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序章と果てしない回想
エルマーという男
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「父も困ったものだ」
頭に父の少し気の弱そうな顔が浮かぶ。父であるカミル四世陛下。この国の国王のはずだが、少々気が弱い。そのおかげで私は様々な苦労を背負い込むことになってしまった。
◆ ◆ ◆
私はアルマン王国の王子として生まれた。もっと小さな頃は、自分の王位継承順位が何番かなどは全く気にならなかった。だが大きくなるにつれて周りの目も変わってくる。そして私に弟はできなかった。私が王太子に指名されたとき、一番険しい目を向けてきたのは叔父であるプレボルン大公だった。
プレボルン大公アードルフ・ヒルトマン。父の三つ年下の弟で、王弟殿下とも呼ばれている。私はこの叔父が嫌いではなかった——本当に小さな子供の頃は。だがいつの間にか苦手になっていた。おそらく叔父が私に向けていた視線が原因だろう。
王位継承順位は現在では私が一位、そして叔父が二位。将来私に息子ができれば、私が一位、私の息子が二位、叔父は三位。今後私に弟が生まれれば、私が一位、弟が二位、叔父が三位。私がいる限り、叔父の順位が上がることは絶対にない。叔父が私を排除したがっているのが年々感じられるようになってきた。
父は気が弱い。自分でも言っていたが、王としての資質は弟、つまり叔父の方が上だと。実際この王城には叔父の勢力は多い。だからと言って叔父が国王に向いているかどうかは分からないが、父よりも野心的なのは間違いないだろう。
そういう理由もあり、王太子になってしばらくすると三年ほど軍学校に通うことが決まった。今後も様々なことが起こり得ると考えれば、軍の中に信用できる友人を増やしておいた方がいいと思ったからだ。
「殿下、今日のお召し物はいつも以上に上等ですね」
「さすがは殿下です。我々とは全く違う。ぜひ一度当家へお越しいただけないでしょうか」
しかし私に近づいてくるのは、頭の中に空気しか詰まっていないように何も考えていない者か、いつもヘラヘラといやらしい笑顔を貼り付けている頼りにならなさそうな者ばかりだった。
王太子であるからにはきっぱりと拒絶することはできない。「まだ学生の身分なので」や「いずれその時期が来れば」のように言質を取られないようにどうにか乗り切る毎日だ。
しかしある日、同期の中でただ一人、私に全く興味を持とうとしていない者がいることに気付いた。彼について、たまたま近くにいたそれほど害ではない同級生に聞いてみた。
「たしか、エクディン準男爵の息子で、エルマーという名前です。愛想が悪い男で、普段は一人でいるようです」
背が高く、赤い髪と同じ色の目をした男で、たしかに愛想は良くはなさそうだ。それほど害ではないと思った感じのいい同期にすら愛想が悪い男と言われた男に私が声をかける気になったのは、おべっかやごますりに疲れていたからだろう。
「少しいいかな?」
「どうぞ」
…………
「君は私が嫌いか?」
「正直に言えば、これまで話をしたことがありませんので、好きも嫌いもありません」
…………取り付く島もないというのはこういうことを言うのだろう。
「同期の多くが私に話しかけてきたが、君が話しかけてこなかったことには何か理由があるのか?」
「殿下はすでにお聞きだと思いますが、私は弱小貴族の息子です。そんな私が殿下に声をかけようものなら、あの馬鹿どもから何を言われるか分かったものではありません。ですのでしばらく様子を見ようと思っていました」
「それは卑屈すぎないか?」
「単なる自衛手段だと思いますが」
「……そうか」
「はい。それに殿下がごく普通の方でしたので、このように話す気にもなりました」
「私は普通だと思っているのだが」
「ええ、だからよかったと思います。もし殿下があのような連中に媚び諂われてヘラヘラしているような方なら、絶対近寄らないでおこうと思っていましたので」
「そ、そうか……」
このような言い方をされたことはこれまで一度もなかったが、ここまではっきりと言われるとむしろ気分がいい。口さがないことこの上ないが、正直で表裏がない男だということは分かった。
このエルマーという男はぶっきらぼうな上に表情は柔らかくない。背も高く、赤い髪と目は強い印象を与える。だから彼に対する好き嫌いははっきりと分かれるだろう。だがこのやり取りのお陰で彼が信用できると確信できた。少し捻くれているようだが。
自分を良く見せようとする者ほど信用できない。だがエルマーのように、良いなら良い、悪いなら悪い、大丈夫なら大丈夫、迷惑なら迷惑と、はっきりと口にする者は信用できる。
こうしてエルマーと話をするようになってしばらく経つと私の周囲も少し変わってきた。私の取り巻きをしていた者たちは彼を煙たがったし、彼も取り巻きたちには決して近づかなかった。私がどちらと親しくなったかは言うまでもないだろう。エルマーは身分さえ近ければ親友と呼べるような間柄になれるはずだ。
しかし親友になれそうだと言っておきながら申し訳ないことだが、しばらくは虫除けになってもらおうと思う。私に近づいてくる頭が空っぽな者たちは、多くが叔父の息がかかっている貴族の息子や娘たちだ。私に王太子としてふさわしくない態度があれば、徹底的にそこを叩いてくるだろう。
もし私が彼らを遠ざければ、上級貴族の子女を蔑ろにしていると問題になるだろう。だが、彼らが望んで私から離れていくのであれば、それは彼らの問題であって私には関係がない。私としてはそのことを堂々と言えるわけだ。
