あの辺とか……あの……」

「これ。あとは油で揚げればいいんだね?」

「へ?」

「あんたが最後までやりたいってんなら置いといてやるけど。なんか急いでんだろ?」

 おばちゃーーん!!

「おばちゃーーーーん!!」

「はいはいうるさい子だねったく。普通に返事すりゃいいのにさ。じゃあコロッケとやらを作っておくから。ヴィニアスのお見送りに行っておいで」

 私は、うんうん頷いて、急いで手を洗い、エプロンを脱ぎ。
 
「ありがとうございます! 行ってきます!!」

 勢いよく店のドアを開けた。

「ってアンタ。その恰好で広場に行くつもりなのかいっ! ちょっと何か着るもの持ってくるから待ってな!」

 後ろからドタバタ音がしたが、もう頭の中を切り替えていたので、何事か理解出来なかった。
 気にするな。集中しろ。
 町中だろうとなんだろうと魔法を使わなければ間に合わないかもしれない。ここへ来たときみたいに走るのを補助する程度では時間がかかりすぎるし……。
 やったことはない。やったことはないけれど。
 
 中央広場はあの時計塔が見えている方だ。
 直線距離ならそう遠くない。
 
 屋根の上を行けばあるいは。

「飛ぶ!」

 私は己にそう言い聞かせて、ジャンプと同時に大きな風を巻き起こした。
 途端に体がフワリと浮き上がり、バランス失いそうになる。
 右、左、前、後ろ、風で支えつつ、下から押し上げる。
 そういえば昔……お兄ちゃんと飛ばしたことがあった。あれは確か、私が作った紙飛行機。思えばあの時点で、既に私の中のサクラがちらちら顔を出してた。
 あのとき私のは上手く飛ばせなくて、お兄ちゃんが補助してくれた。
 私の弱弱しい魔法と、兄の上手い具合の風に舞い上がった紙飛行機は、ゆっくり上昇して、森を飛び越え消えていった。
 あの日のお兄ちゃんの魔法を思い出すんだキルシェ。
 魔力を風色に染めて、視線で描く。お兄ちゃんの……私の魔法。

「ちょっアンタ!」

 おばちゃんの声を背に体がグンっと屋根の上まで上がった。
 ここで集中を切らせば、次に行けない。
 屋根をタンっと蹴って、また飛ぶ。次の屋根へ、その次の屋根へと、時計塔目指し。
 飛ぶ。
 ヴィニアスさん……兄を止めるために。
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