異世界転移を拒んでたら転生した話

みやっこ

文字の大きさ
14 / 16

喜び溢れてアホになる

しおりを挟む
 居る。

 彼はこっちに気付いていない。
 いつも通り噴水の淵に腰かけて、タバコを吸っている。水で歪んでいない彼の姿は、初めて見るが、いつもと受ける印象は変わらない。
 体つき逞しく。横顔は凛々しく。
 どことなく神々しい、人間離れした雰囲気が漂っている。
 口から吐くタバコの煙がなければ、呼吸すらしていないのではないかと、それすら面倒なのではないかと思うほど、いつも彼からは生気というものが感じられない。

 でも今日はいつも以上に……無……な気がする。

 辺りを包む静けさにつられるように、鼓膜に響く己の心音が遠のいていく。
 
 すると。ぽたぽたと落ちる水の音がした。
 水面にいくつも輪が出来て消える。
 彼の黒髪から落ちた雫が、水に落ちて音をたてている。

「って! どうして濡れてるの? 風邪ひくって……て……」

 気が付くと草むらから飛び出して、彼の前に仁王立ちしていた。
 ぬるっ。
 という表現が正しいのかどうかわからないが、彼の瞳が妙にリアルに動いた。
 灰色の瞳とバッチリ目が合い、空気が止まる。
 殺し屋みたいに目つきの悪い彼の片目、いつもどこか気だるげだった彼の片目が、ついに本気を出した。

 瞳孔が動く。大きく見開く。その中に、淡く優しい光が揺れている。

「うわわっ」

 私は、急激に恥ずかしくなった。

「ココっコロッケ持ってきたよ。カゴいっぱい。っていうか授与式はいいの? 今日は中止? あっ今からかな。だとしたらちょっといろいろ言っておきたいこととかあるんだけど、なんだったっけ。ちょっと落ち着くから待って……」

 滝のように言葉が流れ出る。止めたら何か別のものが溢れそうで、口を閉じられない。

「っていうか一口食べる? あっでも飲み物もってな……いっ!?」

 ベチャッドサっ
 と二つ音がした。
 ドサっは急に腕を引っ張られたせいで持っていたバスケットを落としてしまった音。
 ベチャッは……彼の頭が私の胸にぶち当たった音だ。

「……ん?」
 
 丁度私の心臓あたり彼が耳を押し当てている。
 というかアレだ。思いっきり。抱きしめられている。
 彼の膝の上に乗せられて、胸に顔を密着。え。胸?
 っていっても乳の上のあたり、そう、乳の上だからまあ、許してやっても……。
 じゃなくて。
 なんでこんな全身ずぶ濡れなのだろう。拭くものはないのか。
 でもなく。
 う……嬉しくなっちゃうんだけど……なんかよくわかんないけど……嬉しくなっちゃっ。
 これでもない。

「サクラ」

「あ。はい」

 彼の声はいたって普通だった。
 だからこっちも普通に返事をして。あらやだ。サクラって呼ばれたの初めてじゃないの? と舞い上がりかけたわけだが。
 濡れた体に吹きすさぶ風に全身冷やされ、我に帰る。

「あ……れ? えっと……あ……あなたも魔法使いなんだ……っけ?」

 私がサクラだとすぐ気付いたということは、そういうことだ。それ以外考えられない。

「……」

 彼は無言で、私の腰を強く抱きしめた。
 おかげで彼の服に染みこんでいた水分がこっちにどんどん吸い込まれていく。

「サクラ」

「うん……何?」

「……」

 無言かよ。
 
 一体どういう状況だこれは。なぜ急にこんな。抱きしめてきたりなんかして。
 冷静に考えるとあれか。タオルにされてる……ではなく、普通……どうして姿が違うのかとか、どうやってこっちに来たのかとか、いろいろ疑問に思うはず……。
 いや。それもないか。
 彼は、噴水が異世界と繋がっていようが私が聖女だろうがなかろうがどうでもいい人だ。

 一応再会を喜んでくれてるとか?

「サクラ」

「あのさ。ちょっと冷たいんだけども」

 もうちょっと感動的な感じで名前を呼んでくれたならこっちだってそれをくみ取って立ち回るってもんなんだが。
 こうも普通で、それなのに何回も無意味に名前を呼ばれたりすると、もう何が何だか。
 疲れてるのに。

 私は、少し彼に体重を預けた。
 冷たくて。ほんのり温い。タバコの臭いもする。
 彼が居る。ここに居るんだ。
 
 会いたかった。触れたかった。
 急に頭の中でぼわわ~っと鮮やかな色が咲き誇ったような、私幸せっと誰にでもいいから報告したいような、どうしようもない馬鹿で愉快な気持ちが発生した。