エルマーには迷惑をかけるだろう。私もまだ学生の身だからできることは少ない。だが、いずれはそれなりの礼ができる立場になるだろう。そのときにはまとめて返したいのだが、彼はそれまで待っていてくれるだろうか。
頭に父の少し気の弱そうな顔が浮かぶ。父であるカミル四世陛下。この国の国王のはずだが、少々気が弱い。そのおかげで私は様々な苦労を背負い込むことになってしまった。
◆ ◆ ◆
私はアルマン王国の王子として生まれた。もっと小さな頃は、自分の王位継承順位が何番かなどは全く気にならなかった。だが大きくなるにつれて周りの目も変わってくる。そして私に弟はできなかった。私が王太子に指名されたとき、一番険しい目を向けてきたのは叔父であるプレボルン大公だった。
プレボルン大公アードルフ・ヒルトマン。父の三つ年下の弟で、王弟殿下とも呼ばれている。私はこの叔父が嫌いではなかった——本当に小さな子供の頃は。だがいつの間にか苦手になっていた。おそらく叔父が私に向けていた視線が原因だろう。
王位継承順位は現在では私が一位、そして叔父が二位。将来私に息子ができれば、私が一位、私の息子が二位、叔父は三位。今後私に弟が生まれれば、私が一位、弟が二位、叔父が三位。私がいる限り、叔父の順位が上がることは絶対にない。叔父が私を排除したがっているのが年々感じられるようになってきた。
父は気が弱い。自分でも言っていたが、王としての資質は弟、つまり叔父の方が上だと。実際この王城には叔父の勢力は多い。だからと言って叔父が国王に向いているかどうかは分からないが、父よりも野心的なのは間違いないだろう。
そういう理由もあり、王太子になってしばらくすると三年ほど軍学校に通うことが決まった。今後も様々なことが起こり得ると考えれば、軍の中に信用できる友人を増やしておいた方がいいと思ったからだ。
「殿下、今日のお召し物はいつも以上に上等ですね」
「さすがは殿下です。我々とは全く違う。ぜひ一度当家へお越しいただけないでしょうか」
しかし私に近づいてくるのは、頭の中に空気しか詰まっていないように何も考えていない者か、いつもヘラヘラといやらしい笑顔を貼り付けている頼りにならなさそうな者ばかりだった。
王太子であるからにはきっぱりと拒絶することはできない。「まだ学生の身分なので」や「いずれその時期が来れば」のように言質を取られないようにどうにか乗り切る毎日だ。
しかしある日、同期の中でただ一人、私に全く興味を持とうとしていない者がいることに気付いた。彼について、たまたま近くにいたそれほど害ではない同級生に聞いてみた。
「たしか、エクディン準男爵の息子で、エルマーという名前です。愛想が悪い男で、普段は一人でいるようです」
背が高く、赤い髪と同じ色の目をした男で、たしかに愛想は良くはなさそうだ。それほど害ではないと思った感じのいい同期にすら愛想が悪い男と言われた男に私が声をかける気になったのは、おべっかやごますりに疲れていたからだろう。
「少しいいかな?」
「どうぞ」
…………
「君は私が嫌いか?」
「正直に言えば、これまで話をしたことがありませんので、好きも嫌いもありません」
…………取り付く島もないというのはこういうことを言うのだろう。
「同期の多くが私に話しかけてきたが、君が話しかけてこなかったことには何か理由があるのか?」
「殿下はすでにお聞きだと思いますが、私は弱小貴族の息子です。そんな私が殿下に声をかけようものなら、あの馬鹿どもから何を言われるか分かったものではありません。ですのでしばらく様子を見ようと思っていました」
「それは卑屈すぎないか?」
「単なる自衛手段だと思いますが」
「……そうか」
「はい。それに殿下がごく普通の方でしたので、このように話す気にもなりました」
「私は普通だと思っているのだが」
「ええ、だからよかったと思います。もし殿下があのような連中に媚び諂われてヘラヘラしているような方なら、絶対近寄らないでおこうと思っていましたので」
「そ、そうか……」
このような言い方をされたことはこれまで一度もなかったが、ここまではっきりと言われるとむしろ気分がいい。口さがないことこの上ないが、正直で表裏がない男だということは分かった。
このエルマーという男はぶっきらぼうな上に表情は柔らかくない。背も高く、赤い髪と目は強い印象を与える。だから彼に対する好き嫌いははっきりと分かれるだろう。だがこのやり取りのお陰で彼が信用できると確信できた。少し捻くれているようだが。
自分を良く見せようとする者ほど信用できない。だがエルマーのように、良いなら良い、悪いなら悪い、大丈夫なら大丈夫、迷惑なら迷惑と、はっきりと口にする者は信用できる。
こうしてエルマーと話をするようになってしばらく経つと私の周囲も少し変わってきた。私の取り巻きをしていた者たちは彼を煙たがったし、彼も取り巻きたちには決して近づかなかった。私がどちらと親しくなったかは言うまでもないだろう。エルマーは身分さえ近ければ親友と呼べるような間柄になれるはずだ。
しかし親友になれそうだと言っておきながら申し訳ないことだが、しばらくは虫除けになってもらおうと思う。私に近づいてくる頭が空っぽな者たちは、多くが叔父の息がかかっている貴族の息子や娘たちだ。私に王太子としてふさわしくない態度があれば、徹底的にそこを叩いてくるだろう。
もし私が彼らを遠ざければ、上級貴族の子女を蔑ろにしていると問題になるだろう。だが、彼らが望んで私から離れていくのであれば、それは彼らの問題であって私には関係がない。私としてはそのことを堂々と言えるわけだ。
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