「あの……私もあ……是非名前を呼びたいんだけど、でもつまらないプライドがそうさせず……あなたの口からお名前を聞きたいのだけれども」

 一瞬私も会いたかった! と言いそうになったが、それは脳内お花畑でもなんとか押しとどめられた。
 私もとか。それだと彼もってことになってしまう。それはない。ないない。彼に限ってそれはない。今の状況でそれはないってのもないけどないもんはない。

「はぁ……」

 案の定。彼は重々しいため息をついただけで。

 これは。
 呆れだ。
 そうに違いない。
 私が、夢中で話し続けたりすると、ため息ついて、遠く見たりして、いかにも面倒ですって感じ出すやつ。
 でもまだまいったとは言われてない。

 こんなときは、つまらない話なんてやめるから……とはならない。
 どうにかして私の話を聞きたくさせてやろう。話したくさせてやろうってギリギリまで粘る。
 他の誰にもそんなこと思わない。面倒だと思われたら離れる。話さない。空気読む。でも彼には……絶対会えないと思っていた彼……いつも無の状態で座ってる彼が、たまに見せてくれる表情……一度見てしまったが最後、もう一度っもう一度って思ってしまうあの顔。
 あれを見るためなら私は。

「私。あなたのことが好きです。好きってあの。異性に対するあれで。恋人になりたいわっていうあれなんだけど」

 言いすぎた。
 
「本心言えばなんでも教えてくれるっていってたよね。言ったから。名前ぷりーず」

 照れを隠してもなんにも良いことなんてない。
 と今痛感した。
 別にあれだ。告白なんてするつもりなかったのにとかそういうのでもなくて。いずれ我慢できずに言ってしまうような気はしていた。
 でも。せっかく好きだとお伝えしたのに、着地点は間違えた気がする。
 好きです。お付き合いしてください。
 ではなく。
 好きです。名前教えてくださいって。

「レ……」

「あ。ちょっと答えるの待って。好きですってところからやり直していい?」

「は?」

 私は、体を後ろに反らして、彼の顔を見下ろした。
 思いのほか距離が近くて死にそうなので、視線も逸らす。

 またため息つかれた。

「言い直すならさっさとしろ」

「あ。はい。好きです」

 彼をチラ見しながら急いでいったら、とっても適当な感じになった。

「知ってた」

「え……」
 
「レンディーク」

「……レン……え? 名前? あれ? 私が知ってるのと違う」

「あれは仕事用」

「ああ……」

 仕事用ってあるんだ。芸名的なことだろうか……っていうか。
 
「知ってたってどういうこと?」

「にぶい男に見えるか?」

 聞かれて、彼をじっと見てみる。

「いえ全然。見えません研ぎ澄まされた刃のようです」

 彼の口元がふっと緩んだ。
 私は、ぱぁっと嬉しくなって、フフっと声まで出してしまった。
 で……気付いた。
 
 私。わかりやす。

「にしてもお前。なんの知識も覚悟もなく自分の気持ちとか口に出すの止めろ」

「え。なにそれ。告白のだめだし? 素直にって言ったのそっちなのに?」

「妹のストーカー男見てたろ。相手のこときちんと調べもせずに近づいてって怒ってたはずだが」

「ああ……。ええ……あ~。俺のこと何も知らないくせに告白とかしてきてんじゃねーよ的なことが言いたいの?」

 やば。涙出そうになってきた。なんかやっぱり少しもそういう雰囲気にならないし。お断られるだろうとは思っていたけれど。いや思ってたならもうちょっと慎重になれよ私って感じだけど。
 え……あれ? やっぱ私勢いで言っちゃっただけ? いつか言っちゃうだろうなと思ってたとか思ったけどやっぱ……勢い。私……勢いでそんなことしないよ。そんな馬鹿な……そんな考えなしに……それじゃ姉妹と同じではありませんか。

「だな」

 ぎゃーーーーん。
 これってすげなくお断りコースじゃないの。なんなの? 異世界で私、散々じゃないの。
 私は、彼の胸板をぎゅーっと押して、離れようとした。今すぐ、とにかくもういますぐこの場から離れたくて、力いっぱい押しのけたのだが、彼の腕力はまったく緩まない。固い。動かない。
 
「ちょっ離してくれない?」

「ない。で? 他に質問は?」

「はい?」

「はい? じゃねー。お前の軽々しい本音にこっちは誠実に対応してやってんだ。さっさとしねーとさっきのを正式に受け取るぞ」

「ちょっと意味がわからないっす」

「いいから早くしろ」

「え~~」

 私はむっとした表情を作りつつ、また内心ニッコニコになってしまった。
 彼にふられている真っ最中だというのに、彼が何でも答えてくれると言っているのがもう、本気で嬉しいとか私って……。
 駄目だ。
 怒れ。悲しめ。舐められるな。冷静になれ。振り回されてたまるか。今私、告白をスルーされてる感じだぞ。なんて失礼な男。美少女前にしてなんなの?
 ありえないんだよこのやろう!
 と彼の顔を睨みつけたはずが。

「じゃあご職業は!」

 めっちゃ元気に聞いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...